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第5章
テフスペリア大森林 15
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あれほど晴れていた空がどんより曇ってきたのは、フィルクが息を引き取ってから間もなくだった。
次第にシトシト降ってくる。
晴天続きの森には恵みの雨となるだろう。
ちょうどよかったとヒエンは思う。
どっちにしろ今日は歩く気力がない。
フィルクと出会ってからまだ半日しか経っていないが、パーティは彼の死に喪失感でいっぱいだった。
「フィルクはわかってたんかな、この雨……」
岩穴から雨だれを見つめているユージンの隣にヒエンが立つ。
「さあな。偶然かもしんねぇし、たまたまかもな」
「偶然もたまたまも同じ意味やんけ」
上の空のユージンはヒエンのツッコミに気づかず、
「そうかもな」
と、生返事。
ダストやモブランのように思いきり泣くことができたらユージンも少しはラクになれただろうが、彼にその選択肢はない。
大人だな、とヒエンは思う。
彼女自身も泣かなかったが……。
「なあ、コレ……」
フィルクから譲り受けたロング・ソードを、ユージンはヒエンに見せつけるよう掲げる。
「似合ってるか?」
「全然あかん。カタリウム斬ったらお役御免やな。ルーザンヌんとこにでも預けたらええ」
「いい考えだ。ジジイ、きっと喜ぶぜ」
ユージンの笑顔が哀しすぎて、ヒエンは危うく泣きそうになった。
これ以上はマズいと、ヒエンは既に泣き終えて気持ちを切り替えているダストの方へと移動する。
「フィルク、何て言うてたんや?」
目を赤く泣き腫らしたダストは無言のままニッコリ笑う。
「言うたらあかんことなんか?」
今度はコクリと頷くダスト。
どうやら、しばらく無音を要するらしい。
(言霊を操るために余計なコト喋られんとか? まあ、ええわ。そこんとこはダストに任せるしかないし)
近くにいると、ダストがうっかり声を出してしまうかもしれない。
けれども、一人でいるのはツラい。
結局、ヒエンはさっきまでいたモブランのところに戻る。
童女はフィルクに抱きつき、まだグズグズと鼻を鳴らして泣いていた。
少しは落ち着いたようだ。
モブランに対しては掛ける言葉が見つからない。
自分のせいでフィルクが死んだと思い込んでいるからだ。
確かにモブランに命を分け与えたことでフィルクの死期が幾分かは早まっただろうが、そもそもヒエンら三人が盗まれたロング・ボウを返しに来なければ、彼は"生死の境界"を越えなかっただろう。
それに、フィルクは自分の意思で森精庄を後にしたのだ。
誰のせいでもない。
「……モブラン」
ヒエンはとりあえず呼んでみた。
案の定、モブランはその呼び掛けに答えない。
ヘタな慰めはよそう……ヒエンはモブランに現実を突きつける。
「明日になったらウチらはここを出る。それまでにフィルクを土に埋めたらなあかん。そやからもうフィルクから離れや」
非情な宣告だが、誰かがそれを言わなければならない。
顔を上げたモブランは信じられないものを見るようにヒエンを捉え、それからブンブン首を振った。
心が痛む。
しかし、ここは人間の世界だ。
時は流れている。
「そのままやったらフィルクはゆっくり眠れんのや」
「朝まで……朝までモォはフィルクと一緒にいたいのにゃ。お願いにゃ……」
「……わかった」
今日はもう何も言うまいと思った。
ヒエンはひどく疲れていた。
テフスペリア大森林に入って一番寝ていなかったのがヒエンだった。
お荷物の自分ができるのは寝ずの番くらい……そう思い込んでいたために率先して見張り役を買って出たが、それもいよいよ限界に近づいてきた。
幸いにも盗賊団は壊滅状態だし、対岸の葉人族も何かを仕掛けてくる様子はない。
警戒するのは野生の獣くらいか……。
「ユージン」
「ん?」
振り返った大男に声を掛ける。
「ウチ、ちょっと眠らせてもらうわ」
「ああ、そうしろ。……悪かったな。本当なら、昨晩こそオメエにグッスリ休んでもらうはずだったんだ。ゆっくり休め」
ユージンも気にしていたのだ。
ニッと笑ったヒエンは誰の側にも行かず、やっと一人になった。
一人になればウッカリ寝てしまいそうだったが、もう遠慮しなくていい。
(ウチ、眠ってもええんや。フィルク、オマエもモブランとお別れできたらゆっくり眠れるな。お先に……)
*
「おい、起きろ」
「……ん?」
ユージンに起こされた時、寝ぼけ眼のヒエンは一瞬ここがどこなのかわからなかった。
(ニーリフ? グレンナ?)
真っ暗の中、ユージンが持つランタンの灯りが一つ。
「ヒエン、目を覚ませ。いよいよ、ダストが何やら始めるみてぇだぞ」
その言葉で我に返るヒエン。
(もう夜か……。眠りが深すぎて夢も見んかったわ)
モブランはまだフィルクの遺体に抱きついていたが、もう泣いてなかった。
ダストが灯りを消すようユージンに手で合図する。
岩穴は完全に漆黒の闇と化す。
静寂の中、雨音だけが聞こえてくる。
(明日は晴れてくれるやろか? ここからテフランド湾まで何日かかるんかな……)
ヒエンがそんなことを考えていた時だった。
「……ッ!」
何かが聞こえてくるが、それが何なのかがわからない。
今まで耳にしたことのない類の音だ。
ユージンやモブランもその不思議な響きに不安を感じている。
どこから発せられているのだろうと三人は耳を澄ませていると……何と、それはダストの口から出ていた。
(音やない……。独特のリズムを繰り返してる。コレは歌なんか? ま、まさか、これがダストの言うてた【あの人達】……カタリウムの歌?)
だとしたら、どうしてそれをカタリウムではなくダストが歌っているのだろうか。
臨終の際、フィルクに歌を教えられたとして一体何のために……?
(それに今晩は雨やから月は出えへんやんか。月が出えへんからカタリウムも出没せ……そ、そうやッ、間違いない! ダストのヤツ、歌でカタリウムを誘き出してるんやッ!)
暗闇の中でカチャリと音がする。
ユージンが鞘からロング・ソードを抜いたのだろう。
(ユージンも気づいたか。……いよいよやな)
次第にシトシト降ってくる。
晴天続きの森には恵みの雨となるだろう。
ちょうどよかったとヒエンは思う。
どっちにしろ今日は歩く気力がない。
フィルクと出会ってからまだ半日しか経っていないが、パーティは彼の死に喪失感でいっぱいだった。
「フィルクはわかってたんかな、この雨……」
岩穴から雨だれを見つめているユージンの隣にヒエンが立つ。
「さあな。偶然かもしんねぇし、たまたまかもな」
「偶然もたまたまも同じ意味やんけ」
上の空のユージンはヒエンのツッコミに気づかず、
「そうかもな」
と、生返事。
ダストやモブランのように思いきり泣くことができたらユージンも少しはラクになれただろうが、彼にその選択肢はない。
大人だな、とヒエンは思う。
彼女自身も泣かなかったが……。
「なあ、コレ……」
フィルクから譲り受けたロング・ソードを、ユージンはヒエンに見せつけるよう掲げる。
「似合ってるか?」
「全然あかん。カタリウム斬ったらお役御免やな。ルーザンヌんとこにでも預けたらええ」
「いい考えだ。ジジイ、きっと喜ぶぜ」
ユージンの笑顔が哀しすぎて、ヒエンは危うく泣きそうになった。
これ以上はマズいと、ヒエンは既に泣き終えて気持ちを切り替えているダストの方へと移動する。
「フィルク、何て言うてたんや?」
目を赤く泣き腫らしたダストは無言のままニッコリ笑う。
「言うたらあかんことなんか?」
今度はコクリと頷くダスト。
どうやら、しばらく無音を要するらしい。
(言霊を操るために余計なコト喋られんとか? まあ、ええわ。そこんとこはダストに任せるしかないし)
近くにいると、ダストがうっかり声を出してしまうかもしれない。
けれども、一人でいるのはツラい。
結局、ヒエンはさっきまでいたモブランのところに戻る。
童女はフィルクに抱きつき、まだグズグズと鼻を鳴らして泣いていた。
少しは落ち着いたようだ。
モブランに対しては掛ける言葉が見つからない。
自分のせいでフィルクが死んだと思い込んでいるからだ。
確かにモブランに命を分け与えたことでフィルクの死期が幾分かは早まっただろうが、そもそもヒエンら三人が盗まれたロング・ボウを返しに来なければ、彼は"生死の境界"を越えなかっただろう。
それに、フィルクは自分の意思で森精庄を後にしたのだ。
誰のせいでもない。
「……モブラン」
ヒエンはとりあえず呼んでみた。
案の定、モブランはその呼び掛けに答えない。
ヘタな慰めはよそう……ヒエンはモブランに現実を突きつける。
「明日になったらウチらはここを出る。それまでにフィルクを土に埋めたらなあかん。そやからもうフィルクから離れや」
非情な宣告だが、誰かがそれを言わなければならない。
顔を上げたモブランは信じられないものを見るようにヒエンを捉え、それからブンブン首を振った。
心が痛む。
しかし、ここは人間の世界だ。
時は流れている。
「そのままやったらフィルクはゆっくり眠れんのや」
「朝まで……朝までモォはフィルクと一緒にいたいのにゃ。お願いにゃ……」
「……わかった」
今日はもう何も言うまいと思った。
ヒエンはひどく疲れていた。
テフスペリア大森林に入って一番寝ていなかったのがヒエンだった。
お荷物の自分ができるのは寝ずの番くらい……そう思い込んでいたために率先して見張り役を買って出たが、それもいよいよ限界に近づいてきた。
幸いにも盗賊団は壊滅状態だし、対岸の葉人族も何かを仕掛けてくる様子はない。
警戒するのは野生の獣くらいか……。
「ユージン」
「ん?」
振り返った大男に声を掛ける。
「ウチ、ちょっと眠らせてもらうわ」
「ああ、そうしろ。……悪かったな。本当なら、昨晩こそオメエにグッスリ休んでもらうはずだったんだ。ゆっくり休め」
ユージンも気にしていたのだ。
ニッと笑ったヒエンは誰の側にも行かず、やっと一人になった。
一人になればウッカリ寝てしまいそうだったが、もう遠慮しなくていい。
(ウチ、眠ってもええんや。フィルク、オマエもモブランとお別れできたらゆっくり眠れるな。お先に……)
*
「おい、起きろ」
「……ん?」
ユージンに起こされた時、寝ぼけ眼のヒエンは一瞬ここがどこなのかわからなかった。
(ニーリフ? グレンナ?)
真っ暗の中、ユージンが持つランタンの灯りが一つ。
「ヒエン、目を覚ませ。いよいよ、ダストが何やら始めるみてぇだぞ」
その言葉で我に返るヒエン。
(もう夜か……。眠りが深すぎて夢も見んかったわ)
モブランはまだフィルクの遺体に抱きついていたが、もう泣いてなかった。
ダストが灯りを消すようユージンに手で合図する。
岩穴は完全に漆黒の闇と化す。
静寂の中、雨音だけが聞こえてくる。
(明日は晴れてくれるやろか? ここからテフランド湾まで何日かかるんかな……)
ヒエンがそんなことを考えていた時だった。
「……ッ!」
何かが聞こえてくるが、それが何なのかがわからない。
今まで耳にしたことのない類の音だ。
ユージンやモブランもその不思議な響きに不安を感じている。
どこから発せられているのだろうと三人は耳を澄ませていると……何と、それはダストの口から出ていた。
(音やない……。独特のリズムを繰り返してる。コレは歌なんか? ま、まさか、これがダストの言うてた【あの人達】……カタリウムの歌?)
だとしたら、どうしてそれをカタリウムではなくダストが歌っているのだろうか。
臨終の際、フィルクに歌を教えられたとして一体何のために……?
(それに今晩は雨やから月は出えへんやんか。月が出えへんからカタリウムも出没せ……そ、そうやッ、間違いない! ダストのヤツ、歌でカタリウムを誘き出してるんやッ!)
暗闇の中でカチャリと音がする。
ユージンが鞘からロング・ソードを抜いたのだろう。
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