48 / 49
第七章 仲間
第四十八話
しおりを挟む近藤が勇美に声を掛けて来た。
「勇美殿。どうしたのだ?浮かない顔をしておるではないか」
「うたじろうの事を思い出してしまって……。アタシがもっと早く正体に気づいてたら、あの子はアタシ達とホントの友達になれてたのかなって……」
「勇美殿……」
「ちさとは、たかむらをダマす為に性格まで変えたって言ったんです。でも性格なんてそう簡単に変えられるものじゃない。あの子は元々優しい子だったんじゃないかなって……。
もしかしたら本当の自分はちさとじゃなくて、うたじろうの方だったんじゃないでしょうか。たかむらの事を妬んで羨んで憎むあまり歪んでしまった結果、ちさとが生まれた。アタシはそう思うんです。幼馴染だったみたいだから、たかむらなら子供の頃のちさとがどんな子だったのか知ってるのかもしれないけど……」
「たかむらは自身について多くは語らんからな。まことに不器用な者であるな」
近藤は静かに頷いてそう言った後、悲しそうな顔をして言葉を続けた。
「……おぬしの気持ちはよく分かる。うたじろう殿はとても心根の優しい者だった。『善』は演技で出来るものではあるまい。正体を見抜けず思惑に気付けなかったことで霊界を危険に晒してしまったことはわしの責任である。と、同時にあの者の心の奥にある寂しさを汲み取ってやれなかった事をわしは今でも悔やんでいる」
「近藤局長……」
「わしはあれから心に誓ったのだ。もう二度とうたじろう殿のような思いをする者が現れぬよう、自分に出来る事があれば何でもすると」
近藤はかつて赤い屋根の小屋があった場所をじっと見つめながら力強く言った。
「アタシも近藤局長と全く同じ気持ちです」
勇美と近藤は顔を見合わせた。すると、近藤が気を取り直したように微笑むと言った。
「だが……勇美殿。おぬしが来たおかげでここは劇的に変わった。働く者達の心もな」
「……アタシ、最初は近藤局長のことを怖い人だと思ってたんです。でも全然違いました。新選組の皆さんが近藤局長を慕うワケが今ではよく分かります」
近藤は嬉しそうに微笑んで言った。
「生前に幕臣に取り立てられた話を以前にしたであろう?死後これまでの人生を振り返って、わしはその時の自身の振る舞いを恥じたのだ」
「……どういうことですか?」
「当時、新選組は『甲陽鎮撫隊』と改名して戦を続けておった。だが、敗走続きでな。江戸から苦楽を共にした仲間に永倉新八と原田左之助という者がおるのだが、二人は勢力を結集して会津において再起を図る計画をわしに打診して来た。その条件としてわしは『家臣となる』ことを提示した」
「えっ?つまり『俺の家来になるならその計画に乗ってやる』って言うことですか?」
「その通りだ。もちろん二人は納得しなかった。『俺達はあんたを仲間だと思っていた。なのに家来になれだと?!下に見ていたなんて見損なったぜ』と憤慨して隊を出て行ったのだ。その時わしは二人の気持ちが理解出来なかった。幕臣となって完全に驕っておったのだ」
勇美は返答に困って黙っていた。
「だが、千代殿に出会って初めて永倉と原田の気持ちが分かったのだ。それまで共に歩んで来た大事な仲間に向かって『家来にしてやる』などと口にしたことを心底後悔した。それからわしは心を入れ替え、局長としての自分の在り方を考え直した。肩書きはあれど皆と対等に接していくべきだと思ったのだよ」
「……その後、永倉さんと原田さんには会えたんですか?」
「会えたぞ。正直に非礼を詫びた。二人ともわしが霊界で裁判長を務めている事も合わせて非常に驚いておったが、許してくれてな。関係を修復できたのだ。補佐隊員募集の件も打診してみたが、残念ながら拒否されてしまったのだがな」
「そうだったんですか……」
(永倉新八と原田左之助って有名な隊士だよね。まさかそんなことがあったなんて……。今の近藤局長がいるのは色々な経験をしたからなんだな)
「仲直りできて良かったですね!」
「うむ。勇美殿、これからも精一杯励んでくれ。頼りにしておるぞ」
「はい!」
***
その後、勇美は死者を天国に案内して沖田に引き継いだ。部屋を出ようとした勇美を沖田が呼び止めた。
「松山さん」
「……何でしょう?」
「先程ふと思い出したんですが、確か松山さんがこちらで補佐隊員を務める期限って小野さんが現世で亡くなるまで、でしたよね?」
「わ、忘れてた……!」
ハッとする勇美を見て、沖田は微笑みながら言った。
「あなたはもうここにいる必要はないのではないですか?私で良ければいつでも天国へご案内致しますよ」
「……ありがとうございます。気持ちはとても嬉しいんですが……ちょっと考えさせてください」
「迷ってるんですか?意外ですね……あんなに小野さんのことを嫌っていたのに」
「嫌いなのは変わんないですよ!迷ってるのはこの仕事にやり甲斐を感じてるからです。そりゃあ大変だし、たかむらはウザいし近藤局長は怖いしで最初はあまり乗り気はしなかったんですけど……」
勇美は言葉に詰まった。が、沖田はその先を促そうとはせず彼女が再び口を開くのを静かに待った。
「……千代さんとか元春くんとか、沖田さんや新選組の皆さんと仲間になって一緒に仕事していく内に『あ~楽しいな!友達や仲間がいるってやっぱいいな!』って思ったんです。沖田さん、前に言ってましたよね?『あなたも近藤さんの魅力に気付く時が必ず来ますよ』って。それ今ならめちゃくちゃ分かるんです。
誰よりも正義感があって強くて頼りなる。それなのに全然上から目線じゃない。アタシ達の事を対等に見てくれる。さっき近藤局長に言われたんですよ。『おぬしのおかげでここは変わった。これからも頼りにしてるぞ』って。面と向かって褒めてくれる上司ってあまりいないのでアタシ感動しちゃって……!
この人についていきたいって思ったんです。そう思える上司ってなかなかいませんよね。アタシは死ぬ前にレストランでバイトしてたんですが、店長がそれはもうヒドくて……!だから、余計に近藤さんのことを信頼できるんだと思います」
「そうでしたか」
沖田は嬉しそうに相槌を打った。
「それに……うたじろうとか沢山の死者を見て来て、人の人生を深く考えるようになったっていうか、それを裁く責任感みたいなものが芽生えたっていうか……上手く言えないんですけど」
「それならもう少しじっくり考えてみてもいいのではないですか?」
「……そうします。沖田さん、気にかけてくれてありがとうございました!」
「いえいえ。松山さん。私もあなたと仲間になれたことをとても嬉しく思っています」
「沖田さん……」
勇美は嬉しさのあまり言葉に詰まってしまった。返事の代わりに満面の笑顔で頷き、部屋を出たのだった。
***
それからしばらくの間、勇美は自分の進むべき道についてひたすら考えていた。
(ここに来た時は天国に行きたいって思ってた。けど、今はそんな気持ち全然ない……。それよりもアタシにはやりたい事がある)
勇美は両腕のブレスレットを見つめ、顔を上げると再び歩き始めた。ふと庭に目をやると、現世へ続く井戸の前でたかむらが立ち尽くしていた。井戸の入り口は木の板が打ち付けてあり、固く閉ざされている。
「たかむら。なにたそがれてんの?」
「別にたそがれてねぇよ」
「もしかして現世が恋しいとか?」
「んな訳あるか。たとえ頼まれても生き返らねぇよ。まっ、もう二度とこの井戸を使うことはないと思うと妙な気持ちになるがな」
「ふ~ん。そういや、あんた覚えてる?『俺が現世で死んだら天国に行かせてやる』ってアタシに言ったこと」
「ああ。覚えてる」
「アタシは天国には行かない。ずっとここにいる」
たかむらは目を丸くした。何も言わずに勇美をじっと見つめている。
「みんなと一緒に補佐隊員を続けたい。毎日沢山の死者を見て思ったんだ。うたじろうのことも含めて人を裁くことの意味とか責任感とかそういうのがどんだけ大事かってこと。何より、現世で辛い思いをしてきた死者達の為に少しでもアタシに出来る事があるなら何でもしたいって思うの。アタシは現世でレストランのバイトしかしてないから大きなことは言えないけど、やり甲斐のある仕事ってこういうのかなって」
「天職を見つけたってことか?」
「うん。それに、アタシにとって霊界の皆は大好きで大事な友達だから!もちろんあんたのこともね!」
たかむらはハッとして咄嗟に目を逸らした。どう反応していいのか困惑しているのだ。
「あ、もしかして照れてる?」
「て、照れてねぇよ」
「言っとくけど、好きとか大事とかって恋愛感情じゃないからね!友達だからね!そこんとこ勘違いしないでよね!」
「だ、誰が勘違いするか!頼まれてもお前みたいな奴とは絶対付き合わねぇよ!」
「ア、アタシだって頼まれてもあんたみたいなドSツンデレ自己チュー男とは絶対に付き合いませーん!」
「……まぁお前の好きにすればいいだろ」
たかむらは庭から渡り廊下に上がり、歩き出そうとした。が、ふと足を止めると振り返って言った。
「お前は以前、次は自分が俺の事を助けると言ったな。霊界を守ることが出来たのはお前が皆をまとめて先導してくれたからだ。俺には到底真似出来ない。破壊を防ぐことも無理だっただろう。今回のことで俺は充分お前に救われた。感謝してる。お前は俺にないものを持っている。それを大事にしてこれからも任務に励んでもらえたらありがたい」
勇美は酷く驚き、たかむらの顔を見つめた。彼はハッとすると恥ずかしそうに急いで顔を背けた。そして勇美の視線から逃れるかのように慌てて走り去って行った。
勇美はフッと楽しそうに笑うと、たかむらに聞こえるようにわざと大きな声でこう言った。
「ホント素直じゃないヤツ!」
完
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
黒龍の神嫁は溺愛から逃げられない
めがねあざらし
BL
「神嫁は……お前です」
村の神嫁選びで神託が告げたのは、美しい娘ではなく青年・長(なが)だった。
戸惑いながらも黒龍の神・橡(つるばみ)に嫁ぐことになった長は、神域で不思議な日々を過ごしていく。
穏やかな橡との生活に次第に心を許し始める長だったが、ある日を境に彼の姿が消えてしまう――。
夢の中で響く声と、失われた記憶が導く、神と人の恋の物語。
ハレマ・ハレオは、ハーレまない!~億り人になった俺に美少女達が寄ってくる?だが俺は絶対にハーレムなんて作らない~
長月 鳥
キャラ文芸
W高校1年生の晴間晴雄(ハレマハレオ)は、宝くじの当選で億り人となった。
だが、彼は喜ばない。
それは「日本にも一夫多妻制があればいいのになぁ」が口癖だった父親の存在が起因する。
株で儲け、一代で財を成した父親の晴間舘雄(ハレマダテオ)は、金と女に溺れた。特に女性関係は酷く、あらゆる国と地域に100名以上の愛人が居たと見られる。
以前は、ごく平凡で慎ましく幸せな3人家族だった……だが、大金を手にした父親は、都心に豪邸を構えると、金遣いが荒くなり態度も大きく変わり、妻のカエデに手を上げるようになった。いつしか住み家は、人目も憚らず愛人を何人も連れ込むハーレムと化し酒池肉林が繰り返された。やがて妻を追い出し、親権を手にしておきながら、一人息子のハレオまでも安アパートへと追いやった。
ハレオは、憎しみを抱きつつも父親からの家賃や生活面での援助を受け続けた。義務教育が終わるその日まで。
そして、高校入学のその日、父親は他界した。
死因は【腹上死】。
死因だけでも親族を騒然とさせたが、それだけでは無かった。
借金こそ無かったものの、父親ダテオの資産は0、一文無し。
愛人達に、その全てを注ぎ込み、果てたのだ。
それを聞いたハレオは誓う。
「金は人をダメにする、女は男をダメにする」
「金も女も信用しない、父親みたいになってたまるか」
「俺は絶対にハーレムなんて作らない、俺は絶対ハーレまない!!」
最後の誓いの意味は分からないが……。
この日より、ハレオと金、そして女達との戦いが始まった。
そんな思いとは裏腹に、ハレオの周りには、幼馴染やクラスの人気者、アイドルや複数の妹達が現れる。
果たして彼女たちの目的は、ハレオの当選金か、はたまた真実の愛か。
お金と女、数多の煩悩に翻弄されるハレマハレオの高校生活が、今、始まる。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ハピネスカット-葵-
えんびあゆ
キャラ文芸
美容室「ハピネスカット」を舞台に、人々を幸せにするためのカットを得意とする美容師・藤井葵が、訪れるお客様の髪を切りながら心に寄り添い、悩みを解消し新しい一歩を踏み出す手助けをしていく物語。
お客様の個性を大切にしたカットは単なる外見の変化にとどまらず、心の内側にも変化をもたらします。
人生の分岐点に立つ若者、再出発を誓う大人、悩める親子...多様な人々の物語が、葵の手を通じてつながっていく群像劇。
時に笑い、たまに泣いて、稀に怒ったり。
髪を切るその瞬間に、人が持つ新しい自分への期待や勇気を紡ぐ心温まるストーリー。
―――新しい髪型、新しい物語。葵が紡ぐ、幸せのカットはまだまだ続く。
『イケメンイスラエル大使館員と古代ユダヤの「アーク探し」の5日間の某国特殊部隊相手の大激戦!なっちゃん恋愛小説シリーズ第1弾!』
あらお☆ひろ
キャラ文芸
「なつ&陽菜コンビ」にニコニコ商店街・ニコニコプロレスのメンバーが再集結の第1弾!
もちろん、「なっちゃん」の恋愛小説シリーズ第1弾でもあります!
ニコニコ商店街・ニコニコポロレスのメンバーが再集結。
稀世・三郎夫婦に3歳になったひまわりに直とまりあ。
もちろん夏子&陽菜のコンビも健在。
今作の主人公は「夏子」?
淡路島イザナギ神社で知り合ったイケメン大使館員の「MK」も加わり10人の旅が始まる。
ホテルの庭で偶然拾った二つの「古代ユダヤ支族の紋章の入った指輪」をきっかけに、古来ユダヤの巫女と化した夏子は「部屋荒らし」、「ひったくり」そして「追跡」と謎の外人に追われる!
古代ユダヤの支族が日本に持ち込んだとされる「ソロモンの秘宝」と「アーク(聖櫃)」に入れられた「三種の神器」の隠し場所を夏子のお告げと客観的歴史事実を基に淡路、徳島、京都、長野、能登、伊勢とアークの追跡が始まる。
もちろん最後はお決まりの「ドンパチ」の格闘戦!
アークと夏子とMKの恋の行方をお時間のある人はゆるーく一緒に見守ってあげてください!
では、よろひこー (⋈◍>◡<◍)。✧♡!
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる