光のもとで1

葉野りるは

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40~45 Side 唯 01話

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 十一月二十二日月曜日――
 必殺仕事人の如く仕事を片っ端からやっつけていると、秋斗さんから通信が入った。
「なんですかー? まだ一時ですけど? 今やってるのって六時が納期でしたよね? 違いましたっけ?」
『その件じゃない』
「じゃ、どの件ですか?」
 俺は高速連打を止めずに答える。
『オーダーが入った。翠葉ちゃんの携帯のバックアップを取るように』
 このときまで知らずにいたよね。
 まだあの件と向き合ってる人間がいたなんてさ。
 もともと学園警備は俺の管轄外だし知らなくてもおかしくはないんだけど。
 リィがパレスから帰ってきた翌日、司っちに学園警備を動かす権限が与えられていたなんて寝耳に水もいいとこだった。
 雅嬢のことも佐々木のことも派閥のことも、何もかも片付いたものだと思っていたのだから。
「何かあったんですか?」
『いや、何も……』
 イヤホンから聞こえてくる声にかげりを感じる。
『あるとしたら、司が試されてるってところかな』
 なんですか、それ……。
「試すも何も、何もないじゃないですか」
『そうだな。何もないけど、雅のファイルが司の手元にある』
 雅のファイルとは、秋斗さんが念のためにと調べ作った資料のことだろう。
 それがどうして司っちの手に……? 不可解極まりない。
 雅嬢の件はずいぶん前からオーナーに一任されており、今もそれは続行中だという。
 だから、俺たち警備サイドは雅嬢のことは切り離して考え、リィの今後を予測したが、今のところこれといった問題は見つからなかった。
 生徒間のいざこざにおいては風紀委員と学園警備の守備範囲内。
 それで問題なし、と片付けた。
「雅さんのファイルと司っち、それと学園警備なんて関係ないじゃないですか」
『あぁ、ないな。まるでないとは言い切れないけど、司が陣頭指揮を任される必要性はゼロ。ただ、ファイルを渡したのはじーさんだからね。司に何をどう話してあのファイルを見せたのか……』
 秋斗さんの言葉には、まだ何かが続きそうな余韻があった。
「なんですか、気持ち悪い」
『じーさんがやろうとしていることを正しくは理解できないけど……』
「歯切れ悪さが増しましたけど?」
『……思うに、関係のないものをあれこれ見せられて、色々と試されているんだろうな』
 ……この人、これで説明できているつもりなんだろうか。
 ヤメテクレマセンカ? 脳内補完全開で話すの。
「あのぉ、申し訳ないくらいにまったく意味がわからないんですけどもっ?」
 イラッとしたままに尋ねると、
『与えられた情報の中から重要なものを見出せるか。もしくは、全体の中の自分を見るように仕組まれているのか――肝心なのは翠葉ちゃんのことなんだろうけど』
 何ひとつ解消されない不透明すぎる答えが返ってきた。けど――
「肝心なのがリィってなんですか?」
 そこだけは明確にしてもらわねば……。
『じーさんはもう一度翠葉ちゃんに訊くつもりらしい。俺たち藤宮に関わるかどうかを』
 何がどうして……。
 あんな選択、一度すれば十分だ。なのになんで――
 それを秋斗さんにぶつけたら、ポン、と答えを返された。
『うちのじーさん、翠葉ちゃんがお気に入りなんだよね』
 もっと意味がわからなくなった。
 お気に入りならなおのことやめてほしい。
『翠葉ちゃんが静さんに選択を迫られたのは記憶が戻った直後。じーさん、記憶が戻ったときの彼女の様子を会って知ってるからさ、そんなときに選択させたことを申し訳ないと思っているのかもしれない』
 そうは言うけど、ふざけた選択を二度も、ということに変わりはないわけで、俺の怒りは自然と会長へ向かう。
 そんな俺に秋斗さんが言った。
『うちのじーさんにしては珍しいことだよ。気に入ったものはどんな手を使ってでも手に入れる。その道理からすれば、選びなおしなんてさせるはずがない。それだけじーさんに気に入られてて、なおかつ期待されてるんだろうな』
 気に入られて期待とかわけわかんないし。
 そんなの、迷惑以外の何ものでもないじゃん。
 腹立たしさだけを感じていると頭の回転は鈍るらしい。
 秋斗さん曰く、その迷惑甚だしい再選択という話を会長は司っちにさせたいんじゃないか、と言う。司っちにその役を任せたいんじゃないのか、と。
 今、俺の脳内には「秋斗虫」という性質の悪い虫が湧いていて、それらがうねうねと縦横無尽に練り歩いている。
 この人、俺を混乱させて楽しんでないか?
 そう思うくらいには頭の中がぐちゃぐちゃだ。
『まるで用意された舞台みたいだろ?』
 俺はしばし無言になる。
 その役を司っちにやらせたところでどこにどんな得がある? 益がある?
 リィが会長のお気に入りというのはこの際無視。
 だって、もう一度機会を与えられようが何をしようがリィの答えが変わるとは思えない。
 だいたいにして、会長も秋斗さんもリィを甘く見すぎ。
 リィは関わると決めたことを反故にしたりしない。
 今回リィが出した答えをそんなにも疑っているのだろうか。
「期待」とかふざけんな。
 そんな期待されなくてもリィは何度だって関わることを選ぶ。
 この舞台が用意されている本当の意味は何?
 たぶん、会長が司っちに何をさせたいのか、ってところがポイント。
 リィは二次的要素に過ぎないと考えるべき。
 リィに与えられるものが「関わるか関わらないかの再選択」ならば、司っちがやらなくちゃいけないことは「再選択の権利」を提示することだけど、なんの前置きもなくこんな話題を切り出せるものでもない。
 ……え? あ……つまりそういうこと?
 その話ができるようにこの舞台が整えられているってこと?
 雅嬢のファイルはそれらしく演出するための小道具?
 司っちを試すって、まさか――
「秋斗さん、俺、自分の脳みそを漂白剤につけたくなってきました」
『俺、使い物にならない部下はいらないよ? それに、真っ白な唯とか、それ絶対に唯じゃないだろ?』
 そうきたか……。
 秋斗さんらしい切り替えしに納得しそうになって、いやいやいやいや、と頭(かぶり)を振る。
「あの、確認なんですけど……。現況ってこんな感じですかね? すべては司っちが再選択権をリィに話しやすいように状況が整えられている」
『俺の出した答えに近いけど、中身がスカスカだな』
 答案用紙にでかでかと三角を描かれた気分。
 おまけに自尊心がツンツンツンツン触発されて、中身の内容に唸りたくなる。
 できればあまり当たってほしくない。
「会長がやらせたいのって、一度手に入れたものを自らの意思で手放すこと、ですか?」
『それもあるかもしれない』
 かもしれないって何……。
 本当に冗談じゃない。
 実は秋斗さん、全部わかってて微妙な話し方してないか?
 そんな思いが頭をよぎる。
「もう考えるの面倒なんで、全部話してくれませんかね?」
 考えることを放棄して、えいや、と投げてみた。
『じーさんが何をしようとしているのか、俺も違えずにわかっているのかは怪しいんだ。だけど、自分の欲望を抑えてでも相手のことを思いやれるか、っていうことは課題に入っている気がする。うちの一族は欲望のままに、を地で行くタイプが多いから』
 まるで、自分のこと、とでも言うかのように秋斗さんは話す。
 事実、その中に秋斗さんはしっかりと含まれるんだろうけれど……。
 なーんか、人の心を試すようなあこれって好きじゃない。
 事、リィがその引き合いに出されてると余計に。
 リィは心を試されるような人間じゃないのに、なんでそんな引き合いに出されなくちゃいけないのか、と腹が立つ。
「概要はわかりましたけど……」
 声音が低くなるのもテンションが下がるのも仕方ないと思う。
「リィの携帯のバックアップって本人に許可を得て、ですか? それとも――」
『秘密裏に。これは司からのオーダー』
「気に食わないですね……」
『どのあたりが?』
『全部が、です。でも、強いて言うなら秘密裏にってところがですかね」
 これじゃ、まるきりシナリオが変わってしまう。
 セッティングされている舞台が意味を成さなくなる。
『湊ちゃんから聞いた話なんだけど、司には司なりの考えあってのことらしい』
「は?」
 どんなだよ。
 俺が聞いてやる。
『起こるか起こらないかわかりもしないことに四六時中怯えさせたくはない。そう言ってたらしい。記憶が戻ったばかりの彼女を司なりに気遣ってのことだろう』
 あぁ、頭痛くなってきた……。
「あの、お宅のおじー様とお孫さん、まったく意思の疎通ができてませんけどっ!?」
『あのじーさんと意思の疎通ができたら人間じゃないって烙印押されるよ』
 それもどうなのよ……。
 俺は耐え切れずにデスクに突っ伏す。
 ゴン、という音と共に、額に衝撃が走った。
『いい音したな?』
「えぇ、頭でもぶつけてないと正気保てそうにないんで……」
『難儀だな』
「いえ、お宅のじじ孫の関係ほどじゃないですよ」
 クスクスと笑う秋斗さんに問う。
「これ、会長の思惑と司っちの行動がそぐわなかった場合どうなるんですか?」
『さぁ、どうにもならないとは思うけど――最後までじーさんの意図を読めないようでも困るんだ』
 まったくもってよくわからん一族だ。
 そして傍迷惑だとも思う。
「この件、裏事情は話さないので、自分から司っちにコンタクトとっていいですかね?」
『あぁ、ぜひともヒントなりなんなり与えてやって』
 俺は直接司っちにコンタクトを取る了承を得て通信を切った。
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