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戻れるなら何歳の時に戻りたいか?という話。

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「あの頃に戻りたい」

誰かと昔話をしている時によく出る言葉である。この言葉を口にするのが中年や年配者が多いのは年を重ね、色々な経験をして来たからこそなのだろう。

私が通っている障害者就労継続支援施設、通称「作業所」で働いている職員の大半は40代後半から上の世代だ。皆とても優しくて気さくな人ばかりで職員も利用者も関係なく頻繁に色々な話で盛り上がる。職員の話を聞いていると本当に色々な経験をして来ているなぁと感じる。もちろん良い事もあれば悪い事も。そして最後は口を揃えて

「あ~あ、若い時に戻れたらなぁ」

などと溢すのだ。この発言はもちろん「障害者施設で働くのが嫌で仕方ないから気楽に生きてた若い頃に戻りたい」などというような利用者に対する嫌がらせ発言ではない。単純に雑談する中で自然と出てきた言葉だ。それだけ職員と利用者の仲が良い施設なのである。

私はその時ちょうどその雑談の輪の中にいて、ニコニコしながらひたすら黙って相槌を打っていたのだが、突然話を振られた。「星名さんは何歳の時に戻りたい?」と。皆の話を聞きながら、自分なら……?と、ぼんやりと考えていた私はこう答えた。

「私、戻りたいと思ったことがないんですよ。辛いことばかりだったので……」

予め用意していた言葉ではない。咄嗟に出てきた言葉だった。私の答えに皆は「そうなんだ……」と一斉に悲しそうな顔をした。その表情を見て申し訳なくなり「空気を読めば良かったかなぁ」などと少し後悔をしてしまったのだが「何歳の時に戻りたいか?」という問いに対して「○歳の時」というはっきりした答えが全く思い浮かばなかったし、嘘をつけない性格なのだから仕方がない。

「過去に戻れるなら」ということを普段意識したことはなかったが「今の自分を見たら、あの時の自分はどう思うか?」というように、似たようなことは思っていたので、私はもしかしたら普段から無意識のうちに自分の過去に対してそういう拒否感に似た思いを抱いていたのかもしれない。

私の答えに対して「何があったの?」と踏み込んで来る人は誰もいなかった。それはきっとこの場で尋ねることではないと思ったのもあると思うが、障害者である私の「過去に対する拒否感」を何となく察してくれたのかもしれない。私はその後にすかさずこう言った。

「今が一番楽しいからなんですよ」

この言葉に嘘偽りはない。旦那は低収入。私は自分にできる仕事が限られていて今は工賃の安い作業所に通うしかない。生活は厳しくて「安定した生活」とはとても言えないが、発達障害者であることが明確になった今の方がうんと気持ちが楽なのだ。何よりこれから先の自分の生き方がはっきりと分かるようになったことが大きいと思う。

確かに「過去に対する拒否感」はある。思い出すのも嫌になる出来事だってある。何もできない自分が嫌で嫌で、でもそれは自分の所為ではないなんて全く気づかずにずっと苦しんで来た。しかし、今その全ては無駄な経験ではなかったと心から思える。

「あの頃に戻りたい」

この言葉にはふたつの意味が隠れている。

ひとつは「あの頃に戻ってもう一度人生をやり直したい」

もうひとつは「楽しかったあの頃に戻りたい」

似ているようだが意味は全く違う。私は人生をやり直したいとは全く思わない。でも、後者のような気持ちがない訳でない。それは楽しかった、思い出に残った出来事をもう一度経験したいということ。例えば参戦したライブだったり友達や家族、彼氏(今の旦那)と遊んだことだったり「その出来事が起こった瞬間のこと」だ。

「あの頃に戻りたい」とはちょっと違うかもしれないが「何歳の時が一番思い出に残っているか」と聞かれたらはっきり答えることができる。それは「小学生の頃」だ。

以前、エッセイを書いたことがあるが、私は北海道出身でペンションを営む両親、そして妹と共にスキー場と大自然に囲まれた特殊な少女時代を過ごした。詳しくは省くが(興味がある方はエッセイをお読みください)今となっては決して当たり前ではない貴重な経験を沢山することができた。もちろん良い思い出ばかりではないが、あの少女時代が今の私の原点であり、私の全てが形成された時代なのである。

もしもあの時代に、両親がペンションを営んでいなかったら。家族だけで、ごく普通の暮らしをしていたら。違う街で、大都会で、大きな学校に通っていたら……

きっと私の人生は全く違うものになっていただろう。果たしてどんな人生を歩んでいたのか興味はあるが、それは大して面白みのない人生だったに違いない。

もしも仮に、発達障害になった原因があの少女時代にあったとしても私はちっとも後悔などしないし、両親を恨んだりもしない。むしろ貴重な経験をさせてくれたことに心から感謝している。それだけ私にとって北海道で過ごしたあの少女時代はかけ替えのない大切な思い出であり、原点なのである。

作業所から帰った後、旦那にも「何歳に戻りたいか?」と聞かれたこと「戻りたいとは思わない」と答えたこと、その理由などを詳しく語った。すると旦那はこう言った。

「俺もあの頃に戻りたいと思う時はあるよ。俺は戻るとしたら小学生の頃かな。あの時代に自分が形成されるからね。色々なことに挑戦して人生やり直したいと思う時がある。でもさ、過去を振り返っても仕方ないじゃんって思うんだよ。もう終わったことなんだし。それよりもこれからが大事だよね」

旦那も同じ気持ちだったのだ。旦那については沢山エッセイを書いているので、読んでくださっている方はご存知だと思うが、破天荒な父親の元で育った為にかなり特殊な人生を歩んできた。父親は今の言葉でいうと「毒親」になるのかもしれない。しかし、そんな少年時代を過ごしたからこそ今の旦那がいる。

旦那はそんな自身の父親のことをもちろんよく思ってはいないし、きっと恨んだことも沢山あったはずである。しかし、良くも悪くも様々な経験を積み、乗り越え50歳を迎えた今は全ての感情を超越して「人生を達観」している。だからちょっとやそっとのことでは驚かないし動じない。私が「今が一番楽しいんです」と言えるのは、そんな頼もしい旦那がそばにいてくれるからなのだと思う。

家族の理解が得られず悩む障害者が多いなか、自分は恵まれているということ、そしていつも支えてくれる旦那や家族に改めて心から感謝したい。そして、これからも過去を振り返ることなく今と未来を大事に生きていきたいと思う。
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