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30~45 Side 秋斗 04話
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ファイルには会話の一部始終が記録されていた。
再生が終わると蔵元が口を開く。
「今回の件に関しては全体像をお話しでいらっしゃいましたね」
「あぁ……」
たかが十七歳の小娘、一生徒の色恋沙汰に警備会社は関与しない、と言っていた。
警備サイドの見解とほぼ同じだが、問題はそのあと――
じーさんは、「雅は頭が悪いと思うか?」と切り出した。
司は虚を衝かれたような反応を見せたが、淡々と己が知るそれを話した。
その話を聞き終わったじーさんは、果たしてそうなのか、と口にしたうえでファイルを見せている。
ファイルを見ているであろう司に、雅の身の上話をしていたが、そこには何ひとつ嘘が含まれない。真実のみが語られていた。
しかし、最後の最後で雅と催眠術、越谷まりあとつながりがあるよう巧みに構成された話だった。
司はまんまとそれに引っかかり、「その可能性があるのか」と問えば、「それはどうか」と確定的なことは一切述べない。
そのうえで、「この件を一任する」言うのだから――どこまでも食えないじーさんだ。
学園警備の指揮権を与え、やり方は任せる、と。
最後には「実力を見せろ」と結ぶ。
確かに、なんの制約も設けられてはいないし、じーさんが話した内容に嘘はひとつもない。
すべてが真実。
だが、衝撃的な内容の割に、学園内に直接関与するものは無に等しい。
得た情報をひとつも漏らさずシミュレーションする俺や司にとっては一番やりにくい。
しかも、全容が話されているふうだから、見えているものがトラップだとも思わない。
司は間違いなく、ありとあらゆる可能性を考えるだろう。
考えて考えて考え尽くして、翠葉ちゃんには話さない道を選ぶ。
「十時――そろそろ連絡があっていいころですね」
蔵元が時計を見たときだった。
俺の携帯が鳴り出す。
――司だ。
俺は覚悟を決めて通話ボタンを押した。
『今、時間取れる?』
「あぁ、大丈夫だ」
『警備会社のほうは粗方片付いたって聞いたけど』
「こっちは優秀な人材が揃っているし、この手の情報戦には強い人間が多いからな。開発の人間が内部監査を出し抜いて実行犯を割り出した」
差し支えのない事後報告。
ただそれだけなのに、口の中が乾く。
それが緊張から来るものだと気づくのにそう時間はかからなかった。
『雅さんのファイル、見た』
きた――
「そうか。……なら、学園警備はどう動かす?」
『……話、少し聞いてもらいたいんだけど』
「どうぞ」
『雅さんは自分とは正反対の環境で育った翠に憎悪の念を抱いていると思う』
それは俺も考えた。
たぶん、司は俺が考えたとおりのことをシミュレーションしているだろう。
問題を前にしたとき、何をどう考えるか――それを徹底して司に教えてきたのはこの俺だ。
シミュレーションゲームはもともと司のために作っていたもので、一定のレベルを超えてからは警備会社の社員教育で十分使えるものになっていた。
つまり、司にはこれ以上ないくらいの危機管理能力が備わっている。
そんな司なら、警護対象者に御園生家全員を考えることは造作なかっただろう。
あえて俺に話すのは確実な道を行くため。
綻びがないようダブルチェックの意味を持つ。
『……碧さんには警護班がついているから問題ない。零樹さんはまだ建築現場。手を出しやすいのは御園生さんと翠だけど、確率的にはどう考えても翠が上』
「同感だな」
けれど、それは学園警備外の管轄。
すべてが見えすぎている――
相槌のような言葉を返すだけなのに、声が途切れてしまいそうだった。
『越谷の単独行動なら命を狙われることはないと思う。ただし、雅さんが絡むなら話は別。命を狙われることも視野に入れるべき。仮に、越谷が催眠術をかけられているとしたら、術がいつ発動するのかを事前に察知することは不可能だ。雅さんに訊いたところで素直に答えてくれるとは思わないし、確証なしに詰問すれば名誉毀損で訴えられる可能性もある』
ほら、こんな仮定までしっかり見積もってくる。
「なら、どうする?」
『……泳がせる。徹底的に』
ぶれのない声が返ってきた。
通話を切ると、目の前にはハーブティーが置かれた。
蔵元がタイミングを見計らって用意してくれたもの。
「お疲れ様です。……っていうか、会長の思うつぼじゃないですか」
「ソウデスネ……」
魂が半分抜けてしまった気分だ。
静かな部屋では携帯の会話など筒抜けになる。
事、夜という時間はとくに静かに感じるものだ。
別に訊かれて困る相手じゃないからこそこの場で話していたわけだけど……。
俺は淹れたての熱いカップを翠葉ちゃんがするみたいに両手で包んでみた。
さすがに、彼女の手とカップの比率とはずいぶん異なる。
俺がやってもかわいくもなんともない。
ただ、カップが手の内にあるだけ。熱を一際強く感じるのみ。
立ち上る湯気と一緒に香りを胸いっぱいに吸い込んだ。
「あのさ……司がこういう考え方するのって間違いなく俺のせいなんだよね。……だからさ、俺はどうしたってじーさんサイドの人間なんだ。持ち駒扱いされても仕方ないんだよね……うん、つまりはそういうことなんだ」
どうやっても司を援護する側には回れない。
自分が味方になれないならどうしたらいい……?
「……蔵元」
「なんですか」
「蔵元はこっちにいてよ」
「なんの話かわかりかねます」
「本当はさ、唯にもこっちにいてほしかったけど、唯には司サイドについてもらう」
「……またそういうことを。唯だってバカじゃないんですから途中で気づくでしょう」
「わかってる。でも、錯覚起こさせて司サイドに回るように仕向けたほうが断然効果的でいい気がする」
「……どうぞご自由に」
実に蔵元らしい呆れ声が返ってきた。
あの日以来、司から連絡が来ることはなかった。
学園警備からもそれらしい情報は上がってこない。
そんなある日、司から連絡が入った。
「明日の午後、翠と藤山へ行く」と。
明日、二十一日は日曜日だ。
夕方から打ち上げと称した飲み会に参加することになっているが、それ以外に予定はない。
「これ……俺、行ってもいいのかなぁ?」
わざわざ知らせてきたのには意味があるはず。
つまりは「来い」と言っているようなもの。
司は司で今の翠葉ちゃんに思うところがあるのかもしれない。
翌日、少し早目に家を出て藤山へ向かった。
ここまで来て顔を出さないのもあれだから、仕方なく庵にも寄っていく。
今日、ここ藤山に翠葉ちゃんと司が来ることになっているのなら、じーさんが不在なわけがない。
ドアを軽くノックして中へ入ると、
「何か? 若者の邪魔でもしに来たのかの?」
いつもと同じように和服に身を包み、ひゃひゃ、と笑うじーさんがいた。
「ちょっと……それじゃ俺が年寄りみたいじゃないですか。自分と同列に扱うのやめてくれません? 俺、若者真っ盛りの二十六歳。じーさんと一緒にしないでください」
「まぁ、よいわ。コーヒーを淹れてやろう」
「毒とか入れないでくださいよ?」
本気で毒を盛られるとは思っていないけど、なんとなく、だ。なんとなく……。
じーさんは何を答えるでもなくこちらをちらりと見る。と、小さな小瓶に手を伸ばした。
本当、そういう細かい演出してくれなくていいから……。
呆れつつも懐かしいコーヒーの香りを堪能していた。
久しくコーヒーは飲んでいない。
コーヒーを淹れているじーさんの背中を見てドキッとした。
一瞬、息をするのを忘れたと思う。
ずっと容赦なく怖い人だと思っていて、自分はまるで敵わないと思ってきた。
今もそれは変わらないのに――その後ろ姿は思っていたよりも小さい。
まじまじと見て切なくなるくらい。
その姿は俺よりもずっとずっと小さくて、軽そうだった。
いつの間にこんなに小さくなったんだろう……。
「ほれ、じぃの特製コーヒーじゃ」
差し出す手には乾いた土がこびりついていた。
「……つーか、じーさん。コーヒー淹れるときくらい手ぇ洗おうか?」
「ふぉっふぉっふぉ、土くらいどうってことないじゃろ?」
右手でカップを受け取り、左手で額を押さえる。
前髪の隙間からじーさんのしわくちゃな手をじっと見つめた。
自分の手を包み込むように握った、あの大きな手ではない。
今あるのは、しわくちゃで肉付きの悪い骨ばった手。
その手が生み出す陶器を彼女は好きだと言っていた。
「じーさん」
「なんじゃ?」
「お願いがあるんだけど……」
「ほぉ、珍しいのぉ……。じゃが、司の件は違えぬぞ?」
「その件じゃない。もっと私的」
「なんぞ、言ってみよ」
「俺にカップ作ってよ。コーヒーカップでもなんでも……金はちゃんと払うから。お願いはその先――俺のためだけに作ってほしい」
じーさんは目を細めて笑った。
「もう作ってあるわ。ただし、渡すのはもう少し先じゃ」
そう言うと、カップを自身の脇に置き、土を捏ね始めた。
コーヒーを飲み終えると、俺は山の花を摘みながらばーさんの墓へ向かった。
墓石に水をかけ、御影石を丁寧に磨く。
実際は、磨く必要もないくらいにきれいにされているわけだけど、そこは気持ちの問題。
両脇にあるふたつの花器にも花を足す必要はない。
きれいな花が十分な鮮度を保っていけられている。
俺は豪勢な花の真ん中に摘んできたそれを横にして置いた。
神頼みならぬ仏頼み。
司のことをばーさんに頼みにきた。
現状、俺はどうしてやることもできないから。
司がどう動くかわかっていても、俺にそれを止めることはできない。
いや、本当は阻止しようと思えば阻止できなくもないけれど、俺の手が加わったら意味を成さない気がして――
あらかじめ用意された舞台でそれらしいシナリオまであって……。
セッティングされた環境だとしても、結果がどんなことになろうと、司にとってすべてがマイナスにならないと思うからこそ、余計に手出しができない。
翠葉ちゃんにだって少なからずとも余波はくる。
わかっている……わかっているけど、現時点で司を優先してしまうのは、司をこうしてしまった後ろめたさだろうか……。
ごちゃごちゃと考え顔を上げる。
「司のほかにもうひとつ……。寂しいかもしれないけど、まだじーさんを連れていかないでほしい。ものごとには順番があるって知っているけど、もう少しじーさんと過ごさせて? 俺、今まで何もしてきてないからさ。もう少し……もう少し時間が欲しいんだ」
俺はふたつのお願いをして墓前をあとにした。
再生が終わると蔵元が口を開く。
「今回の件に関しては全体像をお話しでいらっしゃいましたね」
「あぁ……」
たかが十七歳の小娘、一生徒の色恋沙汰に警備会社は関与しない、と言っていた。
警備サイドの見解とほぼ同じだが、問題はそのあと――
じーさんは、「雅は頭が悪いと思うか?」と切り出した。
司は虚を衝かれたような反応を見せたが、淡々と己が知るそれを話した。
その話を聞き終わったじーさんは、果たしてそうなのか、と口にしたうえでファイルを見せている。
ファイルを見ているであろう司に、雅の身の上話をしていたが、そこには何ひとつ嘘が含まれない。真実のみが語られていた。
しかし、最後の最後で雅と催眠術、越谷まりあとつながりがあるよう巧みに構成された話だった。
司はまんまとそれに引っかかり、「その可能性があるのか」と問えば、「それはどうか」と確定的なことは一切述べない。
そのうえで、「この件を一任する」言うのだから――どこまでも食えないじーさんだ。
学園警備の指揮権を与え、やり方は任せる、と。
最後には「実力を見せろ」と結ぶ。
確かに、なんの制約も設けられてはいないし、じーさんが話した内容に嘘はひとつもない。
すべてが真実。
だが、衝撃的な内容の割に、学園内に直接関与するものは無に等しい。
得た情報をひとつも漏らさずシミュレーションする俺や司にとっては一番やりにくい。
しかも、全容が話されているふうだから、見えているものがトラップだとも思わない。
司は間違いなく、ありとあらゆる可能性を考えるだろう。
考えて考えて考え尽くして、翠葉ちゃんには話さない道を選ぶ。
「十時――そろそろ連絡があっていいころですね」
蔵元が時計を見たときだった。
俺の携帯が鳴り出す。
――司だ。
俺は覚悟を決めて通話ボタンを押した。
『今、時間取れる?』
「あぁ、大丈夫だ」
『警備会社のほうは粗方片付いたって聞いたけど』
「こっちは優秀な人材が揃っているし、この手の情報戦には強い人間が多いからな。開発の人間が内部監査を出し抜いて実行犯を割り出した」
差し支えのない事後報告。
ただそれだけなのに、口の中が乾く。
それが緊張から来るものだと気づくのにそう時間はかからなかった。
『雅さんのファイル、見た』
きた――
「そうか。……なら、学園警備はどう動かす?」
『……話、少し聞いてもらいたいんだけど』
「どうぞ」
『雅さんは自分とは正反対の環境で育った翠に憎悪の念を抱いていると思う』
それは俺も考えた。
たぶん、司は俺が考えたとおりのことをシミュレーションしているだろう。
問題を前にしたとき、何をどう考えるか――それを徹底して司に教えてきたのはこの俺だ。
シミュレーションゲームはもともと司のために作っていたもので、一定のレベルを超えてからは警備会社の社員教育で十分使えるものになっていた。
つまり、司にはこれ以上ないくらいの危機管理能力が備わっている。
そんな司なら、警護対象者に御園生家全員を考えることは造作なかっただろう。
あえて俺に話すのは確実な道を行くため。
綻びがないようダブルチェックの意味を持つ。
『……碧さんには警護班がついているから問題ない。零樹さんはまだ建築現場。手を出しやすいのは御園生さんと翠だけど、確率的にはどう考えても翠が上』
「同感だな」
けれど、それは学園警備外の管轄。
すべてが見えすぎている――
相槌のような言葉を返すだけなのに、声が途切れてしまいそうだった。
『越谷の単独行動なら命を狙われることはないと思う。ただし、雅さんが絡むなら話は別。命を狙われることも視野に入れるべき。仮に、越谷が催眠術をかけられているとしたら、術がいつ発動するのかを事前に察知することは不可能だ。雅さんに訊いたところで素直に答えてくれるとは思わないし、確証なしに詰問すれば名誉毀損で訴えられる可能性もある』
ほら、こんな仮定までしっかり見積もってくる。
「なら、どうする?」
『……泳がせる。徹底的に』
ぶれのない声が返ってきた。
通話を切ると、目の前にはハーブティーが置かれた。
蔵元がタイミングを見計らって用意してくれたもの。
「お疲れ様です。……っていうか、会長の思うつぼじゃないですか」
「ソウデスネ……」
魂が半分抜けてしまった気分だ。
静かな部屋では携帯の会話など筒抜けになる。
事、夜という時間はとくに静かに感じるものだ。
別に訊かれて困る相手じゃないからこそこの場で話していたわけだけど……。
俺は淹れたての熱いカップを翠葉ちゃんがするみたいに両手で包んでみた。
さすがに、彼女の手とカップの比率とはずいぶん異なる。
俺がやってもかわいくもなんともない。
ただ、カップが手の内にあるだけ。熱を一際強く感じるのみ。
立ち上る湯気と一緒に香りを胸いっぱいに吸い込んだ。
「あのさ……司がこういう考え方するのって間違いなく俺のせいなんだよね。……だからさ、俺はどうしたってじーさんサイドの人間なんだ。持ち駒扱いされても仕方ないんだよね……うん、つまりはそういうことなんだ」
どうやっても司を援護する側には回れない。
自分が味方になれないならどうしたらいい……?
「……蔵元」
「なんですか」
「蔵元はこっちにいてよ」
「なんの話かわかりかねます」
「本当はさ、唯にもこっちにいてほしかったけど、唯には司サイドについてもらう」
「……またそういうことを。唯だってバカじゃないんですから途中で気づくでしょう」
「わかってる。でも、錯覚起こさせて司サイドに回るように仕向けたほうが断然効果的でいい気がする」
「……どうぞご自由に」
実に蔵元らしい呆れ声が返ってきた。
あの日以来、司から連絡が来ることはなかった。
学園警備からもそれらしい情報は上がってこない。
そんなある日、司から連絡が入った。
「明日の午後、翠と藤山へ行く」と。
明日、二十一日は日曜日だ。
夕方から打ち上げと称した飲み会に参加することになっているが、それ以外に予定はない。
「これ……俺、行ってもいいのかなぁ?」
わざわざ知らせてきたのには意味があるはず。
つまりは「来い」と言っているようなもの。
司は司で今の翠葉ちゃんに思うところがあるのかもしれない。
翌日、少し早目に家を出て藤山へ向かった。
ここまで来て顔を出さないのもあれだから、仕方なく庵にも寄っていく。
今日、ここ藤山に翠葉ちゃんと司が来ることになっているのなら、じーさんが不在なわけがない。
ドアを軽くノックして中へ入ると、
「何か? 若者の邪魔でもしに来たのかの?」
いつもと同じように和服に身を包み、ひゃひゃ、と笑うじーさんがいた。
「ちょっと……それじゃ俺が年寄りみたいじゃないですか。自分と同列に扱うのやめてくれません? 俺、若者真っ盛りの二十六歳。じーさんと一緒にしないでください」
「まぁ、よいわ。コーヒーを淹れてやろう」
「毒とか入れないでくださいよ?」
本気で毒を盛られるとは思っていないけど、なんとなく、だ。なんとなく……。
じーさんは何を答えるでもなくこちらをちらりと見る。と、小さな小瓶に手を伸ばした。
本当、そういう細かい演出してくれなくていいから……。
呆れつつも懐かしいコーヒーの香りを堪能していた。
久しくコーヒーは飲んでいない。
コーヒーを淹れているじーさんの背中を見てドキッとした。
一瞬、息をするのを忘れたと思う。
ずっと容赦なく怖い人だと思っていて、自分はまるで敵わないと思ってきた。
今もそれは変わらないのに――その後ろ姿は思っていたよりも小さい。
まじまじと見て切なくなるくらい。
その姿は俺よりもずっとずっと小さくて、軽そうだった。
いつの間にこんなに小さくなったんだろう……。
「ほれ、じぃの特製コーヒーじゃ」
差し出す手には乾いた土がこびりついていた。
「……つーか、じーさん。コーヒー淹れるときくらい手ぇ洗おうか?」
「ふぉっふぉっふぉ、土くらいどうってことないじゃろ?」
右手でカップを受け取り、左手で額を押さえる。
前髪の隙間からじーさんのしわくちゃな手をじっと見つめた。
自分の手を包み込むように握った、あの大きな手ではない。
今あるのは、しわくちゃで肉付きの悪い骨ばった手。
その手が生み出す陶器を彼女は好きだと言っていた。
「じーさん」
「なんじゃ?」
「お願いがあるんだけど……」
「ほぉ、珍しいのぉ……。じゃが、司の件は違えぬぞ?」
「その件じゃない。もっと私的」
「なんぞ、言ってみよ」
「俺にカップ作ってよ。コーヒーカップでもなんでも……金はちゃんと払うから。お願いはその先――俺のためだけに作ってほしい」
じーさんは目を細めて笑った。
「もう作ってあるわ。ただし、渡すのはもう少し先じゃ」
そう言うと、カップを自身の脇に置き、土を捏ね始めた。
コーヒーを飲み終えると、俺は山の花を摘みながらばーさんの墓へ向かった。
墓石に水をかけ、御影石を丁寧に磨く。
実際は、磨く必要もないくらいにきれいにされているわけだけど、そこは気持ちの問題。
両脇にあるふたつの花器にも花を足す必要はない。
きれいな花が十分な鮮度を保っていけられている。
俺は豪勢な花の真ん中に摘んできたそれを横にして置いた。
神頼みならぬ仏頼み。
司のことをばーさんに頼みにきた。
現状、俺はどうしてやることもできないから。
司がどう動くかわかっていても、俺にそれを止めることはできない。
いや、本当は阻止しようと思えば阻止できなくもないけれど、俺の手が加わったら意味を成さない気がして――
あらかじめ用意された舞台でそれらしいシナリオまであって……。
セッティングされた環境だとしても、結果がどんなことになろうと、司にとってすべてがマイナスにならないと思うからこそ、余計に手出しができない。
翠葉ちゃんにだって少なからずとも余波はくる。
わかっている……わかっているけど、現時点で司を優先してしまうのは、司をこうしてしまった後ろめたさだろうか……。
ごちゃごちゃと考え顔を上げる。
「司のほかにもうひとつ……。寂しいかもしれないけど、まだじーさんを連れていかないでほしい。ものごとには順番があるって知っているけど、もう少しじーさんと過ごさせて? 俺、今まで何もしてきてないからさ。もう少し……もう少し時間が欲しいんだ」
俺はふたつのお願いをして墓前をあとにした。
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