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4、湧き水公園 その1
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俺は何とも言えない気持ちでシートベルトを締め、キーを回した。隣に座った翠が何も言わずにカーナビの電源ボタンを押す。画面にぼんやりとロゴが浮かび上がった。カーナビは周辺の地図を映し出し、新たな行先を示した。
『目的地に進みます』
「どうするの? 行くの? やめるの?」
「……っ」
先程までの探偵気取りはどこへ行ったのか。翠は少し強気な口調で言った。俺の顔を真剣な眼差しでじっと見つめている。その目は煮え切らない俺への苛立ちが色濃く表れていた。俺は正直言ってもうこの車には関わりたくなかった。今すぐ家に帰って熱いシャワーを思い切り浴び、先程起こったことを綺麗さっぱり忘れてしまいたい。しかし、こうなった翠に逆らえる術はない。俺は深く溜息を吐いて呟いた。
「……仕方ねぇな……行けばいいんだろ」
「さすが昴くん、そうこなっくちゃ!」
先程の表情から一転、翠は嬉しそうに満面の笑顔を浮かべたのだった。
次の目的地に辿り着き、俺は驚いた。先程の峠はすぐには分からなかったが、次に訪れたここがどこなのか瞬時に把握したのだ。
「湧き水公園……?」
翠が公園の入り口の看板を見ながら不思議そうに呟く。
「ああ、昔、よく来てた公園だ。この辺りじゃ結構有名な観光地だ」
湧き水公園という名前の通り、この公園は近くの山から流れる滝のような湧き水が飲めることで有名だ。ここを訪れる人々はドリンクボトルやペットボトルなどを持参して湧き水を持ち帰ることが出来る。中にはポリタンクをいくつも持参する輩もいるほどだ。駐車場には沢山の車が停まっており、園内も多くの客で賑わっていた。
俺と翠は車から降り、公園内を見て回ることにした。駐車場を出ると土産物屋、レストラン、売店などが立ち並び、湧き水を使った料理や菓子、地元で採れた野菜などが売られている。中でもこの公園で一番の名物であるソフトクリーム専門の売店は行列が出来る程の盛況ぶりだった。その売店の前にある看板が目に入った瞬間、俺は思わず足を止めた。
「どうしたの、昴?」
急に立ち止まった俺を見て、翠が驚いて声を上げる。俺は返事もせずにその看板をじっと見つめた。そいつは俺が昔見た時から何も変わっていなかった。どこまでも続く広大な草原と澄んだ青空、その真ん中で悠然とそびえ立つ大きな山、それらがイラストで描かれており、端に大きな文字で『湧き水ソフトクリーム! 美味しいよ!』という単純過ぎる売り文句が添えられている。そして中央にはサクサクのコーンの上に乗った瑞々しく滑らかなソフトクリームの写真が配置されていた。何の捻りもない地味なデザインだが、幼かった俺は何よりもこの写真に大きく惹かれたのだ。
ここを訪れ、あの看板を目にする度にソフトクリームをねだった。大人になった今は甘い物を口にすることは殆どなくなってしまったが、当時の俺にとってここのソフトクリームは好物のひとつだったのだ。あれから長い年月が経っているが、こいつは変わらずにずっとここにいたのだ。少し色褪せたイラストと写真がそれを物語っている。
「もしかして、昴少年はこのソフトクリームが好きだったのかな?」
看板をじっと見つめたまま、物思いに耽る俺の姿を黙って見ていた翠が何かを悟ったのか口を開いた。
「ああ、連れて来てもらう度にねだってたな」
「そっか。昴がお父さんとお母さんにおねだりするなんて想像できないね」
翠はそう言って悪戯っぽく笑った。明らかに俺をからかっている。俺は彼女のそんな態度に少し苛立ちを覚え、軽く舌打ちをした。翠は俺の舌打ちを聞かなかったことにして話題を変えた。
「ソフトクリーム、食べたら?」
「いや、今はいい」
そう言うと俺は売店の前から再び歩き出した。暫く歩くと茶色く大きな吊り橋に辿り着いた。吊り橋自体は大きいが、橋の幅は人が行き交う度に肩が触れる程の狭さだ。吊り橋を抜けると、急に視界が開けた。緑深い森の中を清流が滾々《こんこん》と流れ、川面を撫でる澄んだ風はとても涼しく心地良い。水は透き通る程の美しさで鮮やかな緑色をした苔や優雅に泳ぐ川魚の姿もよく見える。幾重にも枝分かれした清流の先に水汲み場が出来ており、大勢の客が手に容器を持ち、列をなしていた。
俺は目の前に広がる風景を目にし、当時の記憶が少しづつ蘇ってくるのを感じた。中学に上がる頃にはもうここを訪れることはなくなり、それ以来足を運んだこともなかった。だが、俺の記憶の中にはしっかりと刻み込まれていたのだ。
「昴、私もあの水飲んでみたいな」
汲んだばかりの水を飲み、清々しい表情を浮かべる人々を見ながら翠が羨ましそうに言った。
「別にいいが、お前、何か容器持ってるのか?」
「……持ってない」
気まずそうに俯く翠。マジか、と呟き、俺は途方に暮れた。いや、待てよ、土産物屋に確か水汲み用の容器が売られていたような気がする。一度戻ってそれを買うか……と、考えに耽っていたその時だった。
「君、もしかして昴?」
急に背後から声を掛けられ、俺は酷く驚いた。咄嗟に振り返るとそこには同じ年頃の男が立っており、同じく驚いた顔をしてこちらをじっと見つめていた。背が高く、ひょろっとしている。
「……そうだが……あんた誰だ……?」
「僕だよ、小学校の時に一緒に遊んだじゃん。そこの遊具でさ!」
俺はそいつの顔をじっと見つめた。目は大きく、愛嬌のある印象的な笑みを浮かべている。その笑顔を見て、ハッと気づいた。
「……もしかして愉か?」
「そうだよ! 思い出してくれて良かった!」
そう言って俺の両手を掴み、勢いよく上下に振った。そいつは小学校の同級生だった。クラスは違ったが、お互いによく訪れるこの公園で頻繁に遊んでいた。お互いの両親が水を汲んでいる最中、俺達はこの水汲み場の近くにある遊具でよく遊んだのだ。しかし、俺はいつも不思議でならなかった。公園を訪れるタイミングがいつも一緒だったからだ。公園に着くと、両親はいつも先に水を汲みに行った。
吊り橋を渡る手前でソフトクリームの看板を目にする度に俺は、買ってくれとねだったが、あとで買ってやるからとお預けを食らい、決まって不機嫌になった。頬を膨らませたまま水汲み場へ行くが、近くにある遊具を目にした途端、悶々とした気持ちが吹っ飛ぶ。一番気に入っていたブランコへ一目散に駆け寄ると、そこには決まって愉がいた。そこにこいつがいること、こいつにとっては俺がそこに来ることは当たり前のことだった。軽く挨拶を交わした後、俺達はブランコからスタートして色々な遊具を遊び倒した。愉とは遊具の好みや感覚も同じで、とても気の合う友達だった。
「もしかして君、水汲みの容器、何も持ってないの?」
愉が心配そうに俺と翠の顔を交互に見つめながら言った。
「ああ……ここに来る予定はなかったからな」
「これ使う? 余分に持ってきたドリンクボトルだけど、使わなかったから」
「いいのか?」
「ああ。これは君にあげるよ」
愉はそう言って手に持っていた小ぶりのドリンクボトルを俺の目の前に差し出した。久々に見たその愛嬌のある優しい笑顔に俺の脳裏に当時の記憶が鮮やかに蘇ってきて懐かしい気持ちになった。
「愉、彼女は俺の婚約者だ」
「初めまして、翠です」
愉は俺の「婚約者」という言葉に目を細めながら尚も優しい笑顔を浮かべて言った。
「初めまして、愉です。僕は昴の小学生の時の友達で……いや、湧き水友達、またはブランコ友達……かな?」
「ふっお前、相変わらず面白いこと言うんだな」
愉は昔から人を笑わせることが好きだった。その性格は今も変わってはいないようで俺は安堵した。隣で翠が俺と愉の顔を交互に眺めながら嬉しそうに微笑んでいた。
貰ったドリンクボトルで水を汲み終わった翠が早速それを口に含んだ。
「冷たくて美味しい! 昴も飲みなよ!」
満面の笑顔でドリンクボトルを差し出す翠の姿は、まるで真夏に清涼飲料水のCMに出演している女優のようだった。無言でそれを受け取り、一口飲んでみる。
「確かに美味いな」
そう言えば子供の頃、遊具で遊び倒した後に愉と二人でこの水を飲んだ気がする。冷蔵庫から取り出したばかりのような冷たさは遊び疲れて汗ばんだ身体にとても気持ちが良かった。俺と翠が水を汲み、飲んでいる間も愉はすぐ傍らで微笑みを浮かべながらこちらをずっと見つめていた。
もしや、俺に何か用事があるのか……? 愉の様子に何かを感じた俺は一旦翠の方へ顔を向けた。やはり何かを察したのか翠は俺の視線を受け止めると優しく微笑みながらうんうん、と大きく頷いた。
「愉、ちょっとあの遊具の所へ行ってみないか?」
「ああ、そうだね。ブランコの会、復活だね。まあ、さすがにもう遊べるような年じゃないけど」
そう言って愉は悪戯っぽく笑い、俺と翠も釣られて笑った。遊具では沢山の子供達が遊んでいた。皆、満面の笑顔で走り回っている。その光景に、隣にいた愉が、懐かしいな、と呟いた。俺は返事の代わりに頷いた。俺と愉もかつてはあの中にいたのだ。
遊具の周りには所々にベンチがあり、沢山の親がそれぞれの子供を見守っている。俺達はそのひとつに腰を下ろした。目の前にはあのブランコがある。ふたつぶら下がったブランコに小さな男の子が二人、楽しそうに漕いでいる。かつての自分達を見ているような不思議な気持ちになった。その光景を懐かしそうな眼差しでしばらくの間見つめていた愉が、おもむろに口を開いた。
「……あの頃、僕がここにいると、何故かいつも君が来た。その事を僕はずっと不思議に思っていた。君はそう思ったことあった?」
「……ああ、俺も全く同じだ。何でいつもお前と会うんだろうと思っていた」
俺達はお互いに同じ気持ちだったのだ。しかしまだ子供だった為、特に深くは考えずに過ごしていた。ここに来ればこいつがいる。不思議だと思いながらもいつしかそれが当たり前のようになっていた。
「実はね、それにはきちんと理由があったんだ。君、知ってた?」
「……いや、何も知らない」
愉の言葉に俺は自身の心がざわつくのが分かった。こいつとの久々の再会を経て、何かが徐々に核心に迫っているような感覚だった。
『目的地に進みます』
「どうするの? 行くの? やめるの?」
「……っ」
先程までの探偵気取りはどこへ行ったのか。翠は少し強気な口調で言った。俺の顔を真剣な眼差しでじっと見つめている。その目は煮え切らない俺への苛立ちが色濃く表れていた。俺は正直言ってもうこの車には関わりたくなかった。今すぐ家に帰って熱いシャワーを思い切り浴び、先程起こったことを綺麗さっぱり忘れてしまいたい。しかし、こうなった翠に逆らえる術はない。俺は深く溜息を吐いて呟いた。
「……仕方ねぇな……行けばいいんだろ」
「さすが昴くん、そうこなっくちゃ!」
先程の表情から一転、翠は嬉しそうに満面の笑顔を浮かべたのだった。
次の目的地に辿り着き、俺は驚いた。先程の峠はすぐには分からなかったが、次に訪れたここがどこなのか瞬時に把握したのだ。
「湧き水公園……?」
翠が公園の入り口の看板を見ながら不思議そうに呟く。
「ああ、昔、よく来てた公園だ。この辺りじゃ結構有名な観光地だ」
湧き水公園という名前の通り、この公園は近くの山から流れる滝のような湧き水が飲めることで有名だ。ここを訪れる人々はドリンクボトルやペットボトルなどを持参して湧き水を持ち帰ることが出来る。中にはポリタンクをいくつも持参する輩もいるほどだ。駐車場には沢山の車が停まっており、園内も多くの客で賑わっていた。
俺と翠は車から降り、公園内を見て回ることにした。駐車場を出ると土産物屋、レストラン、売店などが立ち並び、湧き水を使った料理や菓子、地元で採れた野菜などが売られている。中でもこの公園で一番の名物であるソフトクリーム専門の売店は行列が出来る程の盛況ぶりだった。その売店の前にある看板が目に入った瞬間、俺は思わず足を止めた。
「どうしたの、昴?」
急に立ち止まった俺を見て、翠が驚いて声を上げる。俺は返事もせずにその看板をじっと見つめた。そいつは俺が昔見た時から何も変わっていなかった。どこまでも続く広大な草原と澄んだ青空、その真ん中で悠然とそびえ立つ大きな山、それらがイラストで描かれており、端に大きな文字で『湧き水ソフトクリーム! 美味しいよ!』という単純過ぎる売り文句が添えられている。そして中央にはサクサクのコーンの上に乗った瑞々しく滑らかなソフトクリームの写真が配置されていた。何の捻りもない地味なデザインだが、幼かった俺は何よりもこの写真に大きく惹かれたのだ。
ここを訪れ、あの看板を目にする度にソフトクリームをねだった。大人になった今は甘い物を口にすることは殆どなくなってしまったが、当時の俺にとってここのソフトクリームは好物のひとつだったのだ。あれから長い年月が経っているが、こいつは変わらずにずっとここにいたのだ。少し色褪せたイラストと写真がそれを物語っている。
「もしかして、昴少年はこのソフトクリームが好きだったのかな?」
看板をじっと見つめたまま、物思いに耽る俺の姿を黙って見ていた翠が何かを悟ったのか口を開いた。
「ああ、連れて来てもらう度にねだってたな」
「そっか。昴がお父さんとお母さんにおねだりするなんて想像できないね」
翠はそう言って悪戯っぽく笑った。明らかに俺をからかっている。俺は彼女のそんな態度に少し苛立ちを覚え、軽く舌打ちをした。翠は俺の舌打ちを聞かなかったことにして話題を変えた。
「ソフトクリーム、食べたら?」
「いや、今はいい」
そう言うと俺は売店の前から再び歩き出した。暫く歩くと茶色く大きな吊り橋に辿り着いた。吊り橋自体は大きいが、橋の幅は人が行き交う度に肩が触れる程の狭さだ。吊り橋を抜けると、急に視界が開けた。緑深い森の中を清流が滾々《こんこん》と流れ、川面を撫でる澄んだ風はとても涼しく心地良い。水は透き通る程の美しさで鮮やかな緑色をした苔や優雅に泳ぐ川魚の姿もよく見える。幾重にも枝分かれした清流の先に水汲み場が出来ており、大勢の客が手に容器を持ち、列をなしていた。
俺は目の前に広がる風景を目にし、当時の記憶が少しづつ蘇ってくるのを感じた。中学に上がる頃にはもうここを訪れることはなくなり、それ以来足を運んだこともなかった。だが、俺の記憶の中にはしっかりと刻み込まれていたのだ。
「昴、私もあの水飲んでみたいな」
汲んだばかりの水を飲み、清々しい表情を浮かべる人々を見ながら翠が羨ましそうに言った。
「別にいいが、お前、何か容器持ってるのか?」
「……持ってない」
気まずそうに俯く翠。マジか、と呟き、俺は途方に暮れた。いや、待てよ、土産物屋に確か水汲み用の容器が売られていたような気がする。一度戻ってそれを買うか……と、考えに耽っていたその時だった。
「君、もしかして昴?」
急に背後から声を掛けられ、俺は酷く驚いた。咄嗟に振り返るとそこには同じ年頃の男が立っており、同じく驚いた顔をしてこちらをじっと見つめていた。背が高く、ひょろっとしている。
「……そうだが……あんた誰だ……?」
「僕だよ、小学校の時に一緒に遊んだじゃん。そこの遊具でさ!」
俺はそいつの顔をじっと見つめた。目は大きく、愛嬌のある印象的な笑みを浮かべている。その笑顔を見て、ハッと気づいた。
「……もしかして愉か?」
「そうだよ! 思い出してくれて良かった!」
そう言って俺の両手を掴み、勢いよく上下に振った。そいつは小学校の同級生だった。クラスは違ったが、お互いによく訪れるこの公園で頻繁に遊んでいた。お互いの両親が水を汲んでいる最中、俺達はこの水汲み場の近くにある遊具でよく遊んだのだ。しかし、俺はいつも不思議でならなかった。公園を訪れるタイミングがいつも一緒だったからだ。公園に着くと、両親はいつも先に水を汲みに行った。
吊り橋を渡る手前でソフトクリームの看板を目にする度に俺は、買ってくれとねだったが、あとで買ってやるからとお預けを食らい、決まって不機嫌になった。頬を膨らませたまま水汲み場へ行くが、近くにある遊具を目にした途端、悶々とした気持ちが吹っ飛ぶ。一番気に入っていたブランコへ一目散に駆け寄ると、そこには決まって愉がいた。そこにこいつがいること、こいつにとっては俺がそこに来ることは当たり前のことだった。軽く挨拶を交わした後、俺達はブランコからスタートして色々な遊具を遊び倒した。愉とは遊具の好みや感覚も同じで、とても気の合う友達だった。
「もしかして君、水汲みの容器、何も持ってないの?」
愉が心配そうに俺と翠の顔を交互に見つめながら言った。
「ああ……ここに来る予定はなかったからな」
「これ使う? 余分に持ってきたドリンクボトルだけど、使わなかったから」
「いいのか?」
「ああ。これは君にあげるよ」
愉はそう言って手に持っていた小ぶりのドリンクボトルを俺の目の前に差し出した。久々に見たその愛嬌のある優しい笑顔に俺の脳裏に当時の記憶が鮮やかに蘇ってきて懐かしい気持ちになった。
「愉、彼女は俺の婚約者だ」
「初めまして、翠です」
愉は俺の「婚約者」という言葉に目を細めながら尚も優しい笑顔を浮かべて言った。
「初めまして、愉です。僕は昴の小学生の時の友達で……いや、湧き水友達、またはブランコ友達……かな?」
「ふっお前、相変わらず面白いこと言うんだな」
愉は昔から人を笑わせることが好きだった。その性格は今も変わってはいないようで俺は安堵した。隣で翠が俺と愉の顔を交互に眺めながら嬉しそうに微笑んでいた。
貰ったドリンクボトルで水を汲み終わった翠が早速それを口に含んだ。
「冷たくて美味しい! 昴も飲みなよ!」
満面の笑顔でドリンクボトルを差し出す翠の姿は、まるで真夏に清涼飲料水のCMに出演している女優のようだった。無言でそれを受け取り、一口飲んでみる。
「確かに美味いな」
そう言えば子供の頃、遊具で遊び倒した後に愉と二人でこの水を飲んだ気がする。冷蔵庫から取り出したばかりのような冷たさは遊び疲れて汗ばんだ身体にとても気持ちが良かった。俺と翠が水を汲み、飲んでいる間も愉はすぐ傍らで微笑みを浮かべながらこちらをずっと見つめていた。
もしや、俺に何か用事があるのか……? 愉の様子に何かを感じた俺は一旦翠の方へ顔を向けた。やはり何かを察したのか翠は俺の視線を受け止めると優しく微笑みながらうんうん、と大きく頷いた。
「愉、ちょっとあの遊具の所へ行ってみないか?」
「ああ、そうだね。ブランコの会、復活だね。まあ、さすがにもう遊べるような年じゃないけど」
そう言って愉は悪戯っぽく笑い、俺と翠も釣られて笑った。遊具では沢山の子供達が遊んでいた。皆、満面の笑顔で走り回っている。その光景に、隣にいた愉が、懐かしいな、と呟いた。俺は返事の代わりに頷いた。俺と愉もかつてはあの中にいたのだ。
遊具の周りには所々にベンチがあり、沢山の親がそれぞれの子供を見守っている。俺達はそのひとつに腰を下ろした。目の前にはあのブランコがある。ふたつぶら下がったブランコに小さな男の子が二人、楽しそうに漕いでいる。かつての自分達を見ているような不思議な気持ちになった。その光景を懐かしそうな眼差しでしばらくの間見つめていた愉が、おもむろに口を開いた。
「……あの頃、僕がここにいると、何故かいつも君が来た。その事を僕はずっと不思議に思っていた。君はそう思ったことあった?」
「……ああ、俺も全く同じだ。何でいつもお前と会うんだろうと思っていた」
俺達はお互いに同じ気持ちだったのだ。しかしまだ子供だった為、特に深くは考えずに過ごしていた。ここに来ればこいつがいる。不思議だと思いながらもいつしかそれが当たり前のようになっていた。
「実はね、それにはきちんと理由があったんだ。君、知ってた?」
「……いや、何も知らない」
愉の言葉に俺は自身の心がざわつくのが分かった。こいつとの久々の再会を経て、何かが徐々に核心に迫っているような感覚だった。
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