上 下
21 / 49
第三章 相棒

第二十一話

しおりを挟む
近藤は夜の街を駆けながら思った。

(池田屋事件を思い出すな。あの時はわしの隊が浪士ろうしを発見した。少数精鋭しょうすうせいえいで戦っておったらトシの隊が来てくれて食い止めることができた。懐かしい。あの頃の気持ちが蘇ってきおった……!)

「近藤局長?何故嬉しそうにしてるんです?」

「ああ、すまない。ちと昔を思い出してな。あの頃の正義感が蘇ってきたのだ」

「……そうですか」

近藤とうたじろうは駆け足で紡績所を回った。しかし、怪しいところはない。

「くそ……っ!一体どこなのだ!それに万が一、勇美殿と元春殿の身に何かあったら……どうか無事であってくれ!」

切羽詰せっぱつまった様子の近藤を見て、うたじろうは驚きを隠せなかった。

(近藤局長がこんなに熱い人だったとは意外ですね……)

最後の一軒に辿り着いた。海に近いそこは五代が作った最初の紡績所だった。一縷いちるの望みをたくし、近藤は工場の周りをくまなく探した。辺りは静かで波音だけが響いている。すると、裏手で気配を感じた。

「誰かがおる」

近藤とうたじろうは建物の影に身を隠し、様子を伺った。月は出ているが、細い三日月。暗闇に慣れた近藤の目に映ったのは帽子を被った男だった。

(昼間見かけた奴か?夜だというのに帽子を被っているのはよほど用心深い奴なのか……)

息をひそめて様子を伺っていると、男はふところから何かを取り出した。シュッという音がした後、ぼんやり火がともったそれはマッチ棒だった。近代化が進み、日本でもマッチが作られるようになったのだ。男の足元には燃やすい紙屑かみくずやら木材もくざいやらが散乱さんらんしている。

(暗闇なら正体が判明することはない……!)

近藤は意を決すると、男を背後から羽交締はがいじめにした。自分よりも遥かに背が高く大柄な近藤に男はなすすべもない。近藤は言葉を発しようとする男の口を片手で塞ぎ、もう片方の手でマッチ棒を取り上げた。そして、息を吹いて火を消した。男が素早く動いて近藤の手から逃れ、襲いかかって来た。が、近藤は素早い身のこなしで交わすと、男のみぞおちに思い切りこぶしを食らわした。男はグエッという声を上げると気を失って倒れた。

「やれやれ……何とか防げたようだ。うたじろう殿。念のためこの紙屑や木材、あとマッチも処分するぞ」

近藤が呼びかけると、うたじろうは口の中に手を入れて、しきりに爪をんでいた。

「どうした?どこか痛むのか?」

「い、いえ、少し爪がうずいて……でも、大丈夫です。そうですね。不安材料は処分するべきでしょう」

近藤は気を失って倒れている男の懐からマッチ箱を取り出して自分の懐にしまうと、散乱している紙や木材を抱えた。うたじろうも少しの木材を口にくわえた。二人は工場の裏にある海にそれらを全て投げ捨てた。もちろんマッチ箱も。そして、浪川家の町工場へ急いで戻った。

***

「勇美さん、柔道やってたって本当ですか?」

「うん。でも小さい時にちょっとやってただけだから自信ないんだけどね!近藤局長に言われたらああやって答えるしかないじゃん!」

「ええっ!だ、大丈夫なんですか?」

「平気!元々運動神経は良い方だからさ!もしヤツらに遭遇そうぐうしたらやるしかないでしょ!」

「勇美さんは本当に勇敢ゆうかんですよね。ボクには真似まねできない……」

「マネなんかしなくていいよ!元春くんには元春くんの良いとこがあるじゃん。一途いちずなとことか頑張り屋さんなとことか意外と我慢強いとことかさ!そこを伸ばせばいいんだよ!」

「勇美さん……ありがとうございます」

二人は一軒目の紡績所に着いた。夜空には細い三日月。山から風が吹いてきて蒸し暑い夏の夜がほんのりと涼しくなった。辺りは人気ひとけがなく風に木々がざわめく音しか聞こえない。二人は静かに工場の周りを歩いた。裏手に回った時、勇美は足元に違和感を覚えた。クシャッという音。何かを踏んだ感触。暗闇に目を凝らして見る。

「紙クズ……」

「勇美さん、これって……」

元春が紙屑と一緒に散乱している木材を見つめて呟いた。勇美は静かに頷き、辺りを見回そうとした。その時、後ろに人の気配を感じて咄嗟とっさに振り返った。そこには書生しょせい姿の男がいて今にも勇美に向かって短刀たんとうを振り下ろそうとしているところだった。勇美は咄嗟とっさに身をかがめると、男の腰に両腕を回して思い切り倒した。

「ぐはぁっ!」

男は後ろに倒れ、その衝撃で短刀が手から離れ、地面に放り出された。勇美は素早く短刀を拾うと仰向けに倒れている男の首元に切先きっさきを突き付けた。

「殺されたくなかったら今すぐ消えて」

「チッ」

男は飛び起きると悔しそうに舌打ちをし、一目散いちもくさんに逃げて行った。途端に勇美は地面にへたり込んだ。元春が慌てて手を差し伸べる。

「大丈夫ですか?!」

「ごめん、気が抜けた……」

勇美は元春の手を取ると立ち上がった。

「勇美さん、凄くかっこよかったですよ!びっくりしました!」

「ホントはめちゃくちゃ怖かった!なんか体が勝手に動いたけど何とか上手くいって良かった!」

「この紙屑とか木材とか捨てた方が良いですよね」

「うん。万が一またヤツらが来たら困るし。あっあいつの短刀持ったままだ。これも捨てておこうっと」

二人は散乱している紙屑と木材を集めると両手に抱えて近くの山道に入り、奥の林の中に捨てた。もちろん短刀も。

「念のため他の工場も見といた方が良さそうだよね」

「はい!急ぎましょう!」

二人はそれから残りの四つの紡績所を回った。が、特に異常がなかったので浪川家の工場に戻った。近藤とうたじろうの姿はまだなかった。

「二人とも大丈夫かな」

「きっと大丈夫ですよ。元新選組の近藤局長がいるんですからね」

「そうだよね!」

しばらくして近藤とうたじろうが駆けて来た。

「二人とも無事か?」

「はい!近藤局長、聞いてください!勇美さんが短刀を持ってる男を倒したんですよ!」

「な、なんだと?!」

「それは凄いですね!」

「ちょ、ちょっと元春くん!」

勇美が遠慮するのも聞かず、元春は興奮した様子で勇美がどうやって男を倒したかを詳しく語った。近藤は目を丸くして終始驚いていた。うたじろうも驚いていたが、また爪を噛んでいる。

(うたじろう、あんな癖あるんだ。まぁ猫だもんね)

「なんと……勇美殿。おぬしはわしが思う以上に強いではないか。ぜひともその様子を見てみたかったものだ」

「いやいや!人様に見せられるようなモンじゃないですよ!」

「だが、勇美殿。無理をさせてしまい申し訳なかった。二手に分かれる時に任せた、とは言ったものの女子おなごをそのような危険な目にわせるとは……」

「近藤局長、アタシの時代では男だからとか女だからとかそういうの差別になるんですよ!」

「なに?それはまことか?」

「はい。女も警察官になって敵を倒すような時代です。たぶん令和から霊界に来る死者はこれからそういう人達が増えていくと思いますよ」

「ほう、そうか。実に勉強になった」

「じゃあ、そろそろ戻りましょうか」

元春の言葉に一同は頷くと霊界に戻ったのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

黒龍の神嫁は溺愛から逃げられない

めがねあざらし
BL
「神嫁は……お前です」 村の神嫁選びで神託が告げたのは、美しい娘ではなく青年・長(なが)だった。 戸惑いながらも黒龍の神・橡(つるばみ)に嫁ぐことになった長は、神域で不思議な日々を過ごしていく。 穏やかな橡との生活に次第に心を許し始める長だったが、ある日を境に彼の姿が消えてしまう――。 夢の中で響く声と、失われた記憶が導く、神と人の恋の物語。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

皇帝の寵妃は謎解きよりも料理がしたい〜小料理屋を営んでいたら妃に命じられて溺愛されています〜

空岡
キャラ文芸
後宮×契約結婚×溺愛×料理×ミステリー 町の外れには、絶品のカリーを出す小料理屋がある。 小料理屋を営む月花は、世界各国を回って料理を学び、さらに絶対味覚がある。しかも、月花の味覚は無味無臭の毒すらわかるという特別なものだった。 月花はひょんなことから皇帝に出会い、それを理由に美人の位をさずけられる。 後宮にあがった月花だが、 「なに、そう構えるな。形だけの皇后だ。ソナタが毒の謎を解いた暁には、廃妃にして、そっと逃がす」 皇帝はどうやら、皇帝の生誕の宴で起きた、毒の事件を月花に解き明かして欲しいらしく―― 飾りの妃からやがて皇后へ。しかし、飾りのはずが、どうも皇帝は月花を溺愛しているようで――? これは、月花と皇帝の、食をめぐる謎解きの物語だ。

ハピネスカット-葵-

えんびあゆ
キャラ文芸
美容室「ハピネスカット」を舞台に、人々を幸せにするためのカットを得意とする美容師・藤井葵が、訪れるお客様の髪を切りながら心に寄り添い、悩みを解消し新しい一歩を踏み出す手助けをしていく物語。 お客様の個性を大切にしたカットは単なる外見の変化にとどまらず、心の内側にも変化をもたらします。 人生の分岐点に立つ若者、再出発を誓う大人、悩める親子...多様な人々の物語が、葵の手を通じてつながっていく群像劇。 時に笑い、たまに泣いて、稀に怒ったり。 髪を切るその瞬間に、人が持つ新しい自分への期待や勇気を紡ぐ心温まるストーリー。 ―――新しい髪型、新しい物語。葵が紡ぐ、幸せのカットはまだまだ続く。

『イケメンイスラエル大使館員と古代ユダヤの「アーク探し」の5日間の某国特殊部隊相手の大激戦!なっちゃん恋愛小説シリーズ第1弾!』

あらお☆ひろ
キャラ文芸
「なつ&陽菜コンビ」にニコニコ商店街・ニコニコプロレスのメンバーが再集結の第1弾! もちろん、「なっちゃん」の恋愛小説シリーズ第1弾でもあります! ニコニコ商店街・ニコニコポロレスのメンバーが再集結。 稀世・三郎夫婦に3歳になったひまわりに直とまりあ。 もちろん夏子&陽菜のコンビも健在。 今作の主人公は「夏子」? 淡路島イザナギ神社で知り合ったイケメン大使館員の「MK」も加わり10人の旅が始まる。 ホテルの庭で偶然拾った二つの「古代ユダヤ支族の紋章の入った指輪」をきっかけに、古来ユダヤの巫女と化した夏子は「部屋荒らし」、「ひったくり」そして「追跡」と謎の外人に追われる! 古代ユダヤの支族が日本に持ち込んだとされる「ソロモンの秘宝」と「アーク(聖櫃)」に入れられた「三種の神器」の隠し場所を夏子のお告げと客観的歴史事実を基に淡路、徳島、京都、長野、能登、伊勢とアークの追跡が始まる。 もちろん最後はお決まりの「ドンパチ」の格闘戦! アークと夏子とMKの恋の行方をお時間のある人はゆるーく一緒に見守ってあげてください! では、よろひこー (⋈◍>◡<◍)。✧♡!

神使キツネの魂結び~死んじゃって生き返った私、お狐お兄さんに完璧お世話されちゃってていいんですか!?~

山口じゅり(感想募集中)
キャラ文芸
結城さあやは、バイト帰りに車……ならぬ神様を乗せて移動中の神の使いであるキツネ、銀乃(ぎんの)に轢かれて死んでしまう。 しかし、さあやを轢いてしまったキツネの銀乃は、お詫びとしてさあやを生き返らせ、さあやが元気になるまでお世話してくれるという。 しぶるさあやをよそに、さあやの自宅に勝手に住み着いた銀乃。 そして、家事炊事洗濯を完璧にこなす銀乃に、さあやは結局ほだされてしまうのであった。 とりあえずキツネの銀乃と楽しいモフモフ生活を楽しんでいたさあやであったが、ある日のカフェで声をかけてきたイケメンはどこか聞いたことがある声で…… 「もしかして……銀乃?」 ええっ、モフモフだと思っていたら、まさかのイケメンだったの!? ちょっと、どういうことなの銀乃~~~! 【キャラ文芸大賞に参加しています! ぜひ投票お願いします~!】

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

処理中です...