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Last Side View Story
55 Side 秋斗 01話
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こんなことが起こると誰が予想しただろう――
パーティーが始まって二時間ほどしたころ、よほどのことがない限りは鳴ることのない携帯が鳴った。
会場の隅で通話に応じると、じーさんが倒れたことと、翠葉ちゃんが走ってこちらへ向かっていると告げられた。
医師陣にはすでに通達してあり、残るは翠葉ちゃんのピックアップのみ。その翠葉ちゃんの様子もおかしいと言われ、慌てて彼女がいる非常階段へ向かった。
「秋斗様、こちらです」
会場を出てすぐのところで御崎さんに会い、彼女のもとへ案内される。と、非常口のドアがいくらか開いており、その隙間を埋めるように警備の人間が立っていた。
周りにさして人はおらず、招待客の目に触れていないことにほっとしたのは束の間――
目にした彼女は力なく座り込み、肩で息をしながら真っ青な唇を震わせていた。
俺に気づいた彼女は俺に向かって手を伸ばし、崩れるように横たえた。
「翠葉ちゃんっ」
「お嬢様っ」
「あき……さ、ろ……ん……」
声を発しようと唇を動かしても、声が言葉になることはない。けれど、何を言いたいのかはわかっていた。
「翠葉ちゃん、落ち着いて」
彼女の手を握りしめると、それ以上の力で握り返してくる。とても必死な様子で。
咽こみながら押し付けられたのは、紫紺の手ぬぐいとIDカード。
「翠葉ちゃん、わかってるから。大丈夫だから」
早く医務室に運ばなくては――
悲愴な面持ちで涙を零す彼女に、
「少し落ち着きなさい」
自分の上着をかけて包み込む。
「翠葉ちゃん、場所を移動する。ちゃんと状況を説明するからおとなしく言うことを聞いてほしい」
手ぬぐいを握る力が緩んだところで彼女を抱き上げた。
呼吸の荒さにひやりとする。
いったいどれほど走ったのだろう……。
レストランからだとすると、二〇〇メートル近くは走ったんじゃないだろうか。
彼女の手が冷たいのはいつものことだけど、これは別物のような気がした。
階段を下りるときに伝う振動が彼女の負担にならないよう、できる限りのホールドを試みる。
「翠葉ちゃんが地下回廊を走っているとき、モニタリングしてる警備員から連絡が入った。君がカメラに向かって話した情報はすべて伝わっている。ついさっき、紫さんと昇さん、栞ちゃんが別ルートでレストランへ向かったから大丈夫。安心して」
こんな端くれの情報じゃ安心などできはしないだろう。でも、今話せる情報はこれしかない。
地下へ下りると、
「秋斗様、こちらへっ。ストレッチャー用意してありますっ」
「湊ちゃんはまだっ?」
「先ほど会場を出られました。すぐお越しになりますので先に医務室へっ」
「翠葉ちゃん、もう少しだけがんばってっ。すぐに湊ちゃんが来るから」
息苦しそうにしていた彼女はすでにぐったりとしていた。
医務室に着く直前で湊ちゃんと楓、涼さんが追いついた。
湊ちゃんは翠葉ちゃんを見るなり、
「秋斗、翠葉を病院に搬送することになる。ヘリの手配をお願い」
「わかった」
俺はすぐにヘリの要請をした。そんなことしかできることがなかった。
どうして俺は医者じゃないんだろう。
君はあんなにも苦しそうにしていたのに、すぐ側にいたのに、俺は手を握り声をかけることしかできなかった――
パーティーが始まって二時間ほどしたころ、よほどのことがない限りは鳴ることのない携帯が鳴った。
会場の隅で通話に応じると、じーさんが倒れたことと、翠葉ちゃんが走ってこちらへ向かっていると告げられた。
医師陣にはすでに通達してあり、残るは翠葉ちゃんのピックアップのみ。その翠葉ちゃんの様子もおかしいと言われ、慌てて彼女がいる非常階段へ向かった。
「秋斗様、こちらです」
会場を出てすぐのところで御崎さんに会い、彼女のもとへ案内される。と、非常口のドアがいくらか開いており、その隙間を埋めるように警備の人間が立っていた。
周りにさして人はおらず、招待客の目に触れていないことにほっとしたのは束の間――
目にした彼女は力なく座り込み、肩で息をしながら真っ青な唇を震わせていた。
俺に気づいた彼女は俺に向かって手を伸ばし、崩れるように横たえた。
「翠葉ちゃんっ」
「お嬢様っ」
「あき……さ、ろ……ん……」
声を発しようと唇を動かしても、声が言葉になることはない。けれど、何を言いたいのかはわかっていた。
「翠葉ちゃん、落ち着いて」
彼女の手を握りしめると、それ以上の力で握り返してくる。とても必死な様子で。
咽こみながら押し付けられたのは、紫紺の手ぬぐいとIDカード。
「翠葉ちゃん、わかってるから。大丈夫だから」
早く医務室に運ばなくては――
悲愴な面持ちで涙を零す彼女に、
「少し落ち着きなさい」
自分の上着をかけて包み込む。
「翠葉ちゃん、場所を移動する。ちゃんと状況を説明するからおとなしく言うことを聞いてほしい」
手ぬぐいを握る力が緩んだところで彼女を抱き上げた。
呼吸の荒さにひやりとする。
いったいどれほど走ったのだろう……。
レストランからだとすると、二〇〇メートル近くは走ったんじゃないだろうか。
彼女の手が冷たいのはいつものことだけど、これは別物のような気がした。
階段を下りるときに伝う振動が彼女の負担にならないよう、できる限りのホールドを試みる。
「翠葉ちゃんが地下回廊を走っているとき、モニタリングしてる警備員から連絡が入った。君がカメラに向かって話した情報はすべて伝わっている。ついさっき、紫さんと昇さん、栞ちゃんが別ルートでレストランへ向かったから大丈夫。安心して」
こんな端くれの情報じゃ安心などできはしないだろう。でも、今話せる情報はこれしかない。
地下へ下りると、
「秋斗様、こちらへっ。ストレッチャー用意してありますっ」
「湊ちゃんはまだっ?」
「先ほど会場を出られました。すぐお越しになりますので先に医務室へっ」
「翠葉ちゃん、もう少しだけがんばってっ。すぐに湊ちゃんが来るから」
息苦しそうにしていた彼女はすでにぐったりとしていた。
医務室に着く直前で湊ちゃんと楓、涼さんが追いついた。
湊ちゃんは翠葉ちゃんを見るなり、
「秋斗、翠葉を病院に搬送することになる。ヘリの手配をお願い」
「わかった」
俺はすぐにヘリの要請をした。そんなことしかできることがなかった。
どうして俺は医者じゃないんだろう。
君はあんなにも苦しそうにしていたのに、すぐ側にいたのに、俺は手を握り声をかけることしかできなかった――
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