キラキラ!

よん

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第4章

4-3

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 意味がわからなかった。
 俺がお引き取り願ったのは神様と狐珠であり、オムスビは関係ない。

「どういうことです?」
「どうもこうもなかろう。シナリオ通りに事を進めるだけじゃよ」
「シナリオ?」
「さよう。貴殿には別のオナゴを用意いたそう。最初の二十九文字にピタリと当てはまる理想の者を今すぐ連れて参るゆえ、しばし待たれよ」

 え、それってつまり……。

「チェンジどす」

 ようやく狐珠が喋った。その表情に一切の冗談はない。
 満面の笑みで神様がそれに続く。

「こちらの過失ゆえ、望みとあらばこれまで無駄に費やした時間分の延長は認めるつもりじゃよ。両親にはあと二泊、紀伊国に留まってもらうことといたそう。無論、サッカー部に対してもちゃんと手は打つ。その際、この家に新たな御札を貼ることを貴殿には了承されたい」
「ワタル殿、よかったどすな。ウチも罪悪感から解放されたどす」

 いや、ちっとも嬉しくないんだが。

「神様、ちょっと質問があるんですが……」
「何じゃな?」
「オムスビはどうなるんです?」

 何だ、そんなことかと言わんばかりの表情で、神様は腰を浮かせて俺の左肩をポンと叩いた。

「そのような瑣末な事柄、貴殿は考える必要などないのじゃ。ワシらでうまく処理するゆえ、余計な詮索は不要じゃ。それよりも、新たにやって来るオナゴに心ときめかせるがよいぞ。何しろ、貴殿の思い描いた理想通りのオナゴじゃからな」

 何言ってやがる。今更、別のコに心なんてときめくものか。
 俺はジッと狐珠の顔を見る。
 狐珠も俺から目を逸らさない。死んだ魚のような虚無の目だ。
 ここでチェンジなんか認めてしまったら、俺とオムスビが過ごしたこれまでの時間全部が水の泡と化す。狐珠の不自然なハプニングも……。
 狐珠やオムスビがどう思うのか、そんなもの関係ない。
 この俺自身がどう思うか、だ。

「繰り返しになりますが、どうぞこのままお引き取り下さい」

 神様がひきつった笑みで俺を見る。

「どういうことじゃな?」
「チェンジも延長も必要ないと言ってるんです。残る時間、俺は上にいるオムスビと予定通り過ごします。……いけませんか?」
「ほほう」

 神様から笑顔が消える。
 殆ど閉じてるように見えた眼光がいきなり鋭くなり、俺の頬を手の甲でピシャピシャ叩いて「小僧」と呼んだ。
 さっきまでの温和な表情が嘘みたいだ。

「こっちがいつまでも下手に出ればいい気になりおって……。ワシをそこらの厨二病と一緒にするなよ? キサマの命なぞ蟻を踏み潰すくらいに容易いのだからな」
「急にガラが悪くなりましたね?」
「キサマの態度がそうさせたのだ。仏の顔も三度までという諺がある。ワシは神だがな」

 じいさん口調まで影を潜めている。

「俺が神様の申し入れを断れば、何か都合が悪いんですか?」
「悪いな。ここで折れては神の沽券に関わるのだ」
「要はプライドの問題なんですね?」
「だとしたら何だ? 一流の料理人が最低の失敗作を客に出せるか?」
「客である俺がそれをうまいと言ってるんです。あえて交換の必要はありません」
「それで喜ぶシェフがいるとは思えんな。いたらソイツはすぐに廃業した方がいい。……よく考えろ。ワシはキサマの望んだ通り最高のオナゴを提供できるのだぞ? それを見もせんうちに否定されてはワシの立つ瀬がない」
「最高とか最低なんて、人を好きになる指標にはなりません。若干十七歳の俺が言うのも説得力ありませんが、恋愛は点数じゃないと思います」
「これは妙だ」

 神様は鼻で笑う。

「それをキサマの口が言うのか? つい昨日まで彼女とは釣り合わないと距離を置き、恋愛から逃げていた臆病者は誰だ?」
「……」
「キサマは自分よりグレードの高いオナゴが怖いのだろう? だからあんな最低のオナゴで手を打とうとしている。……そう、キサマは精神的イニシアチブを掌握したいのだ。あのようなオナゴに自由奔放に振る舞われても、結局は『俺がオマエと付き合ってやってるんだぞ』という自己満足を得たいがために我慢しているだけだ。それは優越感とも呼ぶがな。だが、果たしてそれは『恋愛』と呼べるだろうか?」

 ぐうの音も出ない。
 この沈黙こそが俺の負けを表している。
 それでも、神様の発言をスルーしてでも思いの丈をぶつけなければならない。

「俺はオムスビに気があります。好きになりかけてるんです。だから時間の許す限り、このままほっといてくれませんか?」
「ならば、ワシもハッキリ指摘してやろう。あのオナゴの下着を見て、多感なキサマは一時的に発情しただけだ。風呂場で手淫でもしろ。すぐ過ちに気づく」
「思春期ですし、発情そのものは否定しません。でも、その前から俺は彼女と過ごして楽しくなりかけてました。その矢先に神様が来たんです。そちらの不手際なのに、途中でこのアバンチュール・イベントを終わらせるなんてあんまりじゃないですか?」
「顔は見せん、声も聞かせん、名前さえ明かさん……あえて、そんな正体不明のオナゴを好きになる必要もなかろう?」
「だからこそ、俺はオムスビのことをもっと知りたいんです」
「想像してみろ。性格がアレな上に、マスクを外した素顔がとんでもないブスだったら?」
「気になりません。俺みたいなとんでもないブサイクにはちょうどいい素材なんじゃないですか?」

 今度は神様が黙り込んだ。どうやら呆れ果ててるようだ。
 どうでもいいけど早くしてくれないかな。
 早く洗濯物を干さないとシワになるし、オムスビから催促の電話が来る前に彼らには帰ってもらいたい。

「仕方あるまい」

 神様はようやく椅子に座り直すと、覚悟を決めたように重々しく口を開いた。

「白状しよう。キサマが拘るオムスビというオナゴだが……アレはコンピュータエラーが造り出した幻だ」

 神様は発言の後に反応を窺っている。
 俺は黙って続きを待つのみ。

「狐珠も話したと思うが、そもそも二十八の漢字だけではキサマの望むオナゴを呼び出すことなどできん。ワシが開発したソフトは二十九の漢字入力が認識されて初めてそれに符合するヒトゲノム情報を検索し、より近い条件の相手を祈願者の元に派遣できるのだ。勿論、本人の了承があっての話だがな。よって、そこに不足分の漢字をスペースキー……つまり空白で補うことなどできん仕様になっておる。だが実際に、コンピュータは一人の架空のオナゴを無理やり造り出してしまったのだ」
「自作ソフトのバグチェックを怠ったんですね。しかも初歩的な」

 神様は項垂れながら「その通りだ」と認めた。

「偶然が重なったのだ。ワシのプログラマーとしての未熟さと狐珠の転倒、そして虚偽申告……今後、このような不具合は二度と起こしてはならん。狐珠の教育も含めてな」

 ギロリと横の巫女を睨んだかと思うと、またもや俺に顔を向けた。

「キサマがあのオナゴに興味を持ち始めたことは仕方ない。気の毒だがどっちにしろ、あのオナゴは十二日の午後三時には完全に消えてなくなる運命にある。ワシはキサマにツライ思いはさせたくない。別れは早い方がいい。もはや諦めるしかないのだ」

 脅しの次は同情か。
 どっちにしても信念は揺らがないけどな。
 俺は落ち着き払って言う。

「知ってましたよ」
「……………」

 神様も狐珠も息を呑んで俺を見ている。
 発言権は彼ら側にあるので、しばらく黙って待つことにする。

「……何がだ?」

 ようやく、神様は乾いた声でそう訊ねてきた。

「オムスビが架空の女の子だってことです」
「そいつはハッタリだな」
「ハッタリじゃありません。勿論、全部が全部わかってたわけじゃないですが、オムスビという女の子が元々この世に存在しないってことだけはわかってました。あのコは完全にフェイクです」
「いつからわかってた?」
「昨晩、寝る前です。二十九の絵馬の漢字からどうにかしてオムスビの情報に辿り着かないかあれこれ思い巡らせてたら、自然とその考えが浮んだんです。……まだわからないことも幾つかありますけどね」
「だったら話が早い。わざわざ消えてなくなるそのフェイクと限られた時間を共にすることもなかろう。直ちに回収させてもらうぞ」

 神様が立ち上がったのと同時に俺も立ち上がる。先を塞ぐように。

「もう一度言います。引き取っていただけませんか?」
「頑固だな」
「俺が気に入らないなら、神のエゴで踏み潰せばいいじゃないですか。……蟻のように」

 神様は外人のジェスチャーみたいに肩をすくめてこう言った。

「オーマイガー!」

 俺の粘り勝ちだ。

     *

 説得を断念した神様がスッと消えた後でも、両手を後ろに縛られた狐珠はその場に座ったままだった。
 折檻でもされたんだろうか? 見てて痛々しい。

「……縄、解いてやるよ」
「それを解くなんてとんでもない!」
「ドラクエか!」
「ワタル殿、今のウチに興奮しないどすか?」

 何か目つきが妙に艶っぽい。イヤな予感がする。
 一応、訊いてみよう。

「どうして?」
「だってロリ巫女の緊縛姿どすよ? 唐揚げラーメンに餃子がついたくらい贅沢なシチュエーションがワタル殿のすぐ目の前に……」
「チープな贅沢だな」
「さあ、こんな淫らなウチを視姦してハアハア悶えつつお股開きながら自家発電するどす」

 コイツの頭は常にそんなことでいっぱいなんだな。

「オマエがハアハア言ってんじゃねーか。とっとと消えろよ。欲求不満なら、キツネ牧場に潜り込んで交尾でもしてこい。今の俺には時間が貴重なんだから邪魔するな」
「どうして拒絶するどす? ワタル殿も普通にエロいオスどすのに?」
「濃いんだよ、オマエのは! こっちはまだパンツブラジャーでドキドキしてる段階なんだから少しは自制しやがれ!」
「さしずめ、棍棒・革の盾レベルどすな」
「ドラクエはもういい! ネタも古い!」
「やれやれ、興醒めどす」

 狐珠はつまらなさそうに立ち上がると、緋袴からニュッと出た九本の尻尾でいとも簡単に縄を解いてしまった。

「何だよ。自分で解けるなら神様が縛った意味ないじゃんか」
「ん? 神様はウチを縛ってないどすよ」
「じゃあ、誰が縛ったんだ?」

 真顔の狐珠は自分を指さした。

「反省してるように見える、お涙頂戴の演出どす」

 脱力した俺はテーブルに両手をつく。

「つまり、反省してないってことだな?」
「勿論どすよ。反省なんて死んでもしないどす。……さあ、何して遊ぶどすか?」
「帰れ!」

 尻尾まみれの狐珠のケツを蹴ってこの世界から追い出したところで、上から内線が鳴った。

「もしもし」
『……ダレイル』

 騒いでるのが聞こえたか。
 さりげなくごまかそう。

「誰もいないよ。テレビのボリュームが大きすぎたんだ」
『ソウ』
「さっき洗濯が終わった。ハンガーは洗濯機の上に置いとく。書斎に入ったらまた電話するからもうちょっと待っててくれ」
『ヘヤキテ』

 部屋に来て?
 まさかのお誘いに俺は戸惑う。だって、オムスビはノーパンノーブラだぞ?
 そのことには触れず、

「洗濯物はどうするんだ?」
『ゼンブ』
「全部……洗濯かごに入れて持って上がればいいのか?」
『イイ』
「だ、だって、それじゃオムスビの下着も……」
『イイ』

 いいのか。急にどうした?
 そこで電話が切れる。
 どういう心境の変化かわからないけど、何かラッキーだ!
 にやけ顔で振り返ると、そこには目を見開いた狐珠がグータッチのポーズで俺を待ちかまえていた。ハラカントクカヨ!
 右のボレーをギリギリでかわした狐珠は、自ら異空間にスッと消える。……畜生、動きを読まれたか。

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