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番外編
初めてのバレンタイン Side 翠葉 07話
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帰りのホームルームが終わると、湊先生にプレゼントを渡すために保健室へ向かった。
保健室のドアをノックすると、「はい」と先生の声が聞こえ、
「失礼します」
入ってすぐ、険呑な視線を向けられる。
「あんた、今日の昼休み診察さぼったわね?」
言われて思い出す。今日が月曜日で診察の日だったことを。
「先生、ごめんなさい……忘れてました。これ、プレゼントするので許してください」
おずおずと包みを差し出すと、
「あら、フロランタンじゃない。私、コーヒーのお茶請けに食べるの好きなのよね」
と、目元と口元が緩む。
フロランタンに反応するのがツカサと同じ……。
「ま、今日はバレンタインだしね。いいわ、許してあげる」
そのあと二十分ほど診察を受け、術後の経過も問題なしと言われていつもどおりのお薬を処方された。
「その手提げ袋……まだたくさん入ってそうね?」
「はい。このあとは真白さんのところへうかがって、真白さんと涼さんの分を渡してきます。それから病院へ行って、相馬先生と藤原さんと小枝子さんと久住先生と楓先生に渡して、唯兄にホテルまで連れて行ってもらって、静さんと澤村さんと園田さんと須藤さんに渡して、帰って来たら栞さんと昇さんにプレゼントして、最後に家族に――」
指折り数えていると、湊先生が呆れた顔で私を見ていた。
「あんた、バレンタインと何かを間違えて認識してたりしないわよね?」
「クラスメイトに教えてもらったので大丈夫だと思います」
「でも、まるでクリスマスのサンタ並みだけど?」
「……それはそれで楽しいかも?」
「あぁそう……。で、司には渡したの?」
「はい、お昼休みに」
「……もしかして、コレと同じもの?」
「はい。でも、海斗くんに……というか、クラス中にそれじゃだめって言われたんですけど、あいにく同じものしか用意していなくて……」
決まり悪く言葉を濁すと、湊先生はくつくつと笑い出した。
「いいわいいわ、あんたっ。相変わらず突っ込みどころ満載だけど、司をからかうのにはもってこいっ!」
「……これ、からかう材料になるんですか?」
「なるわね。十分よ!」
先生は背を丸めて笑う始末。
「あー、ほらほら、このあとも忙しいんでしょ? もういいわよ」
半ば追い払われるようにして保健室をあとにした。
昇降口を出ると、黒い車の前に黒いスーツを着た人が立っていた。
「翠葉お嬢様、お迎えに上がりました」
そう言って、後部座席のドアを開けられる。
さすがにこの対応は気後れしてしまう。周りの人の視線を集めているからなおさらに。
「翠葉お嬢様」という言葉には慣れてきたものの、令嬢扱いされるのはどうにも慣れそうにない。
開けられた車の後部座席に乗り込むと、外からそっとドアを閉められた。
ひとりは運転席に座っていて、今ドアを閉めてくれた人は助手席に収まる。
車は緩やかに発進し、学園内の環状道路から私道へと入るところで一度停まった。
外にはふたりの男の人が立っていて、後部座席の窓が自動的に開く。きっと運転席で操作されているのだろう。
「本日は、バレンタインのプレゼントをいただきありがとうございました」
ふたりはきっちりと腰を折る。そして、車に同乗していたふたりも狭いスペースで頭を下げた。
「わっ、そんな、頭上げてくださいっ。あの、いつものお礼なので……。あの、頭下げられると困ってしまうのでっ」
わたわたしていると、四人とも頭を上げてくれた。
「真白様がお待ちですので、私たちはこちらで失礼いたします」
すると、車がゆるりと走り出す。
「あの……朗元さんにもお会いしたいのですが、庵にいらっしゃるでしょうか?」
「申し訳ございません、ろうげん様とは……」
「あっ、会長さんです。ツカサたちのおじいさん」
警護の人たちはようやく人物特定ができたようで、
「それでは先に庵へ参りましょう」
庵の前で車が停まり、自分で降りようとする前に外からドアが開けられた。
「私たちはこちらでお待ちしております」
「ありがとうございます」
少しドキドキしながら庵の入り口をノックする。と、中からスーツ姿の男の人が出てきた。
「あの、ろ――会長はいらっしゃいますか?」
「はい、おられます」
その人は私に中へ入るように促すと、庵から出ていった。……というよりも、庵の外で待機、といった感じ。
「こんにちは」
庵の中には藤原さんと朗元さんがいた。
「おぉ、久しいの。体調はどうじゃ?」
「変わりありません。朗元さんは?」
「この季節は少々辛くての。清良が目を離してくれぬわ」
ふぉっふぉっふぉ、と笑いながら庵の隅でノートパソコンを開いている藤原さんを見やる。
「顔色がいい。体調良さそうね」
藤原さんに言われ、
「おかげさまで」
まさかここで藤原さんに会えるとは思っていなかったので、なんだか得した気分だ。
「今日はどうしたのじゃ?」
「今日はプレゼントを持ってきました。朗元さん、ハッピーバレンタインですっ!」
にこりと笑って朗元さんと藤原さんに包みを渡す。
「……私にも?」
びっくりした顔をしたのは藤原さん。
「はい。夏休みにお世話になったし、手術もしていただいたし……。心ばかりのお礼です」
「……ありがとう。あとでいただくわね」
「はい」
ひとつ心配だったのは朗元さんの歯。
「実は、クッキーが少し硬めなのですが……大丈夫でしょうか?」
朗元さんはくしゃりと表情を崩し、
「心配するでない。歯はすこぶる健康じゃ」
「良かったっ! 慌しくて申し訳ないのですが、今日はこれで失礼します」
「あら、もう行くの?」
「はい。このあと真白さんのところへ寄って、そのあとは病院。その次はホテルなので」
「……フルコースね」
「はい、フルコースです」
私はペコリとお辞儀をして庵を出た。
また同じ車に乗り、ツカサの家へ向かって車が走りだす。
「あの……もしかしたら少し時間がかかるかもしれません」
私が行くという連絡をしてあるのなら、真白さんがお茶の用意をしていないわけがない。そして、私はそれを断わることはできないだろう。
「かまいません。ごゆっくりなさってきてください」
私が車から降りるとふわりと風が吹き、家のドアが開いた。そこには真白さんが立っていて、
「いらっしゃい。お茶を用意して待っていたの」
家の中はチーズケーキの香りがしていた。
「さっき焼きあがったところなの。チーズスフレ、食べていってくれる?」
「嬉しいです!」
リビングに通され、真白さんはすぐにトレイを持ってやってきた。
「真白さん、ハッピーバレンタイン!」
私は手提げ袋から包みを取り出しテーブルに置いた。
「……私、に?」
「はい。あと、涼先生にもお渡ししていただけますか?」
「まぁ、嬉しい! 涼さんもきっと喜ぶわ」
そこにカツカツカツという音が聞こえてきて、少し眠そうな顔をしたハナちゃんがやってきた。
「あ、起きた?」
真白さんが訊くところからすると、どこかで寝ていたのだろう。
「ハナちゃん、久しぶり」
ハナちゃんは二本足で立ち上がり、抱っこを要求される。催促されるままに抱え上げるとペロリ、と口を舐められた。
「でも、ごめんね。ハナちゃんには何も持ってきてないの」
頭や身体を撫でてあげていると、
「翠葉ちゃん、これ、ハナ用のクッキーなの。あげてみる?」
「えっ!? わんちゃん用のクッキーがあるんですか?」
「あるのよ」
にこりと笑って、小さな卵ボーロを三粒渡された。
「ハナちゃん、おやつだって」
言いながら一粒ずつ小さな口に近づける。と、とても嬉しそうに咀嚼して食べた。
「かわいい~……」
思わず悶えたくなるくらいかわいい仕草を見せられる。すべて食べ終わると、ハナちゃんは真白さんのもとへ行き、真白さんの隣にちょこんと座った。
「さ、私たちもいただきましょう?」
「いただきますっ!」
できたてのスフレはあたたかくて、しっとりふんわりとしていた。レモンの風味が少し強めなのは、もしかしたら涼先生の好みなのかもしれない。
「涼先生はチーズスフレがお好きなんですか?」
「えぇ、甘いものは全然だめで……」
「……フロランタンとコーヒークランブルケーキを作ってきたのですが、大丈夫でしょうか……」
蒼兄の味覚をもとに、いずれも甘さは控え目に作っているけれど……。
「コーヒーと一緒にお出しすれば大丈夫だと思うわ」
「ツカサもコーヒーと一緒に食べるって……」
「まぁっ! 司が受け取ったのっ!?」
「はい、お昼休みに……」
「今日はお赤飯を炊こうかしら……」
真白さんのテンションが急上昇してびっくりした。頬が紅潮して見えるのは気のせいではないと思う。
「あと……あの……」
「どうしたの?」
真白さんは笑顔で首を傾げる。
「あの……マフラーを編んだのですが、学校では渡せなくて……」
それを言うだけで顔が熱くなる。顔どころか身体中が熱くなった。
「手編みのマフラーなんて……司ったら幸せ者ね」
「でも、まだ渡せていないし、使ってもらえるかもわからないし……」
「……翠葉ちゃんはどうしたい?」
「え?」
正面に座る真白さんは真っ直ぐな目で私を見ていた。
「自分で渡したい? それとも私が預かって渡す?」
「……正直、面と向かって渡す勇気がなくて。でも、人に頼むのも何か違う気がするし――」
「……それなら司の部屋に置いてきたらどうかしら?」
「ツカサのお部屋……?」
「えぇ、二階のね」
真白さんは天井を指し示す。
「いらっしゃい。案内するわ」
「あの、でも、勝手に入るのは……」
尻込みする私を真白さんはクスクスと笑う。
「誰に見られても困るような部屋じゃないの。すごく性格が表れている部屋よ? マンションの湊のところにある部屋とさして変わらないわ」
真白さんは私の手を引いて二階を案内してくれた。
そこは、ブルーとグレーと黒で統一された部屋だった。デスクの上にはパソコンがあり、難しそうな英字の本や参考書が何冊か並んでいる。そして、本棚には実用書や医学書、図鑑ばかりが収まっていた。ベッドメイキングもきれいにされており、本当にここで人が暮らしているのだろうか、と思うほど、理路整然と整理整頓されている。
「蒼兄のお部屋よりもきれい……」
「私、司が小学校に上がってから一度もこの部屋を掃除したことがないのよ」
「えっ!?」
「低学年のころは楓や湊が手伝ってあげることもあったけれど、それも二年生までね。そこからは全部自分で片付けるようになったわ」
すごい……。
「その手提げ袋、デスクの上に置いておいたら必ず見ると思うの」
私は四角さが強調されるデスクの上に、またしても四角い手提げ袋をちょこんと置いた。
「メッセージカード、書く?」
「あ、いえ……カードは中に入れてあるので」
「なら完璧ね」
保健室のドアをノックすると、「はい」と先生の声が聞こえ、
「失礼します」
入ってすぐ、険呑な視線を向けられる。
「あんた、今日の昼休み診察さぼったわね?」
言われて思い出す。今日が月曜日で診察の日だったことを。
「先生、ごめんなさい……忘れてました。これ、プレゼントするので許してください」
おずおずと包みを差し出すと、
「あら、フロランタンじゃない。私、コーヒーのお茶請けに食べるの好きなのよね」
と、目元と口元が緩む。
フロランタンに反応するのがツカサと同じ……。
「ま、今日はバレンタインだしね。いいわ、許してあげる」
そのあと二十分ほど診察を受け、術後の経過も問題なしと言われていつもどおりのお薬を処方された。
「その手提げ袋……まだたくさん入ってそうね?」
「はい。このあとは真白さんのところへうかがって、真白さんと涼さんの分を渡してきます。それから病院へ行って、相馬先生と藤原さんと小枝子さんと久住先生と楓先生に渡して、唯兄にホテルまで連れて行ってもらって、静さんと澤村さんと園田さんと須藤さんに渡して、帰って来たら栞さんと昇さんにプレゼントして、最後に家族に――」
指折り数えていると、湊先生が呆れた顔で私を見ていた。
「あんた、バレンタインと何かを間違えて認識してたりしないわよね?」
「クラスメイトに教えてもらったので大丈夫だと思います」
「でも、まるでクリスマスのサンタ並みだけど?」
「……それはそれで楽しいかも?」
「あぁそう……。で、司には渡したの?」
「はい、お昼休みに」
「……もしかして、コレと同じもの?」
「はい。でも、海斗くんに……というか、クラス中にそれじゃだめって言われたんですけど、あいにく同じものしか用意していなくて……」
決まり悪く言葉を濁すと、湊先生はくつくつと笑い出した。
「いいわいいわ、あんたっ。相変わらず突っ込みどころ満載だけど、司をからかうのにはもってこいっ!」
「……これ、からかう材料になるんですか?」
「なるわね。十分よ!」
先生は背を丸めて笑う始末。
「あー、ほらほら、このあとも忙しいんでしょ? もういいわよ」
半ば追い払われるようにして保健室をあとにした。
昇降口を出ると、黒い車の前に黒いスーツを着た人が立っていた。
「翠葉お嬢様、お迎えに上がりました」
そう言って、後部座席のドアを開けられる。
さすがにこの対応は気後れしてしまう。周りの人の視線を集めているからなおさらに。
「翠葉お嬢様」という言葉には慣れてきたものの、令嬢扱いされるのはどうにも慣れそうにない。
開けられた車の後部座席に乗り込むと、外からそっとドアを閉められた。
ひとりは運転席に座っていて、今ドアを閉めてくれた人は助手席に収まる。
車は緩やかに発進し、学園内の環状道路から私道へと入るところで一度停まった。
外にはふたりの男の人が立っていて、後部座席の窓が自動的に開く。きっと運転席で操作されているのだろう。
「本日は、バレンタインのプレゼントをいただきありがとうございました」
ふたりはきっちりと腰を折る。そして、車に同乗していたふたりも狭いスペースで頭を下げた。
「わっ、そんな、頭上げてくださいっ。あの、いつものお礼なので……。あの、頭下げられると困ってしまうのでっ」
わたわたしていると、四人とも頭を上げてくれた。
「真白様がお待ちですので、私たちはこちらで失礼いたします」
すると、車がゆるりと走り出す。
「あの……朗元さんにもお会いしたいのですが、庵にいらっしゃるでしょうか?」
「申し訳ございません、ろうげん様とは……」
「あっ、会長さんです。ツカサたちのおじいさん」
警護の人たちはようやく人物特定ができたようで、
「それでは先に庵へ参りましょう」
庵の前で車が停まり、自分で降りようとする前に外からドアが開けられた。
「私たちはこちらでお待ちしております」
「ありがとうございます」
少しドキドキしながら庵の入り口をノックする。と、中からスーツ姿の男の人が出てきた。
「あの、ろ――会長はいらっしゃいますか?」
「はい、おられます」
その人は私に中へ入るように促すと、庵から出ていった。……というよりも、庵の外で待機、といった感じ。
「こんにちは」
庵の中には藤原さんと朗元さんがいた。
「おぉ、久しいの。体調はどうじゃ?」
「変わりありません。朗元さんは?」
「この季節は少々辛くての。清良が目を離してくれぬわ」
ふぉっふぉっふぉ、と笑いながら庵の隅でノートパソコンを開いている藤原さんを見やる。
「顔色がいい。体調良さそうね」
藤原さんに言われ、
「おかげさまで」
まさかここで藤原さんに会えるとは思っていなかったので、なんだか得した気分だ。
「今日はどうしたのじゃ?」
「今日はプレゼントを持ってきました。朗元さん、ハッピーバレンタインですっ!」
にこりと笑って朗元さんと藤原さんに包みを渡す。
「……私にも?」
びっくりした顔をしたのは藤原さん。
「はい。夏休みにお世話になったし、手術もしていただいたし……。心ばかりのお礼です」
「……ありがとう。あとでいただくわね」
「はい」
ひとつ心配だったのは朗元さんの歯。
「実は、クッキーが少し硬めなのですが……大丈夫でしょうか?」
朗元さんはくしゃりと表情を崩し、
「心配するでない。歯はすこぶる健康じゃ」
「良かったっ! 慌しくて申し訳ないのですが、今日はこれで失礼します」
「あら、もう行くの?」
「はい。このあと真白さんのところへ寄って、そのあとは病院。その次はホテルなので」
「……フルコースね」
「はい、フルコースです」
私はペコリとお辞儀をして庵を出た。
また同じ車に乗り、ツカサの家へ向かって車が走りだす。
「あの……もしかしたら少し時間がかかるかもしれません」
私が行くという連絡をしてあるのなら、真白さんがお茶の用意をしていないわけがない。そして、私はそれを断わることはできないだろう。
「かまいません。ごゆっくりなさってきてください」
私が車から降りるとふわりと風が吹き、家のドアが開いた。そこには真白さんが立っていて、
「いらっしゃい。お茶を用意して待っていたの」
家の中はチーズケーキの香りがしていた。
「さっき焼きあがったところなの。チーズスフレ、食べていってくれる?」
「嬉しいです!」
リビングに通され、真白さんはすぐにトレイを持ってやってきた。
「真白さん、ハッピーバレンタイン!」
私は手提げ袋から包みを取り出しテーブルに置いた。
「……私、に?」
「はい。あと、涼先生にもお渡ししていただけますか?」
「まぁ、嬉しい! 涼さんもきっと喜ぶわ」
そこにカツカツカツという音が聞こえてきて、少し眠そうな顔をしたハナちゃんがやってきた。
「あ、起きた?」
真白さんが訊くところからすると、どこかで寝ていたのだろう。
「ハナちゃん、久しぶり」
ハナちゃんは二本足で立ち上がり、抱っこを要求される。催促されるままに抱え上げるとペロリ、と口を舐められた。
「でも、ごめんね。ハナちゃんには何も持ってきてないの」
頭や身体を撫でてあげていると、
「翠葉ちゃん、これ、ハナ用のクッキーなの。あげてみる?」
「えっ!? わんちゃん用のクッキーがあるんですか?」
「あるのよ」
にこりと笑って、小さな卵ボーロを三粒渡された。
「ハナちゃん、おやつだって」
言いながら一粒ずつ小さな口に近づける。と、とても嬉しそうに咀嚼して食べた。
「かわいい~……」
思わず悶えたくなるくらいかわいい仕草を見せられる。すべて食べ終わると、ハナちゃんは真白さんのもとへ行き、真白さんの隣にちょこんと座った。
「さ、私たちもいただきましょう?」
「いただきますっ!」
できたてのスフレはあたたかくて、しっとりふんわりとしていた。レモンの風味が少し強めなのは、もしかしたら涼先生の好みなのかもしれない。
「涼先生はチーズスフレがお好きなんですか?」
「えぇ、甘いものは全然だめで……」
「……フロランタンとコーヒークランブルケーキを作ってきたのですが、大丈夫でしょうか……」
蒼兄の味覚をもとに、いずれも甘さは控え目に作っているけれど……。
「コーヒーと一緒にお出しすれば大丈夫だと思うわ」
「ツカサもコーヒーと一緒に食べるって……」
「まぁっ! 司が受け取ったのっ!?」
「はい、お昼休みに……」
「今日はお赤飯を炊こうかしら……」
真白さんのテンションが急上昇してびっくりした。頬が紅潮して見えるのは気のせいではないと思う。
「あと……あの……」
「どうしたの?」
真白さんは笑顔で首を傾げる。
「あの……マフラーを編んだのですが、学校では渡せなくて……」
それを言うだけで顔が熱くなる。顔どころか身体中が熱くなった。
「手編みのマフラーなんて……司ったら幸せ者ね」
「でも、まだ渡せていないし、使ってもらえるかもわからないし……」
「……翠葉ちゃんはどうしたい?」
「え?」
正面に座る真白さんは真っ直ぐな目で私を見ていた。
「自分で渡したい? それとも私が預かって渡す?」
「……正直、面と向かって渡す勇気がなくて。でも、人に頼むのも何か違う気がするし――」
「……それなら司の部屋に置いてきたらどうかしら?」
「ツカサのお部屋……?」
「えぇ、二階のね」
真白さんは天井を指し示す。
「いらっしゃい。案内するわ」
「あの、でも、勝手に入るのは……」
尻込みする私を真白さんはクスクスと笑う。
「誰に見られても困るような部屋じゃないの。すごく性格が表れている部屋よ? マンションの湊のところにある部屋とさして変わらないわ」
真白さんは私の手を引いて二階を案内してくれた。
そこは、ブルーとグレーと黒で統一された部屋だった。デスクの上にはパソコンがあり、難しそうな英字の本や参考書が何冊か並んでいる。そして、本棚には実用書や医学書、図鑑ばかりが収まっていた。ベッドメイキングもきれいにされており、本当にここで人が暮らしているのだろうか、と思うほど、理路整然と整理整頓されている。
「蒼兄のお部屋よりもきれい……」
「私、司が小学校に上がってから一度もこの部屋を掃除したことがないのよ」
「えっ!?」
「低学年のころは楓や湊が手伝ってあげることもあったけれど、それも二年生までね。そこからは全部自分で片付けるようになったわ」
すごい……。
「その手提げ袋、デスクの上に置いておいたら必ず見ると思うの」
私は四角さが強調されるデスクの上に、またしても四角い手提げ袋をちょこんと置いた。
「メッセージカード、書く?」
「あ、いえ……カードは中に入れてあるので」
「なら完璧ね」
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