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40~45 Side 唯 02話
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司っちに裏事情を話さず、表舞台のセッティングに乗ってもらうにはどうしたらいいだろう……。
「あれ? そこからして難解なんじゃないの?」
通信を切るなり、俺は頭を抱える羽目になる。
「うーわ……俺、墓穴掘ったっぽい」
ヒントなりなんなりとか言ってたけど、与えられるもなんてほとんどない。これ、できることがあったら秋斗さんがしてるよね、って話なんじゃないの?
「なんかしてやられた気分」
ま、どちらにせよ連絡はしなくちゃいけない。
ただ単にバックアップを取るだけでいいのか、司っちがどういうことを危惧しているのか。
その流れで、どうせだったらリィに話しちゃえばいいじゃん、とか振ってみようかな。
「……そうだよ、その手があるじゃん。もともとリィに話さなくちゃいけない設定なんだしさ。そうだよそうだよ。そしたらリィだって一緒に考えなくちゃいけなくなる」
……ん?
考えを口にして何か引っかかりを覚えた。
でも、何に引っかかったのかが明瞭じゃない。
自分、少し巻き戻そうか――
俺は秋斗さんから連絡が入ったところからの会話を思い出していた。
そのうえで、今まで俺が見てきた司っちという人間と重ね合わせる。
「あぁ、そうか……」
司っちが心を伴って頭を悩ませるってところにピントが合わせられている?
司っちがあれこれ考えるのは自分にとって大切な人が絡むときだけ。
その「大切な人」は家族でも従兄弟でもかまわないわけだけど、一族以外で彼が心を動かされ頭を使う人間は少ない。
「会長はピンポイントでそこをついてきたってわけか」
会長がリィに期待してるっていうのは、つまりそういうことなんだ。
もう一度与えられる選択権に意味なんてない。
リィの答えなんて端から問題視されていない。
藤宮グループ会長、藤宮元――俺、この人大っ嫌いだ。
自分の孫がかわいくて、自分の孫のことしか考えてなくて、リィなんてパーツ扱いも同然じゃん。
腹立たしいことこの上ない。
沸々と煮え立つ感情を心の冷蔵庫に放り込む。
放り込んで数秒後、もうひとつ合点の行く内容にぶつかった。
会長がリィを気にいっているのは自分たちの孫がここまで影響を受ける人間だからなんじゃないの?
秋斗さんも司っちも、リィに会うまではこんなに他人のことを考えることはなかったんじゃ――
「ああああっっっ! もうやだ、ホントに最っ低……」
藤宮一族って腹黒すぎやしませんかね?
自分とこの子に感情や人間関係学ばせるのに人んちの子使わないでもらえませんかっ!?
人間関係なんて人に関わって自然と学ぶものだと思う。
でも、これはどう考えても用意されてるじゃん。
人も状況も何もかも。
秋斗さんは寸分違わずここまで理解していたと思う。
ずいぶんとあやふやな言い回ししてたけど、絶対確信犯。
だって、秋斗さん自身がそうだった。
リィに関わることで「人の心」を知った人。
リィがどんな期待されているのかもわかってて、全部を全部俺に提示しなかった。
全部提示しないどころか、カモフラージュじみたあれこれ話しやがってこんちくしょーめ……。
悔しい……すんごく悔しい。
俺、どうして通信中に気づけなかったかな。
――「うちのじーさんにしては珍しいことだよ。気に入ったものはどんな手を使ってでも手に入れる。その道理からすれば、選びなおしなんてさせるはずがない。それだけじーさんに気に入られてて、なおかつ期待されてるんだろうな」。
これはさ、暗に気に入ったものはどんな手を使ってでも手に入れるし、それを手放すなんて絶対にあり得ない、って言ってるよね?
つまり、再度選択権を与えられたところでリィが答えを変えるわけがないってわかってるんだ。
だから気に入られてて期待されてる。
しかも、秋斗さんは自分の優秀な部下がこのことに途中で気づくのも計算済み。
秋斗さん、しっかり会長と意思疎通できてんじゃないですか……。
なんでしたら俺が烙印ガシガシ押しますけどっ!?
「ほんっと腹立つわっ」
勢いに任せて立ち上がったら足の小指をデスクの端にぶつけた。
「っつ――」
言葉にならない痛みを感じつつ思う。
ここはあれだろうか?
心頭滅却すれば火もまた涼し――
色々違う気もするけど、とりあえずは行動に移そう。
左足をかばいながら部屋を出る。と、洗面所に碧さんがいた。
今洗濯物をやっつけているところを見ると、午前中は仕事で家事に手が回らなかったっぽい。
「あら、唯……人相悪いけどどうしたの?」
きょとんとした顔がリィとそっくり。
会話の内容は微妙だけど。
出会い頭で「人相悪い」とは初めて言われた。
「ちょっとはらわた煮えくり返ってるので冷水シャワってこようかと」
サクリと答えたら、眉をひそめて訊かれる。
「ねぇ、唯、知ってる?」
「何をでしょう?」
「今、十一月下旬よ? 冷水シャワーなんて風邪ひかない?」
こんな会話が成り立ってしまうあたりがリィと似ている。
相変わらず内容は微妙だけども。
「いえ、なんつーか……今の俺は、触れると火傷するぜ! な感じなので、ものがなんでも気化させられる気がします」
「それ、物理的に無理よ? しかも、焼け石に水ならやらないほうがいいんじゃないかしら?」
普通の内容じゃなくても真面目に返してくるから少し困る。
「んじゃ、冷水シャワーは却下で。とりあえずシャワー浴びてすっきりしてくることにします」
「ちょっと待ってね。このバスタオルで終わりだから」
碧さんは最後の一枚を洗濯曹から取り出し場所を譲ってくれた。
去り際に一言。
「唯は頑丈そうには見えないわよねぇ……。だから言うけど、うちで風邪なんてひこうものなら隔離コース決定よ?」
にこりと笑い、ピシャリ、とドアを閉められた。
「……こういうところはリィと違う。どっちかっていうとあんちゃん」
あ、逆か。碧さんの要素をリィとあんちゃんが持ってるんだ。
なんだかすっかり毒気を抜かれた気はしたけれど、シャワーは浴びることにした。
学校のホームルームが終わる時間ぴったりに司っちに電話した。
秋斗さんから聞いて知ってはいたけど、俺はあえて訊く。
「内緒じゃなくてリィに話しちゃえばいいじゃん」
なんて言葉が返ってくるかと思いきや、
『起こるとも起こらないともわからないことをですか? いつまで警戒し続ければいいのかもわからないことを話せ、と?』
本当だった。
秋斗さんからもらった司っち情報は嘘偽りなし、ホンモノ。
司っちは司っちでリィのことを考えている。
でもそれ、会長の思惑からは少し外れてるんだよね……。
それでも真摯に考えてくれているのがわかるからちょっと困る。
物事を冷静に捉えているふうではある。
与えられた情報から起こり得る可能性すべてをはじき出してさ。
秋斗さんが通信のあとに送ってきたメールには、この件を任されてからの司っちが取った行動のすべてが書かれていた。
ものすごく優秀だと思うよ。
この俺がそう思うんだから間違いない。
司っちはリィに負担がかからないように、傷つけないように、と動こうとしてくれていた。
その姿勢に免じて目を瞑ることにする。
俺にとっての一番はリィ。そこは譲れない。
でも、ここまでリィのことを考えてくれる君の心に少しでも伸びしろがあるのなら、それを補助するのも悪くない。
そう思えるくらいに彼はがんばっているように見えたんだ。
「器がだめになることだってあるよね?」
携帯の本体を指して「器」という言葉を使った。
司っちは「そうですね」と答える。
「司っち、リィにとっての携帯ってなんだと思う?」
『依存物質』
あはは、言ってくれるじゃないの……。
ま、強ち外れてはいないんだけどさ。
でも君は、「依存」の度合いをちゃんと知っているのかな。「依存物質」というものが、どれほど大きな存在なのかわかっているのかな。
「あの携帯はさ、高校入学のお祝いに碧さんと零樹さんからプレゼントされたものらしいんだよね」
わかる? 自分で買ったものじゃない。人にプレゼントされたものなんだ。
『それが何か?』
……あはは、わからねーってか。
「それってさ、プレゼントされたものが壊されるってことでしょ? そしたらリィは悲しむよ。悔やんで泣くかも。だから、携帯本体の複製も作るから」
『そんな時間あるんですか?』
言ってくれるねぃ……。
最悪の事態を想定しているだけに、実に現実的な突っ込みだ。
でも、そこは俺です。
「やだなぁ、誰にもの言ってんの? すでに同機種の手配済んでるし、リィが風呂に入っている間にバックアップは済ませる。その間に携帯の外観の写真撮って朝までには本体、内部基板もろともすり替えるよ」
『……唯さん、データ以外に工作もできたんですね』
俺は「まぁね」とか答えたけど、本当のところはちょっと違う。
もの作りは好きだけど、携帯についている傷を複製するような加工技術は持ち合わせていない。
時間をかけていいならできなくはないだろう。けど、今回はリミットつき。
そのうえ、データをバックアップ取るだけに留めないことにしたのだから、ほかのプログラミングをいじりつつ加工作業なんて逆立ちしたって無理。
だから、そこは早々に手を打った。
先日仲良くなった倉田さんは開発事業部精密機器工作課という特殊工作班に属している。
その人にさくっとメールを送りつけた。
ついでに、携帯の器もそっちに届くように手配した。
あとはリィの携帯の写真を撮ってメールに添付して送れば完了。
俺はプログラミングに全力を注ぐのみ。
リィの携帯には藤宮の要人たちの情報が入っている。
でも、携帯の番号なんて出回ったら出回ったで手放せばいいだけのこと。
トカゲの尻尾切りができる代物だ。
面倒だけど、すごく困る事態には陥らない。
厄介なウイルスがばら撒かれるとも考えにくい。
だって、今回の相手はそんな相手じゃないのだから。
それでもありとあらゆる手を尽くしたのは、この件で罪人を出さないため。
司っちは佐々木の姪がどうなってもかまわないような口ぶりだったからね。
リィさえ守られればそれでかまわない、そんな感じだった。
気持ちはわからなくもない。
でも、それじゃだめだ。リィが悲しむ。
誰かが退学になる事態や罪に問われるようなことになれば、それに関わったリィが何も感じないわけがない。
司っちも知ってると思うけど、自分さえ傷つかなければいいなんて思える子じゃないんだよ。
俺、根っからのシスコン伝授されちゃったからさ、そんなことだって見過ごすわけにはいかないんだ。
それと、これはもともと君のために用意された舞台だから、ほかに被害が出ることは本意じゃない。
この際、誰の本意とは考えないことにする。
意にそぐわない結果だけにはならないよう、俺は危険因子を徹底的に排除する。
そこまでが、この件に関わった俺の仕事――
「あれ? そこからして難解なんじゃないの?」
通信を切るなり、俺は頭を抱える羽目になる。
「うーわ……俺、墓穴掘ったっぽい」
ヒントなりなんなりとか言ってたけど、与えられるもなんてほとんどない。これ、できることがあったら秋斗さんがしてるよね、って話なんじゃないの?
「なんかしてやられた気分」
ま、どちらにせよ連絡はしなくちゃいけない。
ただ単にバックアップを取るだけでいいのか、司っちがどういうことを危惧しているのか。
その流れで、どうせだったらリィに話しちゃえばいいじゃん、とか振ってみようかな。
「……そうだよ、その手があるじゃん。もともとリィに話さなくちゃいけない設定なんだしさ。そうだよそうだよ。そしたらリィだって一緒に考えなくちゃいけなくなる」
……ん?
考えを口にして何か引っかかりを覚えた。
でも、何に引っかかったのかが明瞭じゃない。
自分、少し巻き戻そうか――
俺は秋斗さんから連絡が入ったところからの会話を思い出していた。
そのうえで、今まで俺が見てきた司っちという人間と重ね合わせる。
「あぁ、そうか……」
司っちが心を伴って頭を悩ませるってところにピントが合わせられている?
司っちがあれこれ考えるのは自分にとって大切な人が絡むときだけ。
その「大切な人」は家族でも従兄弟でもかまわないわけだけど、一族以外で彼が心を動かされ頭を使う人間は少ない。
「会長はピンポイントでそこをついてきたってわけか」
会長がリィに期待してるっていうのは、つまりそういうことなんだ。
もう一度与えられる選択権に意味なんてない。
リィの答えなんて端から問題視されていない。
藤宮グループ会長、藤宮元――俺、この人大っ嫌いだ。
自分の孫がかわいくて、自分の孫のことしか考えてなくて、リィなんてパーツ扱いも同然じゃん。
腹立たしいことこの上ない。
沸々と煮え立つ感情を心の冷蔵庫に放り込む。
放り込んで数秒後、もうひとつ合点の行く内容にぶつかった。
会長がリィを気にいっているのは自分たちの孫がここまで影響を受ける人間だからなんじゃないの?
秋斗さんも司っちも、リィに会うまではこんなに他人のことを考えることはなかったんじゃ――
「ああああっっっ! もうやだ、ホントに最っ低……」
藤宮一族って腹黒すぎやしませんかね?
自分とこの子に感情や人間関係学ばせるのに人んちの子使わないでもらえませんかっ!?
人間関係なんて人に関わって自然と学ぶものだと思う。
でも、これはどう考えても用意されてるじゃん。
人も状況も何もかも。
秋斗さんは寸分違わずここまで理解していたと思う。
ずいぶんとあやふやな言い回ししてたけど、絶対確信犯。
だって、秋斗さん自身がそうだった。
リィに関わることで「人の心」を知った人。
リィがどんな期待されているのかもわかってて、全部を全部俺に提示しなかった。
全部提示しないどころか、カモフラージュじみたあれこれ話しやがってこんちくしょーめ……。
悔しい……すんごく悔しい。
俺、どうして通信中に気づけなかったかな。
――「うちのじーさんにしては珍しいことだよ。気に入ったものはどんな手を使ってでも手に入れる。その道理からすれば、選びなおしなんてさせるはずがない。それだけじーさんに気に入られてて、なおかつ期待されてるんだろうな」。
これはさ、暗に気に入ったものはどんな手を使ってでも手に入れるし、それを手放すなんて絶対にあり得ない、って言ってるよね?
つまり、再度選択権を与えられたところでリィが答えを変えるわけがないってわかってるんだ。
だから気に入られてて期待されてる。
しかも、秋斗さんは自分の優秀な部下がこのことに途中で気づくのも計算済み。
秋斗さん、しっかり会長と意思疎通できてんじゃないですか……。
なんでしたら俺が烙印ガシガシ押しますけどっ!?
「ほんっと腹立つわっ」
勢いに任せて立ち上がったら足の小指をデスクの端にぶつけた。
「っつ――」
言葉にならない痛みを感じつつ思う。
ここはあれだろうか?
心頭滅却すれば火もまた涼し――
色々違う気もするけど、とりあえずは行動に移そう。
左足をかばいながら部屋を出る。と、洗面所に碧さんがいた。
今洗濯物をやっつけているところを見ると、午前中は仕事で家事に手が回らなかったっぽい。
「あら、唯……人相悪いけどどうしたの?」
きょとんとした顔がリィとそっくり。
会話の内容は微妙だけど。
出会い頭で「人相悪い」とは初めて言われた。
「ちょっとはらわた煮えくり返ってるので冷水シャワってこようかと」
サクリと答えたら、眉をひそめて訊かれる。
「ねぇ、唯、知ってる?」
「何をでしょう?」
「今、十一月下旬よ? 冷水シャワーなんて風邪ひかない?」
こんな会話が成り立ってしまうあたりがリィと似ている。
相変わらず内容は微妙だけども。
「いえ、なんつーか……今の俺は、触れると火傷するぜ! な感じなので、ものがなんでも気化させられる気がします」
「それ、物理的に無理よ? しかも、焼け石に水ならやらないほうがいいんじゃないかしら?」
普通の内容じゃなくても真面目に返してくるから少し困る。
「んじゃ、冷水シャワーは却下で。とりあえずシャワー浴びてすっきりしてくることにします」
「ちょっと待ってね。このバスタオルで終わりだから」
碧さんは最後の一枚を洗濯曹から取り出し場所を譲ってくれた。
去り際に一言。
「唯は頑丈そうには見えないわよねぇ……。だから言うけど、うちで風邪なんてひこうものなら隔離コース決定よ?」
にこりと笑い、ピシャリ、とドアを閉められた。
「……こういうところはリィと違う。どっちかっていうとあんちゃん」
あ、逆か。碧さんの要素をリィとあんちゃんが持ってるんだ。
なんだかすっかり毒気を抜かれた気はしたけれど、シャワーは浴びることにした。
学校のホームルームが終わる時間ぴったりに司っちに電話した。
秋斗さんから聞いて知ってはいたけど、俺はあえて訊く。
「内緒じゃなくてリィに話しちゃえばいいじゃん」
なんて言葉が返ってくるかと思いきや、
『起こるとも起こらないともわからないことをですか? いつまで警戒し続ければいいのかもわからないことを話せ、と?』
本当だった。
秋斗さんからもらった司っち情報は嘘偽りなし、ホンモノ。
司っちは司っちでリィのことを考えている。
でもそれ、会長の思惑からは少し外れてるんだよね……。
それでも真摯に考えてくれているのがわかるからちょっと困る。
物事を冷静に捉えているふうではある。
与えられた情報から起こり得る可能性すべてをはじき出してさ。
秋斗さんが通信のあとに送ってきたメールには、この件を任されてからの司っちが取った行動のすべてが書かれていた。
ものすごく優秀だと思うよ。
この俺がそう思うんだから間違いない。
司っちはリィに負担がかからないように、傷つけないように、と動こうとしてくれていた。
その姿勢に免じて目を瞑ることにする。
俺にとっての一番はリィ。そこは譲れない。
でも、ここまでリィのことを考えてくれる君の心に少しでも伸びしろがあるのなら、それを補助するのも悪くない。
そう思えるくらいに彼はがんばっているように見えたんだ。
「器がだめになることだってあるよね?」
携帯の本体を指して「器」という言葉を使った。
司っちは「そうですね」と答える。
「司っち、リィにとっての携帯ってなんだと思う?」
『依存物質』
あはは、言ってくれるじゃないの……。
ま、強ち外れてはいないんだけどさ。
でも君は、「依存」の度合いをちゃんと知っているのかな。「依存物質」というものが、どれほど大きな存在なのかわかっているのかな。
「あの携帯はさ、高校入学のお祝いに碧さんと零樹さんからプレゼントされたものらしいんだよね」
わかる? 自分で買ったものじゃない。人にプレゼントされたものなんだ。
『それが何か?』
……あはは、わからねーってか。
「それってさ、プレゼントされたものが壊されるってことでしょ? そしたらリィは悲しむよ。悔やんで泣くかも。だから、携帯本体の複製も作るから」
『そんな時間あるんですか?』
言ってくれるねぃ……。
最悪の事態を想定しているだけに、実に現実的な突っ込みだ。
でも、そこは俺です。
「やだなぁ、誰にもの言ってんの? すでに同機種の手配済んでるし、リィが風呂に入っている間にバックアップは済ませる。その間に携帯の外観の写真撮って朝までには本体、内部基板もろともすり替えるよ」
『……唯さん、データ以外に工作もできたんですね』
俺は「まぁね」とか答えたけど、本当のところはちょっと違う。
もの作りは好きだけど、携帯についている傷を複製するような加工技術は持ち合わせていない。
時間をかけていいならできなくはないだろう。けど、今回はリミットつき。
そのうえ、データをバックアップ取るだけに留めないことにしたのだから、ほかのプログラミングをいじりつつ加工作業なんて逆立ちしたって無理。
だから、そこは早々に手を打った。
先日仲良くなった倉田さんは開発事業部精密機器工作課という特殊工作班に属している。
その人にさくっとメールを送りつけた。
ついでに、携帯の器もそっちに届くように手配した。
あとはリィの携帯の写真を撮ってメールに添付して送れば完了。
俺はプログラミングに全力を注ぐのみ。
リィの携帯には藤宮の要人たちの情報が入っている。
でも、携帯の番号なんて出回ったら出回ったで手放せばいいだけのこと。
トカゲの尻尾切りができる代物だ。
面倒だけど、すごく困る事態には陥らない。
厄介なウイルスがばら撒かれるとも考えにくい。
だって、今回の相手はそんな相手じゃないのだから。
それでもありとあらゆる手を尽くしたのは、この件で罪人を出さないため。
司っちは佐々木の姪がどうなってもかまわないような口ぶりだったからね。
リィさえ守られればそれでかまわない、そんな感じだった。
気持ちはわからなくもない。
でも、それじゃだめだ。リィが悲しむ。
誰かが退学になる事態や罪に問われるようなことになれば、それに関わったリィが何も感じないわけがない。
司っちも知ってると思うけど、自分さえ傷つかなければいいなんて思える子じゃないんだよ。
俺、根っからのシスコン伝授されちゃったからさ、そんなことだって見過ごすわけにはいかないんだ。
それと、これはもともと君のために用意された舞台だから、ほかに被害が出ることは本意じゃない。
この際、誰の本意とは考えないことにする。
意にそぐわない結果だけにはならないよう、俺は危険因子を徹底的に排除する。
そこまでが、この件に関わった俺の仕事――
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