死生観から考察するラルクアンシエルの音楽

星名雪子

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いばらの涙

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先に紹介した「花葬」と同じアルバム「ray」に収録されており、詞、曲共にhydeが手掛けた作品。アルバム曲でありながらファンの間で非常に人気が高い隠れた名曲である。

kenのギターによる繊細せんさいなアルペジオから始まり、サビで一気に爆発するこの曲は特に後半の盛り上がりが凄まじく、ラストの大サビは圧巻。非常に勢いのあるロックナンバーだ。

私は長らくこの曲は「forbidden lover」と同じような「戦争によって引き裂かれた恋人達の歌」だと思っていた。だが、今回記事を書くにあたり、公式の解説を読んだところ予想以上に奥深い曲だという事が分かった。

実はこの曲の主人公は「厚き信仰心を持った殉教者じゅんきょうしゃ」つまり「どんな苦難に遭おうとも神を強く信じ切る者の歌」なのである。以下がhydeによるコメントだ。

「1つの神を信じるっていう、すごく盲目な感じはあんまり好きじゃなくて(中略)他のことを知らずに、最初に見た宗教がすべて。で、それが真理。

それで(個人が)死んじゃうことだって出来るってすごく不思議。バカげたことだとずっと思ってたんですけど、でもなんか…バカげたことだと思いつつもそれを信じて死ねるっていうのもある意味美しいのかなって思いながら…だからちょっと今までの価値観と違う視点で書いたんです」

「(神や宗教を)信じている人はいるじゃないですか?合ってようが間違ってようが、純粋な気持ちだと思うんですよ。そういう意味では美しい」

また、hydeは2012年に発表した自叙伝じじょでんの中で「宗教対立が戦争の引き金に成り得る」とも語っている。

このコメントを読んでから私はファンによる様々な解釈を読み漁った。多くはジャンヌダルクやその従者を挙げていた。ジャンヌは火刑で命を落とした事で知られているが、ラストの歌詞「声を張り上げて縛られた炎の中」から連想したのだろう。また、hydeが自叙伝で語っている通り、ヨーロッパの歴史に残る宗教対立から発展した戦争や「いばら」から連想してキリスト教の弾圧の歴史と解釈しているものも多かった。

一通り解釈を読み終えた後、この曲を繰り返し聞いてみた。すると、あるイメージが浮かんだ。それは日本史における隠れキリシタンだった。彼らも豊臣秀吉や江戸幕府から激しい弾圧を受け、多くの者が命を落とした。彼らの事は日本史で習ったが、記憶が曖昧なのでもう一度しっかり調べてみる事にした。

ここから少し話が脱線するが、歌詞を深く読み解く上でとても重要な事なので簡潔に詳細を説明させてもらいたい。

様々な資料を読み進めていった私はあまりにも残酷過ぎる事実に絶句ぜっくした。彼らは想像を絶する激しい拷問ごうもんを受けていたからだ。最初の内は斬首など一瞬で絶命ぜつめいする方法で処刑が実行されていた。

が、それでは棄教ききょう(信仰を捨てること)した事にならず、彼らは美しく散った英雄としてたたえられてしまう。また、棄教ききょうさせる事ができなかった事で負けを認めた事にもなり屈辱くつじょく的だとの声が弾圧する側から上がり、最も残虐ざんぎゃくな方法で長く苦痛を与える事が決まった。彼らを美しく散った英雄にさせない為、またその強い信仰心を捨てさせる為に。

汚物を入れた穴の中に逆さ吊りにしたり、全裸に熱湯を浴びせたり、波打ち際に縛りつけて潮の満ち引きによってゆっくりと衰弱させたり、6畳しかない部屋に200人を押し込んで圧死させたりと、ありとあらゆる残虐な方法で彼らはジワジワと長い時間をかけて痛めつけられ、次々に命を落としていった。その中には歌詞に登場する火刑もあった。処刑に時間をかけたのは痛みに堪え兼ねて彼らが「信仰を捨てる」事を狙ったからだ。

もちろん中には激しい痛みと死の恐怖に怯えて信仰を捨ててしまった者もいるだろう。しかし、最期まで神を信じ切って命を落としていった者が大勢いるのだ。信教の自由が認められている現在の日本では全く想像も出来ない非常に凄惨せいさんな事件である。

激しくショックを受けながらも、私は改めて「いばらの涙」を再生した。そこにいたのは、いかなる弾圧にも屈しない厚き信仰者の姿だった。

「天よ、今拷問ごうもんを受けている全ての人々が信仰心を捨てるまでこんな酷い事を続けるというのか?!」と主人公は天に向かって激しく怒り叫ぶ。

受難じゅなんによって例えこの血が枯れ果てたとしても、私は決してこの厚き信仰心を捨てはしない!」

支配者=弾圧している者達に揺るぎない決意を叫ぶ主人公。「いばら」とはキリストがはりつけにされた時に被せられたかんむりの事であり、キリスト教で「いばら」は「受難じゅなん」の象徴だという。タイトルの「いばらの涙」は「苦難を受ける者の涙」という意味になるだろう。

ここをサビにした事にこの曲に対してのhydeの強い想いを感じる。

「お前達は私の最期の祈りすら奪うというのか!」

刑に処せられる前に神に最期の祈りを捧げようとした主人公は支配者にその祈りを妨げられてしまい、怒りと悲しみのあまり深く嘆く。

サビを挟んでkenによるギターソロが入る。怒り、悲しみ、嘆き、そして揺るぎないあなたへの想い。そうした様々な感情をギターの音色に乗せて爆発させているかのようだ。そして、ラストの大サビ。主人公は遂に火刑に処せられる。 

「(神或いは仏か)への信仰心がありながら他人を傷つけるというその行為、お前達の信仰心は歪んでいる!そんなみにくい心で私のこの厚き信仰心を殺す事は絶対に出来ない!」

ここは支配者に対する怒りの叫びである。歌詞の「歪んだ愛」とは支配者達の信仰心のこと。当然ながら主人公が信仰している宗教とは全く別のものである。

「愛」の部分が3回も繰り返されるのだが、支配者達の信仰心がどれだけ凶悪で歪んでいるかが表現されている。

最後は神に対しての深い祈りで締めくくられている。

「燃え尽きて灰になったとしても、私のこの厚き信仰心は汚れていないとあなたが判断したその時は、どうかあなたの元へ私を連れて行ってください……そして、そっと抱きしめてください……」

何と切ない祈りの言葉だろうか。特に最後の「そして、そっと抱きしめてください」はまるで「慈愛じあい」を求めているかのようで思わず聖母マリアが脳裏のうりに浮かんだ程だった。きっと主人公の中には「よく頑張りましたね。あなたの熱い思いはきちんと伝わりましたよ」と褒めてもらいたい、という気持ちもあるのではないだろうか。

またこの大サビは、あらゆる感情を爆発させたようなhydeの歌声とtetsuyaによる強く美しくも切ないコーラスがとても魅力的で二人のボーカルがこのドラマチックな歌詞をより引き立てている。ある意味、二人の歌声による演出ともいえるかもしれない。

燃え盛る炎の中、最期まで神を信じ、そのはかなくもとおとい命を落としていった主人公。

改めて聞き終えてみると、hydeの「神の為に命を落とすなんてバカげてるけど、信じ切って死ねるというのはある意味、美しい事なのかもしれない」というコメントがとても納得できるような仕上がりになっている事に気がつく。自身のコメントに説得力を持たせるぐらいのクォリティに仕上げられる彼らはやはりプロであり、類稀たぐいまれな才能を持った人達なんだなと思う。

私はキリシタンではないが、もしも主人公と同じような状況におちいってしまったとしたら一体どうするだろうか。主人公のように火にあぶられても支配者に対して「お前達は歪んでる!私の心は絶対に壊されない!」などと叫ぶ事が果たしてできるのだろうか……。

そう考えると、この曲のモデルとなった数多あまた殉教者じゅんきょうしゃ達は非常に強い心の持ち主であり、強く厚い信仰心を持った人達だったのだろうと思う。

今回この曲を通して私は、かつて尊い命を落としていった沢山の名も知らぬ聖者達の心に触れる事が出来たような気がする。また、この曲がいかに人間の心の奥深さを表現しているかを理解する事が出来て、感慨かんがい深い思いでいっぱいである。
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