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番外編
初めてのホワイトデー Side 翠葉 01話
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身体のだるさに目を覚ます。
なんてひどい朝……。
室内の、ひんやりとした空気が熱を持った頬に気持ちがいい。
熱は何度まで上がったのだろう……。
うつらうつら考えていると、ドアをノックする音が聞こえた。
「はい」
鼻声で答えると、入ってきたのはお母さんでも唯兄でもなく湊先生だった。
「熱、引かなかったわね」
湊先生はベッド脇に来ると、すぐさま診察を始める。
「リンパ腺も腫れてるし熱も高い。今日は休みなさい」
「はい……」
どうやら出勤前に来てくれたみたい。
「点滴入れていくから、あとで栞に抜いてもらって。夕方にまた診に来るけど、今日一日はおとなしくしておくこと」
点滴を刺し終わると、湊先生は部屋から出ていった。
しばらくして唯兄がお雑炊を持って入ってくる。
「リィってさ、イベントごとに弱い系?」
「……え?」
「つまりさ、遠足とか運動会とか、行事のときに熱出す人のこと」
「わー……すごくやな感じ」
でも、強ち外れてないから困る。
幼稚園、小学校、中学校と、いずれもイベント前日から熱を出すことが異様に多かった。ゆえに、幼稚園や学校での写真に写ることがほとんどなかったくらい。
高校は――運が良かったのかな?
入学してすぐにあったキャンプは不参加だったからカウントする必要はない。紅葉祭は低空飛行な体調を保ちつつ、なんとか参加することができた。それに球技大会も陸上競技大会も学校を休むことはなかった。
でも、今日って何かイベントあったっけ……?
「あ、もしかして今日が何日かわかってない?」
「今日……?」
昨日が十三日だったのだから、今日は十四日のはず……。
「ううん、わかるよ。十四日でしょう?」
「そう、ホワイトデー」
「あ……」
「……そっちか。日にちは覚えているけどホワイトデーを忘れてた口ね」
唯兄が苦い笑いを浮かべた。
「俺は夜なべしてマフラーを作ったというのに……」
わざとらしくさめざめと泣いて見せる。
「……唯兄がマフラー編んでくれたの?」
嘘泣きはすぐにやめ、「そうっ!」と部屋を飛び出ていった。すぐに戻ってきて、
「できたてホヤホヤ!」
ラズベリーピンクのマフラーを渡される。
「どう? かわいいでしょ? リィに似合いそうでしょう?」
「わぁ、嬉しい!」
「じゃ、それを巻いてどこかに遊びに行けるように早く熱下げようね」
今度は程よく冷めたお雑炊を目の前に差し出された。
「本当はホワイトチョコでお菓子を作ろうと思ってたんだけど、今のリィだとプリンかなぁ? でも、お雑炊はなんとか食べられそうな感じだね? どっちがいい?」
「プリン」
「じゃ、とろけるプリンを作るっ!」
「楽しみにしてるね」
「あんちゃんからは?」
「蒼兄?」
「うん」
「蒼兄は毎年アンダンテの苺タルトを買ってきてくれるの」
「ふーん。ま、リィの大好物だもんね?」
「うん」
「とりあえず、なんでもいいから食べて薬飲んで、とっとと熱下げな」
「うん」
お茶碗に半膳くらいのお雑炊を食べ、私は薬を飲んでぐっすりと眠りについた。
お昼も朝と同じお雑炊を食べて、薬を飲んで寝る。何を考えるでもなく、ご飯を食べたらお薬を飲んで寝るを繰り返していた。
それが良かったのか、夕方になると三十七度三分まで熱が下がり、身体を起こせるようになっていた。とはいえ、まだ微熱の域。お風呂に入るのは許されず、顔や身体は蒸しタオルで拭いてサッパリした。
夕飯まで勉強しようとラグに座り教科書を広げる。と、ドアポーチが開く音がして、インターホンが鳴った。
「蒼兄……?」
でも、帰ってくるにはまだ早い気がする。
時計を見ればまだ五時半。それに、蒼兄ならインターホンを鳴らす必要はない。
誰だろう……。
不思議に思いつつ自室のドアをじっと見ていると、ノックの末に顔を出したのは唯兄だった。
「司っちが来たよっ!」
「え?」
「だから、司っちだってば」
「……どうして?」
「どうしてって……。だからさぁっ、今日ホワイトデーだって話したじゃんっ」
「え……あ、うん?」
どこか要領を掴めずに開けられた自室のドアを眺めていた。
「いらっしゃいいらっしゃい!」
どうしたことか、唯兄はウキウキした様子でツカサを部屋に招き入れる。
「お茶持ってきてあげるからごゆっくり!」
唯兄はにんまりと笑ってドアを閉じた。
「何、あの無駄なテンション」
ツカサが訝しがる。けれども、理由をわかりかねる私に答えられるわけがなく、「さぁ?」と首を傾げるに留めた。
「それ、今日休んだ範囲?」
テーブルに出した教科書を見られてコクリと頷く。と、
「これ、簾条から預かってきた」
ツカサがかばんから取り出したのは、クリアファイルにまとめられたルーズリーフ。
教科ごとに違う人が書いてくれたノートを見せられた。
「わからないところあれば教えるけど?」
「嬉しいっ!」
勉強の態勢に入ってすぐ、唯兄がプリンとお茶を持って入ってきた。
「え……ふたりして何してんの?」
「「勉強」」
唯兄はカックリと肩を落として部屋を出て行った。
「だからアレ、なんなの?」
「……なんだろう?」
私たちはプリンをいただいてから再度教科書に向き直った。
一時間ほど勉強を教えてもらうとご飯に呼ばれる。
「司っちも食べていくでしょっ?」
唯兄は不機嫌の塊になって現れた。
そんな唯兄を煩わしそうに見つつも、ツカサは食べていく旨を伝える。
「真白さん、ひとりにならない? 大丈夫?」
「今日は父さんと出かけてるから」
「あ、それならちょうど良かったね」
リビングで蒼兄以外の人が揃ってご飯を食べた。人がひとり増えるだけでも賑やかな感じがするのはどうしてだろう。
ツカサは海斗くんみたいにムードメーカーになるわけでも、言葉数が多いわけでもないのに。
ツカサが帰ったあと、勉強を終えた教科書に挟まる何かを見つけた。
キラリと光ったそれは――栞……?
一緒に挟まっていたメモにはただ一言だけが記されていた。
――「バレンタインのお返し」。
……どうしよう。嬉しいかもしれない。
レモンイエローと淡い緑。いずれも透明度の高いガラス玉が使われた装飾は、好みどストライクの色合いだ。
はっきりとした色ではないけれど、ビタミンカラーで元気がもらえそうな色味。
どうしてその場で渡してくれなかったのかな……?
少し考えて、先月の自分を思い出す。
「……私も面と向かっては渡せなかったっけ……」
ツカサも同じだったのかな。
そう思うと親近感が湧いて、ふふ、と笑みが漏れた。
あとで電話しよう。ツカサが家に着いたころに、ただ「ありがとう」を伝えるだけの電話。
それでツカサが黙り込んだら、「黙られたら困るんだけど」と言ってみよう。
とても幸せな気持ちでその時間を待ち望んだ。
このときの私は、レモンイエローの球体がシトリンであることも、緑の球体がペリドットであることも知らず、透明な球体は単なるガラス玉だと思っていた。
それがガラスではなく石であることを知るのはしばらくあとのこと。
栞さんが教えてくれるまで、石言葉なんて知りもしなかった。
水晶は純粋、シトリンは初恋の味、ペリドットは運命の絆――
なんてひどい朝……。
室内の、ひんやりとした空気が熱を持った頬に気持ちがいい。
熱は何度まで上がったのだろう……。
うつらうつら考えていると、ドアをノックする音が聞こえた。
「はい」
鼻声で答えると、入ってきたのはお母さんでも唯兄でもなく湊先生だった。
「熱、引かなかったわね」
湊先生はベッド脇に来ると、すぐさま診察を始める。
「リンパ腺も腫れてるし熱も高い。今日は休みなさい」
「はい……」
どうやら出勤前に来てくれたみたい。
「点滴入れていくから、あとで栞に抜いてもらって。夕方にまた診に来るけど、今日一日はおとなしくしておくこと」
点滴を刺し終わると、湊先生は部屋から出ていった。
しばらくして唯兄がお雑炊を持って入ってくる。
「リィってさ、イベントごとに弱い系?」
「……え?」
「つまりさ、遠足とか運動会とか、行事のときに熱出す人のこと」
「わー……すごくやな感じ」
でも、強ち外れてないから困る。
幼稚園、小学校、中学校と、いずれもイベント前日から熱を出すことが異様に多かった。ゆえに、幼稚園や学校での写真に写ることがほとんどなかったくらい。
高校は――運が良かったのかな?
入学してすぐにあったキャンプは不参加だったからカウントする必要はない。紅葉祭は低空飛行な体調を保ちつつ、なんとか参加することができた。それに球技大会も陸上競技大会も学校を休むことはなかった。
でも、今日って何かイベントあったっけ……?
「あ、もしかして今日が何日かわかってない?」
「今日……?」
昨日が十三日だったのだから、今日は十四日のはず……。
「ううん、わかるよ。十四日でしょう?」
「そう、ホワイトデー」
「あ……」
「……そっちか。日にちは覚えているけどホワイトデーを忘れてた口ね」
唯兄が苦い笑いを浮かべた。
「俺は夜なべしてマフラーを作ったというのに……」
わざとらしくさめざめと泣いて見せる。
「……唯兄がマフラー編んでくれたの?」
嘘泣きはすぐにやめ、「そうっ!」と部屋を飛び出ていった。すぐに戻ってきて、
「できたてホヤホヤ!」
ラズベリーピンクのマフラーを渡される。
「どう? かわいいでしょ? リィに似合いそうでしょう?」
「わぁ、嬉しい!」
「じゃ、それを巻いてどこかに遊びに行けるように早く熱下げようね」
今度は程よく冷めたお雑炊を目の前に差し出された。
「本当はホワイトチョコでお菓子を作ろうと思ってたんだけど、今のリィだとプリンかなぁ? でも、お雑炊はなんとか食べられそうな感じだね? どっちがいい?」
「プリン」
「じゃ、とろけるプリンを作るっ!」
「楽しみにしてるね」
「あんちゃんからは?」
「蒼兄?」
「うん」
「蒼兄は毎年アンダンテの苺タルトを買ってきてくれるの」
「ふーん。ま、リィの大好物だもんね?」
「うん」
「とりあえず、なんでもいいから食べて薬飲んで、とっとと熱下げな」
「うん」
お茶碗に半膳くらいのお雑炊を食べ、私は薬を飲んでぐっすりと眠りについた。
お昼も朝と同じお雑炊を食べて、薬を飲んで寝る。何を考えるでもなく、ご飯を食べたらお薬を飲んで寝るを繰り返していた。
それが良かったのか、夕方になると三十七度三分まで熱が下がり、身体を起こせるようになっていた。とはいえ、まだ微熱の域。お風呂に入るのは許されず、顔や身体は蒸しタオルで拭いてサッパリした。
夕飯まで勉強しようとラグに座り教科書を広げる。と、ドアポーチが開く音がして、インターホンが鳴った。
「蒼兄……?」
でも、帰ってくるにはまだ早い気がする。
時計を見ればまだ五時半。それに、蒼兄ならインターホンを鳴らす必要はない。
誰だろう……。
不思議に思いつつ自室のドアをじっと見ていると、ノックの末に顔を出したのは唯兄だった。
「司っちが来たよっ!」
「え?」
「だから、司っちだってば」
「……どうして?」
「どうしてって……。だからさぁっ、今日ホワイトデーだって話したじゃんっ」
「え……あ、うん?」
どこか要領を掴めずに開けられた自室のドアを眺めていた。
「いらっしゃいいらっしゃい!」
どうしたことか、唯兄はウキウキした様子でツカサを部屋に招き入れる。
「お茶持ってきてあげるからごゆっくり!」
唯兄はにんまりと笑ってドアを閉じた。
「何、あの無駄なテンション」
ツカサが訝しがる。けれども、理由をわかりかねる私に答えられるわけがなく、「さぁ?」と首を傾げるに留めた。
「それ、今日休んだ範囲?」
テーブルに出した教科書を見られてコクリと頷く。と、
「これ、簾条から預かってきた」
ツカサがかばんから取り出したのは、クリアファイルにまとめられたルーズリーフ。
教科ごとに違う人が書いてくれたノートを見せられた。
「わからないところあれば教えるけど?」
「嬉しいっ!」
勉強の態勢に入ってすぐ、唯兄がプリンとお茶を持って入ってきた。
「え……ふたりして何してんの?」
「「勉強」」
唯兄はカックリと肩を落として部屋を出て行った。
「だからアレ、なんなの?」
「……なんだろう?」
私たちはプリンをいただいてから再度教科書に向き直った。
一時間ほど勉強を教えてもらうとご飯に呼ばれる。
「司っちも食べていくでしょっ?」
唯兄は不機嫌の塊になって現れた。
そんな唯兄を煩わしそうに見つつも、ツカサは食べていく旨を伝える。
「真白さん、ひとりにならない? 大丈夫?」
「今日は父さんと出かけてるから」
「あ、それならちょうど良かったね」
リビングで蒼兄以外の人が揃ってご飯を食べた。人がひとり増えるだけでも賑やかな感じがするのはどうしてだろう。
ツカサは海斗くんみたいにムードメーカーになるわけでも、言葉数が多いわけでもないのに。
ツカサが帰ったあと、勉強を終えた教科書に挟まる何かを見つけた。
キラリと光ったそれは――栞……?
一緒に挟まっていたメモにはただ一言だけが記されていた。
――「バレンタインのお返し」。
……どうしよう。嬉しいかもしれない。
レモンイエローと淡い緑。いずれも透明度の高いガラス玉が使われた装飾は、好みどストライクの色合いだ。
はっきりとした色ではないけれど、ビタミンカラーで元気がもらえそうな色味。
どうしてその場で渡してくれなかったのかな……?
少し考えて、先月の自分を思い出す。
「……私も面と向かっては渡せなかったっけ……」
ツカサも同じだったのかな。
そう思うと親近感が湧いて、ふふ、と笑みが漏れた。
あとで電話しよう。ツカサが家に着いたころに、ただ「ありがとう」を伝えるだけの電話。
それでツカサが黙り込んだら、「黙られたら困るんだけど」と言ってみよう。
とても幸せな気持ちでその時間を待ち望んだ。
このときの私は、レモンイエローの球体がシトリンであることも、緑の球体がペリドットであることも知らず、透明な球体は単なるガラス玉だと思っていた。
それがガラスではなく石であることを知るのはしばらくあとのこと。
栞さんが教えてくれるまで、石言葉なんて知りもしなかった。
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