車にはねられて死んで気づいたらツンデレイケメンや新選組と共に霊界の裁判所で仕事をさせられてた話〜松山勇美の霊界異聞奇譚〜 番外編+α

星名雪子

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番外編 「救出大作戦!」

第一話

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「ええっ?!」

一人目の死者を見送った良順は次の死者の永眠録を開き、目を見張った。

「……どうしたのだ?」

近藤が不思議そうに尋ねると、良順は瞳を輝かせながら言った。

「ヤバいっす!久々の大物っす!」

「良順殿、一旦落ち着くのだ。ひとまず死者を呼ぼうではないか」

「分かりましたっす!」

良順は永眠録にもう一度目をやると、いつも以上に大きな声で次の死者を呼び出した。

「紫式部殿!お入りください!」

白い着物に身を包んだ、おしとやかな女性が入って来た。長い黒髪を後ろで軽く結び、怪訝そうな表情を浮かべて良順と近藤のことを見つめている。

(40歳前後かな……?でも平安貴族らしい上品さと可愛さがあって、全然40歳には見えない……オレめっちゃタイプだわ!)

良順は彼女の佇まいに素直に感動し、惚れ惚れとした。

「いやぁ~有名な紫式部さんに会えるなんて光栄っす!あの~良かったら握手とサインお願いしてもいいっすか?!」

どこから持ち出したのか良順は色紙と筆を取り出して詰め寄った。紫式部は更に眉をひそめながら後退りをした。近藤が慌てて制止する。

「良順殿、やめんか。怖がっておるだろう。紫式部殿、大変驚かせてしまい、すまない。わしはここ霊界で裁判長を務めておる近藤勇だ」

近藤は良順に目配せをした。「早く戻れ」という意味だ。良順は慌てて定位置に戻ると、かしこまって丁寧な口調で言った。

「あ、えーっと……興奮してしまい、大変申し訳ありません。僕は森久保良順。近藤局長の補佐を担当しています」

「では、紫式部殿。これよりおぬしの裁判を始める」

紫式部は少し緊張したような面持ちで何も言わずに小さく頷いた。

「紫式部殿、平安時代の女流歌人であり作家であるな。女人でありながら漢文の読み書きが出来、尚且つ日本や中国の古典文学にも精通する才女である。また、おぬしは『源氏物語』という長編大作を書き上げ、多くの人に愛された」

近藤の隣で良順が同意するように深く何度も頷いている。近藤は眉間に深いシワを寄せると強い口調で続けた。

「……だが、色恋で大勢の人々を惑わせた事実は大変に罪深い。よって、おぬしを地獄行きとする」

深く頷こうとした良順はハッとして慌てて近藤の顔を見た。

「……ハッ?近藤局長、今何て言いました?」

「地獄行き、と言ったのだが」

「いやいやいやいや!ちょっと何言ってんすか?!」

「何故否定する?彼女が書いた物語に夢中になるあまり仕事を怠ける者が続出したのだぞ。当然の事ではないか」

「た、確かにサボるのは良くないっす!でも、それだけで地獄行きっていくらなんでも重過ぎっすよ!」

「そんな事はない。地獄行きにはならずとも、局中法度があれば間違いなく罰せられるぞ。それに……この物語は光源氏がひたすら女子おなごたわむれる様子を書いているだけで中身など無いも同然。実にくだらん」

「何で今ここで局中法度の話が出るんすか!関係ないっすよ!ってか近藤局長だって奥さんいるのにお妾さん囲ってたじゃないっすか!自分の事棚に上げてなに光源氏のこと叩いてるんすか?!」

「そ、それとこれとは話が別である!」

「ハァ?!全然別じゃないっすよ!」

自分の目の前で言い争いを繰り広げる二人の男の姿を、紫式部は怪訝そうな表情を浮かべたまま何も言わずに見つめていた。

「はいはい、分かりましたっす!近藤局長がそこまで言うならたかむらさんを連れて来ます!同じ平安時代のたかむらさんなら絶対分かってくれますから!」

良順は強い口調でそう言うと裁きの間を飛び出した。そして、宿舎のある一室の前でたかむらを呼び出した。

「たかむらさん!お願いがあるっす!」

しかし、何の物音もしない。すると、隣室の障子が開き、千代が顔を覗かせた。

「良順?どうしたんだい?」

「あ、千代さん!たかむらさんは?!」

「書庫にいるはずだけど……何かあったのかい?」

「実はカクカクシカジカで……」

良順は事の次第を簡潔に説明した。千代はため息を吐いて言った。

「全くあの頑固ジジイと来たら……真面目で良い奴なんだけどね。ちょっと真面目過ぎるのさ」

「頑固ジジイってwww千代さん最近、辛辣しんらつさに磨きかかってないっすか」

「あんたの言う通り、たかむらなら近藤さんを説得できるだろう。紫式部と同じ平安時代でも若干あいつの方が先だが、源氏物語はもちろん読んでるだろうしね」

「そうっすよね!やっぱオレ、たかむらさんを呼んでくるっす!千代さん、ありがとうございました!」

良順は宿舎を後にし、足早に書庫に向かった。千代の言う通り、たかむらは書庫におり、綺麗に並べられた棚の前で何かの書物を広げて集中している。

「あ、いたいた!たかむらさん!ちょっとお願いが……ってそれ源氏物語じゃないっすか!めちゃくちゃタイムリーwww」

「なんだ、良順か。源氏物語がどうした」

「実はカクカクシカジカで近藤局長が頑固ジジイになっちゃってるんすよ」

たかむらは眉をひそめ、一旦書物に目を落とした。

「これはただの色恋物語じゃない。複雑な人間の心理を奥深く描いたれっきとした文学作品であり、平安時代に生まれた最高傑作だ。近藤局長は何も分かってない」

(たかむらさん、めっちゃ怒ってる……やっぱりオレと千代さんの思った通りだ)

「ですよね!たかむらさん、近藤局長を説得してくれませんか?!お願いっす!」

「ああ、もちろんだ。同じ平安時代の人間尚且つ天才女流作家が地獄に堕とされると聞いて黙っていられる訳がねぇ」

強い口調でたかむらは言った。良順がたかむらを連れて裁きの間へ戻ると、近藤は眉間に深いシワを寄せて、紫式部は困惑した表情を浮かべて二人を待っていた。

「紫式部さん、お待たせしました!こちらは小野たかむらさん。あなたと同じ平安時代の歌人です。超有名人なのでご存知かもしれませんけどね!」

紫式部はたかむらの顔を見て目を丸くした。明らかにたかむらの事を知っていて驚いている。

(やっぱりたかむらさんのこと知ってるんだ……!)

良順は嬉しさのあまり自分のテンションが上がるのを感じた。

「近藤局長、話は聞きました。俺はあなたの判決にはとても賛成できません。この方は日本を代表する偉大な女流作家。源氏物語は日本文学の最高傑作です。近藤局長、あなたさてはこの作品を読んだ事がありませんね?」

「いや、読んだぞ。だからこうして厳しい判決をくだしておる」

「読んでいてこの作品の素晴らしさが分からないあなたはハッキリ言って人間以下です」

「に、人間以下だと……。たかむら、わしは確かにこれからはありのまま接してくれて良いと言ったが……」

「何です?『皆を叱るのと同様に遠慮なく物申せ』と、あなた確かにそう言いましたよね?」

たかむらはズイズイっと近藤に顔を近づけ、鋭く睨み付けた。近藤は驚愕の表情を浮かべて狼狽えた。

「い、いや、確かにそうではあるが……」

(人間否定までされるとさすがにわしも傷つくのだが……)

近藤がそう思いながらも口ごもっていると、たかむらが吐き捨てるように言った。

「この作品と彼女の素晴らしさはあなたなんかよりも土方副長の方が理解できるでしょうね。生前数多あまたの女性を愛し、尚且つ自分で俳句も詠んでますからね」

「た、たかむら。おぬしトシが俳句を詠んでおることを知っておったのか……」

「上手く隠しているようですがバレバレなんですよ。あの人は一度、俺の目の前で発句集を落としたんです。かなり狼狽うろたえてましたけどね。良順、土方副長をここに連れて来い」

明らかに頭に血が上っているようでたかむらの口調はいつにも増して鋭かった。

(ヤ、ヤベェ……たかむらさん、思った以上に怒ってんじゃん……!)

「は、はい!」

良順は少し緊張しながら再び裁きの間を飛び出した。
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