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Last Side View Story
72 Side 蒼樹 01話
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一月末日、予定通り翠葉は退院した。そして、その翌日から登校すると言ってきかない。
家での生活に慣れるまで二、三日休んだらどうかと話したけれど、翠葉は頑なに拒んだ。
結果、俺たちはハラハラしながら「無理はしないように」と押せるだけの念を押すことしかできず……。
「せめて車で送らせてほしい」というのが俺のお願いだったわけだけど、それすら却下されてしまった。
「本当に大丈夫なのか?」
マンションから出たところは下り坂だが、学園私道に入れば緩やかながらも上り坂に転じる。
「大丈夫だよ。時間も余裕を持って出てきているし」
そうは言うけれど、翠葉の吐き出す息はしだいに増えていく。
そう何度も言うものじゃない。わかっていつつも口をつく言葉は――
「大丈夫か?」
学園私道に入ってしばらくすると肩で息をし始めた。
これで大丈夫って言われたらかなり落ち込む。
「ちょっと、きつい、かな……」
その言葉に心底ほっとした。
「やっぱり、明日からはしばらく車で――」
「ううん。車で送り迎えしてもらうくらいなら、少し早めに出て、もう少しゆっくり歩く。楽してばかりじゃ、いつまでたっても体力取り戻せないでしょう?」
「……じゃ、かばんだけ持つよ」
「ありがとう」
ますますもってどうしようか……。
間違いなく、翠葉は巣立ちの時期を迎えている。なのに、巣立たれる俺側にその覚悟がない。心の準備ができていない。
校門を前に、
「坂道終わりっ」
少し弾んだ翠葉の声。
校門をくぐると、翠葉は一度止まってあたりを見渡した。声をかけようとすると、再度歩き始める。
桜並木の左側からは朝練をしている声が聞こえてくる。そちらを見ながら、
「蒼兄……学校って、楽しいのね?」
翠葉は桜の木を見上げた。
桜の幹からは湯気が出ていたけれど、翠葉が見ているのは枝の先。
「どうした?」
「……葉っぱも何もないけれど、これから新芽が出てきて、それが伸びて膨らんで、そうして花が開くんだなって……少し、想像しただけ」
「想像……?」
「うん……。私はそれを見ることができるんだな、って。写真の中の桜じゃなくて、この桜並木の桜を毎日見ることができるんだな、って……。来年も同じ桜を見ることができるのかもしれないと思うと感慨深くて……」
そんなふうに思う翠葉の心により添えたらいいのに、残念ながら、俺の中には寂しさが広がる。
「蒼兄、あのね……去年までは一週間先、一ヶ月先のことが不安で仕方なかったの。二年生になれるのかもわからなくて、卒業なんて考えることもできなかった。でも、今は違う。来月には梅香苑の梅が咲くことを想像するし、梅の香りが漂う苑をお散歩したいと思う。三月終わりには桜が咲くから、桜香苑の桜を写真に撮りたいと思う。四月になって新学期が始まったら、新しい友達ができるのかなって……。未来がとても楽しみになった。こんなこと、初めてなの」
こんな言葉を翠葉から聞ける日がくるとは思ってもみなかった。いや、本当は少し前から予感はしていて、でも、それがどのタイミングで来るかは考えないようにしていた。
これは悲しむところじゃない。喜ぶところ……。
様々な感情が入り混じり、気づけば涙が零れていた。
「蒼兄……?」
「なんでもない」
自分が泣いてしまったことをなかったことにしたくて翠葉の手を取る。と、
「手、つながなくても歩けるよ?」
少し心配そうに、翠葉が俺のことを見上げてきた。
「違う、俺がつなぎたいの。今だけ――今だけだから」
「……うん」
まいったな……。
まだ俺の準備は整っていないのに、翠葉のほうが先に準備が整ってしまった。
兄離れの時期はすぐそこまで来ている。
この手が一番に求めるのは俺の手じゃなくなる。
でも今は、今だけは――
家での生活に慣れるまで二、三日休んだらどうかと話したけれど、翠葉は頑なに拒んだ。
結果、俺たちはハラハラしながら「無理はしないように」と押せるだけの念を押すことしかできず……。
「せめて車で送らせてほしい」というのが俺のお願いだったわけだけど、それすら却下されてしまった。
「本当に大丈夫なのか?」
マンションから出たところは下り坂だが、学園私道に入れば緩やかながらも上り坂に転じる。
「大丈夫だよ。時間も余裕を持って出てきているし」
そうは言うけれど、翠葉の吐き出す息はしだいに増えていく。
そう何度も言うものじゃない。わかっていつつも口をつく言葉は――
「大丈夫か?」
学園私道に入ってしばらくすると肩で息をし始めた。
これで大丈夫って言われたらかなり落ち込む。
「ちょっと、きつい、かな……」
その言葉に心底ほっとした。
「やっぱり、明日からはしばらく車で――」
「ううん。車で送り迎えしてもらうくらいなら、少し早めに出て、もう少しゆっくり歩く。楽してばかりじゃ、いつまでたっても体力取り戻せないでしょう?」
「……じゃ、かばんだけ持つよ」
「ありがとう」
ますますもってどうしようか……。
間違いなく、翠葉は巣立ちの時期を迎えている。なのに、巣立たれる俺側にその覚悟がない。心の準備ができていない。
校門を前に、
「坂道終わりっ」
少し弾んだ翠葉の声。
校門をくぐると、翠葉は一度止まってあたりを見渡した。声をかけようとすると、再度歩き始める。
桜並木の左側からは朝練をしている声が聞こえてくる。そちらを見ながら、
「蒼兄……学校って、楽しいのね?」
翠葉は桜の木を見上げた。
桜の幹からは湯気が出ていたけれど、翠葉が見ているのは枝の先。
「どうした?」
「……葉っぱも何もないけれど、これから新芽が出てきて、それが伸びて膨らんで、そうして花が開くんだなって……少し、想像しただけ」
「想像……?」
「うん……。私はそれを見ることができるんだな、って。写真の中の桜じゃなくて、この桜並木の桜を毎日見ることができるんだな、って……。来年も同じ桜を見ることができるのかもしれないと思うと感慨深くて……」
そんなふうに思う翠葉の心により添えたらいいのに、残念ながら、俺の中には寂しさが広がる。
「蒼兄、あのね……去年までは一週間先、一ヶ月先のことが不安で仕方なかったの。二年生になれるのかもわからなくて、卒業なんて考えることもできなかった。でも、今は違う。来月には梅香苑の梅が咲くことを想像するし、梅の香りが漂う苑をお散歩したいと思う。三月終わりには桜が咲くから、桜香苑の桜を写真に撮りたいと思う。四月になって新学期が始まったら、新しい友達ができるのかなって……。未来がとても楽しみになった。こんなこと、初めてなの」
こんな言葉を翠葉から聞ける日がくるとは思ってもみなかった。いや、本当は少し前から予感はしていて、でも、それがどのタイミングで来るかは考えないようにしていた。
これは悲しむところじゃない。喜ぶところ……。
様々な感情が入り混じり、気づけば涙が零れていた。
「蒼兄……?」
「なんでもない」
自分が泣いてしまったことをなかったことにしたくて翠葉の手を取る。と、
「手、つながなくても歩けるよ?」
少し心配そうに、翠葉が俺のことを見上げてきた。
「違う、俺がつなぎたいの。今だけ――今だけだから」
「……うん」
まいったな……。
まだ俺の準備は整っていないのに、翠葉のほうが先に準備が整ってしまった。
兄離れの時期はすぐそこまで来ている。
この手が一番に求めるのは俺の手じゃなくなる。
でも今は、今だけは――
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