光のもとで1

葉野りるは

文字の大きさ
上 下
1,037 / 1,060
Last Side View Story

66~67 Side 明 01話

しおりを挟む
「うおーーー……終わった。怒涛の如く宿題の山終わった。俺がんばった……」
 達成感をひしひしと感じ、パタリと机に突っ伏す。うっかり寝オチしそうになったそのとき、ピロリロリと携帯が鳴った。
 ディスプレイに表示されている名前を見て携帯を取り落とす。携帯はガツ、と音を立ててデスクに不時着した。
 だって、めったにかかってくることのない御園生からだったから。しかも、現在入院しているはずの御園生から。
 御園生と話すのは、実に終業式の日以来なわけで、少しの緊張を伴って通話ボタンを押した。
「みそ、のう?」
 訊くと、切羽詰まった声が返ってきた。
『佐野くん、今、話す時間、あるかな』
「大丈夫だけど……どうかした?」
『話、聞いてほしくて……。相談っていうか、話、聞いてほしくて』
 まるで、ドアを開けたら泣いて縋られました、みたいな……そんな感じ。
 でも、一歩踏み出してくれた気がした。
 御園生の一歩は俺たちにとってものすごく貴重なもので、ふとした拍子に引っ込められちゃいそうな気がするから、心して慎重に扱わなくてはいけない。
「いいよ」
『でも……ちゃんと、わかるように話せる自信はなくて、時間、かかっちゃうかもしれない』
 たぶん、泣いてる……。そんな気がした。
 御園生はどうしてこうなるまでひとりで抱えちゃうんだろう。
 そりゃ、人を頼らず自分でどうにかしなくちゃいけないときもあるし、そういう心意気は立派なんだけど、御園生のこれはいつも行き過ぎだ。
 そう感じているのは俺だけじゃないはず……。
「大丈夫。時間のことは気にしなくていいから。今、宿題終わったところだし」
 努めてのんびり話した。それ以外に「安心」を伝える方法がわからなかったから。
『あり、がと……』
「なんで、泣いてるの? ゆっくりでいいから、話して」
『……全部、私のせいで――ツカサも秋斗さんも離れていっちゃうっ……』
 何がどうして……。あのふたりが御園生から離れるなんてあり得ないだろ?
 いや――あり得るのかな。
 電話の向こうで泣いている御園生は崖っぷちに立たされているみたいに泣いていた。
 とても苦しそうに、とても悲痛に。
「御園生、ちゃんと聞くから。少し落ち着こう」
 言葉で落ち着こうと言っても無理。でも、今俺たちの媒介になっているのは携帯電話ってツールだから、言葉にする以外の手段がない。
 こんなときに痛感するのは語彙の少なさ。全然足りない。あとどのくらい本を読んだら培えるんだろう。あと、どのくらい引き出しを作ったら「安全地帯」を提示できるのかな。
「今、病室?」
『ん……』
「あのさ、海斗から聞いたんだけど、その病室ってパソコン使えるんでしょ?」
『使える……』
「御園生のパソコンにはカメラ内臓されてる?」
『うん……』
「じゃ、顔見て話そう。音声通話のソフトは知ってるよね? 紅葉祭の準備のときに連絡で使ってたやつ」
『うん』
「それ、立ち上げて待ってて。御園生のアカウントは知ってるから、俺からコンタクトする」
 御園生はまるで小さな子みたいに、短い応答をその都度返してきた。
 泣いてるから余計に幼く感じる。でも、実際は俺らよりもひとつ年上なんだよな。
 先輩後輩って考えると一年って大きな壁に思える。けど、こうやって一歳年上の御園生と話していると、実はそんなに変わらないのかなって思ったり。
 通話がつながりモニターに御園生の顔が映った。
 想像していたとおり、御園生は目を真っ赤にして泣いていた。
「見えてる?」
『見え、てる……声も、聞こえる』
 よし、準備万端。
 言葉しか使えない携帯電話よりもいい。ただ相手の顔が見えて自分の顔を相手に見てもらえるってだけだけど、最強のオプションを得た気分。
「こっちも。ちゃんと泣き顔の御園生が映ってる」
 俺に何ができるかわからない。でも、話を聞くよ。
「じゃ、本題に戻ろう。何があった?」
 御園生は視線を落とし、ポツリポツリと話始める。
『三学期が始まってから、授業の補習をツカサと秋斗さんが見てくれていたの。最初は何事もなく、ふたりに交互に連絡をして、交互に見てもらっていたの。でもね、二十一日から秋斗さんと連絡がとれなくなっちゃった』
 どうやら、それまでは藤宮先輩とも秋斗先生ともつつがなく連絡が取れていたらしい。それが二十一日を境に連絡が取れなくなったと……。さらには電話をかけると流れてくるアナウンスが解約を示すものだったとか。
 御園生はそれを誰に訊くことなく今日まできてしまったという。そこへ藤宮先輩の痛烈な言葉の数々――
 なんていうか、死刑宣告チック……。
 思わずうな垂れたい気分。
 御園生は御園生でこの一週間、大きな不安を抱えて過ごしたんだと思う。そこへ藤宮先輩の言葉を見舞われたらこうもなるわな……。
「そっか……。藤宮先輩と秋斗先生もずいぶんな手に出たね」
『でも、私が悪い……。私、秋斗さんともツカサとも離れたくなくて、どちらかひとりを選んでどちらかひとりを失うのが怖くて――選ばないって決めたけれど、それでふたりが傷つくとは思ってもみなかったの』
 御園生はずっとふたりのどちらも失いたくないって思ってたもんな……。
 それは紅葉祭のあと、記憶が戻ったと話してくれたときに聞いて知ってはいたけど、俺には理解できないし納得いかないと思った。
 どうしても、俺は御園生の立場じゃなくて藤宮先輩と秋斗先生の立場から状況を見てしまうから。
 御園生のような態度を立花に取られたら、俺は今ほどサッパリとした気分にはなれなかったと思う。
 痛いかもしれない。追い討ちをかけることになるのかもしれない。
 でも、心を晒してくれているのなら、俺もそうするべきだと思う。
「今から話すのは俺の経験則。……好きって伝えて答えがもらえないのはつらいよ。自分がどう動いたらいいのかわからないっていうか、宙ぶらりんな感じがしてさ。そのまま想い続けるのもきっぱり諦めるのも、全部自分で決めることだけど、すぐ側に好きな人がいるとなるとね、やっぱキツイことはキツイ。――でも、相手に好きな人がいるとか、付き合ってるやつがいるとか、そういうのがわかれば心はしだいに収まるところに収まりはじめる。そう考えるとさ……先輩も秋斗先生もかなりキツイと思う」
 御園生は口を真一文字に引き結んで耐えているように見えた。
 たぶん、御園生は人の言葉を聞き流すということができないんだろうな。
 いつだって全部ガッツリ受信して、心の中に招き入れるんだ。
 そうして、自分に向けられた言葉すべてと向き合おうとする。中にはスルーしてもいいような内容や質のものがあっても、どれも同列に扱う。
 だからすぐキャパシティーオーバーになるんじゃないかな。
 今度教えてあげたい。
 全部受信するのは悪いことじゃない。でも、心の中に「とりあえずフォルダ」を作ったほうがいいよ、って。
 御園生、御園生が今苦しいのはどうして? 秋斗先生に連絡を断たれたから? それとも、藤宮先輩が留学するから?
 そこ、同列じゃなくて切り離して考えてみたらどうかな?
 御園生に遠まわしな言い方をしても時間がかかるだけだってわかってた。だから、あえて単刀直入に切り込むことにした。
 でも、何分女子とこういう会話をすることに慣れていない。だから、ちょっと照れくさくもある。
 俺は照れ隠しに髪をいじりながら話した。
「だって、御園生は藤宮先輩のこと好きじゃん。しかも、そのことを先輩は知ってるわけで、秋斗先生だって御園生の気持ちには気づいてるだろうし。ふたりとも御園生が誰を好きか知ってるのに、御園生が動かないから身動きが取れないことになってる。さらには、御園生はすぐ側にいるわけで……。つらくないわけがない。先輩が言った『すぐ手に入りそうな場所にいるくせに、絶対に踏み込ませないし踏み出さない』ってそういうことを言ってるんだと思うよ。自分を好きだって知ってるのに手も足も出せない。御園生がそう決めてしまったから。勝手に、どちらも選ばないって」
 じっとこっちを見つめる御園生は、実は機械か何かで俺のこと丸ごとスキャンしてるんじゃないかって気分になる。
 変なことを考えていると、
『佐野くん――私、ひとりで決めちゃいけなかったのかな? どちらも選ばないって、ひとりで決めちゃいけなかったのかな?』
 御園生らしい答えが返ってきた。
「いけないわけじゃない。ひとりで答えを出す場合がほとんどだと思う。でも、御園生はふたりにきちんと提示したの? ……ただ、手放したくないからどちらも選ばないって決めただけじゃないの? それに、御園生の気持ちは? どちらも選ばないって決めて、実際の心はどうなの?」
 御園生が藤宮先輩と秋斗先生にいかなる答え伝えたのかは聞いていなかった。俺が見る分には、ふたりから逃げているような気さえしていた。
 それに、好きって気持ちがそんな簡単に割り切れるものなのか、ちょっと俺にはわからない。だから訊きたかった。
 御園生はものすごく困った顔で答える。
『……それにもとても困っていたの。会えば会うほどツカサを好きになっちゃうし、一緒にいたいと思っちゃうし、話していたいって思っちゃう』
 なんだ、と思う。返事を聞くの、かまえていたけど肩から力が抜けた。
「御園生、それ、意外と普通なことだから。あまり困らなくていいと思う」
 思いつめた顔がこちらを向く。
『……いいの?』
 白い――やっぱり御園生って俺の中では白のイメージ。
 何色にも染まっていないっていう意味じゃなくて、何色にも染まらないっていう意味。
 それなら、普通は黒を連想するんだろうけど、御園生は白――何色にも染まらない強さを持った白。
「うん、その気持ちをちゃんと認めてふたりに話してみなよ。そしたら、ふたりとも『答え』をもらったことになる」
『でも……』
 御園生が何を危惧しているのかはわかってるつもり。でもそれ……仕方のないことだから。
「御園生、厳しいことを言うようだけど、誰も傷つかない道なんてないよ。人を好きになったらどこかで誰かを傷つけているかもしれない。それはごく当たり前のことだし不可抗力なんだ。わかりやすく説明するなら、海斗と立花が両想いで付き合い出したら、立花を好きな俺は傷つく。それと同時に、俺を好きな七倉も傷ついてる。この図式、誰が悪いってあると思う?」
 御園生が首を振ると、涙が流れた頬に髪が張り付いた。でも、御園生はそんなの気にも留めない。全神経が自分に向けられている。
「そう……誰が悪いとかじゃなくて、仕方のないことなんだ。幸せが不幸の上に成り立つとは言わない。でも、そういうものなんだ。誰も傷つかない方法なんてそうそうない」
 自分の恋愛もうまくいってないのに、何を俺は指南してるんだか……。
 でも、頼ってくれたことが嬉しくて、自分に話せることがあるなら全部話そうと思った。
しおりを挟む
感想 24

あなたにおすすめの小説

光のもとで2

葉野りるは
青春
一年の療養を経て高校へ入学した翠葉は「高校一年」という濃厚な時間を過ごし、 新たな気持ちで新学期を迎える。 好きな人と両思いにはなれたけれど、だからといって順風満帆にいくわけではないみたい。 少し環境が変わっただけで会う機会は減ってしまったし、気持ちがすれ違うことも多々。 それでも、同じ時間を過ごし共に歩めることに感謝を……。 この世界には当たり前のことなどひとつもなく、あるのは光のような奇跡だけだから。 何か問題が起きたとしても、一つひとつ乗り越えて行きたい―― (10万文字を一冊として、文庫本10冊ほどの長さです)

家政婦さんは同級生のメイド女子高生

coche
青春
祖母から習った家事で主婦力抜群の女子高生、彩香(さいか)。高校入学と同時に小説家の家で家政婦のアルバイトを始めた。実はその家は・・・彩香たちの成長を描く青春ラブコメです。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

実力を隠し「例え長男でも無能に家は継がせん。他家に養子に出す」と親父殿に言われたところまでは計算通りだったが、まさかハーレム生活になるとは

竹井ゴールド
ライト文芸
 日本国内トップ5に入る異能力者の名家、東条院。  その宗家本流の嫡子に生まれた東条院青夜は子供の頃に実母に「16歳までに東条院の家を出ないと命を落とす事になる」と予言され、無能を演じ続け、父親や後妻、異母弟や異母妹、親族や許嫁に馬鹿にされながらも、念願適って中学卒業の春休みに東条院家から田中家に養子に出された。  青夜は4月が誕生日なのでギリギリ16歳までに家を出た訳だが。  その後がよろしくない。  青夜を引き取った田中家の義父、一狼は53歳ながら若い妻を持ち、4人の娘の父親でもあったからだ。  妻、21歳、一狼の8人目の妻、愛。  長女、25歳、皇宮警察の異能力部隊所属、弥生。  次女、22歳、田中流空手道場の師範代、葉月。  三女、19歳、離婚したフランス系アメリカ人の3人目の妻が産んだハーフ、アンジェリカ。  四女、17歳、死別した4人目の妻が産んだ中国系ハーフ、シャンリー。  この5人とも青夜は家族となり、  ・・・何これ? 少し想定外なんだけど。  【2023/3/23、24hポイント26万4600pt突破】 【2023/7/11、累計ポイント550万pt突破】 【2023/6/5、お気に入り数2130突破】 【アルファポリスのみの投稿です】 【第6回ライト文芸大賞、22万7046pt、2位】 【2023/6/30、メールが来て出版申請、8/1、慰めメール】 【未完】

処理中です...