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第四章 友情
第二十八話
しおりを挟む驚きのあまり思わず大声を上げてしまい、勇美は慌てて口を両手で押さえた。
(りょうじゅんは頭が良いってたかむら言ってたけどホントだったんだ……)
「びっくりしすぎー!ヒドくない?」
「だって意外だったんだもん。それってたかむらは知ってんの?」
「もちろん。面接の時に言ったからね、医者目指してたって。りょうじゅんって名前は良順って書くんだよ。医者だった父親が松本良順を尊敬しててそこから取ったんだってさ」
「まつもとりょうじゅんって……誰だっけ?松潤じゃないよね?」
良順は吹き出しながらツッコミを入れた。
「松潤じゃないから!幕末に活躍した医者だよ。元々は奥医師とかやってて徳川家茂を頻繁に診てたらしいんだけど、近藤局長とも知り合いでさ。新選組もよく診てもらってたらしい。オレの名前を初めて聞いた時、局長めちゃくちゃびっくりしてたんだよね!」
「そういえば、病気の沖田さんを看取ったお医者さんがいたって父さんが言ってたけど、もしかしてその人が松本良順?」
「そうそう!よく知ってるじゃん!新選組好きなの?」
「アタシじゃなくて父さんと母さんが新選組オタクだったんだよ。勇美って名前も近藤局長の名前から取ったらしいよ。良順も新選組オタク?」
「新選組っつーか、歴史オタクかな?古典もわりと好きだしね!ってか新選組に関する人の名前が由来なんてやっぱオレにとって勇美ちゃんは運命の女の子……」
「で?続きは?」
勇美は面倒臭そうに良順の言葉を遮った。
「勇美ちゃん冷たい……」
良順は苦笑いして呟いた後、話を続けた。
「両親が医者だったこともだけど、体の弱い幼馴染を助けたいと思ったのが医者を目指した一番の理由でさ、大学で必死に勉強したよ。でも、幼馴染は肺がんになってオレが医者になる前に症状が悪化して死んじゃったんだ。医者が手を尽くしたんだけどダメだったらしい。その時思ったんだ。『医者なんて何の役にも立たねーじゃん』って。なんか失望しちゃってさ。幼馴染が死んだのもめちゃくちゃショックで受け入れられなくて。そうしたら一気にやる気がなくなっちゃった」
良順はハハハっと笑うと人差し指を口元に当て、片目を瞑りながら小声で言った。
「あっコレたかむらさんには言ってないからナイショね」
(明るく振る舞ってるけど辛くないワケないよね……)
勇美には彼の笑顔の裏に隠された悲しみが伝わって来た。
「それからオレはろくに勉強もせずに飲み歩いた。医者になる意味も友達も失って違う道を選ぶのも面倒で自暴自棄になってた。そんで平成最後の年の正月にもうこれ以上飲めないってぐらい酒を飲んで最後の一杯だー!って瓶ビール一気飲みしたらそのままぽっくり。気づいたら霊界にいたってわけ」
「……なんで補佐隊員に志願したの?」
「それは……正直言ってオレ自身もよく分かんないんだよね。もしかしたらこの世界にまだ未練があんのかも。この仕事に興味を持ったのは『蘇り』っていう業務があるって知ってからだし。近藤局長の裁きでは天国行きが決まったんだけど、何となく天国にはまだ行きたくないなって……」
「よく天国行きになったね」
「オレもそう思うよ。でもオレ悪いことしたワケじゃないからさ。自殺でもないし誰かを傷つけたワケでもないし」
良順の何となく煮え切らない態度に、勇美は少し苛立ちを感じた。
(このままじゃ良順はきっと中途半端な状態のまま永遠に霊界を彷徨うことになる。同じ補佐隊員として黙って見てるワケにはいかない)
勇美は意を決して良順に言った。
「あのさ、正直に言っていい?」
「いいよ、何?」
「あんたは生前でも霊界でも現実から逃げてるだけだよ。今のあんたは何もかもが中途半端。さっきも言ったけど補佐隊員の仕事ナメてるよ」
良順は驚いた表情を浮かべ、勇美の顔をじっと見つめた。勇美は言葉を続けた。
「たかむらが強く言わないから甘えてるんでしょ?ふざけんなよ。アタシはまだ新人だけどね、この仕事の何が大切なのか分かってるつもりなんだから!」
「大切なこと……?」
良順は困惑した表情を浮かべた。
「アタシはさ、トラックにひかれそうになってた知り合いを助けて死んだんだ。色々あって補佐隊員になったんだけど最初はやっぱ戸惑うことが多くて大変だったよ。でも、たかむらやうたじろう、新選組の人達や千代さんや元春くん、ハナちゃんと一緒に色々な死者を見て行く内に考え方が変わった。正直言って生きてた時より霊界にいる今の方が学ぶこと多い気がするんだ」
「……そっか」
「この仕事はね、一人の人間の人生を背負う仕事なの。その時間はほんの一瞬だけど、アタシの仕事次第でその人が生きて来た意味が決まる。何より来世に繋がる仕事なんだ。良い行いをしたのに間違って地獄に送っちゃったらその人はもう二度と生まれ変われない。責任重大なワケ。友達を失ったあんたにはわかるよね?アタシ達は近藤局長と共に人間の命の選択をしてるってことなんだよ」
良順は勇美から目を逸らすと、驚きとショックが入り混じったような表情を浮かべ、長い間押し黙っていた。やがて、ハァ~と長い溜息を吐くとニコリと笑って言った。
「全部キミの言う通りだよ。オレ補佐隊員の仕事ナメてたわ。ああ、もちろん無意識だよ。たかむらさんがめっちゃ怒ってるのは分かってたけど考えないようにしてた。オレは死んでからもずっと立ち止まったままなんだな……」
「良順……」
勇美が口を開きかけたその時。突然、手術室の扉が開き、中から慌てた様子で一人の看護師が出て来た。重くて大きな扉は開けっ放しになり、中の様子が垣間見えた。看護師や医者が血まみれになった手術着を慌てて脱ぎ捨てている。その中に高須の姿があった。
(いつもと同じく録画するのが一番だけどスマホを構えてたら怪しまれる……)
勇美は咄嗟にスマホの録音アプリを起動し、ボタンを押した。
「先生、これで手術を終わらせるつもりですか?」
「当たり前だ。あんなことになってはもう手の施しようがない……くそっ」
声を潜めながら尋ねる看護師に高須は思い切り顔面を歪めながら言った。激しく動揺しているのか、思い切り扉が開いていることに全く気付いていない。
「で、でも大動脈を間違えて切ったなんて、そんなこと家族に説明できませんよね?」
「ば、馬鹿!声が大きい!バレたら一大事だぞ。切った私もお前もこの病院も全部終わるんだぞ?!」
高須の言葉に看護師は小さく悲鳴を上げ、恐る恐る言った。
「そ、それじゃあ……今ここであったことを隠す……ということですか?」
「仕方ないが、そうするしかないだろう……」
高須は看護師や助手など手術を行ったメンバーらしき複数人を集め、声を潜めて言った。
「いいか?この中で起こったことを絶対に口外してはならん。誰か一人でも口外した者がいた場合は……どうなるか分かっているな?」
その場にいた全員が真っ青な顔で息を呑み、一斉に頷いた。その時、高須がハッとして顔を上げた。扉が開いていることに気づいたのだ。勇美と良順は咄嗟に顔を背けて寝たふりをした。その後、重い扉が閉まった音がして、辺りはまた静まり返った。勇美は恐る恐る目を開けた。
「……聞いた?今の」
「もっちろん♪」
勇美はスマホ取り出して、音量を下げるとアプリを再生した。高須と看護師達のやりとりがバッチリ録音されている。勇美と良順はガッツポーズをした。
「たかむらに報告しなきゃ。どこ行ったんだろう」
病院内はとても広く、探すのは一苦労だった。
「ああ~たかむらがスマホ持ってたらなぁ!すぐ連絡取れるのにさ!」
「分かる分かる、それな!」
その時、中庭に繋がる廊下の向こう側からたかむらが歩いて来た。腕を組んで何かを必死に考えている。
「あったかむらさん!」
「いたいた~!証拠バッチリ押さえたよ!」
たかむらの表情が少し緩んだ。
「そうか」
「たかむらさんは何してたんすか?」
「ああ、ちょっと患者のことを探っててな」
「何か分かったの?」
「家族は中庭で待っていた。手術室前で待つか迷ったらしいんだが、落ち着かないからと中庭に行ったらしい」
「たかむら何でそんなこと知って………もしかして家族に話し掛けたんじゃないよね?」
勇美の言葉にたかむらは眉を潜めて言った。
「そんな事する訳ねぇだろ。母親が偶然、知り合いと会って話し込んでたんだよ。俺はそのすぐ近くのベンチに腰掛けて読書してるふりをしながら聞いてた」
「さすがっすね~!」
「患者は幼い頃から病弱だったらしい。特に肺が弱かったようだ。大学生になった直後、肺がんになってしまった。母親は『先生は必ず手術は成功させますから安心してくださいって言ってくれたの、頼もしいわ』と言っていたが……」
「高須の奴よほど外面がいいんだね。ってかそれって良順の友達の話に似てるような……」
勇美がそう言いながら良順の顔を見ると、彼は真っ青な顔をして絶句していたのだった。
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