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第三章 相棒
第十七話
しおりを挟む夏の眩しい太陽が辺りを照らしている。辿り着いたのは街の中だった。前回蘇りをした千代の時代とは違い、近代的な街並みで遠くには海が見える。
「うわあ……懐かしい」
「ここは元春くんの故郷?」
「はい。鹿児島県の牧野町です」
「そっか。光の道が案内したってことはここで何かが起こるんだよね?」
「は、はい。そうだと思います」
元春は少し緊張したような声で答えた。その時、勇美の頭にふと疑問が湧いた。
「元春くんは何で亡くなったの?」
すると、元春は少し困惑したような表情を浮かべながら静かに口を開いた。
「自宅が火事になってボクと両親は逃げ遅れたんです。死んで霊界に来た時にお手伝いさんの火の不始末が原因だということが分かりました」
「お手伝いさん?てことは元春くんってもしかしてお坊ちゃん?」
元春が言いにくそうにしている様子を見てうたじろうが代わりに言った。
「ご両親が工場を営んでいたんです。元春殿は跡取り息子だったんですよ」
「えっ?!」
「浪川家は五代友厚がイギリス製機械式の紡績所を作った後に起業して積極的に綿糸の生産を行っていた。そうだろう?元春殿」
「はい。近藤局長の仰る通りです」
「ぼうせきじょって何ですか?」
首を傾げながら尋ねる勇美に、近藤が丁寧に説明をした。
「繊維から糸を紡ぐ工場のことだ。五代が工場を作るまでは手紡ぎだったのだが、開港してからはイギリス品を中心に質が良くて安い綿布が入ってきて手紡ぎが衰退した。その代わりに生産性の高い機械制工場を作ろうということになったのだ」
勇美は五代友厚という名前に聞き覚えがあるような気がして考え込んだ。
「どこで聞いたんだっけ……あっそうだ!昔、母さんが見てた幕末のドラマに出てた!『五代さんがイケメンなのよ~』とか言って大騒ぎしてた気がする!」
「ドラマ……とは確かテレビという大きな箱の中で人間が芝居をするものであるな?そのようなものにまさか五代が出るとは……後世にきちんと名を残した証であるな」
「新選組だって何回もドラマになってるんですよ!近藤局長を演じた俳優さんはいっぱいいます!新選組は五代さんよりずーっと有名なんです!しかも、作品によっては幕末のヒーロー的な感じで描かれてるんです!」
勇美が得意げに言うと近藤は嬉しそうに満面の笑みを浮かべて声を上げた。
「そ、それはまことか?!」
「はい!アタシの名前も新選組が大好きだった父さんが近藤局長の名前から取ったんですよ。強い子になってほしいって!」
「な、なんと……!おぬしとは名が同じで不思議な縁があるのかもしれぬと思っていたが、そんな由来があったとは……!」
近藤は嬉しそうに大きく頷いた後、感慨深げな表情を浮かべて言葉を続けた。
「……わしは逆賊として処刑されたが、まさか後世では英雄として広められているとは……わしや皆の死は無駄ではなかったのだな」
近藤が涙を浮かべた。いつもは威厳があり冷静沈着な近藤の素直な一面に一同は驚きを隠せなかった。
「まさか近藤局長にそんなに喜んでもらえるとは……」
「近藤局長が涙を流すなんてボク、びっくりしました」
「鬼の目にも涙というやつですかな」
「おいおい、うたじろう殿。鬼はトシ以外にいないだろう」
近藤が楽しそうにワハハと笑って言った。
「これは大変失礼致しました。しかし、土方副長の前ではとても言えませんね」
「確かに……」
勇美はふと土方に向かって「鬼の目にも涙」などと発言する自分を思い浮かべ、あまりの恐ろしさに背筋が寒くなるのを感じた。
(そんなこと言ったらたぶん怒られるっていうか地獄に堕とされるかも……コワッ!)
「あの~ボクの話を続けてもいいですか?」
「ああ、すまない。続きを頼む」
「しばらくの間、経営は軌道に乗っていたのですが、西南戦争の影響で工場が焼失してしまいました。ボクは事業の立て直しを賭けて跡取りとして育てられたんですが、覚えが悪くて……」
勇美は言葉の代わりに肩を落とした元春の背中をそっと撫でた。すると、うたじろうが言った。
「ハナ殿はなぜ生き残ったのですか?」
「ハナちゃんはすぐに外に出たんです。両親はいち早く逃げ出したと怒ってたけどたぶん違う。ハナちゃんは助けを呼びに行ったんだとボクは思います。でもその間にボクも両親も死んでしまった。間に合わなかったんです」
「そうだったのですか……」
「その後ボクの家がどうなったのかは分かりません。もしかしたら火事が原因で倒産したのかも……」
しばらくの間、誰も口を聞かなかった。元春はゆっくりと続きを語り始めた。
「気づいたら霊界にいました。事故として天国行きになったんですが、その時に補佐隊員募集の貼り紙を見たんです。霊界に来てからボクはずっとハナちゃんがどうなったのか気になっていました。だから、これだと思ったんです。天国で待つよりも早くハナちゃんに会えるって」
「それで補佐隊員になったの?」
元春は「はい」と大きく頷いた。
(元春くんは死んでもハナちゃんのことをずっと思ってたんだ……)
その時。遠くから一匹の犬を連れた一人の中年男性がこちらに向かって歩いてきた。元春は小さく「あっ」と声を上げた。
「ハナちゃんだ!皆、隠れてください!」
勇美達は急いで近くの物陰に身を隠した。作業服を着た丸刈り頭の男性はハナの首に紐を繋ぎ、ゆっくりと歩いている。すれ違う人達に挨拶をされると元気よく返した。
「こんにちは!」
男性はとても優しそうな笑顔を浮かべていた。
「津田さん!今日もハナちゃんとお散歩かい?仲良いねぇ~!」
「はははっ、こいつは元春坊ちゃんの忘れ形見だからな。大事にしてやらねぇと」
男性はそう言ってハナの頭を優しく撫でた。
「良かった。ハナちゃん、工場長さんが引き取ってくれたんだ」
「あの人、工場長さんなの?」
「はい。津田八郎さんはボクのことを気にかけてくれたとても優しい人なんです。工場を見回っている時、ボクは父からとても厳しい指導を受けました。その様子を見て津田さんが『浪川社長、元春坊ちゃんだって一生懸命やってるんですから、そんなに怒らなくてもいいんではないですか?』ってボクを庇ってくれたんです。津田さんは『坊ちゃんの頑張りをいつも見てるぞ!』って応援してくれました。父はそれから少しだけボクに優しくしてくれるようになったんです」
「へぇ~!めっちゃ良い人じゃん!」
ハナと八郎はそのまま勇美達の目の前を通り過ぎて行った。しかし、近藤がぽつりと呟いた。
「ハナ殿が右後ろ足を少し引きずっておる」
「えっ」
「ホントですか?」
勇美と元春が不安そうな声を上げる。近藤は手を顎に当てて考え込んでしまった。
「少し元気がないようにも見える。わしの気のせいだといいのだがな」
「ハナ殿の後を追ってみましょう」
うたじろうの声に全員が頷き、その後について行った。やがて一軒家に辿り着いた。とても大きく、水車がある立派な建物だった。元春は裏手に回ると、格子のはめられた窓から中を覗こうと背伸びをしていた。うたじろうは勇美の肩に乗っている。
八郎は家の中に入ると扉を閉め、ハナの紐を思い切り引っ張った。乱暴に引っ張られた所為でハナは苦しそうな顔をしてきゃん、と鳴いた。
「何ぐずぐずしてんだ!早く入れ!」
八郎はハナの後ろ足を思い切り蹴り飛ばした。ハナが体勢を崩して地面に倒れる。
「早く起きろ!お前の所為で俺の仕事が増えてんだよ!はぁ~面倒くせ~!」
八郎はボロボロの汚れた雑巾でハナの足を拭いた。乱暴に拭くのでハナは痛がっており、くぅんと鳴きながら体を震わせていた。八郎は勇美達が先程、表で見た顔とはまるで別人だった。
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