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第1章
角笛を聞く少年 1
しおりを挟むillustration 偽尾白様
「……ほんま大陸は広いなぁ」
形のよいアーモンドアイをぱちくりさせ、そう呟く少女。
生まれて十八年、島を出た経験のないヒエン・ヤマトにとってこの一人旅は喜びも不安も一切ない。
ただただ面倒くさいだけだった。
役所の事務官から手紙が届いた時は、それに一瞥をくれただけで返信しなかったくらいだ。
しかしながら、痺れを切らした大公の使者が悲痛な面持ちで頭を下げに来たからには、さすがに権威に屈しないヒエンも承諾せざるを得なかった。
南北二つの島から成るナニワーム公国も、所詮はシバルウ王国の属国に過ぎない。
ヤマト流捕縄術師範代のヒエン。
その彼女に護身術を習いたいと願い出たのがシバルウーニ全土を支配する国王の家臣頭となれば、ナニワーム公もそれに応じるしかないのだ。
家臣頭――チル臣長は三十路前の女で「とても美しいお方だ」とその使者から聞いたヒエン。
尤も使者の情報もただの伝聞に過ぎなかったが、シバルウーニ覇者の寵愛を一身に受けている人物ならばあながち嘘とは思えない。
「しゃあないな。引き受けたるわ」
「その代わり」と、彼女は一つの条件をつけた。
「オシャレな格好はウチ好かん。シバルウ王の主城に入る時もこのまんまやで」
真っ白な道着に黒帯が巻かれ、そこにはコンパクトに束ねられた捕縛用の麻縄が左右に三本ずつ挟まっている。
加えて"グリーブ"と呼ばれる銀色の脛当てをつけるのが彼女の普段着であり、ヤマト流捕縄術の戦闘服、すなわち正装であった。
その発言を受けた使者は絶句し、背後の人物に助けを求めるも……。
ヒエンの祖父で師匠でもあるソーウン・ヤマトは高らかに笑いながら「あきらめるんやな。その娘に依頼した方が間違っとるんや」と言い放った。
それから三日後の朝一番、ヒエンは『このまんま』の格好で大陸行きの連絡船に飛び乗り、その日の昼過ぎにイニア公国の港に到着した。
唯一『このまんま』と異なるのは、鹿皮のショートブーツを履いていること。
道場内では勿論のこと、ヒエンは外出時でも常に裸足である。
けれど、大陸は島国の如き野蛮な地ではない。
「裸足の人間を泊める宿屋なんかあるかいな」
連絡船の切符売りにそう聞いたので、慌てて閉店間際の靴屋へ飛び込んだのは出航前夜のこと。
何とか適当な靴を見つけたヒエンはそれを乱暴に掴み、
「オッサン、ウチは文無しや。お代はナニワーム公にもろてんか」
そう言い残して、靴屋の目を白黒させたのだった。
後に、ヒエンはこの軽率な振る舞いをずっと後悔することになるのだが……。
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