キラキラ!

よん

文字の大きさ
上 下
21 / 22
Three epilogues

絵馬師

しおりを挟む
 どうしてこんな物を異界へ繋がる通用門に選んだんだろう。
 宗派どころか宗教まで違うのにプライドとかないのか? 遥か昔に神道から追放されたみたいだし、そこんとこは拘ってないのかもしれないが。

 結局、俺はトリさんに送ってもらわず、自転車を漕いで自宅へ戻った。
 いつも通り誰もいない。
 母さんはいつものように仕事に出ていて帰宅は六時頃だし、父親は更に遅い。
 自室で制服を脱いでハンガーに掛けると、俺はジーンズとロンTというラフな格好になった。

 どうせ向こうに行ってもすぐに白衣と浅葱色の袴に着替えなければならないのだが、この部屋に制服を掛けておけば親に帰宅した事実を知らせることができる。
 勝手にサッカー部を辞めた上に、制服姿で街中をブラブラ歩いてると思われたらいろいろややこしい。

 十センチに満たない高野山のゆるキャラフィギュアに向かって、俺はパンパンと柏手を打った。
 まるでコイツが御神体みたいだな。……ちなみにこのフィギュアは、ある程度の遺産をぶんどって和歌山より凱旋した両親からの手土産である。

「悲恋の神様、佐藤橋です」
「おう、今日は遅いのう」

 ゆるキャラの口から、真言宗とは縁もゆかりもない神様の声が聞こえてきた。

「ペーペーの権禰宜の分際で、一時間も遅刻するとは実にいい度胸じゃな」

 向こうの世界から早くもイヤミをかましてくる。

「俺にだっていろいろ事情があるんです。そんなこと言うんだったら、もうそっちに行ってあげませんよ?」
「何と! もう辞める気か? サッカーも辞めよったし、橋は根性のない腑抜けた男じゃのう」
「誰のためにサッカー辞めたと思ってるんです? 一介の高校生に土下座までして協力を求める神様なんて歴史上初めてじゃないですか?」
「ワシは目的を果たすためなら何でもやる。よもや忘れたわけではあるまい? 橋を騙すために道端でゲロまで吐いた神だぞ?」
「何を自慢してるんですか? あんな汚点、神様のためにむしろ忘れてあげたいですよ」
「確かに汚点ではある。弘法も筆の誤りと言うからのう」
「空海とあなたのゲロを一緒にしないでください。次にしょうもないことを言ったら、この通用門を破壊して二度と行き来できなくしますから」
「そうはさせん!」

 突然、ゆるキャラの口からゴミのように吸いこまれる俺。
 マンガならば両腕を上げて「あ~れ~」の悲鳴を上げている状況だが、俺はもう慣れてしまったからムスッとしたまま腕組み状態で身を任せている。

 長々と続く暗闇のトンネルを抜け、出口が見えたところでいつものようにドスンと畳みに尻餅をつき、社務所内の更衣室へと辿り着く。
 相変わらず乱暴な召喚法だ。
 サッカーを辞めてから伸ばし始めたいいカンジのヘアースタイルも、忽ち実験室で失敗した爆破頭みたいにされてしまう。
 どこから手に入れたのか、薄いベニヤ板でできた壁にはモナリザのカレンダーが掛かっている。ずいぶん古い……って、また平成八年モノかよ。
 ロッカーが幾つもあって、その中に俺の名前が書かれたものがある。
 これだけロッカーがあるのに、実際には俺の分しか使われてない。
 もっと言うなら、俺がここに来るまでは誰もここを使っていなかった。

 さてと……。

 俺はここで権禰宜の衣裳に着替えるわけだが、その前に必ずやることがある。
 気配を殺し、片っ端からロッカーを開けていく。

 いない……。

 最後に自分のロッカーを開ける。ここも大丈夫だ。

 おかしい。
 いつもなら必ずどこかにアイツが潜んでるはずなのに……。
 パターンも尽きてさすがに飽きたか。
 そりゃそうだ。毎日毎日、俺の着替えを覗いて空しくならない方がヘンだ。
 俺は安心してロンTとジーンズを脱いだところで、そこはかとない違和感を覚えた。

 確かにこの空間には誰もいない。
 それでいて、激しい悪寒がするのは何故だろう?
 そこで俺はある異変に気づいた。
 よくよく見ると、カレンダーの絵に穴が開いている。
 モナリザの微笑みが狐珠のエロ目とかぶって見える……。

「――ッ! 盗撮?」

 モナリザの顔を縦半分に引き裂くと、ベニヤ板の穴からビデオカメラのレンズがガッツリ確認できた。ビンゴだ!

「コタマアアアアアアアアアアアァ――ッ!」

 ベニヤ板を蹴り破ると、そこには慌てふためく狐珠が白衣の懐にビデオカメラをしまおうとする姿が見えた。

「橋殿! 巨匠ダ・ヴィンチの名画に何て御無体な?」
「モナリザの目ん玉繰り抜いてるオマエが言うなッ! さあ、ビデオ出せ! その忌々しいデータ、全部消去してやるッ!」
「おお、ブリーフ一丁とはこれまた大胆どすな。じゅるり……」
「ヨダレ拭け! 今更パンツくらいで恥ずかしがってられるか!」
「だったら盗撮くらい大目に見てほしいどすよ。あの夏、ウチは橋殿に抱かれてしまったどすのに……」
「はあ? 人聞きの悪い。俺はオマエなんか抱いてないぞ?」
「ひどい! 唇も奪われたどす」

 あ!

「あ、ありゃ真彩にしたんだッ! そりゃ体はオマエの借り物だったかもしんねーが、断じてオマエを意識してキスしたんじゃねーからな!」

 忘れてた。

 狐珠に言われる今の今まで、あの特別な空間には俺と真彩しかいないと思い込んでいた。
 弧珠の協力がなければ真彩の最期を看取ってやれなかったのは事実だが、それを今頃になって蒸し返されるとは実に気分が悪い。
 ところが、弧珠は容赦なく傷口に塩を塗ってくる。

「やれやれ、ウチは傍観者ながら橋殿に失望したどすよ」
「何で?」
「真彩殿は待ってたどすよ。あれだけ時間がありながら、どうして一度も真彩殿と寝なかったどすか?」

 う……。

「いっぱい寝ただろ。記憶にないのか?」

 俺は自然と声が小さくなる。

「手も握ったしキスもしたしハグもした。一緒に寝たし……それ以上、何ができるんだ?」
「オトナの世界では、添い寝を『寝た』とは普通言わないどす」
「……」

 そうだよな。

 勘のいいトリさんは気づいただろうか? 俺の強がりに……。

 でも、嘘は言ってない。
 あの時の真彩の想いに応えられなかったとも俺は思ってない。
 俺は俺ができる精一杯の愛し方で真彩と時を過ごしたんだ。
 彼女もそれをわかっていたから何も言わなかった。
 望めば、きっと真彩は未熟な俺をリードしてくれただろう。
 正直、望んでなかったわけではない。

 ただ、イヤだったんだ。

 俺は真彩をセフレのように扱った男みたいになりたくなかった。
 キレイ事かもしれないけれど、愛にセックスは絶対必要条件じゃないことを無言で訴えたかった。
 真彩にも、その男にも……。
 俺は俺の愛し方で真彩の心を抱いた。
 ただの自己満足かもしれない。
 臆病者かもしれない。
 それでもいいんだ。
 俺の中に真彩は永遠に生き続ける。
 この世の果て……二人だけの空間で、真彩の名付けたあの世界を……。
 狐珠が覗き込むように俺を見上げて言う。

「あ~あ、せっかくコンドームも差し入れしたどすのにな」
「それが余計だっつんだ、このエロギツネ! あんなモン差し入れするより、家中の食料全部隠した事実はどう説明してくれる? マジで母親を恨んじまったじゃねーか!」
「貧相な食事の方が二人の絆も深まると思ったどすよ。……実際、オニギリと水道水だけで感動的なフィナーレに辿り着いたじゃないどすか? 食費も浮いたしカンペキどす」
「その浮いた一万円を着服して、勝手にラーメン豪遊の旅に出たのはどこのどいつだ?」
「あ、コラ! せ、先輩の首根っこ掴むなんて横暴どすぞ!」
「うるせえッ! 先輩なら先輩らしく、ちったあ俺に何か教えろッ!」
「だったら、掃き掃除と拭き掃除、それから歯舞と訓子府くんねっぷの鳥小屋を今すぐ掃除してこいどす!」
「ふざけんな! 今日はオマエの当番だろうがッ! 出てけ、これは没収だ!」

     *

 戀戀神社の神――悲恋の神様こと片恋彦尊カタコイヒコノミコトは極度の人不足のため、境内の掃除やら雑務をこれまでずっと一人で行っていたが、ある日、自分で自分を祀っているという馬鹿馬鹿しい構図にようやく気づいた。
 このままではいかんと思った片恋彦尊は、蝦夷の地で悪さばかりしていた九尾を捕らえ、改心させるべく巫女として住まわせたまではよかったが、”狐珠”と名付けたこの巫女がまるで働かなかった。
 片恋彦尊としては本来の役目通り、姿を消して悲恋に苦しむ女性を手助けすることに専念したかったが、比較的清らかな空間を保っていた境内も狐珠が来てからは一変してゴミ屋敷と化してしまった。
 整理・整頓・清掃・清潔に加えて狐珠を躾するという5S活動に従事しなければならなくなったことで、片恋彦尊はますます人手を必要としていた。

 という経緯で、神にスカウトされた俺は今ここにいる。

 片恋彦尊は今や念願叶って声のみの存在となり、俺や狐珠に偉そうな指示を天から出している。
 何もここを掃除するためだけに俺はサッカーを辞めたわけではない。
 片恋彦尊のワザとらしい土下座に心打たれたわけでもなかった。
 片恋彦尊曰く、真彩を救ったのはやはり絵馬の漢字の力だったらしい。
 漢字には不思議な力が宿っている。
 文字の組み換え、そして解釈の仕方によって様々な効果を発揮すると俺は師に教えられた。
 真彩の場合、俺に対する恋は結局のところハッピーエンドにはならない運命にあったのだが、福を呼ぶあの二十九文字が真彩に無関心だったこの俺を変えさせることができたのだ。
 二十九文字を意味のある二十八文字に変えたのはコンピュータの力ではなく、片恋彦尊の術によるものだった。
 それを知った時、真彩のように叶わぬ恋に苦しむ女の子を少しでも癒せる存在になりたくて、俺は悲恋の神様に弟子入りするためここへ来ることを選んだ。
 俺自身は神になれない。
 でも、”絵馬師”という片恋彦尊を補佐する異能者にはなれる。
 そう、狐珠のように。
 さっきトリさんにも訊かれたが、サッカーを辞めたのは決して真彩のせいではない。

 あの時、真彩は俺に言ったんだ。

「ワタルの漢字、超いいじゃん。アタシも気持ちの中では漢字の名前で死のうと思ってるからさ、ワタルもこれからは”橋(ワタル)”の字を使ってよ?」

 真彩……。
 
 俺も真彩と同じキラキラネームだ。
 その真彩が俺の漢字を褒めてくれた。
 これまでサッカーに捧げていた情熱を、俺は漢字に向けようと思った。

 くだらないと、人は言うだろう。
 逆に俺はソイツをくだらないと思う。
 もしかしたら、真彩だってそんなことは望んでいないのかもしれない。
 たかが漢字の言葉遊びじゃ、キラキラに輝けない。
 でも、俺はもう輝きを必要としない。
 輝かせたいんだ。

 真彩のような女の子を……。

 俺はまだ見習いにすぎないけど、いつか一人前の絵馬師になるから見ててくれ。
 最期に笑顔を見せた真彩にように、俺は叶わぬ悲恋に少しでも彩りを添えられる男になりたいんだ。

 忘れていい?

 馬鹿言うな。絶対に忘れるもんか!
 狐珠から取り上げたビデオカメラのデータを消去して、念のためロッカーを移動させて破れたベニヤ板の前を隠すと、ようやく権禰宜の衣裳に着替えることができた。


 何故だろう。

 塩の味がする……。


「……」

 八月に一滴も流せなかったあの涙が、今更ながら頬を伝ってきた。
 同時に、俺は嗚咽をもらしながらロッカーにもたれかけて泣いていた。


 ようやく、俺の夏が終わったんだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

完全なる飼育

浅野浩二
恋愛
完全なる飼育です。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

М女と三人の少年

浅野浩二
恋愛
SМ的恋愛小説。

シチュボ(女性向け)

身喰らう白蛇
恋愛
自発さえしなければ好きに使用してください。 アドリブ、改変、なんでもOKです。 他人を害することだけはお止め下さい。 使用報告は無しで商用でも練習でもなんでもOKです。 Twitterやコメント欄等にリアクションあるとむせながら喜びます✌︎︎(´ °∀︎°`)✌︎︎ゲホゴホ

処理中です...