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66~67 Side 明 01話
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「うおーーー……終わった。怒涛の如く宿題の山終わった。俺がんばった……」
達成感をひしひしと感じ、パタリと机に突っ伏す。うっかり寝オチしそうになったそのとき、ピロリロリと携帯が鳴った。
ディスプレイに表示されている名前を見て携帯を取り落とす。携帯はガツ、と音を立ててデスクに不時着した。
だって、めったにかかってくることのない御園生からだったから。しかも、現在入院しているはずの御園生から。
御園生と話すのは、実に終業式の日以来なわけで、少しの緊張を伴って通話ボタンを押した。
「みそ、のう?」
訊くと、切羽詰まった声が返ってきた。
『佐野くん、今、話す時間、あるかな』
「大丈夫だけど……どうかした?」
『話、聞いてほしくて……。相談っていうか、話、聞いてほしくて』
まるで、ドアを開けたら泣いて縋られました、みたいな……そんな感じ。
でも、一歩踏み出してくれた気がした。
御園生の一歩は俺たちにとってものすごく貴重なもので、ふとした拍子に引っ込められちゃいそうな気がするから、心して慎重に扱わなくてはいけない。
「いいよ」
『でも……ちゃんと、わかるように話せる自信はなくて、時間、かかっちゃうかもしれない』
たぶん、泣いてる……。そんな気がした。
御園生はどうしてこうなるまでひとりで抱えちゃうんだろう。
そりゃ、人を頼らず自分でどうにかしなくちゃいけないときもあるし、そういう心意気は立派なんだけど、御園生のこれはいつも行き過ぎだ。
そう感じているのは俺だけじゃないはず……。
「大丈夫。時間のことは気にしなくていいから。今、宿題終わったところだし」
努めてのんびり話した。それ以外に「安心」を伝える方法がわからなかったから。
『あり、がと……』
「なんで、泣いてるの? ゆっくりでいいから、話して」
『……全部、私のせいで――ツカサも秋斗さんも離れていっちゃうっ……』
何がどうして……。あのふたりが御園生から離れるなんてあり得ないだろ?
いや――あり得るのかな。
電話の向こうで泣いている御園生は崖っぷちに立たされているみたいに泣いていた。
とても苦しそうに、とても悲痛に。
「御園生、ちゃんと聞くから。少し落ち着こう」
言葉で落ち着こうと言っても無理。でも、今俺たちの媒介になっているのは携帯電話ってツールだから、言葉にする以外の手段がない。
こんなときに痛感するのは語彙の少なさ。全然足りない。あとどのくらい本を読んだら培えるんだろう。あと、どのくらい引き出しを作ったら「安全地帯」を提示できるのかな。
「今、病室?」
『ん……』
「あのさ、海斗から聞いたんだけど、その病室ってパソコン使えるんでしょ?」
『使える……』
「御園生のパソコンにはカメラ内臓されてる?」
『うん……』
「じゃ、顔見て話そう。音声通話のソフトは知ってるよね? 紅葉祭の準備のときに連絡で使ってたやつ」
『うん』
「それ、立ち上げて待ってて。御園生のアカウントは知ってるから、俺からコンタクトする」
御園生はまるで小さな子みたいに、短い応答をその都度返してきた。
泣いてるから余計に幼く感じる。でも、実際は俺らよりもひとつ年上なんだよな。
先輩後輩って考えると一年って大きな壁に思える。けど、こうやって一歳年上の御園生と話していると、実はそんなに変わらないのかなって思ったり。
通話がつながりモニターに御園生の顔が映った。
想像していたとおり、御園生は目を真っ赤にして泣いていた。
「見えてる?」
『見え、てる……声も、聞こえる』
よし、準備万端。
言葉しか使えない携帯電話よりもいい。ただ相手の顔が見えて自分の顔を相手に見てもらえるってだけだけど、最強のオプションを得た気分。
「こっちも。ちゃんと泣き顔の御園生が映ってる」
俺に何ができるかわからない。でも、話を聞くよ。
「じゃ、本題に戻ろう。何があった?」
御園生は視線を落とし、ポツリポツリと話始める。
『三学期が始まってから、授業の補習をツカサと秋斗さんが見てくれていたの。最初は何事もなく、ふたりに交互に連絡をして、交互に見てもらっていたの。でもね、二十一日から秋斗さんと連絡がとれなくなっちゃった』
どうやら、それまでは藤宮先輩とも秋斗先生ともつつがなく連絡が取れていたらしい。それが二十一日を境に連絡が取れなくなったと……。さらには電話をかけると流れてくるアナウンスが解約を示すものだったとか。
御園生はそれを誰に訊くことなく今日まできてしまったという。そこへ藤宮先輩の痛烈な言葉の数々――
なんていうか、死刑宣告チック……。
思わずうな垂れたい気分。
御園生は御園生でこの一週間、大きな不安を抱えて過ごしたんだと思う。そこへ藤宮先輩の言葉を見舞われたらこうもなるわな……。
「そっか……。藤宮先輩と秋斗先生もずいぶんな手に出たね」
『でも、私が悪い……。私、秋斗さんともツカサとも離れたくなくて、どちらかひとりを選んでどちらかひとりを失うのが怖くて――選ばないって決めたけれど、それでふたりが傷つくとは思ってもみなかったの』
御園生はずっとふたりのどちらも失いたくないって思ってたもんな……。
それは紅葉祭のあと、記憶が戻ったと話してくれたときに聞いて知ってはいたけど、俺には理解できないし納得いかないと思った。
どうしても、俺は御園生の立場じゃなくて藤宮先輩と秋斗先生の立場から状況を見てしまうから。
御園生のような態度を立花に取られたら、俺は今ほどサッパリとした気分にはなれなかったと思う。
痛いかもしれない。追い討ちをかけることになるのかもしれない。
でも、心を晒してくれているのなら、俺もそうするべきだと思う。
「今から話すのは俺の経験則。……好きって伝えて答えがもらえないのはつらいよ。自分がどう動いたらいいのかわからないっていうか、宙ぶらりんな感じがしてさ。そのまま想い続けるのもきっぱり諦めるのも、全部自分で決めることだけど、すぐ側に好きな人がいるとなるとね、やっぱキツイことはキツイ。――でも、相手に好きな人がいるとか、付き合ってるやつがいるとか、そういうのがわかれば心はしだいに収まるところに収まりはじめる。そう考えるとさ……先輩も秋斗先生もかなりキツイと思う」
御園生は口を真一文字に引き結んで耐えているように見えた。
たぶん、御園生は人の言葉を聞き流すということができないんだろうな。
いつだって全部ガッツリ受信して、心の中に招き入れるんだ。
そうして、自分に向けられた言葉すべてと向き合おうとする。中にはスルーしてもいいような内容や質のものがあっても、どれも同列に扱う。
だからすぐキャパシティーオーバーになるんじゃないかな。
今度教えてあげたい。
全部受信するのは悪いことじゃない。でも、心の中に「とりあえずフォルダ」を作ったほうがいいよ、って。
御園生、御園生が今苦しいのはどうして? 秋斗先生に連絡を断たれたから? それとも、藤宮先輩が留学するから?
そこ、同列じゃなくて切り離して考えてみたらどうかな?
御園生に遠まわしな言い方をしても時間がかかるだけだってわかってた。だから、あえて単刀直入に切り込むことにした。
でも、何分女子とこういう会話をすることに慣れていない。だから、ちょっと照れくさくもある。
俺は照れ隠しに髪をいじりながら話した。
「だって、御園生は藤宮先輩のこと好きじゃん。しかも、そのことを先輩は知ってるわけで、秋斗先生だって御園生の気持ちには気づいてるだろうし。ふたりとも御園生が誰を好きか知ってるのに、御園生が動かないから身動きが取れないことになってる。さらには、御園生はすぐ側にいるわけで……。つらくないわけがない。先輩が言った『すぐ手に入りそうな場所にいるくせに、絶対に踏み込ませないし踏み出さない』ってそういうことを言ってるんだと思うよ。自分を好きだって知ってるのに手も足も出せない。御園生がそう決めてしまったから。勝手に、どちらも選ばないって」
じっとこっちを見つめる御園生は、実は機械か何かで俺のこと丸ごとスキャンしてるんじゃないかって気分になる。
変なことを考えていると、
『佐野くん――私、ひとりで決めちゃいけなかったのかな? どちらも選ばないって、ひとりで決めちゃいけなかったのかな?』
御園生らしい答えが返ってきた。
「いけないわけじゃない。ひとりで答えを出す場合がほとんどだと思う。でも、御園生はふたりにきちんと提示したの? ……ただ、手放したくないからどちらも選ばないって決めただけじゃないの? それに、御園生の気持ちは? どちらも選ばないって決めて、実際の心はどうなの?」
御園生が藤宮先輩と秋斗先生にいかなる答え伝えたのかは聞いていなかった。俺が見る分には、ふたりから逃げているような気さえしていた。
それに、好きって気持ちがそんな簡単に割り切れるものなのか、ちょっと俺にはわからない。だから訊きたかった。
御園生はものすごく困った顔で答える。
『……それにもとても困っていたの。会えば会うほどツカサを好きになっちゃうし、一緒にいたいと思っちゃうし、話していたいって思っちゃう』
なんだ、と思う。返事を聞くの、かまえていたけど肩から力が抜けた。
「御園生、それ、意外と普通なことだから。あまり困らなくていいと思う」
思いつめた顔がこちらを向く。
『……いいの?』
白い――やっぱり御園生って俺の中では白のイメージ。
何色にも染まっていないっていう意味じゃなくて、何色にも染まらないっていう意味。
それなら、普通は黒を連想するんだろうけど、御園生は白――何色にも染まらない強さを持った白。
「うん、その気持ちをちゃんと認めてふたりに話してみなよ。そしたら、ふたりとも『答え』をもらったことになる」
『でも……』
御園生が何を危惧しているのかはわかってるつもり。でもそれ……仕方のないことだから。
「御園生、厳しいことを言うようだけど、誰も傷つかない道なんてないよ。人を好きになったらどこかで誰かを傷つけているかもしれない。それはごく当たり前のことだし不可抗力なんだ。わかりやすく説明するなら、海斗と立花が両想いで付き合い出したら、立花を好きな俺は傷つく。それと同時に、俺を好きな七倉も傷ついてる。この図式、誰が悪いってあると思う?」
御園生が首を振ると、涙が流れた頬に髪が張り付いた。でも、御園生はそんなの気にも留めない。全神経が自分に向けられている。
「そう……誰が悪いとかじゃなくて、仕方のないことなんだ。幸せが不幸の上に成り立つとは言わない。でも、そういうものなんだ。誰も傷つかない方法なんてそうそうない」
自分の恋愛もうまくいってないのに、何を俺は指南してるんだか……。
でも、頼ってくれたことが嬉しくて、自分に話せることがあるなら全部話そうと思った。
達成感をひしひしと感じ、パタリと机に突っ伏す。うっかり寝オチしそうになったそのとき、ピロリロリと携帯が鳴った。
ディスプレイに表示されている名前を見て携帯を取り落とす。携帯はガツ、と音を立ててデスクに不時着した。
だって、めったにかかってくることのない御園生からだったから。しかも、現在入院しているはずの御園生から。
御園生と話すのは、実に終業式の日以来なわけで、少しの緊張を伴って通話ボタンを押した。
「みそ、のう?」
訊くと、切羽詰まった声が返ってきた。
『佐野くん、今、話す時間、あるかな』
「大丈夫だけど……どうかした?」
『話、聞いてほしくて……。相談っていうか、話、聞いてほしくて』
まるで、ドアを開けたら泣いて縋られました、みたいな……そんな感じ。
でも、一歩踏み出してくれた気がした。
御園生の一歩は俺たちにとってものすごく貴重なもので、ふとした拍子に引っ込められちゃいそうな気がするから、心して慎重に扱わなくてはいけない。
「いいよ」
『でも……ちゃんと、わかるように話せる自信はなくて、時間、かかっちゃうかもしれない』
たぶん、泣いてる……。そんな気がした。
御園生はどうしてこうなるまでひとりで抱えちゃうんだろう。
そりゃ、人を頼らず自分でどうにかしなくちゃいけないときもあるし、そういう心意気は立派なんだけど、御園生のこれはいつも行き過ぎだ。
そう感じているのは俺だけじゃないはず……。
「大丈夫。時間のことは気にしなくていいから。今、宿題終わったところだし」
努めてのんびり話した。それ以外に「安心」を伝える方法がわからなかったから。
『あり、がと……』
「なんで、泣いてるの? ゆっくりでいいから、話して」
『……全部、私のせいで――ツカサも秋斗さんも離れていっちゃうっ……』
何がどうして……。あのふたりが御園生から離れるなんてあり得ないだろ?
いや――あり得るのかな。
電話の向こうで泣いている御園生は崖っぷちに立たされているみたいに泣いていた。
とても苦しそうに、とても悲痛に。
「御園生、ちゃんと聞くから。少し落ち着こう」
言葉で落ち着こうと言っても無理。でも、今俺たちの媒介になっているのは携帯電話ってツールだから、言葉にする以外の手段がない。
こんなときに痛感するのは語彙の少なさ。全然足りない。あとどのくらい本を読んだら培えるんだろう。あと、どのくらい引き出しを作ったら「安全地帯」を提示できるのかな。
「今、病室?」
『ん……』
「あのさ、海斗から聞いたんだけど、その病室ってパソコン使えるんでしょ?」
『使える……』
「御園生のパソコンにはカメラ内臓されてる?」
『うん……』
「じゃ、顔見て話そう。音声通話のソフトは知ってるよね? 紅葉祭の準備のときに連絡で使ってたやつ」
『うん』
「それ、立ち上げて待ってて。御園生のアカウントは知ってるから、俺からコンタクトする」
御園生はまるで小さな子みたいに、短い応答をその都度返してきた。
泣いてるから余計に幼く感じる。でも、実際は俺らよりもひとつ年上なんだよな。
先輩後輩って考えると一年って大きな壁に思える。けど、こうやって一歳年上の御園生と話していると、実はそんなに変わらないのかなって思ったり。
通話がつながりモニターに御園生の顔が映った。
想像していたとおり、御園生は目を真っ赤にして泣いていた。
「見えてる?」
『見え、てる……声も、聞こえる』
よし、準備万端。
言葉しか使えない携帯電話よりもいい。ただ相手の顔が見えて自分の顔を相手に見てもらえるってだけだけど、最強のオプションを得た気分。
「こっちも。ちゃんと泣き顔の御園生が映ってる」
俺に何ができるかわからない。でも、話を聞くよ。
「じゃ、本題に戻ろう。何があった?」
御園生は視線を落とし、ポツリポツリと話始める。
『三学期が始まってから、授業の補習をツカサと秋斗さんが見てくれていたの。最初は何事もなく、ふたりに交互に連絡をして、交互に見てもらっていたの。でもね、二十一日から秋斗さんと連絡がとれなくなっちゃった』
どうやら、それまでは藤宮先輩とも秋斗先生ともつつがなく連絡が取れていたらしい。それが二十一日を境に連絡が取れなくなったと……。さらには電話をかけると流れてくるアナウンスが解約を示すものだったとか。
御園生はそれを誰に訊くことなく今日まできてしまったという。そこへ藤宮先輩の痛烈な言葉の数々――
なんていうか、死刑宣告チック……。
思わずうな垂れたい気分。
御園生は御園生でこの一週間、大きな不安を抱えて過ごしたんだと思う。そこへ藤宮先輩の言葉を見舞われたらこうもなるわな……。
「そっか……。藤宮先輩と秋斗先生もずいぶんな手に出たね」
『でも、私が悪い……。私、秋斗さんともツカサとも離れたくなくて、どちらかひとりを選んでどちらかひとりを失うのが怖くて――選ばないって決めたけれど、それでふたりが傷つくとは思ってもみなかったの』
御園生はずっとふたりのどちらも失いたくないって思ってたもんな……。
それは紅葉祭のあと、記憶が戻ったと話してくれたときに聞いて知ってはいたけど、俺には理解できないし納得いかないと思った。
どうしても、俺は御園生の立場じゃなくて藤宮先輩と秋斗先生の立場から状況を見てしまうから。
御園生のような態度を立花に取られたら、俺は今ほどサッパリとした気分にはなれなかったと思う。
痛いかもしれない。追い討ちをかけることになるのかもしれない。
でも、心を晒してくれているのなら、俺もそうするべきだと思う。
「今から話すのは俺の経験則。……好きって伝えて答えがもらえないのはつらいよ。自分がどう動いたらいいのかわからないっていうか、宙ぶらりんな感じがしてさ。そのまま想い続けるのもきっぱり諦めるのも、全部自分で決めることだけど、すぐ側に好きな人がいるとなるとね、やっぱキツイことはキツイ。――でも、相手に好きな人がいるとか、付き合ってるやつがいるとか、そういうのがわかれば心はしだいに収まるところに収まりはじめる。そう考えるとさ……先輩も秋斗先生もかなりキツイと思う」
御園生は口を真一文字に引き結んで耐えているように見えた。
たぶん、御園生は人の言葉を聞き流すということができないんだろうな。
いつだって全部ガッツリ受信して、心の中に招き入れるんだ。
そうして、自分に向けられた言葉すべてと向き合おうとする。中にはスルーしてもいいような内容や質のものがあっても、どれも同列に扱う。
だからすぐキャパシティーオーバーになるんじゃないかな。
今度教えてあげたい。
全部受信するのは悪いことじゃない。でも、心の中に「とりあえずフォルダ」を作ったほうがいいよ、って。
御園生、御園生が今苦しいのはどうして? 秋斗先生に連絡を断たれたから? それとも、藤宮先輩が留学するから?
そこ、同列じゃなくて切り離して考えてみたらどうかな?
御園生に遠まわしな言い方をしても時間がかかるだけだってわかってた。だから、あえて単刀直入に切り込むことにした。
でも、何分女子とこういう会話をすることに慣れていない。だから、ちょっと照れくさくもある。
俺は照れ隠しに髪をいじりながら話した。
「だって、御園生は藤宮先輩のこと好きじゃん。しかも、そのことを先輩は知ってるわけで、秋斗先生だって御園生の気持ちには気づいてるだろうし。ふたりとも御園生が誰を好きか知ってるのに、御園生が動かないから身動きが取れないことになってる。さらには、御園生はすぐ側にいるわけで……。つらくないわけがない。先輩が言った『すぐ手に入りそうな場所にいるくせに、絶対に踏み込ませないし踏み出さない』ってそういうことを言ってるんだと思うよ。自分を好きだって知ってるのに手も足も出せない。御園生がそう決めてしまったから。勝手に、どちらも選ばないって」
じっとこっちを見つめる御園生は、実は機械か何かで俺のこと丸ごとスキャンしてるんじゃないかって気分になる。
変なことを考えていると、
『佐野くん――私、ひとりで決めちゃいけなかったのかな? どちらも選ばないって、ひとりで決めちゃいけなかったのかな?』
御園生らしい答えが返ってきた。
「いけないわけじゃない。ひとりで答えを出す場合がほとんどだと思う。でも、御園生はふたりにきちんと提示したの? ……ただ、手放したくないからどちらも選ばないって決めただけじゃないの? それに、御園生の気持ちは? どちらも選ばないって決めて、実際の心はどうなの?」
御園生が藤宮先輩と秋斗先生にいかなる答え伝えたのかは聞いていなかった。俺が見る分には、ふたりから逃げているような気さえしていた。
それに、好きって気持ちがそんな簡単に割り切れるものなのか、ちょっと俺にはわからない。だから訊きたかった。
御園生はものすごく困った顔で答える。
『……それにもとても困っていたの。会えば会うほどツカサを好きになっちゃうし、一緒にいたいと思っちゃうし、話していたいって思っちゃう』
なんだ、と思う。返事を聞くの、かまえていたけど肩から力が抜けた。
「御園生、それ、意外と普通なことだから。あまり困らなくていいと思う」
思いつめた顔がこちらを向く。
『……いいの?』
白い――やっぱり御園生って俺の中では白のイメージ。
何色にも染まっていないっていう意味じゃなくて、何色にも染まらないっていう意味。
それなら、普通は黒を連想するんだろうけど、御園生は白――何色にも染まらない強さを持った白。
「うん、その気持ちをちゃんと認めてふたりに話してみなよ。そしたら、ふたりとも『答え』をもらったことになる」
『でも……』
御園生が何を危惧しているのかはわかってるつもり。でもそれ……仕方のないことだから。
「御園生、厳しいことを言うようだけど、誰も傷つかない道なんてないよ。人を好きになったらどこかで誰かを傷つけているかもしれない。それはごく当たり前のことだし不可抗力なんだ。わかりやすく説明するなら、海斗と立花が両想いで付き合い出したら、立花を好きな俺は傷つく。それと同時に、俺を好きな七倉も傷ついてる。この図式、誰が悪いってあると思う?」
御園生が首を振ると、涙が流れた頬に髪が張り付いた。でも、御園生はそんなの気にも留めない。全神経が自分に向けられている。
「そう……誰が悪いとかじゃなくて、仕方のないことなんだ。幸せが不幸の上に成り立つとは言わない。でも、そういうものなんだ。誰も傷つかない方法なんてそうそうない」
自分の恋愛もうまくいってないのに、何を俺は指南してるんだか……。
でも、頼ってくれたことが嬉しくて、自分に話せることがあるなら全部話そうと思った。
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