人を咥えて竜が舞う

よん

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第5章

テフスペリア大森林 1

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 城の周辺ということで緑色のサーコートをまとった憲兵が目立つ。
 テフランド公国の人口はこの首都メルカド近辺に密集していたため、警備がしやすく治安もいい。

「そのロング・ボウ盗んだ奴、わざわざグレンナのジジイんとこまで行った理由がわかったわ。やたら兵隊歩いてるやん。……てか、無駄に多い。直轄領やないんやから」

 ダストはコクコク頷く。

「イニアの比じゃないね」
「海トカゲ出まくりのナニワームより多いわ。コイツらの給料って庶民の税金から出てるんやろ。昔からこんなんやったんか?」

 三歳までテフランド郊外にいたダスト、覚えていないと首を振る。

「ずっと母さんと一緒に孤児院の敷地内にいたからね。兵隊よりも同じような年齢の子供の記憶しかないよ」
「あんまりジロジロ見るな。また憲兵署に連行されるぞ。……それより、昨日はちゃんと眠れたか?」

 そう問いかけるユージン、頭の包帯は既に取れて例の黒い兜をかぶっている。

「久々の快眠や。三人別々の部屋取れてよかったわ」
「ダストは?」
「僕も。ロング・ボウがヘタな歌を歌い続けて困ったけど、母さんの眠り薬ですぐにグッスリだよ」
「それはよかった」

 ヒエンにはその言い方が気になった。
 ユージンらしくない。

「何やソレ? 皮肉か?」
「皮肉じゃねぇよ。いよいよテフスペリア大森林に足を踏み入れるんだ。これから何日も満足に眠れない日々が続く。眠れる時に眠っとかないと大変だぜ。……そう言うオレはあんまり寝てないが」
「えぇッ、あかんやん! 緊張でもしたんか?」

 ヒエン、冗談のつもりで言ったものの、

「ああ、そうらしい。酒を抜いたのが却ってよくなかったかもな」

 ユージンにしては珍しくネガティブな答えが返って来た。
 一番頼りにしていた男がこの様子ではヒエンも少々心細くなる。

「何やったら森に入るん明日に延期しよっか?」
「は?」

 それを聞いたユージンは据わった目でヒエンを捉えている。

「ヒエン……まさかオメエ、このオレがビビッてると思ってる?」
「違うんか?」
「だから緊張してるだけだッ! ビビッてなんかねえッ!」

 ユージンの大声にヒエンは少しホッとする。

「確かにオレはこれまであの森へ侵入することは避けてきた。それは事実だ。だがよ、そこに明白な理由があれば別だぜ。今回、オレ達は度胸試しやキノコ狩りなんていうつまらねえ気持ちで森に入るんじゃねえ。……ヒエン、ダスト。申し訳ねぇけど、オレは個人的にワクワクしてしょうがねぇんだよ。ついにそこへ行けるんだからな。オレにとってテフスペリア大森林はシバルウーニ大陸最後の聖地なんだ。酒断ちぐらいしねぇと失礼だろ?」
「相当の覚悟やな」

 ヒエンは足首のグリーブを見た。
 母の形見だ。

(ウチもユージンに負けてられん!)

 ヤマト流捕縄術は下段蹴り、もしくは中段蹴りで相手を牽制して自分の有利な間を保つ。
 蹴り技を使いつつ、最終的に両手の麻縄で相手を捕縛する。
 基本的な型は"ウケ"、"縦ウケ"、"マキ"の三種類しかない。
 "ウケ"は麻縄を真横に引っ張った状態で、相手の攻撃を受けて吸収する。
 そこから麻縄を弛ませて"マキ"の状態から相手の四肢のいずれかを素早く巻きつけて、制限を受けた相手の動きに柔軟に対応する。
 相手が更なる攻撃に転じた場合は"ウケ"と"マキ"で対応し、隙あらば足払いで倒す。
 相手の目線は麻縄に集中しているので、この時の足払いは非常に効果がある。
 うつ伏せに倒した相手に馬乗りになって、四肢を絡ませた麻縄を相手の首に巻きつけて完全に動きを封じてしまう。
 "縦ウケ"は麻縄を縦向きにした状態で、横からの攻撃を受け止めると同時に相手の力を利用して巻いてしまう。
 捕縛には驚異的な動体視力が必要とされることは言うまでもない。
 いずれにしても、ヤマト流捕縄術は相手から手足による何らかの攻撃を麻縄で受けきって初めて機能する護身術であり、逆にその攻撃を受けきれなければ、麻縄によって自ら両腕の攻撃を封じているのでモロい部分がある。
 相手が人間ならばヒエンにも対応できる自信はあるが、シーリザードの怪力に"ウケ"や蹴り技は全く通用しないことはわかっている。
 動きがヒエン以上に俊敏な盗賊にも通用しないだろう。
 そもそも知恵に長ける彼らは、直接的な攻撃など仕掛けてこないはずだ。
 そして、葉人族……。
 この種族がどのような能力を持つのかわからない以上、ヒエンの敵う相手でないことは明白である。

(シーリザードに盗賊に葉人族か。通用せん相手ばっかりやな。……いや、相手が誰であれ己の力を過信したらオカンみたいになってまう)

 ヒエンはギュッと拳を固めて、ユージンの左上腕を軽く殴る。

「イテッ! いきなり何すんだ?」
「気合い注入や」

 ヒエンはユージンを追い越して先頭を歩く。

(オカン、もうすぐそっちに行くで。そやけど、ウチはオカンみたいに惨めな死に方はせえへん。悪いけど……)
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