キラキラ!

よん

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第3章

3-3

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 シャワーを浴びた歯舞を見て、俺は思わず「うわッ!」と声を出して叫んだ。
 体は洗ったし洗髪もしたんだろう。確かに異臭はなくなった。
 何故ゆえ、風呂上り直後にガングロメイクとマスクなんだ?
 もしかして、その状態がデフォなのか?

 そして、鳥糞ついたマントそのまま着てるし! シャワーの意味ねえし!
 ちょっとだけ濡れてる鳥が言う。

「オニギリ」
「飯泥棒かよ! 刃をこっちに向けるな!」

 歯舞は素直に包丁を元あった場所に戻す。
 丸腰になって振り向きざま、

「オニギリ」

 放浪の画家か! どんだけオニギリに執着してるんだ?

「上で待ってろよ。握って持って行くから」

 汚されるのは俺の部屋だけで十分だ。
 カバンを持った歯舞が二階に消えたのを確認すると、俺は彼女の歩いたルートと浴室を隈なくチェックした。
 鳥の羽が少しばかり落ちていたが、幸いにも糞は一つも落ちてなかった。
 これで安心してオニギリが握れる。家庭的だな、俺。

 炊飯器のスイッチを消して杓文字でごはんを蒸らす。
 何とか炊くのは成功した。

 さて……。

 ここからどうすんだっけ?
 塩をまぶして梅干し詰めて海苔を巻いて……海苔、どこにあるんだろ?
 引き出しを片っ端から開けるが、探し方が悪いのか元から切らしてるのかとうとう見つけられなかった。梅干しもないし、ふりかけさえない。マジで何もないな、この家。
 ラーメンに海苔はいらないが、オニギリに海苔は必需品だ。塩だけのオニギリじゃ、本当に放浪の画家みたいになってしまう。
 とはいえ、この家にはそれしか食べる物がない。恐ろしき現実だ。
 とりあえず、小皿に塩を用意した。

 後は……握ればいいのか?

 スイッチを切っても、炊飯器の中の炊き立てごはんはまだまだ熱そうだ。
 これに直接手を入れたらまず間違いなく火傷する。ラップ越しに握れば、少しはマシかもしれない。
 適当な大きさにラップを千切ってそのまま一枚、炊飯器の中に落とす。
 後はオニギリ一個分のごはんを掴んで握るだけ。雑作ない。

 よし、やるか!

 むんずと一掴み……


「――ッ! うあっつうぅぅぅぅ――ッ!」


 慌てて水道水で右手を冷やす。熱い熱いマジ熱いって!
 何だよ、オニギリって超難しいじゃんか。
 侮ってないでちゃんとネットで作り方を調べればよかった。……パソコン、立ち上げるのめんどくさいんだよな。父親と共用だし。
 やっぱ、夏休み中にスマホに買い替えよう。弧珠に「ガラパゴス諸島ケータイ」なんて馬鹿にされたし。
 とにかくラップじゃ何の役にも立たない。右の手のひら、すっげぇ赤いし。

 いっそ、丸ごと冷やすか……。

 やってみよう!
 ミトンでお釜を持って、俺はそれを空っぽの冷蔵庫に放り込んだ。
 よし、後は三十分くらい放置するだけ。

 ……いや、違うぞ。

 このままだと絶対にまずいオニギリしかできない。
 できるのは水気が飛んだパサパサでカピカピな単なる米粒のカタマリだ。確信を持ってそう言える。
 俺はまたミトンをはめて冷蔵庫からお釜を取り出した。

 さて、どうしよう……。
 
 早くも暗礁に乗り上げてしまった。
 たかがごはんを握るだけで完成する料理なのに、さっきから一個も作れてない。

 そうだ! 

 ごはんが熱いなら、俺の手を冷たくすればいいんだ。我ながら名案だな。
 冷凍庫から製氷皿を取り出し、それを塩の入った小皿に五個ほど氷を置く。
 その皿の上で氷を転がし、塩が付着した氷を握れば俺の手は冷え冷えになる。
 ついでに手に塩がついてその冷たい手でごはんを握れば一石二鳥だ。完璧!

 次からこんな邪道な握り方は封印するが……。


「さあ、できたぞ」

 大皿に盛ったいびつなオニギリの山を得意満面で歯舞に見せると、彼女はそこから一個だけ掴んで、

「デテイケ」

 と言った。鳥が。

「は?」
「タベル」

 当然、この部屋で彼女と一緒に食べるつもりでいた俺は呆然となる。

「タベル」

 歯舞の通訳がそう繰り返す。

「俺も食べるんだが?」
「マスク」

 マスク?

「ハズス」
「外せばいいじゃん」
「イヤダ」
「……」

 しばしの静寂が二人と一羽を包む。

「そこまで俺に顔を見られたくないのか?」

 歯舞はコクリと頷いた。

「デテイケ」

 完全に邪魔者扱いだ。

 このコがここに来た理由は何だったっけと、改めて考えてみる。
 恋愛成就、狙った獲物はイチコロ、将来的に結婚の可能性がある……そんな甘い謳い文句はどこいった? それすらシャッフルされて消えちまったのか?
 このままだと俺の役割は二日間、塩オニギリを軟禁状態の彼女に食わせる他は何もないとわかった時、狐珠の計画は完全に失敗であることを悟った。
 これじゃ、誘拐犯と人質の関係と一緒じゃないか。
 しかも、自分の家にいながら俺自身も誘拐されてるようなもんだ。外に出れないし、包丁で脅されたし……。

「わかったよ。それじゃ、俺も食事を運ぶ以外はこの部屋に来ない。キミも弧珠の封印が解けるまでここから一歩も出ないでくれ。糞と羽で家が汚れるから」

 鳥は喋らない。
 歯舞が無言なのは相変わらずだ。『目は口ほどに物を言う』という諺があるけれど、少なくとも俺には歯舞が何を考えてるのかさっぱりわからない。

 これ以上かまってられるか!
 俺は不愉快になってドアをピシャリと閉め、もはや巨大な鳥かごと化した自分の部屋を出た。
 ミジメだ。歯舞にフラれたような錯覚に陥る。
 ヒカリにもフラれたばかりなのに……何て日だ!

 突如として電話が鳴る。
 ようやく外界と通じるようになったかと思いきや、残念なことにそれは二階からの内線だった。
 絶対に出てやるものかと固く心に誓ったものの、さすがに五分以上も呼び出し音を聞かされ続けると頭がおかしくなってくる。

「……何だ?」

 根負けした俺はぶっきらぼうにそう訊ねる。

『オカワリ』

 受話器口の鳥がそう言った。
 え、こんなまずいの食うのか? 俺は半分で断念したのに。

『ミズモ』

 確かにオニギリだけじゃ喉が渇くのはわかるが、だからって俺をパシリに使うなよ。

「自分で取りに来い」
『イケナイ』
「何で?」
『メイレイ』

 あ、そうだ。この俺が部屋から出るなって言ったんだった。
 妙なところで素直だな。

「特別に出ていいよ。ただし、歯舞だけで」
『ソレムリ』

 無理だあ? どこまで自己中なんだ、コイツ!

「どうして? オニギリと水を取りに来るくらい一人でできるだろ?」
『イチワ』

 ん? これはちょっと理解不能だな。
 喋れるのが四音節までだから仕方ないけど。

「意味がわからん。もっとわかりやすく言ってくれ」
『ハボマイ』
「うん」
『ヨーム』

 は? ヨームって鳥のことだよな。
 歯舞は鳥。鳥だから一人じゃなくて一羽……。
 鳥がオニギリと水を運ぶのは不可能→それ無理……。

 ちょっと待て。

 もしも俺がマンガの登場人物ならば、怒りに震える腕力で受話器を木端微塵にしていただろう。

「……じゃあ、何か? キミは俺に鳥の名前を教えたのか?」
『オシエタ』

 頭が痛くなってきた。
 こめかみを押さえながら記憶を辿ってみる。
 そう、名前を訊いた時に「キミの名前は?」という訊き方は確かにしなかった。
 俺のミスだ。
 だからと言って、普通は自分の名前を名乗るだろ!

「わかった。改めて訊こう。キミの名前は一体何だ?」
『……』

 困ってる。

「別に本名じゃなくていいよ。愛称でいいから教えてくれ」
『……』

 俺は辛抱強く待つ。

 何ならこのまま朝まで待ってもいい。腹が減ってるのは相手であって俺ではない。

 やがて、

『オムスビ』
「わかってないな。その前に、キミの呼び名を教えろって言ってんだよ」
『ヨビナ』
「うん」
『オムスビ』
「……」

 よろしい。彼女の名前は誰が何と言おうとオムスビなんだ。
 それ以上でもそれ以下でもない。もうどうでもいい。

「じゃあ、オムスビ。オムスビ一人で下りて来るんならオニギリ取りに来てもいいぞ。……それと、鳥糞まみれのマントも脱いでさ。それだったら、トイレとシャワーくらい自由に使っていいよ」
『ドスケベ』

 ひどい言われようだ。

「何でそうなる? まさか、マントの下は全裸じゃないだろうな?」
『……キャミ』

 刺激は強いが、それだけでホームレス同然のオムスビ相手に興奮するとも思えない。
 女性の立場からして俺を警戒するのはわかるが……つーか、そもそも何でそんな格好で人の家に来たんだよ?

「じゃあ、こうしよう。今から部屋の前に護身用の包丁を置いておく。……さっき、キミが置いてった物だよ。マントを脱いだオムスビは、歯舞を部屋に残したまま一階に下りて用事を済ませる。俺はその間、父親の書斎に潜んどく。用事が済んだらオムスビは内線で連絡する。……どう?」

『サイヨウ』

 採用……他に言い方あるだろ。
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