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第四章 友情

第三十一話

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三人が霊界に戻ると、良順の姿を見た近藤が眉をひそめた。

「おぬしはたしか……」

「森久保良順です。この度は諸事情しょじじょうにより任務を行うことができず、大変申し訳ございませんでした」

良順は近藤に向かって深々と頭を下げた。

(諸事情によりって!ただサボってただけじゃん!)

心の中でツッコミを入れながら勇美は良順を見守った。近藤は少し驚いた顔をすると大きく頷いた。

「では、この胡散臭うさんくさい医者の真実はいかがか?」

高須は苛立ちながら良順と近藤を交互に見つめていた。かたわらではうたじろうがより鋭い眼差しで高須のことを見張っている。

「この者が竹本航たけもとわたるの命を奪ったことはまぎれもない事実です。彼は機械を使った遠隔操作えんかくそうさで手術を行いましたが、大動脈だいどうみゃくあやまって傷つけました。慌てて閉じるも後の祭り。肝心かんじんのがんを取ることもできず、大量に出血した結果、全身の機能が低下。約二週間、昏睡こんすい状態におちいった後に亡くなりました」

良順の口調は淡々としていたが、その目は怒りに満ちていた。

「証拠はあるのか?!私は絶対に認めないぞ!」

「高須殿、お静かに願います」

うたじろうが制止しようとしたが、興奮状態の高須はわめき続けた。

「黙れ!猫の分際ぶんざいで偉そうに!」

その瞬間、高須が拳を振り上げた。うたじろうは驚いてしっぽを下げ、両の前足で頭をおおった。近藤がハッとして立ち上がった。が、高須を止めたのは全く別の人物だった。

「た、たかむら殿……!」

うたじろうが目を丸くした。たかむらは振り上げた高須の腕を強く掴むと、軽くひねった。指にはめられたリングの水色の水晶が鋭い光を放っている。

「いたたっ!貴様何をする?!」

「うちの助手に手を出すのはおやめください」

高須は痛みに顔を歪めながら情けない声で言った。

「わ、分かったから手を離してくれ!骨が折れる!」

「本来ここでは痛みを感じることはありませんが、素行そこうの悪い高須殿の為に特別な力を使って痛むように致しました」

「ひ、ひぃっ!」

「大人しくしていると約束しますか?」

「わ、分かったから早く離せ!」

たかむらは乱暴に高須の腕を離した。高須はつかまれた腕をさすりながら涙目になってうつむいた。

「たかむら殿。あなたのおかげで助かりました。ありがとうございます」

たかむらは遠慮がちに目をらすと言った。

「……いえ。あまりにもこの者がうるさいので黙らせたかっただけです」

(出た~!たかむらのツンデレ!)

勇美がニヤニヤしていると、しびれを切らして近藤が言った。

「証拠があるのなら一刻いっこくも早くしめしてもらいたいのだが」

「証拠はもちろんございます!」

良順は慌てて口を開いた後、勇美に目配せをした。

「は、はい!証拠音声を再生します」

「うむ。いつもの物だな。よろしく頼む」

勇美はスマホの録音アプリで音声を再生した。途端に響き渡る高須の声。彼の顔からみるみる内に血の気が引いていった。手術直後のやりとり、航の両親との会話、そして勇美達の前を通った時に呟いた一言までくまなく再生すると、勇美はスマホをしまった。

「そ、そんな音声は捏造ねつぞうだ!わ、私はやっていない!」

高須は全身を震わせながら近藤に向かって懇願こんがんを始めた。近藤は厳しい口調で言った。

「高須勝也殿。おぬしは患者の手術に失敗し、死なせ、隠蔽いんぺいした。更にその罪を認めようとせずかたくなに保身ほしんに走った。人の命を救う医者でありながら人の命をかろんじる最低の人間である。よっておぬしは当初の判定通り、地獄行きとする」

高須は泣きわめいた。

「ま、待ってください!私は……!」

近藤はたかむらに顔を向けると、高須の言葉をさえぎって言った。

「たかむら。早くこの者を地獄へ連れて行ってくれ。見苦しくてかなわん」

「承知致しました。行きますよ、さっさと歩いてください」

たかむらは土下座をしている高須を無理矢理立ち上がらせると出入り口まで引きずった。そして、足を止めて振り返り言った。

「勇美殿、良順殿、うたじろう。ついて参れ」

「うわぁ……来るとは思ってたけどやっぱりかー!」

「もはやお約束ですね……」

「勇美ちゃん、もしかしてこれって……」

「地獄行きの死者がどうなるか見ろってことだよ。アタシ達毎回ついて来いって言われるんだよ。正直勘弁かんべんしてって感じなんだけど!」

「マジか……」

「良順も地獄行きの案内したことあるんでしょ?」

「いや~それが実は初めてなんだよね~」

良順が苦笑いしながら言った。彼らはたかむらの後に続いて庭に出た。たかむらは重い扉を開けると中に向かっていつものように呼びかけた。

「土方副長、お願いします」

階段を登る足音が聞こえ、煙管きせるをふかしながら土方が姿を現した。

「よう。また会ったな」

土方は良順の姿にピンと来ないようで眉をひそめた。良順が緊張した表情で言った。

「森久保良順です。オレも補佐隊員をやってます」

「こいつ、ずっと仕事放棄ほうきして現世で遊んでたんですよ」

「た、たかむらさん!余計なこと言わないでくださいよ!」

良順が冷や汗をきながら叫んだ。土方は鼻で笑った。

なまけ者か。局中法度きょくちゅうはっとがあったら貴様は即処刑そくしょけいされていたぞ。ここが霊界で良かったな」

「うわっす、す、すんません!」

良順が冷や汗を大量に流しながら何度も頭を下げた。土方は煙管きせるを口にくわえたまま楽しそうに笑っている。

(たかむら以上のドS……!)

勇美が戦慄せんりつしていると、たかむらが永眠録を差し出した。

「土方副長。この男のです」

土方は興味深そうに軽く目を通した後、鼻で笑って吐き捨てるように言った。

「とんでもねぇクズだな。良順といったか。こっちに来い。早速、貴様に死者を地獄に送る指南しなんをしてやる」

土方はニヤリと笑った。

「マ、マジか……」

良順は身震いしながら勇美とうたじろうの顔を見た。

「良順、ファイト!」

「頑張ってください。良順殿なら大丈夫です」

良順はゆっくりと庭に降りた。そのひたいには大粒の汗が浮かんでいる。

「そのクズ死者をこっちに連れて来い」

「は、はい」

たかむらは掴んでいた高須の後ろ首を乱暴に離して良順に目配せをした。良順が震えながら腕を掴むと、高須は舌打ちをしながら良順を睨み付けた。

「早く連れて来い!」

「は、はい!」

良順は高須の腕を思い切り引っ張り、土方に高須を引き渡した。

「おいクズ。中に頭を向けろ」

「ヒィッ」

土方は怯えて抵抗する高須の頭を掴み、押し込んだ。間近で見ている良順が息を呑む。

「い、嫌だ!私は……」

その時。曇天どんてんの空に真っ黒な雲が現れ、辺りはたちまち暗闇に包まれた。地獄への入り口からは真っ赤な炎のようなモヤが立ち上る。

「土方。今日はこいつか?」

「ああ。クズで極悪人だ。ここに罪が書いてある。目を通したら貴様らの好きなようにしろ」

深い緑色をした巨大な手が土方の手から永眠録を引ったくった。高須がヒイイッと悲鳴を上げた。やがて鬼は楽しそうにガハハハッと笑うと言った。

「患者を殺して隠蔽いんぺいした上、ガンになって死亡ってか!自業自得じごうじどくじゃねーか!クズの大馬鹿野郎だな!こりゃあ、処刑のし甲斐がいがありそうだぜ。じゃあな、土方。あばよ」

鬼は巨大な手で高須の頭を思い切り引き込み、勢いよく扉を閉めた。その直後、高須の断末魔だんまつまの叫び声が響いたかと思うと何かを引きずる音と共に徐々じょじょに遠ざかり、やがて聞こえなくなった。黒い雲が晴れ、また元の曇天の空に戻った。

地獄の音声に良順は恐怖のあまり固まってしまった。

「良順、大丈夫?」

「……勇美ちゃん、あれが地獄の鬼ってやつ?」

「そうだよ。顔中に無数の目があって真ん中にはデカい鼻と口があって全部で8体いるんだってさ」

「何それヤバっ!しかもあいつだけじゃないとか更にヤバっ!」

「地獄は8種類あって、8体の鬼がそれぞれ番人してるらしいよ」

「それ、何かで読んだ気がするな……」

「ほう。怠け者の癖によく知ってるじゃねぇか」

「昔、医学の勉強してる時に死生しせい観が気になって調べたことがあるんすよ。でもその本には『冥界めいかい』には『閻魔大王えんまだいおう』がいるって書いてあったんすけど……」

「この間の千代さんと全く同じ質問してるんだけど」

「そうですね」

「え?何?オレだけが知らないってこと?」

良順が困惑した様子で言った。

「まっ怠けてたお前が悪いってことだな」

「フッ、たかむらの言う通りだ。貴様の為にまた一から説明すんのも面倒だから後で勇美か助手にでも聞け」

「ちょ!たかむらさんも土方副長も冷たいんすけど!」

二人のドSキャラに冷たくあしらわれ、良順はアタフタしていた。その滑稽こっけいな姿に勇美は何とか笑いを堪えると、土方に尋ねた。

「あの~ずっと気になってたんですが、ここでタバコの味って分かるんですか?痛みを感じないなら味も分からないはずですよね?」

土方は心地よさげに煙管きせるをふかして言った。

「味なんかしねぇよ。だが、生前ずっと吸ってたからか口にしてねぇとどうにも落ち着かなくてよ。癖になっちまった」

すると、良順が小声で呟いた。

「……もはやニコチン中毒っすね」

「あぁ?なんか言ったか?」

「い、いや!何でもないっす!」

土方に鋭く睨み付けられ、良順は慌てて首を振った。

「そろそろ次の死者を呼ぶぞ。では、土方副長。後は頼みましたよ」

「ああ、任せておけ」

土方は微笑むと戻って行った。裁きの間に戻ろうとするたかむらに向かって良順が頭を下げて言った。

「冥界と閻魔大王のこと、詳しく教えてくださいっす!」

たかむらは面倒臭そうに舌打ちすると、勇美に話すよううながした。勇美は先日聞いた話を良順に語った。

「それってつまりめちゃくちゃヤバい力を持ったやつが冥界と閻魔大王を破壊したってことだよね?そいつはどうなったの?」

「それはアタシも分かんない。たかむら、どうなったの?」

「封印した。だが、永遠に封印できるとは限らない」

「じゃあ、そいつが何かの拍子ひょうしに出て来たらめちゃくちゃヤバいじゃないっすか」

「そうだな」

淡々とそう返答するたかむらに良順が声を上げた。

「もっと詳しく教えてくださいよ!」

「そうだよ。何かあったらアタシ達対応できないじゃん!」

「話すと長くなる。また今度な」

たかむらは足早に裁きの間に戻って行った。
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