発達障害当事者の私が障害者雇用で3ヶ月働いて思うこと。

星名雪子

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2、今の私にとって通勤は働くことよりも苦行

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会社で仕事をすることは問題なくできているのに、出勤するのが億劫になることがある。その原因が「通勤」である。

以前の記事で、発達障害の特性について詳しく書いたが、私は人混みや公共の乗り物が大の苦手だ。一番苦手なのがバス、その次に電車だ。今はバスは殆ど使っていないので問題がないが、電車は毎日の通勤手段である。会社は神奈川県内で有数の超有名観光地にあり、都会に向かって行く形になるのでそれなりに利用客も多い。始発から終点まで乗るので乗車時間は30分以上と無駄に長い。

しかも、冬休みに入った今、浮ついた若い行楽客が入り混じる。行楽客を敵視しているのではなく、浮ついていると大声で騒いだり迷惑行為をしでかすので、私は彼、彼女らがとても苦手なのである。わざわざ並んで席を確保したのにそういう人達と同じ車両になってしまった時は地獄である。考えただけで憂鬱だ。


【田舎は働く障害者に冷たい】

では、何故その会社を選んだのか。それは単純に「都会」「大都市」にしか障害者雇用を取り入れている会社がないからである。私の住む市は神奈川県の中央辺りに位置しているが、はっきり言って田舎である。自分に合う条件の「障害者雇用」を取り入れている会社などほぼないに等しい。かといって、障害が判明した今はもうクローズで一般企業で働くことなどできない。だから、嫌でも電車通勤が必要な会社を選ぶしかなかったのだ。


【発達障害者は何故、人混みが苦手なのか?】

それもその人の特性によるが、私の場合は

1、無駄に他人の感情を受け取ってしまう(視線を受けるのが苦手というのもある)
2、様々な音、光の刺激を一度に浴びてしまう

からである。精神疾患の中に、他人の視線を受けることに恐怖を感じる、または自分の視線で他人を不快にさせてしまうのではないかという恐怖を感じる「視線恐怖症」という障害がある。調べてみて分かったのだが、私はどうやらこの「視線恐怖症」のようなのだ。昔から他人の視線を受けることに抵抗があったのだが、私だけではなかったことに少しホッとした。また「人の顔」というのは「情報の塊」なので、見ているだけで疲れてしまう、ということも何かの記事に書いてあって妙に納得した。

私は電車内では、音楽を聴きながら目を閉じている。眠くなくてもとりあえず目を閉じる。そうすれば、目から入ってくる様々な情報をシャットアウトできるのでかなり楽になることが分かったのである。他に対策がないか色々と検索してみると、同じ悩みを抱えた人々は皆あらゆる対策を行っているらしいことが分かった。中でも多かったのは

1、人混みの中を歩く時はなるべく人の顔を見ないようにする
2、サングラスをかける

という方法だった。私は今、どちらも実践しているのだが、かなり効果があるように思う。


【人混みの中を歩く時はなるべく人の顔を見ないようにする】

沢山の人がいる中で人の顔を見ないようにして歩くのはかなりコツがいる。が、一度掴んでしまえばかなり楽な方法である。常に下を向いて歩くことになるが、自分が真っ直ぐに歩いていれば、向こうから来た人が勝手に避けてくれることが分かった(笑)しかし、そんな人ばかりではなく突進してくる人、走ってくる人もいるのでそういう人には注意が必要である。前から歩いてくる人の足元を見れば、何となく方向が想像できるのでそれで上手く避けるのである。しかし、ぶつかりそうになった時は危ないので嫌でも前を見て歩くべきである。


【サングラスをかける】

私は眼鏡を掛けているので、本当はあまりサングラスを掛けたくない。だから、夏の間は日傘で対策をしていた。日焼けも防げる、他人の視線も避けられる。少々荷物になること以外は良いアイテムだった。しかし、真冬になったらそうはいかない。おまけに空気が澄んでいるからか昼過ぎの太陽の光は結構眩しく、刺激が強い。

悩んだ末に思い切って某雑貨店で色付きのサングラスを購入した。生まれて初めてのサングラスである。掛けた後に鏡に向かって思わず笑ってしまった。全く似合っていないのである。恐らく、家族や夫が見たら大爆笑だ。だから、勇気が出ずしばらくは使うことができないでいた。しかし、思い切って使ってみると意外と便利なことが分かった。

度が入っていないので見にくいが、色付きなことも相まってそれが逆に人の顔を判別できないようになっている。太陽の光も防げる。今では帰りの電車と家までの道のりに使用している。が、電車内ではマスクもしているため、見た目は完全に不審者。先日は道ですれ違った小型犬にじーっと見られてしまった。その時は非常に苛々していたので、あまりそちらは見ないようにしていたのだが、その犬の態度は明らかに不審者に対するそれだった。道を歩く時はマスクを外しているので、怪しさは多少緩和されていると思うが、もしも、警官の職質にあってしまったら障害者手帳を見せて事情を説明しないとならないかもしれない……。(しかし、色付きサングラスにマスクをしている人は他にも沢山いる。恐らく、チビデブという私のアンバランスな外見によるものなのかもしれない)


【倒れた人を見て、精神的ダメージを受ける】

話が最初に戻るが「他人の感情や状況に流されやすい」という特性の影響で、一時的に心にダメージを食らってしまうという出来事がつい最近あった。それは駅のホームでのこと。その日の朝、トイレから出て来るとホームに人だかりができていた。何となく嫌な予感がしたが、恐る恐る目をやった。数人の駅員さんと一般客の隙間から見えたそこに、一人の中年男性が仰向けに倒れていた。口は大きく開き、顔は真っ白。見るからに意識はない。もしかすると、心臓も止まっていたかもしれない。近くには倒れた拍子に外れたとみられるマスクが落ちていた。そのたった一瞬の光景で、私はかなりのショックを受けてしまった。

その時。スマホで流していた曲がちょうど変わった。イヤホンからはVaundyの「走馬灯」が流れ出した。なんというか、タイミングが絶妙だった。これは「人が亡くなる瞬間の走馬灯」について歌った曲だ。私は急いでその場から離れた。しかし、倒れた男性のまるで意識のない真っ白な表情が目に焼き付いて離れなかった。

あの男性も倒れる瞬間に「走馬灯」を見たのだろうか。
持病はあったんだろうか?
もしかしたら、何事もなく今まで日々を過ごしてきたのかもしれない。
今朝も、家族と何気なく「いってきます」「いってらっしゃい」という言葉を交わしたかもしれない。

「走馬灯」には

「君のせいじゃない、僕のせいでもない、ありふれてた未来が、変わっただけ」

という歌詞がある。

あの男性にとっての「ありふれた日常」が一瞬で変わってしまったのかもしれない。

そう思うと酷く胸が痛んで、涙が出そうになってしまった。その時にふと思い出したことがある。昔、ある駅でも倒れた人を見てショックを受けたことがあったのだ。その人も意識はなく、口から泡を吹いて真っ白な顔で地面に横たわっていた。その時も私は心に深いダメージを受け、帰りの電車の中で一人落ち込んだのだった。その時は帰りだったからまだ良かった。

しかし、この日は出勤前だった。男性が運ばれていった後もしばらく気になって仕方がなかった。

あの人はどうなったんだろう。
病院で意識を取り戻してびっくりしているだろうか。
もしもそのまま亡くなっていたらとしたら……。
突然の訃報を聞いた家族は一体どんな気持ちだっただろう。
もしあの人が自分だったら……。
いや、夫や家族だったら……。

そんな思いがぐるぐると頭を巡っていた。その時私は、自分の障害が自分の心身に多大な影響を及ぼすのだということを改めて実感した。と、同時にこの特性に慣れないとどこにも出かけることはできない。いちいち他人の感情や状況に左右されて落ち込んでなんかいられない。そうでないと、いつか自分が参ってしまう。そう思った。だから、私はVaundyの明るい曲を流して気持ちを切り替えた。そして、行きの電車に乗り込んだのだった。

これまで勤めて来た会社での通勤に、電車を使ったことは何度もあった。中には今よりももっと遠くの会社に通っていたこともある。もちろんとても苦痛だったが、今ほどではなかったような気がする。それは恐らく今の私が「自分は発達障害者なのだ」と自覚していること。年齢と共に症状が顕著になって来たのかもしれない、ということである。発達障害は一生治ることはないと言われている。だったら、一生付き合っていくしかないのだ。

倒れた人を見てダメージを受けた時のように、何かアクシデントがあった時にどうするべきか、対策を考えておくことはとても大事なことである。そうしないと、その内一人では外に出られなくなってしまうかもしれない。それはとても恐ろしいことだ。

今は家族や夫が近くにいるから安心しているが、人間はいつか必ず死ぬ。その時一人になる。

私にとって「働くこと」と「通勤」は自分との闘いである。しかし、それは闘いであると同時に自分を鍛える為の鍛錬でもあると思う。だから、どんなに辛くても今は辛抱して社会に出ていくべきなんだろうと思っている。年を取ってしまったら体が思うようには動かず、外へ出たくても出られないかもしれないからだ。その時に「若い時にもっと訓練しとけば良かった」と後悔しても遅いのだ。

発達障害を持っていても一人で生きていけるように、今から心を鍛えておくべきであると私は今改めて思う。
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