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第1章
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しおりを挟むillustration KASUMI様
息も絶え絶えに、ようやく辿り着いた待ち合わせの喫茶店。
多分いないだろうと思っていたら、店の隅っこにド派手な金髪美女が脚を組んでスマホをいじってた。
ヒカリだ。
一応、俺の彼女。
ケバいけど俺と同じ高二。学校は違う。
意外だった。とっくに怒って帰ったと思ってたのに。
ヒカリは俺の到着に気づかない。
多分、SNSか落ちゲーでもやってるんだろう。
どっちにしても、ガラケー派の俺には関わりのない分野だ。
「遅れてごめん!」
テーブルに両手を突き、頭を下げて謝る。
チラリと俺に一瞥をくれると、ヒカリはノーリアクションでそのままスマホの画面に視線を戻した。
約一ヶ月ぶりに逢う彼女は一段と化粧が濃い。花柄ビスチェに黒のミニスカート……少し痩せた?
「何時間?」
「は?」
「何時間の遅刻?」
「え……まだ十五分だけど?」
「やり直しぃ! 何時間の遅刻かなあ?」
「……〇・二五時間です」
「最初からそう答えろよ、バーカ」
一緒じゃないか。
いらっしゃいませと、ウエイトレスが水を持ってくる。
ヒカリは既にアイスコーヒーを頼んでいたが、全く飲まないまま氷で薄まっていた。
「ご注文がお決まりになりましたら……」
「あ、俺もアイスコーヒーください」
「かしこまりました」
幾つくらいだろう。大学生かフリーターかな。
地味ながらずっと若く見える。どっちかと言えば、俺にはあんな人が似合ってると思う。
俺とヒカリ……どう考えても吊り合ってないな。
そもそも、どうして彼女はこの俺なんかを選んだんだろう。
「ヒカリ、聞いてくれる?」
「あぁン?」
般若みたいな顔になってる。せっかくの美人が台無しだ。角が生えてないだけマシか。
「あのさ、本当は一時間前にはここに来るはずだったんだよ」
「ウザ! この期に及んで言い訳すんの? ガチありえねーし」
「い、いや……そんなつもりはないけどさ。ただ謝るだけじゃ味気ないと思って」
ハン、と息を吐くヒカリ。
「オメエはただ謝ってりゃそれでいーの。むしろ足んないわ。そこで土下座でもしたら?」
十五分の遅刻でそこまでさせるか?
「……土下座したら俺を許せるのか?」
「悪いのどっち? アタシ? 違うだろ? 許す許さないはオメエが決めんじゃねーだろが! やれよ、早く土下座しろし!」
ヒカリの怒声に店内が静まり返る。
みんなが俺達のテーブルに釘付けだ。あのウエイトレスも心配そうに俺を見てる。
だが、こんな時でも俺は冷静でいられる。どうしてなのか自分でもわからない。
ただ、ヒカリを怒らせてしまったことは俺の不手際が原因だ。誠意を示さなければならない。
「わかった。やるよ」
俺は座ったばかりの座席を離れ、フローリングの上で深々と頭を下げて土下座した。
「ヒカリ、遅れてすまなかった。許してくれ」
何の反応もない。
一分? それ以上? 時間の感覚がわからない。
だけど、自分から頭を上げるわけにはいかない。
しばらくして、
「ウケる! この動画アップしたら、さすがにアタシのブログ炎上すっか? んなバカなコトやんねーけど」
撮ってたのか。道理で長々と沈黙してたはずだ。
まだ土下座を解かない。ヒカリの許しが出るまでは……。
「なあ、ワタル。そのまま顔を上げずに聞いてろ。アタシはこれまで九十点以下の男とは付き合った経験がねーんだ。で、オメエは何点だかわかるか?」
何点だろ……。
「質問してんだ。とっとと答えろ、カス!」
「六十点くらい?」
「はぁ? うぬぼれんな! オメエなんか三十八点だ!」
低ッ! さすがにヘコむわ。
「その三十八点の男に何でアタシが声かけたか教えてやろうか?」
それは何となくわかる。
去年の県大会で当時一年の俺が、名門高のエースストライカーを徹底的にマークして得点を許さなかったから。
その名門高のエースストライカーが当時のヒカリの彼氏だった。
なるほど、確かに彼なら九十点だろうな。
J1から何人もスカウトが見に来てたし、俺なんかとは格が違う。
ヒカリも大体、そんなことを俺の後頭部に向かって吐いていた。
「ワタル、あん時はオメエも輝いてたよ。目一杯輝いて三十八点だけどな。……でもさ、そこがギリギリのラインなわけよ。一点でもマイナスならもうマジ勘弁てカンジ。オメエに与えられた権限は上昇あるのみだ。……わかる? 三十八点レベルのゲス野郎が生意気に遅刻してんじゃねーっつってんだよ!」
今のオレは何点だろ?
ゼロだと思っといた方がいいかな。
「なあ、オイ。アタシとガチで付き合いたいんなら、少しはオトコを磨けってんだよ。もう手遅れだけどな」
「……手遅れ?」
「あったりまえだろ! 終わりだ終わり。二度と電話してくんな! つっても着信拒否ってるけどさ」
ヒカリが去り際に、俺の手の甲をサンダルのヒール部分で踏みつけた。
「言っとくけどアタシのパパ、捜査一課の刑事だから。……その界隈じゃ有名だよ。”脅しのトリさん”ってね。ストーカーやるんならせいぜい気をつけてねぇ、キモ男くん。バイバーイ」
俺は蚊の鳴くような声で返す。
「……さようなら」
ヒカリが去った後も、店内はまだ居心地が悪かった。俺が居座ってるからね。
カップルの修羅場を目の当たりにしてみんなが同情、または不快な目でこの俺を見ている。
彼らのためにもできれば出て行ってあげたいところだが、アイスコーヒーを頼んだばかりなのでしばらく留まることにする。
ケチくさいけど、貧乏高校生にとって喫茶店は決して気楽に来れる場所じゃない。
せっかく注文したんだからコーヒー飲んで代金分ゆっくり涼んで……あ、ヒカリ、アイスコーヒー代払わず出て行ったな。フッた男に奢らせるなよ。
まあ、いいか。遅刻したお詫びだ。
俺は座席につくと、タイミングを計っていたのか、ウエイトレスが気まずそうにアイスコーヒーを運んできた。
「……あの、お持ちしてよろしかったでしょうか?」
小声でそう訪ねてきた。
「はあ、お見苦しいところをお見せしてすみません」
「手の甲、大丈夫ですか? すぐ絆創膏持ってきますね」
「いえ、いいです」
ウエイトレスがどうして、という顔で俺を見る。
「全然痛くないんで」
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