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第4章
カタリウムは人を選ぶ 2
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軽い食事を済ませた二人は"ルーザンヌの質屋"へと向かう。
ヒエンとしてはもう相棒を疑っていなかったのでわざわざ加齢臭のキツい年寄りに会いに行く理由などなかったが、ユージンは元々そこへ連れて行くつもりだったらしい。
「吉報とまではいかねぇかもしれねぇが、少しばかりの光明は見えてきたぜ」
「光明?」
「"シーリザード生け捕り"のヒントさ。まだほんの小さな光だけどよ」
「――ッ! それ、ホンマやったらすごいやん!」
ヒエンの頬がほんのり紅潮する。
「だろ? 長いこと質屋を営んできただけあってジジイは武器や道具に関しちゃ誰よりも造詣が深い。この独特な形状の盾もオレがまだ駆け出しの頃ジジイに売ってもらったのさ。主城に防具は邪魔だし警戒もされるからちょいと預かってもらってて、昨晩、土産の酒持参でコイツを引き取りに行ったんだ。いくら何でもジジイと一緒に夜の歓楽街へ繰り出すワケにはいかねえから店で一晩中酒を飲んでいた。……どうだ? この説明でオメエは納得してくれるかい?」
ヒエンは肩をすくめて何でもなさそうな顔で言ってやる。
「納得とか意味不明ですわ。オマエはええ歳したオッサンでウチの彼氏でもない。娼婦買いして性病に罹ったところでウチには何の関係もないしオマエが説明する義務もない。ウチはウチ、ユージンはユージンでこの先も旅続けてったらええんちゃう?」
ユージンは相好を崩す。
「よく言うぜ。素直になれよ。いきなり一人にされて寂しかったんだろ?」
「あぁン? もっぺん言うてみぃ!」
ヒエンの下段蹴りを警戒したユージン、盾でガードしながら前方を指さす。
「ほら、見えてきたぜ。あの店だ」
ユージンの示す先に"ルーザンヌの質屋"の看板が見える。
不完全燃焼のヒエンは不服そうに唇を尖らせた。
「ガッツリ閉まってるやんけ」
「まだ寝てんだろ? 一晩中寝かせなかったし」
「老人虐待やな」
「そして、更に叩き起こす親切なオレ」
「マジか?」
「本人の了承済みだ」
まもなく質屋の扉の前まで近づいた二人。
建物全体の老朽化が著しく、力づくでも開きそうである。
ユージンはバックパックのサイドポケットから真鍮の鍵を取り出し、それを鍵穴にガチャリと差し込んでドアノブを回した。
「さあ、入れ」
「自分の家みたいに言うな! 勝手に人の」「ぅ遅いぞぉ、ナガロック! ぃいつまでワシを待たせるんじゃ!」
「うわああああああああああああああああああぁ――ッ! ビ、ビックリしたああぁ!」
「ジ、ジジイッ?」
扉のすぐそこで、ハゲた猿のようなルーザンヌじいさんが二人を待ち伏せしていた。
ユージンはドキドキ暴れる心臓を押さえている。
「驚かすなッ! オメエ、寝てたんじゃなかったのかよッ?」
「ぅ若いピチピチねーちゃんが来るんじゃ。ギンギンで寝てられるかい! それよりオマエ、朝早いうちに来ると言うておったじゃろうが! ぅ男なら約束は守らんか!」
「しょうがねぇだろ! 物事全てがうまく進むと思うな! 老人のクセして完徹なんかしてんじゃねぇよ! 寝ろ! 今すぐ寝やがれ! 話の途中で突然死されたら迷惑だからな!」
「だからギンギンじゃと言うておろうが! ワシ本体が眠ろうとしたところでワシの息子が静まってくれんのじゃ!」
「○○ポを別人格みてぇに言うな、この絶倫ジジイ! 大体、起きてんなら店開けてろ!」
「ぅ若造、質の商売をなめるんじゃないぞ! チ○○ギンギンで骨董品や武器の目利きができてたまるか! 鑑定の道は奥深いのじゃ! いくらこの道六十八年のワシとて、煩悩に惑わされては真偽も良否も見極められぬ」
「上等じゃねぇか! そこまで言うなら店内の裸婦像全部撤去しちまえ! 諸悪の根源だ!」
「それはできぬ相談じゃ! 陳列スペースがスカスカになるからの」
(どんだけ裸婦像取り扱ってんねん……)
年齢なんて関係なく、この老人なら率先して夜の歓楽街へと繰り出すだろう。
それにしても、歯が抜けているわりには器用に喋る。
ヒエンは一刻も早くこの場を立ち去りたかった。
たとえルーザンヌ翁が麻縄に代わる素材の有力な情報をもたらしてくれようと、それ以上にいろんな物を失いそうだ。
コッソリ後退りしたヒエンに、ルーザンヌ翁が「待てぃ」と呼び止める。
「ぅおねーちゃん、どこへ行こうというのじゃね?」
シワだらけのその笑顔は既に妖怪の域に達している。
体毛の抜けた小猿を爬虫類化すればこんな顔になるだろう。
「ウ、ウチ、ここでええわ……。お邪魔しました!」
「おいおい、まだ何もジジイから話訊いてねぇだろ」
「そんなもんオマエが教えてくれたらええやんけ。ウチ、あのジジイだけはあかんわ! 見た目も生理的にも受けつけん!」
「こりゃあッ! せめて至近距離にいる『あのジジイ』を気づかうようヒソヒソ声で喋らんかいッ! ワシャアまだ耳は衰えとらんぞ!」
ルーザンヌ翁が吠えるその顔にますます脅えるヒエン、
「ほ、ほら見てみぃ! ジンマシンできてきたッ!」
と、両腕をまくって見せつける。
「心配すんな。大方、憲兵署のベッドでダニにでも食われたんだろ。――さ、行くぞ」
「やめえぇいッ! 離せえぇッ! 体かゆいぃ~!」
道着の襟首を掴んだユージン、そのまま力づくで暴れるヒエンと一緒に店の中へ入っていく。
卑しげな笑みのルーザンヌがどさくさまぎれに隙だらけのヒエンの体に触ろうとする。
「おっと、ジジイ。やめといた方がいいぜ」
ユージンが真剣な顔で忠告する。
「コイツさ、大の男嫌いで年寄りだろうがガキだろうが容赦ねぇから。狂犬と一緒で迂闊に触ったりするとケガすんぞ。ほら、ジジイもさっさと来い」
「……ほほう」
呆然と佇み、ユージンとヒエンの罵り合いを見ながら思った。
(そう言うオマエさんが触っとるのは何でかのう? あの狂犬、ナガロックによう懐いとる)
穏やかに目を細めたルーザンヌは久々に幸せな気分になれた。
ヒエンとしてはもう相棒を疑っていなかったのでわざわざ加齢臭のキツい年寄りに会いに行く理由などなかったが、ユージンは元々そこへ連れて行くつもりだったらしい。
「吉報とまではいかねぇかもしれねぇが、少しばかりの光明は見えてきたぜ」
「光明?」
「"シーリザード生け捕り"のヒントさ。まだほんの小さな光だけどよ」
「――ッ! それ、ホンマやったらすごいやん!」
ヒエンの頬がほんのり紅潮する。
「だろ? 長いこと質屋を営んできただけあってジジイは武器や道具に関しちゃ誰よりも造詣が深い。この独特な形状の盾もオレがまだ駆け出しの頃ジジイに売ってもらったのさ。主城に防具は邪魔だし警戒もされるからちょいと預かってもらってて、昨晩、土産の酒持参でコイツを引き取りに行ったんだ。いくら何でもジジイと一緒に夜の歓楽街へ繰り出すワケにはいかねえから店で一晩中酒を飲んでいた。……どうだ? この説明でオメエは納得してくれるかい?」
ヒエンは肩をすくめて何でもなさそうな顔で言ってやる。
「納得とか意味不明ですわ。オマエはええ歳したオッサンでウチの彼氏でもない。娼婦買いして性病に罹ったところでウチには何の関係もないしオマエが説明する義務もない。ウチはウチ、ユージンはユージンでこの先も旅続けてったらええんちゃう?」
ユージンは相好を崩す。
「よく言うぜ。素直になれよ。いきなり一人にされて寂しかったんだろ?」
「あぁン? もっぺん言うてみぃ!」
ヒエンの下段蹴りを警戒したユージン、盾でガードしながら前方を指さす。
「ほら、見えてきたぜ。あの店だ」
ユージンの示す先に"ルーザンヌの質屋"の看板が見える。
不完全燃焼のヒエンは不服そうに唇を尖らせた。
「ガッツリ閉まってるやんけ」
「まだ寝てんだろ? 一晩中寝かせなかったし」
「老人虐待やな」
「そして、更に叩き起こす親切なオレ」
「マジか?」
「本人の了承済みだ」
まもなく質屋の扉の前まで近づいた二人。
建物全体の老朽化が著しく、力づくでも開きそうである。
ユージンはバックパックのサイドポケットから真鍮の鍵を取り出し、それを鍵穴にガチャリと差し込んでドアノブを回した。
「さあ、入れ」
「自分の家みたいに言うな! 勝手に人の」「ぅ遅いぞぉ、ナガロック! ぃいつまでワシを待たせるんじゃ!」
「うわああああああああああああああああああぁ――ッ! ビ、ビックリしたああぁ!」
「ジ、ジジイッ?」
扉のすぐそこで、ハゲた猿のようなルーザンヌじいさんが二人を待ち伏せしていた。
ユージンはドキドキ暴れる心臓を押さえている。
「驚かすなッ! オメエ、寝てたんじゃなかったのかよッ?」
「ぅ若いピチピチねーちゃんが来るんじゃ。ギンギンで寝てられるかい! それよりオマエ、朝早いうちに来ると言うておったじゃろうが! ぅ男なら約束は守らんか!」
「しょうがねぇだろ! 物事全てがうまく進むと思うな! 老人のクセして完徹なんかしてんじゃねぇよ! 寝ろ! 今すぐ寝やがれ! 話の途中で突然死されたら迷惑だからな!」
「だからギンギンじゃと言うておろうが! ワシ本体が眠ろうとしたところでワシの息子が静まってくれんのじゃ!」
「○○ポを別人格みてぇに言うな、この絶倫ジジイ! 大体、起きてんなら店開けてろ!」
「ぅ若造、質の商売をなめるんじゃないぞ! チ○○ギンギンで骨董品や武器の目利きができてたまるか! 鑑定の道は奥深いのじゃ! いくらこの道六十八年のワシとて、煩悩に惑わされては真偽も良否も見極められぬ」
「上等じゃねぇか! そこまで言うなら店内の裸婦像全部撤去しちまえ! 諸悪の根源だ!」
「それはできぬ相談じゃ! 陳列スペースがスカスカになるからの」
(どんだけ裸婦像取り扱ってんねん……)
年齢なんて関係なく、この老人なら率先して夜の歓楽街へと繰り出すだろう。
それにしても、歯が抜けているわりには器用に喋る。
ヒエンは一刻も早くこの場を立ち去りたかった。
たとえルーザンヌ翁が麻縄に代わる素材の有力な情報をもたらしてくれようと、それ以上にいろんな物を失いそうだ。
コッソリ後退りしたヒエンに、ルーザンヌ翁が「待てぃ」と呼び止める。
「ぅおねーちゃん、どこへ行こうというのじゃね?」
シワだらけのその笑顔は既に妖怪の域に達している。
体毛の抜けた小猿を爬虫類化すればこんな顔になるだろう。
「ウ、ウチ、ここでええわ……。お邪魔しました!」
「おいおい、まだ何もジジイから話訊いてねぇだろ」
「そんなもんオマエが教えてくれたらええやんけ。ウチ、あのジジイだけはあかんわ! 見た目も生理的にも受けつけん!」
「こりゃあッ! せめて至近距離にいる『あのジジイ』を気づかうようヒソヒソ声で喋らんかいッ! ワシャアまだ耳は衰えとらんぞ!」
ルーザンヌ翁が吠えるその顔にますます脅えるヒエン、
「ほ、ほら見てみぃ! ジンマシンできてきたッ!」
と、両腕をまくって見せつける。
「心配すんな。大方、憲兵署のベッドでダニにでも食われたんだろ。――さ、行くぞ」
「やめえぇいッ! 離せえぇッ! 体かゆいぃ~!」
道着の襟首を掴んだユージン、そのまま力づくで暴れるヒエンと一緒に店の中へ入っていく。
卑しげな笑みのルーザンヌがどさくさまぎれに隙だらけのヒエンの体に触ろうとする。
「おっと、ジジイ。やめといた方がいいぜ」
ユージンが真剣な顔で忠告する。
「コイツさ、大の男嫌いで年寄りだろうがガキだろうが容赦ねぇから。狂犬と一緒で迂闊に触ったりするとケガすんぞ。ほら、ジジイもさっさと来い」
「……ほほう」
呆然と佇み、ユージンとヒエンの罵り合いを見ながら思った。
(そう言うオマエさんが触っとるのは何でかのう? あの狂犬、ナガロックによう懐いとる)
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