人を咥えて竜が舞う

よん

文字の大きさ
上 下
2 / 57
第1章

角笛を聞く少年 1

しおりを挟む


       illustration 偽尾白様




「……ほんま大陸は広いなぁ」

 形のよいアーモンドアイをぱちくりさせ、そう呟く少女。

 生まれて十八年、島を出た経験のないヒエン・ヤマトにとってこの一人旅は喜びも不安も一切ない。
 ただただ面倒くさいだけだった。
 役所の事務官から手紙が届いた時は、それに一瞥をくれただけで返信しなかったくらいだ。
 しかしながら、痺れを切らした大公の使者が悲痛な面持ちで頭を下げに来たからには、さすがに権威に屈しないヒエンも承諾せざるを得なかった。
 南北二つの島から成るナニワーム公国も、所詮はシバルウ王国の属国に過ぎない。

 ヤマト流捕縄術師範代のヒエン。

 その彼女に護身術を習いたいと願い出たのがシバルウーニ全土を支配する国王の家臣頭となれば、ナニワーム公もそれに応じるしかないのだ。

 家臣頭――チル臣長しんちょうは三十路前の女で「とても美しいお方だ」とその使者から聞いたヒエン。
 尤も使者の情報もただの伝聞に過ぎなかったが、シバルウーニ覇者の寵愛を一身に受けている人物ならばあながち嘘とは思えない。

「しゃあないな。引き受けたるわ」

「その代わり」と、彼女は一つの条件をつけた。

「オシャレな格好はウチ好かん。シバルウ王の主城に入る時もこのまんまやで」

 真っ白な道着に黒帯が巻かれ、そこにはコンパクトに束ねられた捕縛用の麻縄が左右に三本ずつ挟まっている。
 加えて"グリーブ"と呼ばれる銀色の脛当てをつけるのが彼女の普段着であり、ヤマト流捕縄術の戦闘服、すなわち正装であった。

 その発言を受けた使者は絶句し、背後の人物に助けを求めるも……。
 ヒエンの祖父で師匠でもあるソーウン・ヤマトは高らかに笑いながら「あきらめるんやな。その娘に依頼した方が間違っとるんや」と言い放った。


 それから三日後の朝一番、ヒエンは『このまんま』の格好で大陸行きの連絡船に飛び乗り、その日の昼過ぎにイニア公国の港に到着した。
 唯一『このまんま』と異なるのは、鹿皮のショートブーツを履いていること。
 道場内では勿論のこと、ヒエンは外出時でも常に裸足である。
 けれど、大陸は島国ナニワームの如き野蛮な地ではない。

「裸足の人間を泊める宿屋なんかあるかいな」

 連絡船の切符売りにそう聞いたので、慌てて閉店間際の靴屋へ飛び込んだのは出航前夜のこと。
 何とか適当な靴を見つけたヒエンはそれを乱暴に掴み、

「オッサン、ウチは文無しや。お代はナニワーム公にもろてんか」

 そう言い残して、靴屋の目を白黒させたのだった。
 後に、ヒエンはこの軽率な振る舞いをずっと後悔することになるのだが……。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

絵心向上への道

よん
ライト文芸
絵がうまくなりたい……そんな僕の元に美しい女神降臨!

【完結】私の代わりに。〜お人形を作ってあげる事にしました。婚約者もこの子が良いでしょう?〜

BBやっこ
恋愛
黙っていろという婚約者 おとなしい娘、言うことを聞く、言われたまま動く人形が欲しい両親。 友人と思っていた令嬢達は、「貴女の後ろにいる方々の力が欲しいだけ」と私の存在を見ることはなかった。 私の勘違いだったのね。もうおとなしくしていられない。側にも居たくないから。 なら、お人形でも良いでしょう?私の魔力を注いで創ったお人形は、貴方達の望むよに動くわ。

【完結】悪役令嬢は3歳?〜断罪されていたのは、幼女でした〜

白崎りか
恋愛
魔法学園の卒業式に招かれた保護者達は、突然、王太子の始めた蛮行に驚愕した。 舞台上で、大柄な男子生徒が幼い子供を押さえつけているのだ。 王太子は、それを見下ろし、子供に向って婚約破棄を告げた。 「ヒナコのノートを汚したな!」 「ちがうもん。ミア、お絵かきしてただけだもん!」 小説家になろう様でも投稿しています。

冤罪で追放された令嬢〜周囲の人間達は追放した大国に激怒しました〜

影茸
恋愛
王国アレスターレが強国となった立役者とされる公爵令嬢マーセリア・ラスレリア。 けれどもマーセリアはその知名度を危険視され、国王に冤罪をかけられ王国から追放されることになってしまう。 そしてアレスターレを強国にするため、必死に動き回っていたマーセリアは休暇気分で抵抗せず王国を去る。 ーーー だが、マーセリアの追放を周囲の人間は許さなかった。 ※一人称ですが、視点はころころ変わる予定です。視点が変わる時には題名にその人物の名前を書かせていただきます。

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

〈完結〉遅効性の毒

ごろごろみかん。
ファンタジー
「結婚されても、私は傍にいます。彼が、望むなら」 悲恋に酔う彼女に私は笑った。 そんなに私の立場が欲しいなら譲ってあげる。

エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~

シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。 主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。 追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。 さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。 疫病? これ飲めば治りますよ? これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。

【長編・完結】私、12歳で死んだ。赤ちゃん還り?水魔法で救済じゃなくて、給水しますよー。

BBやっこ
ファンタジー
死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。 辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん?? 私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?

処理中です...