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66~67 Side 明 03話
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御園生は何度も深呼吸を繰り返していた。
ちょっと、見ててかわいそうになるくらいの緊張度合い。
俺が大会や記録会で緊張するのとは別物なんだろうな。
あれは自分との闘いで、御園生のこれは対人……。しかも、御園生は対人関係にトラウマを抱えているから、余計に苦しいと思う。
でも、ここが踏ん張りどころなんだろうな。
御園生は携帯を見ると呼吸が止まってしまう。そして、苦しくなると視線を引き剥がし、詰まってしまった呼吸を再開させていた。
何回か同じ動作を繰り返したあと、
『佐野くん……お願いがあるの』
「……さすがに俺が電話するのは無理だけど?」
御園生は肩を竦めて小さく笑った。
『そこまでずるはしない。あのね、数を……十、数えてもらえる? できれば一定の速さで』
十……?
「カウントダウンみたいだな」
『あ、ごめん。違うの』
何が違うんだろうと思っていると、世にも不思議なオーダーが降ってきた。
『あのね、逆なの。一から数えてもらえる?』
こちらをうかがうようにモニター越しに上目遣い。
なんていうか、御園生のことをそういう目で見てなくてもちょっとドキッとする。
あぁ、俺、今女子と話してるんだ、って再認識。
「わかった」
テンポはどのくらいがいいか訊こうとしてやめた。
人に馴染みあるテンポ。目覚まし時計の秒針を見ながら十を数える。
「――八……九……十」
モニターに、両手で携帯を握りしめ耳に当てる御園生が映る。
祈るような……という形容がぴったり。まるで、ドラマか何かを見ているよう。
緊張はモニターを通してひしひしと伝わってくる。
俳優ってすごいんだな、と思った。これはリアルだから緊張を感じるのであって、フィクションだとわかっていても見ている人間に緊張を感じさせる人たちってすごいんだな、って……。
俺は緊張している人間を前に、まったく別のことを考えていた。
『出て、もらえない……』
絞り出すような声が耳に届く。
「もう九時だけど……仕事かな?」
『仕事かもしれない。けど、この番号、仕事用の携帯なの……』
「じゃ、持ってさえいれば着信には気づくよな……。少し待ってみよう。折り返し電話があるかもしれないし」
御園生は思いつめた顔で何かを呟いた。
「え?」と訊き返すと、
『秋斗さんの乗る飛行機。ツカサが言ったの……。空港に行ったら会えるかも……』
そこへ行くと言い出しそうなくらい思いつめた表情だった。
「御園生、空港まではかなりの道のりだよ。電車三回乗り換えるか、二回乗り換えでリムジンバス。そもそも、まだ入院中だろ?」
『でもっ……』
「周りに心配かける行動はしちゃだめだ。それに、無理して入院が延びたらどうするんだよ。それこそ今までのがんばりが水の泡になる。だから、それだけは賛成できない」
『でもっ、明後日には退院が決まっているもの』
「……それでもだめ。御園生さ、おまえわかってないよ。全然わかってない。御園生が入院して手術したって聞いたとき、俺や簾条がどれだけ心配したか。どれだけ生きた心地しなかったか――クラスメイトには入院してるとしか話してないけど、それでもあいつら……すっごい心配してる。蒼樹さんたち家族は俺らなんかの比にならないほど心配したはずだ。そんな人たちにこのうえどんな心配をかけるつもり? もっと周りをよく見ろよ」
なんでも力になってあげたいけど、ここだけは譲れない。だめなものはだめ――。
『じゃぁっ、どうしたらいいのっ!?』
「こういうときにこそ、蒼樹さんや唯さんを頼るべきなんじゃないの? 一番心配かけちゃいけない人たちだろ?」
浮かない顔で御園生は俯いてしまった。
「俺に電話してきた時点でなんとなく気づいてた。御園生はさ、自分でどうにかしたいんじゃない? 家族の手を借りないで。だから俺に電話してきたんんじゃない?」
それでなきゃおかしい。
一番最初に――誰より先に候補に挙がるであろう人たちが選択肢に挙がらないなんて。
「人の力を借りるのは悪いことじゃないよ。考えようによっては、使えるものはなんでも使えばいいと思う」
『え……?』
「普通に考えてみ? 御園生が今知りたいことは秋斗先生がどこにいるか、どうやったら秋斗先生に会えるか、でしょ? それって唯さんならわかりそうなものだし、仮に空港へ行かなきゃ会えないなら、移動手段が必要になる。明後日退院できるとはいえ、やっぱり空港までの道のりは、今の御園生にはきついと思う」
間違いなくいっぱいいっぱいで周りが見えてない。頭回ってないんだと思う。
でも、こういう部分なら俺でも補える気がした。
「御園生はどうしなくちゃいけないかの答えは出したんだ。あとはそれを実行するだけ。そのための助力をしてもらっても、根底で人を頼ったことにはならないと思う。俺に電話してきた時点で秋斗先生に連絡を取りたいっていう気持ちは固まってたじゃん。何もかも人に丸投げしてるわけじゃない。俺はそう思うよ」
少しの沈黙のあと、御園生は真っ直ぐにこっちを見た。
『蒼兄と唯兄に相談してみる……』
「うん、健闘を祈る」
御園生が足を踏み出す瞬間に立ち会えた気分。
そのまま、秋斗先生のところまで行けることを祈ってる。
『経過はメールで連絡するね。あ……でも、もう夜遅いから……明日の朝のほうがいいね』
「いや、何時でもいいよ。寝るときはサイレントモードにしちゃうから」
『ありがとう……。佐野くん、本当にありがとう』
「うん。次会うときは学校だな」
『うん。やっとみんなに会える』
「じゃ、学校で」
次に会うときには、御園生の笑顔が見れますように――
ちょっと、見ててかわいそうになるくらいの緊張度合い。
俺が大会や記録会で緊張するのとは別物なんだろうな。
あれは自分との闘いで、御園生のこれは対人……。しかも、御園生は対人関係にトラウマを抱えているから、余計に苦しいと思う。
でも、ここが踏ん張りどころなんだろうな。
御園生は携帯を見ると呼吸が止まってしまう。そして、苦しくなると視線を引き剥がし、詰まってしまった呼吸を再開させていた。
何回か同じ動作を繰り返したあと、
『佐野くん……お願いがあるの』
「……さすがに俺が電話するのは無理だけど?」
御園生は肩を竦めて小さく笑った。
『そこまでずるはしない。あのね、数を……十、数えてもらえる? できれば一定の速さで』
十……?
「カウントダウンみたいだな」
『あ、ごめん。違うの』
何が違うんだろうと思っていると、世にも不思議なオーダーが降ってきた。
『あのね、逆なの。一から数えてもらえる?』
こちらをうかがうようにモニター越しに上目遣い。
なんていうか、御園生のことをそういう目で見てなくてもちょっとドキッとする。
あぁ、俺、今女子と話してるんだ、って再認識。
「わかった」
テンポはどのくらいがいいか訊こうとしてやめた。
人に馴染みあるテンポ。目覚まし時計の秒針を見ながら十を数える。
「――八……九……十」
モニターに、両手で携帯を握りしめ耳に当てる御園生が映る。
祈るような……という形容がぴったり。まるで、ドラマか何かを見ているよう。
緊張はモニターを通してひしひしと伝わってくる。
俳優ってすごいんだな、と思った。これはリアルだから緊張を感じるのであって、フィクションだとわかっていても見ている人間に緊張を感じさせる人たちってすごいんだな、って……。
俺は緊張している人間を前に、まったく別のことを考えていた。
『出て、もらえない……』
絞り出すような声が耳に届く。
「もう九時だけど……仕事かな?」
『仕事かもしれない。けど、この番号、仕事用の携帯なの……』
「じゃ、持ってさえいれば着信には気づくよな……。少し待ってみよう。折り返し電話があるかもしれないし」
御園生は思いつめた顔で何かを呟いた。
「え?」と訊き返すと、
『秋斗さんの乗る飛行機。ツカサが言ったの……。空港に行ったら会えるかも……』
そこへ行くと言い出しそうなくらい思いつめた表情だった。
「御園生、空港まではかなりの道のりだよ。電車三回乗り換えるか、二回乗り換えでリムジンバス。そもそも、まだ入院中だろ?」
『でもっ……』
「周りに心配かける行動はしちゃだめだ。それに、無理して入院が延びたらどうするんだよ。それこそ今までのがんばりが水の泡になる。だから、それだけは賛成できない」
『でもっ、明後日には退院が決まっているもの』
「……それでもだめ。御園生さ、おまえわかってないよ。全然わかってない。御園生が入院して手術したって聞いたとき、俺や簾条がどれだけ心配したか。どれだけ生きた心地しなかったか――クラスメイトには入院してるとしか話してないけど、それでもあいつら……すっごい心配してる。蒼樹さんたち家族は俺らなんかの比にならないほど心配したはずだ。そんな人たちにこのうえどんな心配をかけるつもり? もっと周りをよく見ろよ」
なんでも力になってあげたいけど、ここだけは譲れない。だめなものはだめ――。
『じゃぁっ、どうしたらいいのっ!?』
「こういうときにこそ、蒼樹さんや唯さんを頼るべきなんじゃないの? 一番心配かけちゃいけない人たちだろ?」
浮かない顔で御園生は俯いてしまった。
「俺に電話してきた時点でなんとなく気づいてた。御園生はさ、自分でどうにかしたいんじゃない? 家族の手を借りないで。だから俺に電話してきたんんじゃない?」
それでなきゃおかしい。
一番最初に――誰より先に候補に挙がるであろう人たちが選択肢に挙がらないなんて。
「人の力を借りるのは悪いことじゃないよ。考えようによっては、使えるものはなんでも使えばいいと思う」
『え……?』
「普通に考えてみ? 御園生が今知りたいことは秋斗先生がどこにいるか、どうやったら秋斗先生に会えるか、でしょ? それって唯さんならわかりそうなものだし、仮に空港へ行かなきゃ会えないなら、移動手段が必要になる。明後日退院できるとはいえ、やっぱり空港までの道のりは、今の御園生にはきついと思う」
間違いなくいっぱいいっぱいで周りが見えてない。頭回ってないんだと思う。
でも、こういう部分なら俺でも補える気がした。
「御園生はどうしなくちゃいけないかの答えは出したんだ。あとはそれを実行するだけ。そのための助力をしてもらっても、根底で人を頼ったことにはならないと思う。俺に電話してきた時点で秋斗先生に連絡を取りたいっていう気持ちは固まってたじゃん。何もかも人に丸投げしてるわけじゃない。俺はそう思うよ」
少しの沈黙のあと、御園生は真っ直ぐにこっちを見た。
『蒼兄と唯兄に相談してみる……』
「うん、健闘を祈る」
御園生が足を踏み出す瞬間に立ち会えた気分。
そのまま、秋斗先生のところまで行けることを祈ってる。
『経過はメールで連絡するね。あ……でも、もう夜遅いから……明日の朝のほうがいいね』
「いや、何時でもいいよ。寝るときはサイレントモードにしちゃうから」
『ありがとう……。佐野くん、本当にありがとう』
「うん。次会うときは学校だな」
『うん。やっとみんなに会える』
「じゃ、学校で」
次に会うときには、御園生の笑顔が見れますように――
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