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第二章 復讐
第十二話
しおりを挟む二人が裁きの間に戻ると近藤が言った。
「総司は元気だったか?」
「はい、沖田さんも近藤局長のことを気にしてましたよ」
「そうか。ここにいるとなかなか会えんからな」
近藤が少し寂しそうな表情を浮かべたので勇美は驚いた。
(へぇ~こんな顔するんだ)
「近藤局長、次の者を呼んでもよろしいでしょうか?」
「ああ、構わん。よろしく頼む」
たかむらは新しい永眠録を取り出して広げ、名前を見た途端ニヤリと笑った。
「千代殿、あなたが待ちに待っていた人物ですよ」
たかむらからそれを受け取り広げて名前を見た瞬間、千代は全身を震わせて両目を大きく見開いた。一旦目を瞑り深呼吸をした後、入り口に向かって声を張り上げた。
「豊臣秀吉!入んな!」
白髪混じりの髷を結った小柄な老人が入って来た。勇美が先程蘇り先で見た時に比べるとだいぶ年老いてはいるが、その老人は紛れもなく豊臣秀吉その人だった。
「クソ猿、ようやく来たね!」
「んん?おみゃーはどちらさんじゃ?わしの知り合いか?」
「ああ、そうか。私の顔に見覚えがないのも仕方ないか。あんたは直接手を下してないからねぇ」
「だから、おみゃーはどちらさんじゃと聞いておる!」
千代は秀吉の元に歩み寄ると、胸ぐらを掴んで睨み付けながら言った。
「私は豊臣二代目関白の側室だよ!あんたが殺した自分の甥のね!」
「なっ……ひ、秀次の……?!」
「私はあんたの望み通り三条河原で死んだのさ。で、少し前にここに来て天国行きが決まった。でもね、天国には行かなかった。ここに残ることにしたんだよ。あんたを地獄に送る為にね!」
秀吉は「ヒィッ」と小さく悲鳴を上げて驚愕の表情を浮かべた。黙って様子を見ていた近藤がやれやれと口を開いた。
「千代殿、もうよいか。気持ちは分かるが、裁きを下さねばならんからな」
「ああ、すまないね。つい感情的になっちまったよ」
千代はハッと我に返ると秀吉から離れて近藤に場を譲った。
「豊臣秀吉殿。おぬしのことはこの永眠録に書かれていないことも含めてわしはよく知っておる。おぬしが生前成し遂げた数々の偉業は当時の日の本ではまことに目覚ましいことであるからな」
「そうかい。そりゃあ良かった」
近藤に褒められた秀吉は途端に有頂天になり、人懐こい顔をしてヘラヘラと笑っている。その顔は蘇り先で勇美が見た悪魔のような顔とは似ても似つかずまるで別人だった。
(口調も方言になってるし、天下取る前はこんな感じの人だったのかな……)
秀吉はあっという顔をすると思い出したように言った。
「裁きの前にちびっと聞いておきたいことがあるんだがの」
「何だね?」
「わしが死んだ後、豊臣はどうなりよった?続いておるのか?」
近藤は思い切り顔をしかめると、隣にいるたかむらに視線を送った。
「私がお答え致しましょう。今から名を挙げる方々の中にはまだこちらに参っていない方もおりますが……
まず、太閤殿下が亡くなられた後、石田三成殿と徳川家康殿による関ヶ原の戦いが起き、徳川殿が勝利致しました。石田殿は処刑され、その他の者達もお取り潰しなど厳しい処分が下されました。
しかし、その後再び戦が起こり茶々殿が秀頼殿を総大将に据え、徳川殿を攻めましたが負けてしまい、茶々殿と秀頼殿は燃え盛る大阪城内で自害されました。その後、徳川家康殿が江戸幕府を開いて200年以上にも渡り、世を平定致しました」
たかむらは淡々と淀みなく一気に言うと、一旦言葉を切って秀吉の顔を見た。ショックのあまり呆然とする秀吉を見て、勇美と千代は顔を見合わせた。
「さすがたかむら。容赦ない」
「ああ、あのクソ猿の顔……良い気味さね!」
たかむらは秀吉を見て意地悪そうに鼻で笑うと言葉を続けた。
「それと、大阪城は令和の日本でも現存しておりますが、それは燃えてしまった豊臣の城の上から作られた新しい徳川の城です。豊臣の城は地下に埋もれて影も形もございません」
「なっ……なんということじゃ……!わしがあんなに苦労して掴んだ天下を徳川にいとも簡単に取られてしまうとは!しかも、わしの城の上に新しく城を建てただと?!あのクソ狸め!」
「クソ猿とクソ狸で良い勝負じゃないか」
千代が鼻で笑って言った。
「それに……茶々と秀頼がまさかそんな最期を迎えていたとはなんたる仕打ち……!」
近藤が険しい表情を浮かべ、強い口調で言った。
「秀吉殿、おぬしが成し遂げたことは偉大である。それに間違いはない。だが、豊臣秀次殿、それからこの千代殿を始め、千利休殿やその他、罪なき者に罪を着せ死に追いやったことは到底許されることではない。よっておぬしを地獄行きとする!」
秀吉は絶句し、床に崩れ落ちた。
「千代殿、おぬしの出番だ。秀吉殿を地獄へ案内してくれ」
「はいはい。待ってましたよ!」
千代はダンダラ模様の羽織の袖を捲り上げると、たかむらに言った。
「ちょっとたかむら!手貸しとくれよ!」
「はぁ、仕方ありませんね」
千代とたかむらは床に崩れ落ちて放心している秀吉の両脇を抱えて無理矢理立ち上がらせると、裁きの間の出入り口まで引きずった。たかむらは足を止めて振り返るとニヤリと笑って言った。
「勇美殿、うたじろう。ついて参れ」
その時、勇美はたかむらが何を企んでいるのかを瞬時に理解した。
「地獄行きの死者がどうなるか見ておけってこと?うたじろうも見るの初めてなの?」
「いえ、僕は何度か見たことがありますよ。でもとても恐ろしいので本当は行きたくないのですが……」
うたじろうはそう言って綺麗な漆黒の毛並みとしっぽをブルブルと震わせた。
「じゃあ、何でうたじろうも誘ったのかな?」
勇美とうたじろうは首を傾げながらたかむらと千代の後に続いた。裁きの間を出て廊下を進むと左手に庭が見えて来た。手前には大きな池、その奥には小さな井戸、更に奥には地面に重そうな鉄扉がはめ込まれていた。たかむらは庭に降りると、振り返って言った。
「あの井戸は現世の京都に繋がってる。俺はいつもあそこから出入りしてる。その奥にある鉄扉が地獄への入り口だ」
たかむらが指で示した地下へ続くその扉の表面は鉄が錆びたような濁った色をしており、何かの痕が無数にこびりついている。
「ずっと思ってたんだけど、そのこびりついてるのってまさか……」
勇美が恐る恐るそう言うと、たかむらは平然とした表情でハッキリと言った。
「ああ、血だ」
「ヒィッ」
誰よりも先に秀吉が悲鳴を上げた。
「この扉、いつ見ても慣れないねぇ」
珍しく千代が怪訝そうな顔をしている。勇美も息を呑んでいる。たかむらはその扉を開けると中に向かって呼びかけた。
「副長、死者を連れて来ましたよ」
すると、中から階段を登る足音が聞こえ、近藤と同年代ぐらいの一人の男性が姿を現した。勇美はその人物を見てあっと声を上げた。黒髪を後ろに撫で付け、ピシッとした洋装に身を包み、煙管を咥えたその男性にとても見覚えがあったからだ。
「新選組の土方歳三?!」
「ほう。俺のことを知ってるとは。貴様、何者だ?」
「ア、アタシは補佐隊員、松山勇美です!」
勇美は緊張で上擦った声で言った。
(土方歳三といえば鬼副長と呼ばれてめちゃくちゃ怖がられてたって聞いた!写真で見た通りイケメンだけど……オーラがヤバっ!ってか沖田さんが土方歳三にその内会えるって言ってたワケがやっと分かった……)
土方は表面に花柄の蒔絵が施された黒い煙管をふかせながら言った。
「……ほう、新人か。あとの奴らは千代と助手のうたじろうか」
「土方さん、久しぶりだね」
「ああ。ようやく獲物を仕留めたってか?」
「そうだよ。やっとこの手でクソ猿を地獄に送る日が来たのさ」
「ふん、良かったじゃねぇか」
土方は弱り果てた秀吉を見て鼻で笑った後、勇美を見て顎に手を当てて面白そうに言った。
「ほう。たかむらが年頃の女を雇うとはな。遂に女に目覚めたか?」
「はぁ?冗談はやめてください。こんなうるさい奴誰が好きになるか」
たかむらは勇美をチラリと見た後、舌打ちをしながら言った。
「あんた、いつか殺す!」
「俺を殺す?鬼副長と呼ばれた土方さんの前でよくそんなことが言えるな。大した度胸だ」
「ふははっ、貴様らなかなか良い相性じゃねぇか」
たかむらは楽しそうに笑う土方から面倒臭そうに目を逸らした後、永眠録を土方に差し出した。
「ああ、副長。こいつの永眠録です」
土方は興味深そうに受け取ると煙管を口に咥えたまま軽く目を通した。鼻で笑った後、吐き捨てるように言った。
「豊臣秀吉。日本で初めて天下統一を成し遂げた男。どれだけ凄い奴なのかと思ったらヨボヨボのジジイ。しかも、とんでもねぇクズと来た。こりゃあ千代が怒り狂うのも頷ける。勇美といったか。こっちに来い。今から千代がこのクソジジイを地獄に送る。特別に間近で見せてやる」
土方はニヤリと笑った。
「鬼だ……たかむらよりもヤバい鬼……!」
勇美は身震いしながら庭に降りた。
「千代、そのクソジジイをこっちに連れて来い」
「はいよ」
千代は秀吉の腕を思い切り引っ張り、開いた扉の入り口まで連れて行った。
「おい、クソジジイ。中に頭を向けて跪け」
「ヒィッ」
土方は酷く怯えて抵抗する秀吉の頭を掴んで、まるで水の中に顔を突っ込ませるように頭をぐいとその中に押し込んだ。間近で見ている勇美が息を呑んだ。あまりの恐怖に秀吉が必死に声を上げる。
「ま、待ってくれ!わしは……」
土方は千代に目配せをした。続きは任せた、ということだ。千代は秀吉の頭を思い切り押し込みながら言った。
「よくも秀次様と一族を皆殺しにしてくれたね!」
「わ、わしが悪かった!だ、だから、ゆ、許してくれ!た、頼む!」
その時だった。曇天の空にどこからともなく真っ黒な雲が現れ、辺りはたちまち暗闇に包まれた。地獄への入り口からは真っ赤な炎のようなモヤが立ち上り、その中に巨大な人影が現れた。そのシルエットは鬼の形をしていた。ゴゴゴという地の底から湧くような轟音が鳴り響いたと思うと、低くてガサガサした耳障りな声が聞こえた。
「おい、土方。こいつが新入りか?」
「ああ、そいつはクズで極悪人だ。ここに罪が書いてある。目を通したら煮るなり焼くなり炙るなり貴様らの好きなようにしろ」
シルエットが揺らめいて、中から濃くて深い緑色をした巨大な手がにゅっと伸びて来た。土方は永眠録を差し出した。その巨大な手が土方の手からそれを引ったくった。その時、秀吉がヒイイッと悲鳴を上げた。秀吉の目にはハッキリとその鬼の姿が見えたのだ。しばらくしてその低くてガサガサした耳障りな声は楽しそうにガハハハッと笑うと言った。
「確かにこいつはとんでもねえ奴だな。ヒヒヒッ愉快なことになりそうだぜ。じゃあな、土方。あばよ」
巨大な手で秀吉の頭を掴むと思い切り引き込み、勢いよく扉を閉めた。その直後、殴ったり切ったりする音、金属音や業火の音など様々な音が次々と聞こえ、秀吉の断末魔の叫び声が地獄の重い扉の向こうから響いてきた。
その叫び声は何かを引きずる音と共に徐々に遠ざかり、やがて聞こえなくなった。すると、空を覆っていた黒い雲が晴れ、また元の曇天の空に戻った。土方は一通り見届けると、煙管を思い切りふかした。その様子はまるで日常の風景をただぼんやりと眺めているだけのように勇美には見えたのだった。
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