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第七章 仲間

第四十五話

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「お、女の子……?!」

真っ先に反応したのは良順だった。腰あたりまであるつややかな黒髪、白い肌、口元の黒子ほくろ。そして、真っ赤な唇が何とも妖艶ようえんな雰囲気をかもし出していた。美女が微笑みながら手招てまねきをすると、良順はうつろな目をしてゆっくりと歩み寄っていった。

「ま、まずい!良順!正気に戻れ!そいつは……」

土方があせって叫んだ。と、その時。美女が突然消えた。良順が辺りを見回すと、いつの間にか目の前に大木が出現。美女はその上部に腰掛けて微笑みを浮かべた。

「あなたはとても素敵な人。早くこっちに来て?」

「い、今行く!」

良順は一目散に駆け出した。土方が煙管きせるを放り出し、急いで後を追う。

「良順!だまされんじゃねー!」

「これはいかん!」

「止めないと森久保さんが危険です!」

近藤や沖田も慌てて駆け出した。

「あの女の子何者なの?」

勇美が尋ねると、山崎が言った。

「あれは衆合地獄しゅうごうじごくの鬼や。普段は邪淫じゃいんの罪を犯した者を担当しとるんだが……」

「じゃいんって何ですか?」

「不倫とか浮気のことさね」

千代の答えに勇美は顔をしかめながら頷いた。山崎が続けた。

「美女を追うて木に登ろうとすると鋭い葉に体を切り裂かれる。血だらけになって何とか木の上に辿り着くと美女は下におる。降りようとするとまた鋭い葉に体を切り裂かれる。これが永遠に繰り返されるのんが衆合地獄や」

「うわっ何それ怖~~っ!」

勇美が思わず叫ぶと、元春が恐怖のあまり全身震わせた。ハナと千代は思い切り嫌悪感けんおかんあらわわにした。

「因みにさっきの燃えた縄やら斧を持った奴らは黒縄こくじょう地獄の鬼や」

「ってことはアタシが戻るまでにみんなが倒したのは他のナントカ地獄の鬼達ってことですか?」

「せや。熱い鉄鍋てつなべ持った奴とか焼けた針持った奴とか色々おったな」

「マジか……」

(アタシいなくて良かった~!ってみんなの前では絶対言えないけど!)

土方が木に手を掛けようとした良順の体を後ろから羽交締はがいじめにして叫んだ。

「良順!こいつは鬼だ!」

「は、離してください!オレはあの子のところに行かなきゃならないんすよ!」

「行ってどうするつもりなのだ?!」

「殺されますよ!」

近藤と沖田も必死で止めに入る。だが、完全に正気を失った良順の耳には届かない。怒りの形相ぎょうそうで三人を睨み付けて全力で叫んだ。

「は、離せよこのヤロー!」

その時。土方が良順の左頬を思い切り殴った。良順は衝撃で地面に倒れ込んだ。

「馬鹿野郎!こんな分かりやすい色仕掛けにハマってんじゃねーよ!それでも貴様、補佐隊員か?!」

良順はハッとして赤く腫れた左頬に手をやり呟いた。

「……今度は左か……この間たかむらさんにやられた時は右だったな……」

苦笑いをしながら立ち上がり、三人に対して深々と頭を下げた。

「土方副長、近藤局長、沖田さん。ホンッットにすんませんっした!」

「いや、正気に戻ったのなら良かった」

「おなごに騙されるなんていかにも森久保さんらしいですけどね!」

「ったく、世話の焼ける奴だぜ……」

木の上で様子を伺っていた美女は悔しそうに舌打ちをした。途端に大木と美女は消え、一体の巨大な鬼が現れた。雄叫おたけびびを上げると手に持っている巨大な鉄のキリを思い切り振り上げた。

「まずい!逃げるぞ!」

土方の声に近藤、沖田、良順は急いできびすを返して再び駆け出した。振り下ろした鉄のキリが地面に深く突き刺さった。良順が悲鳴を上げた。

「ひゃあああ!危なかった~!」

勇美は千代に向かって言った。

「千代さん!鬼の動き封じてもらえる?!」

「はいよ!」

地面に突き刺さってしまった鉄のキリを抜こうとしている鬼目掛け、千代は草のつるを繰り出した。不意をつかれた鬼は全身を封じられ身動きが取れずもがいている。

「元春くん!アレ出せる?!」

「はい!やってみます!」

元春は両手を合わせると目を閉じた。その時、頭上から何者かの咆哮ほうこうが響いた。曇天の空を見上げ、一同は驚きのあまり息を呑んだ。鮮やかな真紅しんくの色をした巨大な龍が旋回せんかいしているのだ。

元春は目を開けると天に向かって両手を伸ばした。橙色の水晶が強く光り、それに呼応するように再び龍の咆哮ほうこうが響く。

「勇美さん!今です!」

「任せて!」

勇美は龍に向かって両手を伸ばした。赤い水晶が鋭く光り、龍の体に命中した。龍が鬼目掛けて口を思い切り開けると、巨大な炎が放出され、鬼の全身をおおった。それは先程、勇美自身が出した火炎放射かえんほうしゃの技とは比べ物にならない程の凄まじい威力いりょくと迫力だった。

「がああああああ!」

鬼の全身が炎に包まれ、絶叫が響き渡る。鬼は全身を焼かれ、あっという間に灰になってしまった。

「はぁ~~!倒した!」

途端に勇美は全身から力が抜けて地面にへたり込んでしまった。

「勇美ちゃん!元春!千代さん!ナイス☆」

「良順!あんたが女の子に騙されなきゃもっとスムーズだったのに!」

「ごめんごめん勇美ちゃん!怒んないでよ!」

その時、小鬼が一体、勇美目掛けてかき爪を振り上げて突進して来た。勇美は体勢たいせいを立て直そうとした。が、間に合わない。勇美は立ちひざの体勢で小鬼の両腕を掴んだ。

「くっ……!こいつ力強い……!」

小鬼は白目をき、物凄い形相で自分の腕を掴んでいる勇美の手を全身の力を使って押していた。押し戻そうとするも力が強く、今にも倒れそうになった。と、その時。小鬼が突然絶叫し、体勢を崩して横に倒れ込んだ。後ろにいた人物を見て勇美は叫んだ。

「土方副長……!」

「気を抜くなっつっただろ!」

土方は刀を一振りすると素早く後ろを振り返った。小鬼達が次から次へと襲いかかる。土方はそれらを素早く斬り倒して行った。

「す、すごい……一瞬の隙もない……」

「何ぼさっとしてやがる!早く立て!やられるぞ!」

「は、はい!」

勇美が素早く立ち上がると同時に小鬼が襲いかかって来た。勇美は両手を上げて火炎放射を繰り出し、小鬼を倒して行った。

勇美の背後には近藤がいた。彼の目の前には大量の小鬼。近藤は一息吐くと豪快ごうかいに切り倒して行った。近藤の周りにはあっという間に大量の小鬼の死体で埋め尽くされたが、それらはすぐに消滅した。

「実体がない……術か何かで量産りょうさんされとるのか」

その隣には沖田がいた。彼は直立ちょくりつの構えのまま目の前にいる比較的大柄な小鬼と対峙たいじしていた。お互い、出方を伺っている。沖田が大きく深呼吸をした次の瞬間、彼からすさまじい殺気さっきが放たれた。一歩踏み込み、彼は思い切り小鬼の腹を突いた。途端に紫色の液体が噴出ふんしゅつした。

「ぐおおおおお!」

小鬼はもだえ苦しみ、やがて消滅した。勇美は思った。

(あれがうたじろうが言ってた本気の沖田総司……!)

「出たな!総司の三段突さんだんづき!久しぶりに見たぜ!しかも今のは猛毒もうどく付きだろ?」

「三段突きって何すか?!」

「一回の踏み込みで三発の突きを繰り出す技だ!総司の十八番おはこだぜ!」

「三発?!一発にしか見えなかったわ……!」

ハナがしっぽを上げ、振り回した。沖田が土方に向かって叫んだ。

「土方さん!感心してる場合じゃありませんよ!この小鬼まだまだ湧いて来そうです!」

「トシ!こいつらは実体がない!元を断たてば消えるはずだ!」

「分かった!ちょっと行ってくるわ!」

土方は地獄に駆け込んで行った。入れ違いで大量の小鬼が現れ、厩戸と山崎の背後にいる大勢の死者達に向かって来た。それだけではない。小鬼達は死者達のいる球体を取り囲み、今にも襲いかかろうとしていた。死者達が一斉に悲鳴を上げる。

「心配はいらぬ。この中は安全だ」

厩戸は球体の保護力を更に上げ、山崎に目配せをした。

「厩戸はん、後はわいに任せとぉくれやす!」

山崎がいんを結び何かを唱えた瞬間、灰色の水晶が光った。山崎と同じ姿をした人間が数人現れ、四方八方しほうはっぽうに散らばると素早い動きで手裏剣や短刀を使って球体を取り囲んでいる小鬼達をあっという間に倒した。

「凄い!あれが分身の術……!」

元春が感動して呟いたその時、一瞬の隙を突いて小鬼が二、三体、元春に襲いかかった。避ける暇もなく元春は体を固定され、顔や体にかき爪の攻撃を食らってしまった。

「ぐっ、はぁっ!」

「元春ー!」

ハナや他の者が慌てて駆け寄ろうとしたその時、真っ先に山崎が動き、元春にむらがっている小鬼達を短刀で切り裂いた。その素早さは誰一人目で追うことができない程だった。小鬼達は絶叫して地面に倒れ込んだ。

「山崎さん……っ」

額や頬から流れる血を拭いながら元春が体を起こそうとするも力が入らない。山崎は何も言わずに元春をお姫様抱っこすると素早く死者達の元に戻った。そこには山崎の分身が数人いて依然いぜんとして小鬼達から死者達を守っていた。

「ほんま、あんたは世話の焼ける奴やな。もう動かんでええから、ここで大人しゅうしとき」

元春をゆっくりと降ろし、地面に横たえると山崎は眼鏡を指先で上げ、顔色ひとつ変えずに淡々と言った。

「す、すみません……っ!ボクまた山崎さんにご迷惑を……」

「もうええて。いつものことやし。さすがにもう慣れてもうたわ。まぁでも、さっきの赤い龍?あらびっくりしたわ。見直したで、浪川」

山崎は微かに口元を緩めた。思わぬ褒め言葉に元春は驚きと歓喜かんきのあまり涙ぐんだ。

「あ、ありがとうございます……」

「元春!ごめんね!また間に合わなかった……」

真っ先に駆け付けたハナがしっぽを下げて涙を浮かべながら言った。

「大丈夫だよ。山崎さんのおかげで致命傷を負わずに済んだみたい」

「良かった~元春が無事で!」

「ヒヤッとしたよね……」

良順と勇美に続き、千代と近藤が言った。

「全くあの小鬼、厄介な奴らさね」

「元春殿!大事だいじないか?!」

「こんなに顔に傷が……」

沖田が懐から手拭いを取り出して流れる血を拭った。続いて止血しけつをしようとすると、良順がその手を止めて言った。

「オレに任せるっす」

良順は元春に向かって片手を広げた。不思議そうな顔をして一同は二人を見つめた。淡い桃色の光が放たれ、間もなく元春の全身から傷が消えた。全員が感動の声を上げた。

「痛くない……!良順くん、いつの間にそんな技を覚えたんですか?」

「さっき鬼から吸い取ったやつ!水晶が治癒力に変えてくれるんだよ!」

「スゴい!そんな技もあるんだ!」

「ってかさ、小鬼達いなくなった……?」

良順の言葉に一同はハッとした。すると、地獄の入り口から土方が戻って来た。

「どっから湧いてんのかと思って探し回ったら、こんなのが木に貼り付けてあったからバラバラに切り裂いてやったぜ」

土方は地面に何かを放り投げた。そこにはバラバラになった一枚の札があった。

「こんな紙切れ一枚に私らは苦戦させられてたって訳かい」

「これは札……呪術じゅじゅつですかね?」

沖田の問いに山崎が答える。

「そうどすなぁ。無限に小鬼が出現するような呪文が書かれてるはずどす」

「ハァ~厄介なことしやがって!あのクソ助手が!」

「トシよ、もうあやつは助手ではないぞ」

「そのちさとはどこに行ったの?地獄に入って行ったのを確かに見たわよ」

ハナの言葉に土方は首を横に振って言った。

「いや、どこにもいなかった」

「じゃあもう終わったってことっすか?」

「いや、まだ終わってはおらん。最後の1体が残っておる」

近藤の言葉に一同は地獄の入り口に目をやった。すると、まるで待っていたかのようにそこから巨大な緑色の手が覗き、徐々に姿を現した。それはこれまでの鬼とは比べ物にならないくらい巨大な姿をしていたのだった。
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