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第5章
テフスペリア大森林 9
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翌日。
昨日とは打って変わって、この日は盗賊団の襲撃もなくそのまま静かに夜を迎えた。
「結局、肩透かしを食らっただけの一日だったな」
「……敵が何を考えてるか全くわからん。陽動作戦もここまで徹底されたら、逆に不気味すぎて怖いわ」
警戒を解くことなく歩き続け、一行の旅は丸四日が過ぎようとしている。
熊を利用した盗賊の攻撃が昨日あったものの、それっきり何も仕掛けてこないことで彼らの精神状態もいよいよ限界に近いところまできていた。
この日は三人とも食事を取りたがらなかったが、唯一モブランだけが娯楽行為としてフルーツを食べている。
「アイツらにはオレ達の目的がわかってねぇはずだが、少なくとも盗賊討伐のために森に入ったとは思ってねぇだろ。だからってこのまま見過ごすなんてこともしねえ。『侵入者は例外なく排除する』って三下が言ってたしな」
「ほんなら何で仕掛けてこんのや?」
「オレが知るかッ!」
タフなユージンも昨晩のようなおどける元気はもうなかった。
張り詰めた緊張感を発散する場がないせいで、モチベーションを維持するのが難しくなってきている。
それはヒエンも同じだった。
そんな中、ダストは比較的平静さを保っていた。
「明日になればイヤでも何か起こるよ」
ダストが言う通り、明日はいよいよ"生死の境界"に辿り着く。
川を渡れば、盗賊団よりもずっとタチの悪い葉人族の集落に立ち入らなければならないのだ。
「……」
ナーバスに陥っているユージンとヒエンは返す言葉もない。
「盗賊団は間違いなく明日動くにゃ」
「――ッ!」
三人が一斉に眼鏡の童女の方を向く。
だが、その次がなかなか出て来ない。
発言者のモブランが薄い赤色の果実を大量に頬張ったからだ。
「何でこのタイミングで食うかな……」
イライラしながらモブランの咀嚼を待つユージンとヒエン。
ダストはこの間を利用して自分なりに考えてみる。
「多分、盗賊団は昨日の熊作戦の失敗にかなり衝撃を受けたんだと思う。だからこそ、次の攻撃で確実にしとめなきゃならない。慎重になるのも無理ないよ」
「攻撃そのものがなくなるとは考えられんか?」
「いや、それはない」
ダストは首を振る。
「アギという絶対的リーダーがそれを許さないよ。僕らを生かしたままにすれば、今度は自分の立場が危うくなるからね」
「自らのカリスマ性を保つためにも、ウチらを絶対に殺さなあかんねんな」
「だとしたらアギの狙いは正解だぜ。こっちの戦闘力は時間が経過する度に弱体化してるからよ。水もねぇし……」
そこに満足そうな表情で「プフ~ッ」と息を吐いたモブランが三人にパチパチ拍手した。
「お見事な推理なのにゃ」
「推理なんかしたくねぇよ。オメエの発言待ちだ。とっとと『明日動く』の根拠を示せ」
口調はいつも通りだが、ユージンは本気で怒っている。
しかし、モブランは相変わらずのマイペースである。
「今日で盗賊団の四つある隠し村を全部通過したにゃ」
「へ……いつの間に?」
ヒエンはユージンとダストの顔を見たが、二人とも愕然たる思いで首を振る。
「ウチら全然気ぃつけへんかったわ」
「だからこそ隠し村なのにゃ」
「そりゃそうやな」
「……で、それがどうしたってんだ?」
機嫌の悪いユージン、更にイライラを募らせて訊く。
「よく考えるにゃ。今まではモォ達の前に盗賊がいたにゃ。でも、これから盗賊は本格的に後ろから攻撃を仕掛けてくるのにゃ。そして、モォ達の前には"生死の境界"が立ちはだかるのにゃ」
一同「あッ!」と声を上げる。
「そうか! 地の利を計算して、盗賊団はギリギリまで戦力を温存してたのか!」
「あわよくば、葉人族も向こう岸から参戦してくれるかもしんねぇしな。……畜生、やっぱりまともにはぶつかってこねぇのか!」
唾を吐いたユージン、いきなり立ち上がりバックパックを背負い鍋盾を持つ。
「え……もう行くんか?」
「オメエらもどうせ眠れねぇだろ? 体を動かしてねぇと気が狂いそうだ」
ダストはヒエンの顔を見て無言で頷く。
「……みんな同じやな」
ヒエンも立ち上がってバックパックを背負い、今まで膝に掛けていたマントを覆った。
ランタン片手にユージンが焚き火を踏み消している。
ダストが目を閉じて、月の声を聴こうとしている。
伸びをしたヒエン、闇に向かって左右の空蹴りで気合いを入れている。
その様子を黙って見ていたモブランから笑みが消えた。
「みんな、聞いてほしいのにゃ」
三人が揃ってモブランを見る。
「もし、モォがこの眼鏡を外したら、みんなモォから急いで離れてほしいのにゃ」
「……どういうことだ?」
ユージンの質問に、モブランは哀しそうな顔をするだけで何も返さない。
童女のこんな表情を三人は初めて見た。
元の仲間から酷い過去を暴露されても毅然としていたモブランが一体どうしたというのだろうか……。
しばらくして、ヒエンはピンときた。
他の二人も考えついたことは一緒だった。
ヒエンのランタンを持ったモブランが、その表情を隠すようにして歩いて行く。
ヒエンは小声でユージンとダストに言う。
「ウチら、頑張ってそうならんようにせんとな」
「当たり前だ。ガキのクセに全部自分で解決しようとしやがって」
ダストはうつむきながら、
「ヒエン……僕、最初の晩にひどいこと言っちゃったね。モブランは甘えてなんかいない。甘えていたのは……この僕だ!」
と、目を潤ませながら後悔を募らせている。
ヒエンはダストの右肩をポンと叩き、
「おいおい、早くも三度目か? 泣くのはもうちょい後にとっとけや」
そう言い残して先頭のモブランに続く。
ユージンは何も言わずに先に進む。
最後に残ったダストは二張の弓を手にシンガリを歩く。
「ねえ、僕達は明日もこんな風に月が見れるかな?」
そう訊いてみたものの、ロング・ボウに張られたカタリウムの弦は無言を貫き通した。
「……キミって意地悪だね。こんな時だけ静かなんだから」
昨日とは打って変わって、この日は盗賊団の襲撃もなくそのまま静かに夜を迎えた。
「結局、肩透かしを食らっただけの一日だったな」
「……敵が何を考えてるか全くわからん。陽動作戦もここまで徹底されたら、逆に不気味すぎて怖いわ」
警戒を解くことなく歩き続け、一行の旅は丸四日が過ぎようとしている。
熊を利用した盗賊の攻撃が昨日あったものの、それっきり何も仕掛けてこないことで彼らの精神状態もいよいよ限界に近いところまできていた。
この日は三人とも食事を取りたがらなかったが、唯一モブランだけが娯楽行為としてフルーツを食べている。
「アイツらにはオレ達の目的がわかってねぇはずだが、少なくとも盗賊討伐のために森に入ったとは思ってねぇだろ。だからってこのまま見過ごすなんてこともしねえ。『侵入者は例外なく排除する』って三下が言ってたしな」
「ほんなら何で仕掛けてこんのや?」
「オレが知るかッ!」
タフなユージンも昨晩のようなおどける元気はもうなかった。
張り詰めた緊張感を発散する場がないせいで、モチベーションを維持するのが難しくなってきている。
それはヒエンも同じだった。
そんな中、ダストは比較的平静さを保っていた。
「明日になればイヤでも何か起こるよ」
ダストが言う通り、明日はいよいよ"生死の境界"に辿り着く。
川を渡れば、盗賊団よりもずっとタチの悪い葉人族の集落に立ち入らなければならないのだ。
「……」
ナーバスに陥っているユージンとヒエンは返す言葉もない。
「盗賊団は間違いなく明日動くにゃ」
「――ッ!」
三人が一斉に眼鏡の童女の方を向く。
だが、その次がなかなか出て来ない。
発言者のモブランが薄い赤色の果実を大量に頬張ったからだ。
「何でこのタイミングで食うかな……」
イライラしながらモブランの咀嚼を待つユージンとヒエン。
ダストはこの間を利用して自分なりに考えてみる。
「多分、盗賊団は昨日の熊作戦の失敗にかなり衝撃を受けたんだと思う。だからこそ、次の攻撃で確実にしとめなきゃならない。慎重になるのも無理ないよ」
「攻撃そのものがなくなるとは考えられんか?」
「いや、それはない」
ダストは首を振る。
「アギという絶対的リーダーがそれを許さないよ。僕らを生かしたままにすれば、今度は自分の立場が危うくなるからね」
「自らのカリスマ性を保つためにも、ウチらを絶対に殺さなあかんねんな」
「だとしたらアギの狙いは正解だぜ。こっちの戦闘力は時間が経過する度に弱体化してるからよ。水もねぇし……」
そこに満足そうな表情で「プフ~ッ」と息を吐いたモブランが三人にパチパチ拍手した。
「お見事な推理なのにゃ」
「推理なんかしたくねぇよ。オメエの発言待ちだ。とっとと『明日動く』の根拠を示せ」
口調はいつも通りだが、ユージンは本気で怒っている。
しかし、モブランは相変わらずのマイペースである。
「今日で盗賊団の四つある隠し村を全部通過したにゃ」
「へ……いつの間に?」
ヒエンはユージンとダストの顔を見たが、二人とも愕然たる思いで首を振る。
「ウチら全然気ぃつけへんかったわ」
「だからこそ隠し村なのにゃ」
「そりゃそうやな」
「……で、それがどうしたってんだ?」
機嫌の悪いユージン、更にイライラを募らせて訊く。
「よく考えるにゃ。今まではモォ達の前に盗賊がいたにゃ。でも、これから盗賊は本格的に後ろから攻撃を仕掛けてくるのにゃ。そして、モォ達の前には"生死の境界"が立ちはだかるのにゃ」
一同「あッ!」と声を上げる。
「そうか! 地の利を計算して、盗賊団はギリギリまで戦力を温存してたのか!」
「あわよくば、葉人族も向こう岸から参戦してくれるかもしんねぇしな。……畜生、やっぱりまともにはぶつかってこねぇのか!」
唾を吐いたユージン、いきなり立ち上がりバックパックを背負い鍋盾を持つ。
「え……もう行くんか?」
「オメエらもどうせ眠れねぇだろ? 体を動かしてねぇと気が狂いそうだ」
ダストはヒエンの顔を見て無言で頷く。
「……みんな同じやな」
ヒエンも立ち上がってバックパックを背負い、今まで膝に掛けていたマントを覆った。
ランタン片手にユージンが焚き火を踏み消している。
ダストが目を閉じて、月の声を聴こうとしている。
伸びをしたヒエン、闇に向かって左右の空蹴りで気合いを入れている。
その様子を黙って見ていたモブランから笑みが消えた。
「みんな、聞いてほしいのにゃ」
三人が揃ってモブランを見る。
「もし、モォがこの眼鏡を外したら、みんなモォから急いで離れてほしいのにゃ」
「……どういうことだ?」
ユージンの質問に、モブランは哀しそうな顔をするだけで何も返さない。
童女のこんな表情を三人は初めて見た。
元の仲間から酷い過去を暴露されても毅然としていたモブランが一体どうしたというのだろうか……。
しばらくして、ヒエンはピンときた。
他の二人も考えついたことは一緒だった。
ヒエンのランタンを持ったモブランが、その表情を隠すようにして歩いて行く。
ヒエンは小声でユージンとダストに言う。
「ウチら、頑張ってそうならんようにせんとな」
「当たり前だ。ガキのクセに全部自分で解決しようとしやがって」
ダストはうつむきながら、
「ヒエン……僕、最初の晩にひどいこと言っちゃったね。モブランは甘えてなんかいない。甘えていたのは……この僕だ!」
と、目を潤ませながら後悔を募らせている。
ヒエンはダストの右肩をポンと叩き、
「おいおい、早くも三度目か? 泣くのはもうちょい後にとっとけや」
そう言い残して先頭のモブランに続く。
ユージンは何も言わずに先に進む。
最後に残ったダストは二張の弓を手にシンガリを歩く。
「ねえ、僕達は明日もこんな風に月が見れるかな?」
そう訊いてみたものの、ロング・ボウに張られたカタリウムの弦は無言を貫き通した。
「……キミって意地悪だね。こんな時だけ静かなんだから」
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