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番外編 「救出大作戦!」
第二話
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渡り廊下を疾走して庭に飛び降りると、良順は地獄行きの扉を開けて叫んだ。
「土方副長!お願いがあるっす!」
すると、煙管を片手に土方が現れた。良順の顔を見上げ、ゆっくりと階段を上った。
「そんなに慌ててどうした?」
「たかむらさんが呼んでるっす!発句集を持って今すぐ裁きの間に来てくださいっす!」
「……たかむらが?一体何の用だ?」
「実はカクカクシカジカで~」
「なっ……む、紫式部が来ただと?!しかも近藤さんが地獄へ送ろうとしてるだぁ?そりゃあ、一大事だな。っつーか、貴様何故俺の趣味が俳句を詠む事だと知ってる?」
「たかむらさんがバラしましたwいや、その前から知ってましたけどね!だって、土方副長が詠んだ俳句、オレの時代まで残ってますもん」
「な、なんだと……?!」
土方は慌てて煙管を口から離して咳き込んだ。珍しく動揺している。
「誰にも見られないように注意していたつもりが……クソ!俺としたことが!」
土方は懐から年季の入った黒い手帳を取り出すと勢いよく地面に叩きつけた。良順はすかさずそれを拾い上げた。
「土方副長の秘密の発句集、みーっけ♪」
「ま、待てコラ!返せー!」
良順は悪戯っぽく舌を出すと一目散に駆け出した。土方は慌てて後を追いかけた。そうして二人が裁きの間に駆け込むと、近藤、たかむら、紫式部が振り返った。その場の空気はピリッとしており、明らかに不穏な様子。土方はハッとした。以前、怒りを爆発させた近藤が勇美を切り付けようとした事を思い出したのだ。
(こりゃあ、まずいな。近藤さんがこれ以上怒ると厄介だ)
「おいおい。近藤さん、あんたはちと真面目過ぎる。世の中に娯楽がないと生きる楽しみがねぇだろ。源氏物語を読んでる奴らはその楽しさを糧に生きてたに違いねぇ。俺だってそうだ。殺伐とした毎日の息抜きにこうして俳句を詠んで気晴らししてたのさ」
土方は良順の手から黒い手帳を奪い返すと近藤に見せた。
「トシ……」
「言わなかったが、俺も源氏物語は読んだんだぜ。面白れぇ話じゃねぇか。俺には光源氏の気持ちがよく分かる。それによ近藤さん、忘れたか?俺が江戸で何て呼ばれてたか」
近藤は首を傾げた。土方はドヤ顔を決め込みながらこう言った。
「『江戸の光源氏』女たちは皆、俺のことをそう呼んでたんだぜ」
その場に冷たい空気が流れた。誰も何も言わない。紫式部は眉間に深いシワを寄せ、どこからともなく取り出した赤い扇子で口元を覆いながら土方を訝しげに見つめた。
「……土方副長。くだらない冗談はやめてください」
「なっ、た、たかむら!俺は大真面目に言ってんだよ!」
たかむらは何も言わずに冷めた眼差しで土方を見つめた。
「で、近藤さん!少しは納得したのかよ?」
「……うむ。トシの言うことはある程度理解した。だが……」
「チッ……んだよ。まだ意地張ってんのかよ。さっさと認めろよ。本当にあんたは頑固者だな」
土方は呆れた様子で煙管を思い切りふかした。すると、黙って様子を見ていた良順が言った。
「紫式部さんの意見を聞いた方がいいんじゃないっすか?さっきからひとことも喋ってませんよね?」
「ああ、確かにな」
「良順殿の言う通りであるな」
たかむらと近藤が賛成した。良順は頷くと、紫式部に向かって尋ねた。
「あなたのご意見はいかがですか?」
紫式部は全員の顔を一通り見渡すと、良順に向かって何やらジェスチャーを見せ始めた。
「んん……?書くものと筆が欲しいのかな……?もしかしてサインくれるんすか!」
彼女は大きくうんうん、と頷いた。良順は再び色紙と筆を取り出すと、紫式部に手渡した。
「ここに『森久保良順さんへ!紫式部より』って書いてもらえますか?!」
紫式部は頷くと、慣れた手つきでサラサラ~と色紙に達筆な字を書き、良順に渡した。良順は目を輝かせて大喜び。
「うわあああ!ヤバイ!マジで紫式部さんのサイン貰っちゃった!ありがとうございます!大事にします!」
「おいおい、お前ら、一体何やってんだ……?」
土方を始め、他三人が怪訝そうな顔で紫式部と良順のやり取りを見つめる。紫式部はうんうんと頷くと、良順に向かって先程と同じジェスチャーをして見せた。
「ん?また書くものが欲しいんですか?」
良順は補佐隊員の文机から紙を持ってきて、紫式部に渡した。彼女はそこに素早く大きく文字を書きつけると、その場にいる全員に向かって広げて見せた。
「『私はとても口下手なのです。口頭ではなく、文章で意見しても構わないでしょうか?』……ええっ?!どおりでひとことも喋らないと思いましたよ!」
良順が驚きのあまり素っ頓狂な声を上げた。たかむら、土方、近藤の三人も驚いて目を丸くしている。
「近藤局長、いかがしますか?」
たかむらの言葉に近藤は腕を組み、少し悩んだ後に頷いて言った。
「良かろう。配慮しようではないか。では、紫式部殿。おぬしはわしの判決に対してどのように考えておる?」
紫式部は紙に書いた文字を広げて見せた。
『×』
「……それは不服という事であるな?」
『◯』
「紫式部さん……それ文章っつーかもはや◯×クイズじゃないですか……!」
すかさず良順がツッコミを入れる。紫式部は良順の言葉に少しだけ慌てると、再び紙を広げた。
『私は人々を惑わす為に源氏物語を書いたのではありません。私がこの目で見て、耳で聞き、また経験した事を……いえ、私の人生の全てをこの作品に込めたのです。私は私なりに自分の経験を物語として昇華したかった。何より、その物語で多くの人に感動を与えたかったのです。それが私の最大の使命だったのです』
紫式部はキリッとした真っ直ぐな眼差しで近藤を見つめた。
(何という決意に満ちた瞳なのだ……)
それまで何の感情も浮かんでいなかった彼女の瞳に強い光が宿ったのを目の当たりにして、近藤は驚きを隠せなかった。近藤は少しの間悩むと、大きく頷きこう言った。
「おぬしの気持ちは分かった。では、たかむら、良順殿。平安時代に蘇りをして参れ」
「……えっ?何でですか?」
「近藤局長、一体いつになったら認めるんですか」
たかむらと良順は呆れた様子で近藤の顔を見つめた。
「源氏物語と紫式部殿の評判を実際に見て確かめて来て欲しいのだよ」
たかむらと良順は顔を見合わせ、しばらく黙っていた。が、やがてたかむらがため息を吐きながら言った。
「……ったく分かりましたよ。では、良順。さっさと行くぞ」
「はいはい。あ、紫式部さん、少々お待ちくださいね!すぐ戻ってきますんで!その間、土方副長の俳句の添削でもしてあげてください!」
「お、おい!余計なこと言ってんじゃねーよ!」
土方は再び動揺し、煙管を口から離して咳込んだのだった。
***
たかむらと良順が蘇りに出掛けた後、裁きの間には重い沈黙が流れた。
(おいおい……!この空気どうしろってんだよ……!地獄に戻ろうにも近藤さんと彼女をこのまま二人きりにする訳にゃあいかねぇし……くそっ。俺が何とかするしかねぇじゃねぇか!)
悩んだ末に土方は、ひとまず彼女に自己紹介をする事にした。
「……俺は江戸時代末期に活躍した新選組っつう剣客集団で副長をしていた土方歳三ってもんだ。今はここで地獄の番人やってる」
紫式部は軽く頷くと、土方が持っている黒い手帳を興味深そうに見つめた。
「……いや、これは天才歌人のあんたににゃとても見せられねぇよ」
『剣士が和歌を詠むなどなかなか斬新ではないですか。大変興味深いです。ぜひ見せてくださいませ』
「い、いや、だからこれは……!」
慌てて黒い手帳を懐にしまった土方に紫式部は瞳を輝かせながら詰め寄る。その様子を見た近藤が土方に言った。
「良いではないか、トシ。紫式部殿に自作の俳句を添削してもらえる機会などこの先二度とないぞ。ぜひ見せてやれ」
土方は近藤と紫式部の顔を交互に見つめた。彼女はより瞳を輝かせて土方を見つめている。やがて土方は観念し、大きなため息を吐いた。
「……ったく仕方ねぇな。お手柔らかに頼みますぜ」
土方から黒い手帳を受け取ると、紫式部はページを開いた。途端に困惑した表情を浮かべる。
「おいおい、開いてすぐ微妙な顔すんなよ」
土方の言葉を無視して、彼女はゆっくりと丁寧にページをめくっていった。しかし、その表情は明るくなるどころかますます曇っていき、終いには大きなため息を吐いて首を横に振ってしまった。
(この反応……とてつなく嫌な予感がするぜ……)
紫式部は何かを書き付けた紙を広げた。
『全部×』
「ぜ、全部?!おいおい、せめてどれかひとつぐらい褒めてくれたっていいだろうが!じゃあ、これなんかどうだ『おもしろき夜着の列や今朝の雪』風情があんだろ?」
『下手くそ』
「ええっ……じゃ、じゃあ、これはどうだ?『しれば迷いしなければ迷わぬ恋の道』恋の辛さを歌ったものだ。光源氏を生んだあんたにも分かるだろ?」
『田舎くさくて格好悪い。自分に酔ってて痛い』
「……完敗だ……天才歌人に見せたのが間違いだった……。っつーか近藤さん!元はと言えばあんたが添削を勧めるからだろ!おかげで俺の心臓はズタズタだぜ!」
「まぁまぁトシ。結果はどうであれ、天才歌人に見てもらえたのだから貴重な経験が出来て良かったではないか」
近藤は少し笑いを堪えながら土方を励ますように言った。
「近藤さん……鬼かあんたは……」
「何を言うておる。鬼はトシ、おぬしであるぞ。それにしても……口下手だが、文章に対しての評価はとてつもなく厳しいのだな。全く容赦がない。さすがである」
すると、少し言い過ぎたかもしれないと思ったのか紫式部が土方に歩み寄ると何かを書きつけた紙を広げて、微笑みながら目配せをした。
『差し向かう心は清き水鏡、こちらは良いですね。剣士としての覚悟が伝わって来ます』
「本当か……?!これはいよいよ京へ向かうって時に詠んだ句だからな」
がっくりと肩を落としていた土方は途端に瞳を輝かせた。そして、黒い手帳の一番後ろのページを開くと少し遠慮がちに言った。
「……その……さっき良順の奴に書いてたのと同じものを……ここに書いて欲しい」
紫式部は少し驚いたが、微笑むと小さく頷いてサラサラ~と筆を走らせた。
『豊玉さんへ。もう少し頑張りましょう。紫式部より』
「おお~!ありがとうよ……って!余計なひとこと書いてんじゃねー!」
「これは……良順殿や勇美殿の時代で言うと、通信簿のようであるな」
近藤はそう言ってワハハと楽しそうに笑ったのだった。
「土方副長!お願いがあるっす!」
すると、煙管を片手に土方が現れた。良順の顔を見上げ、ゆっくりと階段を上った。
「そんなに慌ててどうした?」
「たかむらさんが呼んでるっす!発句集を持って今すぐ裁きの間に来てくださいっす!」
「……たかむらが?一体何の用だ?」
「実はカクカクシカジカで~」
「なっ……む、紫式部が来ただと?!しかも近藤さんが地獄へ送ろうとしてるだぁ?そりゃあ、一大事だな。っつーか、貴様何故俺の趣味が俳句を詠む事だと知ってる?」
「たかむらさんがバラしましたwいや、その前から知ってましたけどね!だって、土方副長が詠んだ俳句、オレの時代まで残ってますもん」
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土方は慌てて煙管を口から離して咳き込んだ。珍しく動揺している。
「誰にも見られないように注意していたつもりが……クソ!俺としたことが!」
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良順は悪戯っぽく舌を出すと一目散に駆け出した。土方は慌てて後を追いかけた。そうして二人が裁きの間に駆け込むと、近藤、たかむら、紫式部が振り返った。その場の空気はピリッとしており、明らかに不穏な様子。土方はハッとした。以前、怒りを爆発させた近藤が勇美を切り付けようとした事を思い出したのだ。
(こりゃあ、まずいな。近藤さんがこれ以上怒ると厄介だ)
「おいおい。近藤さん、あんたはちと真面目過ぎる。世の中に娯楽がないと生きる楽しみがねぇだろ。源氏物語を読んでる奴らはその楽しさを糧に生きてたに違いねぇ。俺だってそうだ。殺伐とした毎日の息抜きにこうして俳句を詠んで気晴らししてたのさ」
土方は良順の手から黒い手帳を奪い返すと近藤に見せた。
「トシ……」
「言わなかったが、俺も源氏物語は読んだんだぜ。面白れぇ話じゃねぇか。俺には光源氏の気持ちがよく分かる。それによ近藤さん、忘れたか?俺が江戸で何て呼ばれてたか」
近藤は首を傾げた。土方はドヤ顔を決め込みながらこう言った。
「『江戸の光源氏』女たちは皆、俺のことをそう呼んでたんだぜ」
その場に冷たい空気が流れた。誰も何も言わない。紫式部は眉間に深いシワを寄せ、どこからともなく取り出した赤い扇子で口元を覆いながら土方を訝しげに見つめた。
「……土方副長。くだらない冗談はやめてください」
「なっ、た、たかむら!俺は大真面目に言ってんだよ!」
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「で、近藤さん!少しは納得したのかよ?」
「……うむ。トシの言うことはある程度理解した。だが……」
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「ああ、確かにな」
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「ここに『森久保良順さんへ!紫式部より』って書いてもらえますか?!」
紫式部は頷くと、慣れた手つきでサラサラ~と色紙に達筆な字を書き、良順に渡した。良順は目を輝かせて大喜び。
「うわあああ!ヤバイ!マジで紫式部さんのサイン貰っちゃった!ありがとうございます!大事にします!」
「おいおい、お前ら、一体何やってんだ……?」
土方を始め、他三人が怪訝そうな顔で紫式部と良順のやり取りを見つめる。紫式部はうんうんと頷くと、良順に向かって先程と同じジェスチャーをして見せた。
「ん?また書くものが欲しいんですか?」
良順は補佐隊員の文机から紙を持ってきて、紫式部に渡した。彼女はそこに素早く大きく文字を書きつけると、その場にいる全員に向かって広げて見せた。
「『私はとても口下手なのです。口頭ではなく、文章で意見しても構わないでしょうか?』……ええっ?!どおりでひとことも喋らないと思いましたよ!」
良順が驚きのあまり素っ頓狂な声を上げた。たかむら、土方、近藤の三人も驚いて目を丸くしている。
「近藤局長、いかがしますか?」
たかむらの言葉に近藤は腕を組み、少し悩んだ後に頷いて言った。
「良かろう。配慮しようではないか。では、紫式部殿。おぬしはわしの判決に対してどのように考えておる?」
紫式部は紙に書いた文字を広げて見せた。
『×』
「……それは不服という事であるな?」
『◯』
「紫式部さん……それ文章っつーかもはや◯×クイズじゃないですか……!」
すかさず良順がツッコミを入れる。紫式部は良順の言葉に少しだけ慌てると、再び紙を広げた。
『私は人々を惑わす為に源氏物語を書いたのではありません。私がこの目で見て、耳で聞き、また経験した事を……いえ、私の人生の全てをこの作品に込めたのです。私は私なりに自分の経験を物語として昇華したかった。何より、その物語で多くの人に感動を与えたかったのです。それが私の最大の使命だったのです』
紫式部はキリッとした真っ直ぐな眼差しで近藤を見つめた。
(何という決意に満ちた瞳なのだ……)
それまで何の感情も浮かんでいなかった彼女の瞳に強い光が宿ったのを目の当たりにして、近藤は驚きを隠せなかった。近藤は少しの間悩むと、大きく頷きこう言った。
「おぬしの気持ちは分かった。では、たかむら、良順殿。平安時代に蘇りをして参れ」
「……えっ?何でですか?」
「近藤局長、一体いつになったら認めるんですか」
たかむらと良順は呆れた様子で近藤の顔を見つめた。
「源氏物語と紫式部殿の評判を実際に見て確かめて来て欲しいのだよ」
たかむらと良順は顔を見合わせ、しばらく黙っていた。が、やがてたかむらがため息を吐きながら言った。
「……ったく分かりましたよ。では、良順。さっさと行くぞ」
「はいはい。あ、紫式部さん、少々お待ちくださいね!すぐ戻ってきますんで!その間、土方副長の俳句の添削でもしてあげてください!」
「お、おい!余計なこと言ってんじゃねーよ!」
土方は再び動揺し、煙管を口から離して咳込んだのだった。
***
たかむらと良順が蘇りに出掛けた後、裁きの間には重い沈黙が流れた。
(おいおい……!この空気どうしろってんだよ……!地獄に戻ろうにも近藤さんと彼女をこのまま二人きりにする訳にゃあいかねぇし……くそっ。俺が何とかするしかねぇじゃねぇか!)
悩んだ末に土方は、ひとまず彼女に自己紹介をする事にした。
「……俺は江戸時代末期に活躍した新選組っつう剣客集団で副長をしていた土方歳三ってもんだ。今はここで地獄の番人やってる」
紫式部は軽く頷くと、土方が持っている黒い手帳を興味深そうに見つめた。
「……いや、これは天才歌人のあんたににゃとても見せられねぇよ」
『剣士が和歌を詠むなどなかなか斬新ではないですか。大変興味深いです。ぜひ見せてくださいませ』
「い、いや、だからこれは……!」
慌てて黒い手帳を懐にしまった土方に紫式部は瞳を輝かせながら詰め寄る。その様子を見た近藤が土方に言った。
「良いではないか、トシ。紫式部殿に自作の俳句を添削してもらえる機会などこの先二度とないぞ。ぜひ見せてやれ」
土方は近藤と紫式部の顔を交互に見つめた。彼女はより瞳を輝かせて土方を見つめている。やがて土方は観念し、大きなため息を吐いた。
「……ったく仕方ねぇな。お手柔らかに頼みますぜ」
土方から黒い手帳を受け取ると、紫式部はページを開いた。途端に困惑した表情を浮かべる。
「おいおい、開いてすぐ微妙な顔すんなよ」
土方の言葉を無視して、彼女はゆっくりと丁寧にページをめくっていった。しかし、その表情は明るくなるどころかますます曇っていき、終いには大きなため息を吐いて首を横に振ってしまった。
(この反応……とてつなく嫌な予感がするぜ……)
紫式部は何かを書き付けた紙を広げた。
『全部×』
「ぜ、全部?!おいおい、せめてどれかひとつぐらい褒めてくれたっていいだろうが!じゃあ、これなんかどうだ『おもしろき夜着の列や今朝の雪』風情があんだろ?」
『下手くそ』
「ええっ……じゃ、じゃあ、これはどうだ?『しれば迷いしなければ迷わぬ恋の道』恋の辛さを歌ったものだ。光源氏を生んだあんたにも分かるだろ?」
『田舎くさくて格好悪い。自分に酔ってて痛い』
「……完敗だ……天才歌人に見せたのが間違いだった……。っつーか近藤さん!元はと言えばあんたが添削を勧めるからだろ!おかげで俺の心臓はズタズタだぜ!」
「まぁまぁトシ。結果はどうであれ、天才歌人に見てもらえたのだから貴重な経験が出来て良かったではないか」
近藤は少し笑いを堪えながら土方を励ますように言った。
「近藤さん……鬼かあんたは……」
「何を言うておる。鬼はトシ、おぬしであるぞ。それにしても……口下手だが、文章に対しての評価はとてつもなく厳しいのだな。全く容赦がない。さすがである」
すると、少し言い過ぎたかもしれないと思ったのか紫式部が土方に歩み寄ると何かを書きつけた紙を広げて、微笑みながら目配せをした。
『差し向かう心は清き水鏡、こちらは良いですね。剣士としての覚悟が伝わって来ます』
「本当か……?!これはいよいよ京へ向かうって時に詠んだ句だからな」
がっくりと肩を落としていた土方は途端に瞳を輝かせた。そして、黒い手帳の一番後ろのページを開くと少し遠慮がちに言った。
「……その……さっき良順の奴に書いてたのと同じものを……ここに書いて欲しい」
紫式部は少し驚いたが、微笑むと小さく頷いてサラサラ~と筆を走らせた。
『豊玉さんへ。もう少し頑張りましょう。紫式部より』
「おお~!ありがとうよ……って!余計なひとこと書いてんじゃねー!」
「これは……良順殿や勇美殿の時代で言うと、通信簿のようであるな」
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