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1、事の発端
しおりを挟むそれはあまりにも呆気ない突然の別れだった。だから、自分の気持ちに区切りをつける必要があると分かっていてもどうにも出来ずに悩んだ。こういう時、私は文章を書く事で気持ちの整理をしている。
デリケートな話なのでエッセイに書くかどうか非常に迷ったが、私の経験を明かす事で同じく辛い思いをしている誰かの為になるかもしれないという思いもあった。
もう少し時間が経って気持ちが落ち着いてから書く事も出来たが、時間が経ってから再び全てを鮮明に思い出すには私にとってあまりにも辛過ぎる出来事だった。
なので、あえてほとぼりの冷めない今の内に思い切って全てをこの場で明かす事に決めた。長くなるが、ぜひ最後まで読んで頂けたら幸いである。
事の発端は恋人と連絡が取れなくなった事だった。祝日の朝に何気ない内容のLINEを私の方から送った。彼は文章を入力するのがあまり得意ではなく、また自宅にいるとあまりスマホを気にしない人なので返信に時間がかかる事は理解していた。
ところがその日の夜になっても表示は未読のまま。平日の朝におはようの挨拶と今日も頑張ろうねという内容のLINEが来る事があるので、翌朝には返信が来るだろう。そう思っていた。しかし、翌朝になっても表示は未読のまま。仕事終わりに再度確認しても依然として未読のままだった。
交際前は1、2日経ってからひょっこり返信が来る事があったが交際を開始してからはどんなに遅くても翌朝には必ず返信が来た。さすがにおかしいと思った私は「何かあった?」「大丈夫?」という短文のメッセージを二つ程送った。それでもやっぱり表示は未読のまま。
「もしや彼の身に何かあったのでは……」と不安になり、LINE電話とスマホの電話を両方かけてみた。しかし何度かけても「お掛けになった電話は電波が繋がらない場所にいるか電源を切っています」というアナウンスが流れるばかりだった。激しく動揺した私は最後の手段として彼の電話番号に「何かあったのかと心配しています。これを見る事が出来たら一言だけでもいいので一報ください」とショートメッセージを送った。だが、結局その日は何の返信も、折り返しの連絡もなかった。
彼と共通の知人や友人もいない為、これ以上の打つ手がなく私は途方に暮れた。
「彼の身に一体何があったんだろう?病気?事故?いや、まさか事件に巻き込まれた……?」
いてもたってもいられず、私は家族や友達に片っ端から連絡をして助けを求めた。皆とても心配してくれて様々なアドバイスをくれた。妹からは「心配だから私なら家を見に行くかも」というアドバイスをもらって納得したが、住所を知らない為それはかなり厳しそうだと思った。
だが、ふとある事を思いつき、すぐにGoogleマップのストリートビューを開いた。彼の家には何度も行った事があったので、記憶を頼りに探せば家を見つけ出せるのではないかと思ったのだ。ストリートビューで見覚えのある景色をいくつか辿っていき、遂に家を発見した。
しかし、電車やバスも通っておらず自力で行く事は不可能に思えた。遠い最寄駅からタクシーで向かう事も考えたが、よくよく検索してみると駅から歩いて30分程。
「これなら自力で行ける……!私の行動力舐めんなよ!」
途端にやる気が湧いてきた。
だが、ふとある事を思い出した。彼には何か気に入らない事があるとスマホの電源を切って一方的に連絡を断ってしまうという癖があった。私は一度もやられた事がなかったが、お互いに怒った時や精神的に参ってしまった時にどうなるのかという話をしている最中に彼から話を聞いた事があったのだ。正直、良い年をした大人が一方的に連絡を断つなどどうかしてると思ったが、性格上それを口に出す事は出来なかった。その代わりに
「もしそうなったら何も言わずに音信不通になるのは絶対にやめて。嫌になったならそれはそれで仕方ないからきちんと別れるって言って。他の人は毎回の事で慣れてるのかもしれないけど、私は交際している人にそんな事をされた事がない。何より中途半端な事が大嫌いだから」
という忠告をした。彼は分かったと返事をした。嘘をつく人ではないので万が一そういう状況になっても私にだけは連絡をくれるだろう。そう思っていた。ところが実際に起こってみると、彼からは何の連絡もない。
「ひょっとして私に対して怒っているのでは……」
そう考え、直前の彼とのやり取りを思い返してみると思い当たる事がいくつかあった。
「もしかしたらあの時の私の言動が彼を傷つけたのかもしれない……」
そう思い激しく後悔した。
その時、私の脳裏に元夫の姿が浮かんだ。思えば元夫と別れるキッカケは私が元夫の地雷を踏み抜いてしまったからだ。元夫は私の障害の特性に根を上げた。不満が溜まりに溜まった元夫のモラハラに私も苦しめられたが、私の特性に合わせる為に無理をさせてしまっていたのである。
「あの時と同じ……私はまた相手を知らない間に束縛してしまったんだ……」
連絡が取れない事への不安、自分自身の言動に対する後悔で胸が押し潰されそうだった。ひとまず週末までに何の連絡もなければ、彼の家に様子を見に行こうと決めた。
その日の夕方、ようやく彼から返信が来た。
「しばらく連絡できなくなるけど、連絡できるようになったらこっちからするからちょっと待ってて。ごめんね」
連絡が来たという事は病気や事故ではないのだろうと安心した。そして私自身に原因があるかもしれないという後悔を思い出して
「もし私に原因があるならきちんと話を聞くから必ず連絡ちょうだいね。待ってるから」
と送った。だが、それきり表示はまた未読のまま連絡がつかなくなった。
私の中で激しい怒りが湧き起こった。あれほどハッキリと忠告をしたのにも関わらずその日まで何の連絡もなかった事、理由も分からず全てシャットアウトされてしまった事、待っててと言って素直に待ってくれると思っている事に対しての怒りだった。
「今までそうしてきたから私も待っててくれると思ってんの?甘えんなよ!子供かよ!」
怒り、不安、悲しみと様々な思いが溢れた。到底一人では抱え切れず、再度家族や友達に助けを求めた。皆「なんて自分勝手な人なんだ」と私と一緒に怒って嘆いてくれた。その中でこんなアドバイスをしてくれる人がいた。
「彼とこのまま交際を続けて大丈夫?一方的に連絡を断つなんて社会人としてあり得ない行為だと思う。もし結婚する事になったとしたら何かある度に家を飛び出して帰って来ない……なんて事があるかもしれない。この際だから彼との関係をもう一度よく考えてみるべきじゃない?」
彼女は引っ越しをして知り合ったばかりの知人だが、いつも何か相談する度に物事をハッキリと伝えてくれる人だった。「優しい言葉だけでは成長しない」と彼女は言っていた。
このアドバイスを貰った瞬間、堰を切ったように涙が溢れた。決して手厳しい意見にショックを受けたのではない。嬉しかったのだ。例えるならば、扉をぴたりと閉めて心の奥底に長い間しまっていた気持ちを思い切り引っ張り出されたような感覚だった。
「障害者が恋愛をする事は健常者よりも難しいという話」というエッセイの中でも触れたが、彼との関係はとても複雑なものだった。私の特殊な家柄に対する彼と彼の家族や友人達の偏見、そして彼を長い間マインドコントロールしてきた毒親の存在……。一度は浮上した結婚話を白紙に戻したのもそういったお互いの複雑な事情があったからだ。
その時点で別れを選ぶ事も出来たが、そうしなかったのはもちろん彼の事が好きだったからだ。それに彼に私の特殊な家柄を理解してもらえる日が必ず来ると信じていたし、理解してもらう為に努力をしたいと思ったからだ。それがクリアできれば一度は白紙に戻した結婚話を再度検討できるかもしれないという淡い期待もあった。
私には元々結婚願望がなく、恋人に求めるのは自分を精神的に支えて欲しいという事だけだった。元夫も最初はそうだったが色々あって勢いで籍を入れてしまった結果上手くいかなかった。彼とも最初は結婚を考えていなかったが、交際中にお互いの将来への思いや考えをきちんと話し合っていく内に結婚を意識するようになったのだ。
「やっぱり結婚なんてするもんじゃないな」
結婚話が白紙になった時、再びそう考えるようになり、自由気ままに交際を続けていた。しかし、一方でこのまま中途半端に関係を続けていていいのだろうかという思いもあった。問題が何ひとつ解決せず、先へ進まない事に不安を感じていたからだ。それに、前に住んでいた劣悪な家の環境と街の風土が自分に合わない事が原因で多大なストレスが溜まっており、引っ越しを考えていた時期で恋愛を楽しむ心の余裕がなかったという事もある。(これも「障害者が恋愛をする事は健常者よりも難しいという話」の中で触れた)
この時の私は心身が不安定な事を理由に「今別れたら絶対に精神を病む」と問題を先送りにして、その状況に甘えてぬるま湯にずっと浸かっているような状態だった。中途半端が嫌いな癖にだ。自分でもあまり良くない状況だという事は感じていた。
私には心理カウンセラーの資格を持つ友人がいる。今の家に引っ越しをして落ち着いた頃、アマチュアのタロット占い師でもある彼女に彼との関係を占ってもらった事がある。私は基本的にあまり占いごとを信じない。(夢占いは別)ショッピングモールの片隅で占い師がひっそりと客を募っている事があるが、一度も占ってもらった事はないし、タロット占いにも全く興味がなかった。
しかし、心理カウンセラーの資格を持つ友人はいつも私に良きアドバイスをくれる。手厳しい事を言われる事もあるが、非常に的確なので彼女の事を心から信頼している。だから、タロット占いについても占いというよりかは「彼女からのアドバイス」として受け止める事にしているのだ。
彼女は出たカードを目を丸くして見つめながらこう言った。
「今が楽しければそれでいいっていうどうしようもない関係だよ!」
あまりにキッパリとした手厳しい結果にショックを受けるどころかむしろ面白くなってしまって彼女と二人で思わず腹を抱えて笑ってしまった。だが、それでいて的確な結果だとも思った。私が問題から目を背けてぬるま湯に浸かっている事を言い当てられたような気がしたのだ。
「やっぱりきちんと考えなきゃダメだよね~」
私はとても納得した。だが、考えなきゃと思いつつもまたしても問題を先送りにしてしまったのである。それは問題に向き合って別れを決断したとしたら、自分が傷つくと分かっていたからだ。何より私はそれを恐れていたのである。
だから、「彼との関係をどうするかきちんと考えなさい」と知人がハッキリ言ってくれた事で目が覚めるような思いがしたのだ。
「今がまさにその時なのかもしれない……」
私は覚悟を決め、蓋をしていた自分の心に正面から向き合った。そして、悩みに悩み「自分から別れを告げる」という決断をした。一方的だとは思ったが、そもそも彼が一方的なのだからお互い様である。
元カノの浮気が発覚した時に自分からメールで先に振ったという話を彼から以前に聞いていたので、連絡が来た時に一方的に別れを告げられるぐらいならこちらから先手を打ちたいと思ったのもある。一方的にシャットアウトされた挙句、振られるなんて癪に障るからだ。元カノの浮気は別問題だし、それは一方的に振られて当然だとは思うが。
木曜日の朝、私は号泣しながら別れの文章を書いた。
「理由も分からず待っててと言われて素直に待てる程、私は優しくも強くもない。私は中途半端なことが大嫌いだから。みんながいつも待っててくれるのはあなたの事を大切に思っているからだと思う。待っててくれる人がいるのは幸せな事だよ」
そして、最後にこれまで心身共に支えてくれた事への深い感謝の気持ちも一緒に添え、LINEで送った。
「これを彼が見るのが一ヶ月後とかだったら笑うな~私もう完全に別れた後モードなんだけど!」
清々した気分になり、これまでのストレス発散に酒盛りでもしようとルンルン気分で帰宅した直後。スマホの通知音が鳴った。彼からのメッセージだった。
「思ったより早いな!」
ちょっと苦笑いしながらLINEを開いた私の目に飛び込んで来たのは全く予想もしていない信じられない内容の返事だった。
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