光のもとで1

葉野りるは

文字の大きさ
上 下
933 / 1,060
最終章 恋のあとさき

05話

しおりを挟む
「身体の変化がいつごろ起きるか知ってる?」
「……私の初経は中学一年生のときでした。でも、早い人は小学四年生、五年生でくると聞いたことがあります」
「そうね、個人差はあるわ。背の高い子や体格のいい子は割と早いの。私が訊いてるのはそういうことではなく、身体が変化する目安、かしら?」
「目安……ですか?」
「そう。人は陰毛が生えてくる頃を目安に身体の変化が始まるのよ」
 毛が生えてくる場所は身体の中でもとくに大切な場所で、身体が守ろうとするからこそ生えてくるものらしい。これは頭髪にも同じことが言えるそう。
 腋(わき)には体温調節を担う血管が走っていて、股は生殖器に直結している。身体の中へ通じる場所だからこそ守る必要があるという。
 このころ、女子には初経が、男子には精通がおとずれる。
 言葉だけは知っていた。一通り学校で習ってはいるから。けれど、それがどういったものなのかまで詳しく知らない。
 初経は実際になって理解した。その仕組みも授業で習っていたし、教科書に書いてある。
 卵子は卵巣の中で作られる。始めは卵胞というもので、それらが女性ホルモンの分泌によりいくつか成長する。そのうちのひとつが卵巣の壁を破って外に出る。それが「排卵」。
 卵胞は外に出る際、卵巣の壁を傷つけるために痛みを感じる人もいるという。それが「排卵痛」。
 生殖器の図を見ればわかるけど、卵巣と卵管はつながっていない。ゆえに、排出された卵子を卵管がつかみとってはじめて、卵子は卵管という細い管を通ることができるのだ。
 卵管を通った先にあるのが子宮。子宮は子宮内膜という柔らかい膜で覆われていて、このころの子宮内膜は、卵子と精子が受精した際に着床する場所として厚みを増している。
 卵子の寿命はおよそ六時間から二十四時間ほど。その間に卵子と精子と出会わなければ、子宮内膜は必要なくなり体外に排出される。その現象が「生理」。
 そして、この排卵のサイクルがだいたい二十八日くらいということから、生理は月に一度、なのらしい。
「生理ってただ血が流れてるんじゃなくて、子宮内膜が剥がれて出てきたものなのよ。身体の内部が剥がれて出てくるわけだから、これも個人差はあるけれど、痛みや吐き気を伴うのも理解できるでしょう?」
 その光景を想像してぞっとする。
「……あの痛みは内膜が剥がれる痛みだったんですね」
 生理痛が重い私にはひどく納得のいく説明だった。
 先生は教科書には書かれていないことを教えてくれる。
「初経を迎えたとき、お祝いしてもらわなかった?」
「あ……お母さんがお赤飯炊いてくれました。お父さんも喜んでて……」
 お母さんたちはおじいちゃんやおばあちゃんにも報告の電話をして、電話で「おめでとう」を言われた。でも、私はお腹が痛くて気持ち悪くて、冷や汗をかくほどにそれらがひどく、お赤飯など一口も食べることができなかった。いったい何がめでたいのか、と思った記憶がある。
「生理がくるっていうのは身体がきちんと成長している証なの。身体が大人になろうと変化を始める時期と言ってもいいわね。毎年誕生日を祝うでしょう? それと同じような気持ちで『おめでとう』って祝うのよ。いわば成長の節目。誕生日みたいなもの。ほかの言い方をするなら第二次性徴ね」

 私の初経は中学一年生の秋だった。
 初経がきてから数年は生理がきたりこなかったりと不規則であることが多いらしい。それはホルモンバランスが安定しないからなのだそう。人によっては、初経がきて二年くらいは排卵が起こらないこともあるという。
 私の場合、生理が来なかったことはなく、月に一度ではなくニ度来ることが何度もあった。月一度に落ち着いたのは中学三年生の春ごろだったと思う。
 先生のお話は、自分の過去を遡り、あった出来事をひとつひとつ思い返しながらのもので、一対一で話していることもあり、何に緊張することなく内容を把握していくことができた。
「さて、女子の初経は経験済みとして。男子の精通についてはどのくらいの知識がある?」
「……女の子の初経と同じで、初めて精子を射精することを精通という、と習ったと思います」
「そうね、それであってるわ。時期は女子と変わらないくらいか少し遅いくらいね。女子は早い子だと八歳くらい、男子は早くても九歳くらい。遅い子で男子は十三歳、女子は十二歳くらいね。平均して十歳前後。たまにもっと早い子や遅い子もいるけれど、身体の成長ばかりは年齢がすべてじゃないから、そのあたりはあまり気にしなくていいの」
「……そうなんですか?」
「そうよ。大事なのは、何も知らずに『その時』を迎えないこと。急にお腹痛くなって出血したらびっくりするでしょう? 男子も同じ。急に射精したらびっくりしてパニックになるわ。だから、その前に身体の仕組みやどんな変化がどのくらいの時期におとずれる、という必要な知識を教えて心の準備のお手伝いをするのが私たちの仕事。別に学校じゃなくて親でも構わないんだけどね」
「あ……私に生理のことを詳しく教えてくれたのは母でした」
 確か小学校四年生のころ、学校で授業がある前日に教えてくれた。私が学校での説明をすんなりと理解できたのは、事前にお母さんが教えてくれていたからかもしれない。
 お母さんはトイレからナプキンをふたつ持ってきて、ひとつは開けて使い方を教えてくれた。もうひとつは、淡いグリーンの巾着袋に入れて「プレゼント」と言ってくれたのだ。
 いつ生理がきても大丈夫なように、通学かばんの中に入れておきなさい、と――
 その話をすると、
「さすが、藤宮の卒業生ね」
 先生は嬉しそうに笑う。
「子供にとって一番身近な大人は両親なの。だから、何かあったときに一番に話すのも両親であることが多いわ。その両親から教えてもらえるのはとても幸せなことよ。とてもすてきな親子関係を築けている証拠だわ」
 先生に家族のことを褒めてもらえるのはとても嬉しかった。
 そのあと、男性器の構造の説明を受け、話はホルモンの説明へと移行した。

「男子は性的な興奮からホルモンが分泌されるの。たとえば、好きな人のことを考えるだけで勃起しちゃう子もいる。あとは脳を経由しなくても物理的なことから勃起することもあるのよ。精子がたくさんたまっていたり膀胱に尿がたまっているとき。周りの筋肉が収縮したときに精巣や精管が圧迫されて自然と勃起する。たいていの男子は朝起きたときに勃起するものなんだけど、お兄さんやお父さんの見たことない?」
 私はブンブンと顔を横に振った。
「あら、そう……。ま、それは生理現象だからって覚えていてね?」
 意識して見ていないから気づかないだけで、普段目にしてるのかもしれない。
 でも、改めて言われたところで想像はできないし、思い出せる映像も記憶にない。
「中学くらいになると男子がやたらとエッチなことを口にしたりするようになるでしょう? ……さっきの、私物でコンドームを持ってきていたずらした男子の件。それにも原因があるのよ」
 え……?
「性欲とも呼ばれるテストステロンってホルモンが、女子よりも男子のほうが十倍から二十倍多いの。だから、男子のほうがエッチなのは生物学的に立証されているのよ。女性は子を宿すことができるけど、男性にできるのは種をまくことだけ。子孫繁栄が本能に組み込まれているからホルモンの分泌も多い。ただし、誤解はしないで? 何にも個人差はあるし、男子のほうが多く分泌されるホルモンであっても、女子にも同じホルモンが分泌されているの。女子がエッチなことを考えないわけじゃないし、考えちゃいけないわけでもない」
 先生は一呼吸置いた。
「ちゃんと『性』というものを教える環境があれば、ネットや雑誌から得る中途半端な情報に踊らされずにすむんだけどね、なかなかそこまで教育が徹底されていないのが現状。きちんとした知識があって上辺だけの情報を得るのと、素地がなく、上辺だけの情報を得るのではやっぱり捉え方が違うわ。土台があるかないかでかなり違ってくる。翠葉ちゃんが通っていた学校ではコンドームが汚物のように扱われていたみたいだけど、生理に関してはどうだったかしら?」
 それもあまり思い出したくないことだった。
 みんながみんな、生理期間を知られないように悟られないように、とこそこそしていた。女の子同士でもそういうのは内緒のようだったし、男子に知られると「生理菌」などと呼ばれることもある。
 夏のプール授業では、生理中で入れない子がよく男子にからかわれていた。
 私は生理だろうと生理でなかろうと、いつもレポートだからそういうことから知られてしまうことはなくて、そういうのも原因で同性から何度となくきつい目で見られたものだ。
「この学園でそういうことはまずないわね。生理は普通にあるものだと認知されているから、女子同士なら割とオープンに話をしているわ。男女混合授業では、中には生理痛がひどい子もいるって話や低容量ピルで痛みを軽減する治療法があることも教える。風邪をひいていたり具合の悪い子がいたら『大丈夫?』って気遣うでしょう? それと同じレベルのものとして、藤宮では男女関係なしに生理痛を気遣えるような人になりなさいって教育方針なの」
 そんな教育方針があることまでは知らなかったけれど、さわり程度は桃華さんや茜先輩から聞いていた。何より、私が生理のときのツカサの対応を見て、今まで周りにいた男子と違うことには気づいていた。
 そのときのことを話すと、
「さすがうちの生徒。なっちゃん先生鼻が高いわ」
 先生は満足そうに口にする。
「生理のときに重いものを持ったりすると出血がひどくなることもあるのよ。そういうことも話してあるの。でも、やっぱり年ごろだものね。女子は生理が普通のことだと理解していても男子に気づかれるのは恥ずかしいと思うもの。それは教育云々ではなくお年ごろの心理。女性としての恥じらい。知識として理解しているのと、知られることを恥ずかしいと思う気持ちは別物。だから、何気なく気遣えるように、って結構レベル高めの要求を男子にはしているわ」
 ……ツカサのあれは、「何気なく」というレベルではないと思う。
 思うけど――からかわれたり、汚いものを見るような目で見られるよりは全然よかった。
「ここまでで初経と精通、生理と勃起については粗方話し終わったわね。何かわからないことある?」
「いえ……たぶん大丈夫だと思います」
「じゃ、次に行こう。この、初経や精通を迎えたあとは身体が徐々に変化するわ。それを第二次性徴というのだけど、男女に起こる変化は様々。共通してるのは陰毛が濃くなることと、顔つきが女性らしく男性らしくなることくらい。女子は胸が膨らみ始める。これも身体の成長。将来、赤ちゃんを産んで母乳で育てられるように乳腺が発達するからよ。胸の大きさは問題じゃないわ。少しでも膨らんでいれば乳腺が発達している証拠なの。あとは骨盤が発育してヒップに丸みが出てくる。そしたら自然とウエストにくびれができるのよ。あと、女の子は皮下脂肪がつきやすくなるわね。一方男子は、声変わりがある。それから肩幅が広くなったり筋肉がついて、より男性らしい身体つきになるわ。身体の中身も外見も、少しずつ変化を始めるのよ。同時に、身体だけじゃなくて心も変化するの」
 ここから、身体と心の話に移った。
しおりを挟む
感想 24

あなたにおすすめの小説

光のもとで2

葉野りるは
青春
一年の療養を経て高校へ入学した翠葉は「高校一年」という濃厚な時間を過ごし、 新たな気持ちで新学期を迎える。 好きな人と両思いにはなれたけれど、だからといって順風満帆にいくわけではないみたい。 少し環境が変わっただけで会う機会は減ってしまったし、気持ちがすれ違うことも多々。 それでも、同じ時間を過ごし共に歩めることに感謝を……。 この世界には当たり前のことなどひとつもなく、あるのは光のような奇跡だけだから。 何か問題が起きたとしても、一つひとつ乗り越えて行きたい―― (10万文字を一冊として、文庫本10冊ほどの長さです)

家政婦さんは同級生のメイド女子高生

coche
青春
祖母から習った家事で主婦力抜群の女子高生、彩香(さいか)。高校入学と同時に小説家の家で家政婦のアルバイトを始めた。実はその家は・・・彩香たちの成長を描く青春ラブコメです。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

実力を隠し「例え長男でも無能に家は継がせん。他家に養子に出す」と親父殿に言われたところまでは計算通りだったが、まさかハーレム生活になるとは

竹井ゴールド
ライト文芸
 日本国内トップ5に入る異能力者の名家、東条院。  その宗家本流の嫡子に生まれた東条院青夜は子供の頃に実母に「16歳までに東条院の家を出ないと命を落とす事になる」と予言され、無能を演じ続け、父親や後妻、異母弟や異母妹、親族や許嫁に馬鹿にされながらも、念願適って中学卒業の春休みに東条院家から田中家に養子に出された。  青夜は4月が誕生日なのでギリギリ16歳までに家を出た訳だが。  その後がよろしくない。  青夜を引き取った田中家の義父、一狼は53歳ながら若い妻を持ち、4人の娘の父親でもあったからだ。  妻、21歳、一狼の8人目の妻、愛。  長女、25歳、皇宮警察の異能力部隊所属、弥生。  次女、22歳、田中流空手道場の師範代、葉月。  三女、19歳、離婚したフランス系アメリカ人の3人目の妻が産んだハーフ、アンジェリカ。  四女、17歳、死別した4人目の妻が産んだ中国系ハーフ、シャンリー。  この5人とも青夜は家族となり、  ・・・何これ? 少し想定外なんだけど。  【2023/3/23、24hポイント26万4600pt突破】 【2023/7/11、累計ポイント550万pt突破】 【2023/6/5、お気に入り数2130突破】 【アルファポリスのみの投稿です】 【第6回ライト文芸大賞、22万7046pt、2位】 【2023/6/30、メールが来て出版申請、8/1、慰めメール】 【未完】

処理中です...