人を咥えて竜が舞う

よん

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Another World

とある日常

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「ケチケチせんと教えてくれたらええのにな。『次、右に曲がります』って」
「そんな便利なモンあったらいいよな。遠くにいる人間と会話できる箱とか、竜みたいなでっかい乗り物であっという間に遠くへ行けるとか」
「フルーツでできたお城に住みたいにゃ」
「そんな夢みたいな世界に住む人達って幸せだろうな。犯罪や貧富の差とかもきっとないよ」
「いや、わからんで。結局どんな世界であろうと、人間は欲望を捨てきれん生き物やからな。みんながみんな望み通りに生きれる世界に人類が行き着いたとしても、逆にその楽園を破壊したくなる欲望も人間は同時に持ってんねん」




 結局どんな世界であろうと…………





 世界。
 
 ウチが知ってるんは、今自分が生きてるここの世界だけ。
 奈良県生駒市に居を構える、イマドキ捕縄術なんか見向きもされん古いだけが取り柄の道場とその周辺が全て。
 入園無料の遊園地が生駒山の頂上にあるけど、ユニバーサルナンチャラに比べたらババちびるくらいガラガラ。
 それでも潰れんと一世紀近く営業してるんは立派や。
 県外就業率全国一位。
 高校卒業しても道場継ぐウチは生駒ここに留まるけどな。
 あんましパッとせん地域。
 それがウチの暮らす世界なんや。

 ただの夢なん?
 それにしたら、やたら鮮明過ぎるんや。
 鬱蒼と生い茂る森の中でのあの会話が耳と記憶に深く刻まれてるんは何でやろ。

 四人おる。
 関西弁喋ってるんが、どう考えてもウチ。
 他には、でっかくて酒臭いオッサン、金髪の可愛らしい年下の男の子、それに茶色のハンチングかぶって眼鏡掛けた童女。
 語尾がムカつく"にゃ"……。

 舞台はファンタジーそのもの。
 そこにウチがガッツリ組み込まれてるんが不可解や。
 もしかして、巷で流行ってる異世界転移ってヤツやろか?
 それにしたら、そこのウチは普段と変わらん道着姿やし。
 ウチだけメッチャ場違いやん。
 その夢みたいな光景を何度も見る……いや、思い出す?

 そして、ウチはその何の変哲もない会話に刺激されていつも無意識に涙流してんねん。
 メソメソ泣くんは性に合わん。
 だからその胸糞悪い記憶が忌々しいし、自分自身に腹立ってしょうがない。

 と、ここでいきなりスマホの着信。
 由起子ユキちゃんからや。

「はぅぅ――ッ! 忘れとったぁぁぁ!」

 寝起きでボーとして涙ちょちょ切れてる場合やなかった!
 今日はユキちゃんトモりんとマクドで待ち合わせやった!!!
 ごめんと平謝りして、大急ぎでパジャマから制服に着替える。
 日曜のマクド行くのにセーラー服てどうなん?
 自慢やないけど、ウチは学校の制服と道着とパジャマ、それに学校指定ヘボジャージの四パターンでこの十八年間生きてきたんや。
 師範オジイは年頃の孫娘に一切オシャレさせてくれんからな。
「全ての邪念を払え」て、師であり身内でありながらガチで鬼やで。
 そんなウチがスマホ持ってるんが奇跡。
 味方してくれるオバアのおかげや。

 今朝は師範オジイお出掛け。
 老人会の集まりで公民館にてカラオケ大会やて。
 それは邪念のうちに入らんのか?
 どうせ酒盛りもするやろし。
 ウチ、十分にグレる権利あると思うねん。
 そんなんしても誰得やからせえへんけど。

 ユキちゃんとトモりんは普通の女の子やから、捕縄術なんて当然やったことあらへんしやる必要もない。
 下手人を捕えるのに麻縄とかそれこそ江戸時代やしな。
 今は手錠あるもん。
 そら道場も生駒の遊園地以上に廃れるわ。
 その普通の彼女らが何か知らんけど捕縄術に興味あって「麻縄見たい」言い出したんや。
 ほんで今からマクドに持って行くことになったんやけど……山斗やまと流捕縄術師範代である当事者のウチが言うのもヘンやけど、あのコら絶対頭おかしいで。
 確かにウチの流派は琉球唐手の蹴りを取り入れてるから護身術にも使えるんやけど、そんなんに興味示してる暇あったらジョシコーコーセーらしく受験勉強したりデートしたらええのにな。
 ウチと違って二人ともカレシ持ちやし。


 あー、腹減った。
 朝ごはんまだやから、マクドでめっちゃ食べたろ。
 オバアから内緒の千円たいきんもろたし♪

 よう晴れた青空見上げたら、伊丹方面から引かれた白い一筋の細長い雲。
 それ産み落とした飛行機はその遥か先や。

「……まるで竜やな」

 思わず出てもうた独り言に吃驚する。


 遠くにいる人間と会話できる箱……スマホ
 
 竜みたいなでっかい乗り物……飛行機

「ほんなら『次、右に曲がります』はカーナビか……」

 フルーツでできたお城……それだけは無理やで、お嬢ちゃん。
 アリンコようさん群がってきはるわ。

 ナビもスマホも飛行機もない不便な世界で、あの四人は頑張って生きてるんや。
 その目的までは知らんし、この世界の住人であるウチには何の関係もあらへん。
 考える必要なんてあらへんのや。
 関係あらへんはずやのに、何か胸の奥がキューって苦しくなる。
 妙に懐かしくなるし、無性にアイツらに会いたくなるのは何でやろ?
 アイツもアイツも……それからアイツとも、何か全部中途半端なまま別れてもうた気がする。

 もし、再会できたら……アイツらこんなウチを許してくれるやろか?

 

 

 あかん!

 これから友達に会うのに、どうしてもここにおらんヤツらのことばかり考えてまう。
 ごめんやけど、夢ならもう出て来んといて。
 再会なんてあり得ん。
 ウチはそこにおらんし、そっちに行くこともできんのや。

 
 それとも


 こっちの世界の方が夢なんか?

 そんなわけあらへんけども、仮にそうやったとして。



 ウチは生きて生きて青春を謳歌してみせるで。
 アイツらに負けんくらいに。
 せやから、向こうのウチも頑張って生きや!


 さてと。
 鬼の居ぬ間に何とやら、や。

「オバア、ちょっと留守番お願い。今から残り少ないジョシコーコーセーライフ満喫してくるわ!」


 


           illustration KASUMI様
 
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