25 / 57
第5章
テフスペリア大森林 1
しおりを挟む
城の周辺ということで緑色のサーコートをまとった憲兵が目立つ。
テフランド公国の人口はこの首都メルカド近辺に密集していたため、警備がしやすく治安もいい。
「そのロング・ボウ盗んだ奴、わざわざグレンナのジジイんとこまで行った理由がわかったわ。やたら兵隊歩いてるやん。……てか、無駄に多い。直轄領やないんやから」
ダストはコクコク頷く。
「イニアの比じゃないね」
「海トカゲ出まくりのナニワームより多いわ。コイツらの給料って庶民の税金から出てるんやろ。昔からこんなんやったんか?」
三歳までテフランド郊外にいたダスト、覚えていないと首を振る。
「ずっと母さんと一緒に孤児院の敷地内にいたからね。兵隊よりも同じような年齢の子供の記憶しかないよ」
「あんまりジロジロ見るな。また憲兵署に連行されるぞ。……それより、昨日はちゃんと眠れたか?」
そう問いかけるユージン、頭の包帯は既に取れて例の黒い兜をかぶっている。
「久々の快眠や。三人別々の部屋取れてよかったわ」
「ダストは?」
「僕も。ロング・ボウがヘタな歌を歌い続けて困ったけど、母さんの眠り薬ですぐにグッスリだよ」
「それはよかった」
ヒエンにはその言い方が気になった。
ユージンらしくない。
「何やソレ? 皮肉か?」
「皮肉じゃねぇよ。いよいよテフスペリア大森林に足を踏み入れるんだ。これから何日も満足に眠れない日々が続く。眠れる時に眠っとかないと大変だぜ。……そう言うオレはあんまり寝てないが」
「えぇッ、あかんやん! 緊張でもしたんか?」
ヒエン、冗談のつもりで言ったものの、
「ああ、そうらしい。酒を抜いたのが却ってよくなかったかもな」
ユージンにしては珍しくネガティブな答えが返って来た。
一番頼りにしていた男がこの様子ではヒエンも少々心細くなる。
「何やったら森に入るん明日に延期しよっか?」
「は?」
それを聞いたユージンは据わった目でヒエンを捉えている。
「ヒエン……まさかオメエ、このオレがビビッてると思ってる?」
「違うんか?」
「だから緊張してるだけだッ! ビビッてなんかねえッ!」
ユージンの大声にヒエンは少しホッとする。
「確かにオレはこれまであの森へ侵入することは避けてきた。それは事実だ。だがよ、そこに明白な理由があれば別だぜ。今回、オレ達は度胸試しやキノコ狩りなんていうつまらねえ気持ちで森に入るんじゃねえ。……ヒエン、ダスト。申し訳ねぇけど、オレは個人的にワクワクしてしょうがねぇんだよ。ついにそこへ行けるんだからな。オレにとってテフスペリア大森林はシバルウーニ大陸最後の聖地なんだ。酒断ちぐらいしねぇと失礼だろ?」
「相当の覚悟やな」
ヒエンは足首のグリーブを見た。
母の形見だ。
(ウチもユージンに負けてられん!)
ヤマト流捕縄術は下段蹴り、もしくは中段蹴りで相手を牽制して自分の有利な間を保つ。
蹴り技を使いつつ、最終的に両手の麻縄で相手を捕縛する。
基本的な型は"ウケ"、"縦ウケ"、"マキ"の三種類しかない。
"ウケ"は麻縄を真横に引っ張った状態で、相手の攻撃を受けて吸収する。
そこから麻縄を弛ませて"マキ"の状態から相手の四肢のいずれかを素早く巻きつけて、制限を受けた相手の動きに柔軟に対応する。
相手が更なる攻撃に転じた場合は"ウケ"と"マキ"で対応し、隙あらば足払いで倒す。
相手の目線は麻縄に集中しているので、この時の足払いは非常に効果がある。
うつ伏せに倒した相手に馬乗りになって、四肢を絡ませた麻縄を相手の首に巻きつけて完全に動きを封じてしまう。
"縦ウケ"は麻縄を縦向きにした状態で、横からの攻撃を受け止めると同時に相手の力を利用して巻いてしまう。
捕縛には驚異的な動体視力が必要とされることは言うまでもない。
いずれにしても、ヤマト流捕縄術は相手から手足による何らかの攻撃を麻縄で受けきって初めて機能する護身術であり、逆にその攻撃を受けきれなければ、麻縄によって自ら両腕の攻撃を封じているのでモロい部分がある。
相手が人間ならばヒエンにも対応できる自信はあるが、シーリザードの怪力に"ウケ"や蹴り技は全く通用しないことはわかっている。
動きがヒエン以上に俊敏な盗賊にも通用しないだろう。
そもそも知恵に長ける彼らは、直接的な攻撃など仕掛けてこないはずだ。
そして、葉人族……。
この種族がどのような能力を持つのかわからない以上、ヒエンの敵う相手でないことは明白である。
(シーリザードに盗賊に葉人族か。通用せん相手ばっかりやな。……いや、相手が誰であれ己の力を過信したらオカンみたいになってまう)
ヒエンはギュッと拳を固めて、ユージンの左上腕を軽く殴る。
「イテッ! いきなり何すんだ?」
「気合い注入や」
ヒエンはユージンを追い越して先頭を歩く。
(オカン、もうすぐそっちに行くで。そやけど、ウチはオカンみたいに惨めな死に方はせえへん。悪いけど……)
テフランド公国の人口はこの首都メルカド近辺に密集していたため、警備がしやすく治安もいい。
「そのロング・ボウ盗んだ奴、わざわざグレンナのジジイんとこまで行った理由がわかったわ。やたら兵隊歩いてるやん。……てか、無駄に多い。直轄領やないんやから」
ダストはコクコク頷く。
「イニアの比じゃないね」
「海トカゲ出まくりのナニワームより多いわ。コイツらの給料って庶民の税金から出てるんやろ。昔からこんなんやったんか?」
三歳までテフランド郊外にいたダスト、覚えていないと首を振る。
「ずっと母さんと一緒に孤児院の敷地内にいたからね。兵隊よりも同じような年齢の子供の記憶しかないよ」
「あんまりジロジロ見るな。また憲兵署に連行されるぞ。……それより、昨日はちゃんと眠れたか?」
そう問いかけるユージン、頭の包帯は既に取れて例の黒い兜をかぶっている。
「久々の快眠や。三人別々の部屋取れてよかったわ」
「ダストは?」
「僕も。ロング・ボウがヘタな歌を歌い続けて困ったけど、母さんの眠り薬ですぐにグッスリだよ」
「それはよかった」
ヒエンにはその言い方が気になった。
ユージンらしくない。
「何やソレ? 皮肉か?」
「皮肉じゃねぇよ。いよいよテフスペリア大森林に足を踏み入れるんだ。これから何日も満足に眠れない日々が続く。眠れる時に眠っとかないと大変だぜ。……そう言うオレはあんまり寝てないが」
「えぇッ、あかんやん! 緊張でもしたんか?」
ヒエン、冗談のつもりで言ったものの、
「ああ、そうらしい。酒を抜いたのが却ってよくなかったかもな」
ユージンにしては珍しくネガティブな答えが返って来た。
一番頼りにしていた男がこの様子ではヒエンも少々心細くなる。
「何やったら森に入るん明日に延期しよっか?」
「は?」
それを聞いたユージンは据わった目でヒエンを捉えている。
「ヒエン……まさかオメエ、このオレがビビッてると思ってる?」
「違うんか?」
「だから緊張してるだけだッ! ビビッてなんかねえッ!」
ユージンの大声にヒエンは少しホッとする。
「確かにオレはこれまであの森へ侵入することは避けてきた。それは事実だ。だがよ、そこに明白な理由があれば別だぜ。今回、オレ達は度胸試しやキノコ狩りなんていうつまらねえ気持ちで森に入るんじゃねえ。……ヒエン、ダスト。申し訳ねぇけど、オレは個人的にワクワクしてしょうがねぇんだよ。ついにそこへ行けるんだからな。オレにとってテフスペリア大森林はシバルウーニ大陸最後の聖地なんだ。酒断ちぐらいしねぇと失礼だろ?」
「相当の覚悟やな」
ヒエンは足首のグリーブを見た。
母の形見だ。
(ウチもユージンに負けてられん!)
ヤマト流捕縄術は下段蹴り、もしくは中段蹴りで相手を牽制して自分の有利な間を保つ。
蹴り技を使いつつ、最終的に両手の麻縄で相手を捕縛する。
基本的な型は"ウケ"、"縦ウケ"、"マキ"の三種類しかない。
"ウケ"は麻縄を真横に引っ張った状態で、相手の攻撃を受けて吸収する。
そこから麻縄を弛ませて"マキ"の状態から相手の四肢のいずれかを素早く巻きつけて、制限を受けた相手の動きに柔軟に対応する。
相手が更なる攻撃に転じた場合は"ウケ"と"マキ"で対応し、隙あらば足払いで倒す。
相手の目線は麻縄に集中しているので、この時の足払いは非常に効果がある。
うつ伏せに倒した相手に馬乗りになって、四肢を絡ませた麻縄を相手の首に巻きつけて完全に動きを封じてしまう。
"縦ウケ"は麻縄を縦向きにした状態で、横からの攻撃を受け止めると同時に相手の力を利用して巻いてしまう。
捕縛には驚異的な動体視力が必要とされることは言うまでもない。
いずれにしても、ヤマト流捕縄術は相手から手足による何らかの攻撃を麻縄で受けきって初めて機能する護身術であり、逆にその攻撃を受けきれなければ、麻縄によって自ら両腕の攻撃を封じているのでモロい部分がある。
相手が人間ならばヒエンにも対応できる自信はあるが、シーリザードの怪力に"ウケ"や蹴り技は全く通用しないことはわかっている。
動きがヒエン以上に俊敏な盗賊にも通用しないだろう。
そもそも知恵に長ける彼らは、直接的な攻撃など仕掛けてこないはずだ。
そして、葉人族……。
この種族がどのような能力を持つのかわからない以上、ヒエンの敵う相手でないことは明白である。
(シーリザードに盗賊に葉人族か。通用せん相手ばっかりやな。……いや、相手が誰であれ己の力を過信したらオカンみたいになってまう)
ヒエンはギュッと拳を固めて、ユージンの左上腕を軽く殴る。
「イテッ! いきなり何すんだ?」
「気合い注入や」
ヒエンはユージンを追い越して先頭を歩く。
(オカン、もうすぐそっちに行くで。そやけど、ウチはオカンみたいに惨めな死に方はせえへん。悪いけど……)
0
お気に入りに追加
22
あなたにおすすめの小説

【完結】私の代わりに。〜お人形を作ってあげる事にしました。婚約者もこの子が良いでしょう?〜
BBやっこ
恋愛
黙っていろという婚約者
おとなしい娘、言うことを聞く、言われたまま動く人形が欲しい両親。
友人と思っていた令嬢達は、「貴女の後ろにいる方々の力が欲しいだけ」と私の存在を見ることはなかった。
私の勘違いだったのね。もうおとなしくしていられない。側にも居たくないから。
なら、お人形でも良いでしょう?私の魔力を注いで創ったお人形は、貴方達の望むよに動くわ。

【完結】あなたに知られたくなかった
ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。
5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。
そんなセレナに起きた奇跡とは?

【完結】悪役令嬢は3歳?〜断罪されていたのは、幼女でした〜
白崎りか
恋愛
魔法学園の卒業式に招かれた保護者達は、突然、王太子の始めた蛮行に驚愕した。
舞台上で、大柄な男子生徒が幼い子供を押さえつけているのだ。
王太子は、それを見下ろし、子供に向って婚約破棄を告げた。
「ヒナコのノートを汚したな!」
「ちがうもん。ミア、お絵かきしてただけだもん!」
小説家になろう様でも投稿しています。

冤罪で追放された令嬢〜周囲の人間達は追放した大国に激怒しました〜
影茸
恋愛
王国アレスターレが強国となった立役者とされる公爵令嬢マーセリア・ラスレリア。
けれどもマーセリアはその知名度を危険視され、国王に冤罪をかけられ王国から追放されることになってしまう。
そしてアレスターレを強国にするため、必死に動き回っていたマーセリアは休暇気分で抵抗せず王国を去る。
ーーー だが、マーセリアの追放を周囲の人間は許さなかった。
※一人称ですが、視点はころころ変わる予定です。視点が変わる時には題名にその人物の名前を書かせていただきます。



エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~
シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。
主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。
追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。
さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。
疫病? これ飲めば治りますよ?
これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる