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7、ヒット曲「まちがいさがし」の意味を改めて考える

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最近、彼女からの厳しいアドバイスの数々を思い出して彼との関係をどうするかずっと悩んでいる。まだ答えは出せていないのだが、ひとつだけ言えるのは「別れるという選択肢を選ぶとしても、傷つくのが怖くて切り出せない」ということだ。

結婚騒動の時にお互いに傷ついたから、もうこれ以上は私も傷つきたくないし、彼も傷つけたくない……と思ったのだが、そこでふと気づいた。私は彼を傷つけるような事は何ひとつしていないのだ。私はただ自分の全てを理解して欲しくて家柄を打ち明け、誠実に語っただけ。彼が勝手に衝撃を受けて毒親や周りを巻き込んで勝手に板挟みになって勝手に傷ついたのである。  

「なんだ……私何もしてないじゃん」と少しホッとしたとのもある。が、一番は他人を偏見や差別の目でしか見られない彼の母親を始め、彼とその周りの人間はつくづく心が狭くて可哀想な人間なんだなと怒りを通り越してもはや哀れにすら思った。

話が最初に戻るが、彼に対しての愛情が薄れた原因が自分の心の余裕の無さだとしたら、引っ越しをすれば改善される可能性がある。

それともうひとつ。彼はもしかしたら4月に異動になるかもしれないと言っており、可能性は低いが地方に異動になったら交際を続けるのは難しいかもしれないという話も以前にした事がある。もし彼が異動になり、しかもそれが地方だとしたらお互いに傷つくことなく綺麗に別れられるかもしれない。

ここまで書くと「もう別れるって決めてるんでしょ!」とツッコミが入りそうな気もするが、もう少しよく考えて決めたいと思っている。彼のことを優柔不断だと批判したが、私も人のことは言えないものである。どうしてこんなに悩むのか。それはやはり彼に対してどんなに薄れてしまったとしても、まだ愛情が残っているからである。

思い返せば元夫との離婚の時もお互い嫌いになった訳ではなかった。元夫に「雪子の事は嫌いじゃないけど、俺には結婚は向いていない」と言われたのだが、今になって思うのはその言葉は元夫なりの優しさだったのかもしれないという事だ。もっと酷い人なら恐らく「俺には障害者の世話なんて無理だし、理解出来ない」とハッキリ言うに違いない。

元夫の「俺には結婚は向いていない」という言葉の裏側にそういった不満が隠れているのは間違いない。破天荒でワガママで相手を傷つけるような事を平気で言う元夫だったが、たまにそうした優しさを見せてくれるところを私は好いていたのだ。話を戻すと、どんなに相手の事が好きでも理解し合えない、受け入れられない事もあるという事だ。

私はこれまで、心の余裕がない時にパートナーがいれば落ち着くだろうと思っていた。しかし、今回の件でパートナーにも埋められないものがあるんだと改めて気づいたし、その心の余裕の無さの原因がパートナーにもあるという事にも気付かされた。それは元夫との離婚騒動で分かっていたはずだったが、あの辛さを忘れてしまっていたのかもしれない。喉元過ぎれば何とやら、である。

それにしても……初めて付き合った人は振ったりヨリを戻したりといった優柔不断男。3人目は破天荒で子供みたいな遊び人の元夫。そして、4人目は究極のマザコン男。私が付き合う男性はどうしてもこうも特殊な人間ばかりなのか。きっと私に見る目がないのだろうが、この際、性別関係なくまともな人間と平和な恋愛をしたいものである。(性別に関して実は他に紆余曲折あったのだが、触れると更に長くなるので今回は割愛する)

唯一まともだったのは20代前半の時に交際していた2人目のパートナーだけである。たらればを考えても仕方がないが、2人目のパートナーと結婚していたら今頃私はどうしていたのだろうか?(結婚話が出たが色々あって別れた)全く想像が付かない。だが、2人目と別れたからこそ、その後に様々な経験をして成長した結果、出会えた人が沢山いたし、今があるとも思っている。今のパートナーとの様々な問題も長い目で見ればきっと意味があり、自分が成長する為のものだったと分かる時が来るに違いない。

以前、ラブソング特集で菅田将暉と米津玄師の「まちがいさがし」という曲を取り上げたが、まさに私の人生は

「間違い探しの間違いの絵の方だったかもしれないが、それは間違いではなく人生において大きな意味があること」

だったのである。
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