人を咥えて竜が舞う

よん

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第5章

テフスペリア大森林 17

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「ピクニックの引率か?」

 南テフランド駐屯地のジャンリ司令は、ユージンの後ろに控える三人を見て冷ややかに言う。

 司令室からはテフランド湾が一望できる。
 日没も近いので、海衛兵は夜警に備えてあちこちで篝火かがりびを焚いている。
 ユージンはその光景を見ながら訊く。

「最近、シーリザードは上陸してんのか?」
「質問しているのは私だ。答えろ」
「まあ、ガキばっかだからな。保護者がいねぇと森に入っちゃいけねぇだろ」
「保護者がいようがダメなものはダメだ! オマエもテフランド大森林が立ち入り禁止区域だということは知ってるはずだぞ!」

 緑のサーコートに数々の勲章をつけたジャンリ司令を相手にして、ユージンは一向に怯まないどころか「蜂蜜酒はねぇのか? ずいぶん飲んでねぇんだ」と催促した。

「酒なら後で存分に振る舞ってやる! その前に!」

 ジャンリ司令は苛立ちながらユージンに顔を近づけた。

「森で何をしていた? あそこは盗賊団と葉人族の巣窟だぞ。我々は一般市民を守る立場にあるのだ。オマエはともかく、そのような非力の女子供まで巻き込むとは何事だ?」
「盗賊団ならこの非力三人組が殆どやっつけちまったよ。オレは熊公を一頭殺しただけだ」
「……あ?」

 目が点になるジャンリ司令。

「そして、オレは葉人族からコイツをもらった」

 ユージンはロング・ソードを司令に見せつける。

「鞘んとこにレリーフが刻まれてるが……読めねぇだろ? おそらく葉人族の文字だろう」
「なるほどなるほど」

 ジャンリ司令は真面目な顔で相槌を打つ。

「オマエ達は森の中でよほど恐ろしい体験をしたのだろうな。だから、そのような妄言を平然と吐く。きっとそうに違いあるまい」

 ジャンリ司令は最も楽な自己解決を図った。

「オマエ達は精神を犯され十分な代償を払った。命が助かっただけでも奇跡であり感動的だな。よろしい、罪には問わん。今晩はここに泊まり、明日には馬車でメルカドまで帰るがよい」
「さすがジャンリだ。話が早いぜ。……早いついでにもう一つ。シーリザードを一体もらっていいか?」
「狩ってくれるのか? それはそれは大歓迎だが、海衛兵も手柄を立てたがっておるしな。落とし穴を突破した厄介なシーリザードならば、問題なくオマエさんにくれてやるが」

 ユージンはしばらく考えてからニヤリと笑う。

「つまり、落とし穴にはまらなかったシーリザードはこのオレに譲るという解釈でいいな?」
「それでいい」
「ありがとよ。さすがは同郷人、話がわかるぜ。今やすっかりテフランドのお偉いさんだがな」

 ユージンはジャンリ司令の左肩をバンバン叩くと、三人を促して指令室を出て行こうとする。

「あ! 待て、ナガロック。今、思い出したぞ。大事なことだ!」
「何だ?」

 久しぶりの蜂蜜酒のことで頭がいっぱいだったユージン、ニヤついた顔で振り返る。

「ドウゲ将軍が失脚したのは知ってるか?」

 ユージンの顔が素に戻る。
 ヒエンはほんの一瞬のその表情にユージンの憂愁を垣間見た。

「……いや、知らねぇな。いつの話だ?」
「ずいぶん前だ。五年は経つ。……そうか、やはり知らなかったか」
「どうでもいい話だ。ザール公国の内情なんざ、流れ者のオレには関係ねぇよ」
「関係は大アリだ。ザール公はオマエに会いたいと仰っている。できれば、すぐにでも復職を願っておられるのだぞ」

 ユージンは「それはねぇよ」と即座に否定する。

「オレはザール公の命により兵長の職を解かれ、国外追放の身となった。そのザール公御自らオレを呼び寄せるなんてあり得ねぇ話だぜ」
「ザール公は保守派のドウゲ将軍にそそのかされただけだ。オマエを失って初めてその過ちに気づかれた」
「ジャンリ」

 ユージンはジロリと相手を睨んだ。

「悪いが、その話は聞かなかったことにしてくれ。オレは故郷を捨てたんだ」

 そう言い終えると、ユージンは一人で先に部屋を出て行ってしまう。
 ヒエン達は慌てて指令室を後にした。
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