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第七章 仲間

第四十八話

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近藤が勇美に声を掛けて来た。

「勇美殿。どうしたのだ?浮かない顔をしておるではないか」

「うたじろうの事を思い出してしまって……。アタシがもっと早く正体に気づいてたら、あの子はアタシ達とホントの友達になれてたのかなって……」

「勇美殿……」

「ちさとは、たかむらをダマす為に性格まで変えたって言ったんです。でも性格なんてそう簡単に変えられるものじゃない。あの子は元々優しい子だったんじゃないかなって……。

もしかしたら本当の自分はちさとじゃなくて、うたじろうの方だったんじゃないでしょうか。たかむらの事をねたんでうらやんで憎むあまり歪んでしまった結果、ちさとが生まれた。アタシはそう思うんです。幼馴染だったみたいだから、たかむらなら子供の頃のちさとがどんな子だったのか知ってるのかもしれないけど……」

「たかむらは自身について多くは語らんからな。まことに不器用な者であるな」

近藤は静かに頷いてそう言った後、悲しそうな顔をして言葉を続けた。

「……おぬしの気持ちはよく分かる。うたじろう殿はとても心根の優しい者だった。『ぜん』は演技で出来るものではあるまい。正体を見抜けず思惑に気付けなかったことで霊界を危険にさらしてしまったことはわしの責任である。と、同時にあの者の心の奥にある寂しさをみ取ってやれなかった事をわしは今でも悔やんでいる」

「近藤局長……」

「わしはあれから心に誓ったのだ。もう二度とうたじろう殿のような思いをする者が現れぬよう、自分に出来る事があれば何でもすると」

近藤はかつて赤い屋根の小屋があった場所をじっと見つめながら力強く言った。

「アタシも近藤局長と全く同じ気持ちです」

勇美と近藤は顔を見合わせた。すると、近藤が気を取り直したように微笑むと言った。

「だが……勇美殿。おぬしが来たおかげでここは劇的げきてきに変わった。働く者達の心もな」

「……アタシ、最初は近藤局長のことを怖い人だと思ってたんです。でも全然違いました。新選組の皆さんが近藤局長をしたうワケが今ではよく分かります」

近藤は嬉しそうに微笑んで言った。

「生前に幕臣ばくしんに取り立てられた話を以前にしたであろう?死後これまでの人生を振り返って、わしはその時の自身の振る舞いを恥じたのだ」

「……どういうことですか?」

「当時、新選組は『甲陽鎮撫隊こうようちんぶたい』と改名して戦を続けておった。だが、敗走続きでな。江戸から苦楽を共にした仲間に永倉新八と原田左之助という者がおるのだが、二人は勢力せいりょく結集けっしゅうして会津において再起さいきはかる計画をわしに打診して来た。その条件としてわしは『家臣かしんとなる』ことを提示した」

「えっ?つまり『俺の家来けらいになるならその計画に乗ってやる』って言うことですか?」

「その通りだ。もちろん二人は納得しなかった。『俺達はあんたを仲間だと思っていた。なのに家来になれだと?!下に見ていたなんて見損なったぜ』と憤慨ふんがいして隊を出て行ったのだ。その時わしは二人の気持ちが理解出来なかった。幕臣となって完全におごっておったのだ」

勇美は返答に困って黙っていた。

「だが、千代殿に出会って初めて永倉と原田の気持ちが分かったのだ。それまで共に歩んで来た大事な仲間に向かって『家来にしてやる』などと口にしたことを心底後悔した。それからわしは心を入れ替え、局長としての自分のり方を考え直した。肩書かたがきはあれど皆と対等たいとうに接していくべきだと思ったのだよ」

「……その後、永倉さんと原田さんには会えたんですか?」

「会えたぞ。正直に非礼ひれいびた。二人ともわしが霊界で裁判長を務めている事も合わせて非常に驚いておったが、許してくれてな。関係を修復しゅうふくできたのだ。補佐隊員募集の件も打診だしんしてみたが、残念ながら拒否されてしまったのだがな」

「そうだったんですか……」

(永倉新八と原田左之助って有名な隊士だよね。まさかそんなことがあったなんて……。今の近藤局長がいるのは色々な経験をしたからなんだな)

「仲直りできて良かったですね!」

「うむ。勇美殿、これからも精一杯励んでくれ。頼りにしておるぞ」

「はい!」

***

その後、勇美は死者を天国に案内して沖田に引き継いだ。部屋を出ようとした勇美を沖田が呼び止めた。

「松山さん」

「……何でしょう?」

「先程ふと思い出したんですが、確か松山さんがこちらで補佐隊員を務める期限って小野さんが現世で亡くなるまで、でしたよね?」

「わ、忘れてた……!」

ハッとする勇美を見て、沖田は微笑みながら言った。

「あなたはもうここにいる必要はないのではないですか?私で良ければいつでも天国へご案内致しますよ」

「……ありがとうございます。気持ちはとても嬉しいんですが……ちょっと考えさせてください」

「迷ってるんですか?意外ですね……あんなに小野さんのことを嫌っていたのに」

「嫌いなのは変わんないですよ!迷ってるのはこの仕事にやり甲斐がいを感じてるからです。そりゃあ大変だし、たかむらはウザいし近藤局長は怖いしで最初はあまり乗り気はしなかったんですけど……」

勇美は言葉に詰まった。が、沖田はその先をうながそうとはせず彼女が再び口を開くのを静かに待った。

「……千代さんとか元春くんとか、沖田さんや新選組の皆さんと仲間になって一緒に仕事していく内に『あ~楽しいな!友達や仲間がいるってやっぱいいな!』って思ったんです。沖田さん、前に言ってましたよね?『あなたも近藤さんの魅力みりょくに気付く時が必ず来ますよ』って。それ今ならめちゃくちゃ分かるんです。

誰よりも正義感があって強くて頼りなる。それなのに全然上から目線じゃない。アタシ達の事を対等に見てくれる。さっき近藤局長に言われたんですよ。『おぬしのおかげでここは変わった。これからも頼りにしてるぞ』って。面と向かって褒めてくれる上司ってあまりいないのでアタシ感動しちゃって……!

この人についていきたいって思ったんです。そう思える上司ってなかなかいませんよね。アタシは死ぬ前にレストランでバイトしてたんですが、店長がそれはもうヒドくて……!だから、余計に近藤さんのことを信頼できるんだと思います」

「そうでしたか」

沖田は嬉しそうに相槌あいずちを打った。

「それに……うたじろうとか沢山の死者を見て来て、人の人生を深く考えるようになったっていうか、それをさばく責任感みたいなものが芽生めばえたっていうか……上手く言えないんですけど」

「それならもう少しじっくり考えてみてもいいのではないですか?」

「……そうします。沖田さん、気にかけてくれてありがとうございました!」

「いえいえ。松山さん。私もあなたと仲間になれたことをとても嬉しく思っています」

「沖田さん……」

勇美は嬉しさのあまり言葉に詰まってしまった。返事の代わりに満面の笑顔で頷き、部屋を出たのだった。

***

それからしばらくの間、勇美は自分の進むべき道についてひたすら考えていた。

(ここに来た時は天国に行きたいって思ってた。けど、今はそんな気持ち全然ない……。それよりもアタシにはやりたい事がある)

勇美は両腕のブレスレットを見つめ、顔を上げると再び歩き始めた。ふと庭に目をやると、現世へ続く井戸の前でたかむらが立ち尽くしていた。井戸の入り口は木の板が打ち付けてあり、固く閉ざされている。

「たかむら。なにたそがれてんの?」

「別にたそがれてねぇよ」

「もしかして現世が恋しいとか?」

「んな訳あるか。たとえ頼まれても生き返らねぇよ。まっ、もう二度とこの井戸を使うことはないと思うと妙な気持ちになるがな」

「ふ~ん。そういや、あんた覚えてる?『俺が現世で死んだら天国に行かせてやる』ってアタシに言ったこと」

「ああ。覚えてる」

「アタシは天国には行かない。ずっとここにいる」

たかむらは目を丸くした。何も言わずに勇美をじっと見つめている。

「みんなと一緒に補佐隊員を続けたい。毎日沢山の死者を見て思ったんだ。うたじろうのことも含めて人を裁くことの意味とか責任感とかそういうのがどんだけ大事かってこと。何より、現世で辛い思いをしてきた死者達の為に少しでもアタシに出来る事があるなら何でもしたいって思うの。アタシは現世でレストランのバイトしかしてないから大きなことは言えないけど、やり甲斐のある仕事ってこういうのかなって」

天職てんしょくを見つけたってことか?」

「うん。それに、アタシにとって霊界の皆は大好きで大事な友達だから!もちろんあんたのこともね!」

たかむらはハッとして咄嗟とっさに目をらした。どう反応していいのか困惑しているのだ。

「あ、もしかして照れてる?」

「て、照れてねぇよ」

「言っとくけど、好きとか大事とかって恋愛感情じゃないからね!友達だからね!そこんとこ勘違いしないでよね!」

「だ、誰が勘違いするか!頼まれてもお前みたいな奴とは絶対付き合わねぇよ!」

「ア、アタシだって頼まれてもあんたみたいなドSツンデレ自己チュー男とは絶対に付き合いませーん!」

「……まぁお前の好きにすればいいだろ」

たかむらは庭から渡り廊下に上がり、歩き出そうとした。が、ふと足を止めると振り返って言った。

「お前は以前、次は自分が俺の事を助けると言ったな。霊界を守ることが出来たのはお前が皆をまとめて先導せんどうしてくれたからだ。俺には到底とうてい真似まね出来ない。破壊を防ぐことも無理だっただろう。今回のことで俺は充分お前に救われた。感謝してる。お前は俺にないものを持っている。それを大事にしてこれからも任務に励んでもらえたらありがたい」

勇美は酷く驚き、たかむらの顔を見つめた。彼はハッとすると恥ずかしそうに急いで顔を背けた。そして勇美の視線から逃れるかのように慌てて走り去って行った。

勇美はフッと楽しそうに笑うと、たかむらに聞こえるようにわざと大きな声でこう言った。

「ホント素直じゃないヤツ!」

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