新月の夜に消える

星名雪子

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新月の夜に消える

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俺は嫌われている。

周りの人間だけではない、きっと世界中の人間が俺のことを嫌っているだろう。

あいつは醜い。
自分達とは違う人間だ。

そう陰口を叩き、後ろ指を指すのだ。理由は分かる。俺が周りとは違う人間だからだ。もちろん姿形は奴らと同じ。だが、中身はまるで違う。奴らはきっと俺の事を違う星の生き物だとでも思っているだろう。

悲しいかって?
腹立たしいかって?

そんな事はない。

と、言えば嘘になる。

俺はある時から自分が周りの奴らと違う人間だということを自覚した。だが、

俺は周りとは違う人間

という事実を受け入れる事は出来なかったし、何故俺は奴らとは違うんだという思いをどうしても拭うことが出来なかった。

こんな俺などいなくなってしまっても誰も悲しまないだろう。むしろ喜ぶかもしれない。邪魔者がいなくなった、と。

そう。人間は自分とは違う人間を排除したがる生き物だ。人間だけではない。地球上に生息するありとあらゆる生き物が自分とは違う生き物を嫌い、群れから、自分の元から、排除しようとする。

ああ、この世はなんて醜いのだろう。「世界平和」「助け合って生きる」そんなのは全て綺麗事だ。偽善だ。本当は皆、心の中では「鬱陶しい」と思っているのだ。

ならば、俺はこの汚い世界から消えてやろう。ああ、どうせ誰も気にも留めやしないさ。俺一人いなくなったところで。

そうして俺はこの世界から消えた。いや、もちろん心はここにある。ただ姿形が消えただけだ。これで俺は晴れて自由の身だ。奴らに陰口を叩かれ、後ろ指を指されることもない。ああ、なんて清々しい気分なのだろう。

だが、しばらく経って気づいた。俺は正真正銘の孤独に陥ってしまったのだと。

消える前から俺は既に孤独だった。家族も友も俺の前から去って行ったからだ。何故なら奴らは俺が自分達とは違う人間だと分かったからだ。

寂しかったかって?
失望したかって?

そんな事はない。

と、言えば嘘になる。

信頼し合っていた
理解し合っていた

だが、そう思っていたのは俺だけだった。悔しくて何度も消えてしまおうかと思った。だが、いつしか孤独に慣れてしまった。

どうせ俺は誰にも理解されない人間
どうせ俺は孤独な人間

そうやって割り切って生きてきた。だが今俺の心を支配しているのはその時以上の孤独感だ。

おい。お前ら、本当に俺の事が分からないのか?
おい。お前ら、本当に俺の姿が見えないのか?
おい。お前ら……

夜の雑踏に紛れても俺に視線を向ける人間は誰一人いない。奴らは皆、次々に俺の体をすり抜けていく。若者の楽しげな笑い声が俺の耳に虚しく響く。

そうか。俺は本当に世界から忘れられてしまったのだ。今、奴らに俺の名前を尋ねてもきっと首を傾げるだろう。誰も俺のことなんて記憶に留めていない。そうに違いない。

俺は波止場に立った。低く太い汽笛の音が響く。遠くに見える大きな橋が月のない夜に妖しく光る。生温い風が頬を滑る。

心だけを残して彷徨い歩く。それに一体何の意味があるのだろう。

しばらく考え込んでいたが、次第に笑いが込み上げてきた。小さな笑いは、やがて大きな笑いに変わった。 誰もいない波止場に俺の笑い声がこだまする。

ふん。そうかよ。ならば、この世から消えてやろう。姿形だけではない、心もだ。消えたところでどうせ誰も気付きやしない。

それに今夜はちょうど新月だ。俺もあの月のようにいっそ消えてしまえば良い。
そして、違う世界で消えた月と出会って

ああ、お前も孤独だったのか
だから、あの世界から消えたのか
俺とお前は同じなんだな

なんて笑い合えたら最高じゃないか。

新月だけが俺の理解者
新月だけが俺の友

なあ?そうだろ?新月よ。

俺は笑みを浮かべながら、月のない夜空から真っ暗な水面に視線を移した。黒い波は静かに音を立て続けている。仄暗い水はまるで俺のことを呼んでいるようだ。

さらば、この世界。



孤独な男がひっそりと消えた波止場。

低く太い汽笛の音が、誰もいない波止場に響き渡る。

まるで初めから何も存在しなかったように。
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