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第三章 相棒
第二十四話
しおりを挟む裁きの間に二人の人物が現れた。浪川一家を殺した津田八郎と富子である。
その時、たかむらの指南を受けながら元春とハナが補佐を務めていたが、夫婦はその姿を見て仰天した。しかし、元春とハナはいたって冷静だった。静かに場を進行し、裁きを見届け、地獄行きが決まると安堵した。たかむらは思った。
(こいつら必死に感情抑えてやがる。任務の為か?千代とは随分違うな。それなら……)
「元春殿、ハナ殿。この者らを地獄へ案内してください。ああ、勇美殿とうたじろうも」
「アタシも?!ええ~また鬼副長と鬼達に会わなきゃいけないなんて……」
「僕も同じ気持ちです」
勇美とうたじろうが小声で嘆いている間に元春とハナは嫌がる夫婦を連れて裁きの間を出て行った。二人の足取りは勇ましく、その足音からは怒りさえ感じる程だった。いつまで経っても出て行かない勇美とうたじろうに痺れを切らしたたかむらが二人に近寄り言った。
「何コソコソやってんだ。早く行け」
「はーい」
「しょ、承知致しました」
勇美とうたじろうが庭に行くと永眠録を読んでニヤニヤしていた土方が煙管を口から離して顔を上げた。
「よう。勇美に助手。よく来たな」
「土方副長、お疲れ様です」
勇美が少し緊張して言うと、土方は笑いながら言った。
「驚いたぜ。頼りなかった元春が堂々とクズ夫婦を連れて来るんだからよ。しかも、この犬っころ。すげぇ賢い。貴様あの西郷の犬なんだってな?」
「ちょっと土方副長!私にはハナという名前があるの!犬っころなんて呼ばないで!」
「ああ、すまん。いや~人間だったら気の強そうな女だな。俺はそういう女、嫌いじゃないぜ」
ニヤリと笑いながら楽しそうにそう言う土方にハナが歯を剥き出して威嚇した。
「何バカなこと言ってるの?!早くこの人達を地獄に送りなさいよ!」
「分かった分かった!だからそう怒るなって!」
「土方副長、すみません。ハナちゃんなかなか気が強くて……」
「気が弱いお前と組んでるんだから丁度いいんじゃねぇの?二人で一人ってやつだ。良い相棒が出来て良かったな」
土方は元春の肩を叩いた。馬鹿にしてるのではない。土方なりに元春を励ましているつもりなのだ。元春とハナにもそれは伝わったようで二人は土方に頭を下げた。
「貴様らは地獄の中でも最高な気分が味わえるとこに送ってやる。楽しみにしとけ。これは近藤局長の命令だ。元春と両親を火事に見せかけて殺し、ハナを虐殺し、乗っ取った工場を潰して自殺した貴様らには最高の舞台だぜ!」
「ひゃっ!」
「な、何でもする!どうか地獄だけは勘弁してくれ!」
夫婦は土方の足元で頭に庭の土がこびりつくぐらい必死に土下座をした。土方は二人の前に屈むと、両手で二人の髪の毛を乱暴に掴んで頭を同時に上げた。
「俺はな、貴様らみたいな人間が大嫌いなんだよ。その卑しい顔見ると吐き気がするぜ」
そう言って煙管を吸い込み、二人の顔に向かって思い切り煙を吐いた。夫婦は目を瞑り、顔を歪めた。
「元春、ハナ。貴様らもこっち来い。言いたいことあんだろ」
元春とハナは毅然とした表情で夫婦の前に立った。すると、八郎が元春の両足に縋りついて必死に叫んだ。
「も、元春坊ちゃん!許してくれ!何でもするから地獄にだけは送らないでくれ!お願いだ!」
「ハナ!私が悪かった!お前を殺してしまったこと今では凄く後悔してるんだから!」
富子がハナの体を抱きしめて必死に叫んだ。元春とハナはしばらく黙っていたが、やがて二人を自分から思い切り引き離した。
「許すとか許さないとかじゃない。ボクはただただ悲しいんです。あなたが最低な人間だった事にボクは気づくことができなかった。その所為で両親も家も工場も全部失った。ボクがもっと賢い人間だったらって後悔してる」
「坊ちゃん……」
「でもね、ハナちゃんをあんな風に殺したことだけは絶対に……絶対に許さない!」
初めて怒りを露わにした元春を前に八郎は驚きと恐怖で絶句してしまった。元春の怒りの表情は蘇りをした時とは比べ物にならないぐらい深く凄まじいものだった。
(元春くんがあんな顔するなんて……。うたじろうと土方副長もびっくりしてる。それだけ元春くんにとってハナちゃんは大事な存在なんだ)
ハナは両目を吊り上げ、しっぽを膨らませながら威嚇した。そして鋭く吠えると怒鳴った。
「よくも私の大切な家族を奪ってくれたわね!あんた達みたいな人間は地獄がお似合いだわ!……ああ、ようやく言えた!今まで喋ることが出来なくて凄くもどかしかったんだから!」
「ハ、ハナが喋るなんて……」
富子は色々な意味で驚き絶句してしまった。土方は鼻で笑うと言った。
「もう気は済んだか?おい!鬼ども!今日もクズが来たぜ!しかも自殺夫婦ときた!」
曇天の空に真っ黒な雲が現れ、闇に包まれた。地獄への入り口からは炎のようなモヤが立ち上り、その中に巨大な鬼の形をしたシルエットが浮かぶ。ゴゴゴという地の底から湧くような轟音と、低くてガサガサした耳障りな声が響いた。
「おい、土方。自殺夫婦って本当か?」
「ああ、話すと長くなるからこれを読め」
濃くて深い緑色をした巨大な手が伸び、土方の手から永眠録を引ったくった。夫婦が悲鳴を上げる。しばらくして鬼が笑いながら言った。
「思った以上にやべえ奴らだな。罪に罪重ねて罪の大安売りでもしようってか?!」
「つまんねぇこと言ってねぇで早くこのクズ夫婦連れてけっての」
「分かった分かった!おいお前ら!出番だぞ!」
すると、入り口からもうニ、三本同じ手が伸びて来た。
「ガハハッ!祭りだぜ!」
「皆でこいつらをワッショイしてやろうじゃねぇか!」
「じゃあな、土方。あばよ!」
巨大な数本の手は夫婦の頭を掴むと思い切り引き込み、勢いよく扉を閉めた。その直後、様々な惨い音が次々と聞こえ、夫婦の断末魔の叫び声が響いてきた。その叫び声は徐々に遠ざかり、やがて聞こえなくなった。空を覆っていた黒い雲が晴れ、また元の曇天の空に戻った。
一部始終を黙って見ていた勇美は体の力を抜いた。
「見てるだけなのにめちゃくちゃ怖い!ってか鬼多すぎだし!」
「これが地獄の鬼……」
ハナも驚きと恐怖を隠し切れず、元春も言葉を発せず地面にへたり込んでいる。
「おいおい、貴様ら。なんつー体たらくだよ。あんな鬼ごときを怖がってどうすんだ?俺なんか毎日相手してんだぞ」
(さ、さすが鬼副長……)
土方は地獄の入り口の扉を開けながら言った。
「じゃ、俺は戻るから。近藤さんによろしくな。命令通りクズ夫婦を地獄に送ったって伝えといてくれよ」
「分かりました。あっ、土方副長」
「何だ、元春」
「御指南、ありがとうございました」
元春に続きハナも頭を下げた。土方は少し驚いた表情を浮かべた後フッと嬉しそうに微笑んだ。そして、返事の代わりに片手を上げると戻って行ったのだった。
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