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03~06 Side 司 01話
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今日、翠が登校してくることは姉さんから聞いて知っていたし、一限が終わるころには翠が登校してきたことが噂になっていた。
噂を耳にするというよりは、噂に敏感な嵐が情報を運んでくる。
「翠葉、今日から登校だって」
「知ってる」
「なーんだ、ちゃんと翠葉から連絡入ってるんだ。つまんない」
つまらないと言いつつも嵐の顔はにやけている。
そのしまりのない顔をどうにかしろ、と言いたい。
それに、俺は翠から連絡があって知っているわけじゃない。
姉さんが俺いじりたさに電話をかけてきたから知っているだけ。
翠からメールの返信がなかったのは初めてだと思う。
そんな些細なことを気にする自分はどうかしている。
帰りのホームルームを終えると二階へ下りた。
無論、翠に会うため。
教室の後ろのドアを開けると、俺に気づいた人間がすぐ翠に声をかけてくれた。
紅葉祭以来、周囲の視線は明らかに変わった。
哀れみの視線を向けられることが多々。
つまり、翠に片思いしている男、イコール俺。
利点がまったくないわけじゃないから別にいいけど……。
翠は俺に気づくなり、プリントを落としあたふたとする。
そんな翠に簾条が声をかけると、翠はぎこちない動きで廊下へ出てきた。
九日ぶりに会う翠は若干痩せただろうか、という程度。
もともと細いだけに大きな変化は見て取れない。
顔色を見れるかと思ったが、それはマスクに妨害され目元しか見ることはできなかった。
「体調は?」
「あ、えと……はい、平熱に戻りました」
翠はポケットに入っていた携帯を取り出しディスプレイをこちらに向けた。
脈拍が一〇〇越えてるって何……。
「異様に脈が速いけど?」
「……それはきっと何かの間違いです」
間違い、ね。
俺は適当に流してこのあとの予定を訊く。
すると、翠はきっぱりと敬語で答えた。
「真っ直ぐ帰ります」
「……なんで敬語なのか知りたいんだけど」
「えっ!? あ、嘘っ、敬語だった? それもきっと気のせいだからっ」
何……?
「挙動不審の理由は何?」
「っ……挙動不審じゃないよっ!? 全然普通、むしろこれは私の標準装備」
いや、どう考えてもおかしいだろ……。
「ツカサは……紅葉祭が終わったから部活だよね?」
「そうだけど……」
「私、マンションに戻ったら休んでいた分の勉強しなくちゃいけないから、またねっ」
きちんと会話が成り立っていたようなそうじゃないような……。
俺には歯切れ悪さが残る会話だった。
あまりにも釈然とせず、夜になると俺は翠に電話をかけた。
コール音が鳴り始めて五回。けれど翠は出ない。
時計に目をやるも、まだ十時を回ったばかりだ。
病み上がりだから早く寝た……?
そんな考えが頭をよぎり、切ろうと思ったそのときに携帯はつながった。
通話状態になったものの、翠の声は聞こえてこない。
「悪い、寝てた?」
『あ、わ……違う。携帯、部屋で鳴ってて、私、お風呂入ってて……』
「あぁ、そういうこと……。で、休んでた分の授業内容、なんとかなりそうなの?」
俺は会話に困らない話題を適当に振る。
この内容なら翠も普通に受け答えできると踏んでのこと。
『うん、大丈夫』
「文系もくまなく?」
『……鋭意努力中」
五日も欠席したともなれば、進んだ授業範囲はそれ相応だろう。
しかも、それをクリアしないことには授業始めにある小テストにだって影響が出る。
「明日、部活のあとでよければ見るけど?」
『いいっっっ。部活後で疲れてると思うしっ』
「翠の勉強を見るくらいなんてことはない」
成績に響くほうが大ごとだ。
『やっ、あのねっ、ノート、すごく丁寧に書かれてるからひとりで大丈夫っ』
「俺が教えたほうが効率いいんじゃないの?」
『それは――』
「翠のことだから三日かけてやるつもりだろうけど、俺が教えたら一日くらいは短縮できると思うけど?」
交互に言葉を交わしているけど、さっきと同じ。
やっぱり何かが引っかかる。
『ツカサがこっちに帰ってきてばかりじゃ真白さん寂しいと思うっ』
もっともらしい理由で断わられた。
少なくとも俺にはそう感じられた。
「……翠」
『な、何っ?」
俺はまた避けられているのか……?
不意にそんな疑問が浮かんだが、それを口にするのは少し躊躇う。
「……なんでもない。今週末の予定は?」
『え……?』
「紅葉。……見に行く約束しただろ?」
少しでもあの日にあったことを手繰り寄せたくて、そんなことを口にした。
俺は打ち上げの帰りにした会話が夢だったんじゃないかと思い始めていた。
まさか、自分がこんなふうに思う羽目になるとは思いもしなかった。
『あ……うん。でも、土曜日はホテルに行くことになってて――』
「あぁ、仕事?」
『……どうしてツカサが知っているの?』
今返答した翠はいつもの翠だと思えた。
「別筋から聞いてる。それに、俺が知っていても不思議じゃないと思うけど?」
『そっか……そうだね』
いつもの翠なら話の主導権を握るのは容易い。
「じゃ、日曜日。風邪をぶり返したくなければあたたかい格好して来るように」
結果的に、俺は翠の意見を訊かずに日程を決め、翠は「はい」と答えた。
「じゃ、おやすみ」
『おやすみ、なさい』
少しでも間を置いたら約束を取り消されそうで、俺はすぐに通話を切った
何かがおかしい……。
その「何か」は翠の挙動。
認めたくはないが、やはり避けられている気がする。
理由は……?
俺たちは紅葉祭の日から会っていない。
話すこともメールも交わしていない。
あのとき、確かに気持ちが通じたように思えた。
でも、それは幻だったのか。
都合よく俺が勘違いしていたのか、もしくは夢でも見ていたのだろうか――
翌日、帰りのホームルームが終わると同時にメールを受信した。
それは会長からのメールで、紅葉祭の「仕上げ」の結果が出るという内容だった。
担任に頼まれた所用を済ませてから図書室へ向かったが、そこに翠の姿はなかった。
「簾条、翠は?」
「それが、ホームルームが終わったら挨拶もそこそこに教室を出ていっちゃったの」
「……あぁ、今日は水曜か」
「何かあるの?」
簾条の問いに、「通院日」と短く答えた。
月水金は翠の通院日だ。
もしかしたら行きは歩きなのかもしれない。それなら急いでいるのも頷ける。
でも、集まりに出られないなら出られないで連絡の一本くらい入れそうなものだけど……。
どうにもすっきりしないと思っていたら、秋兄の仕事部屋のドアが開いた。
出てきたのは翠と秋兄。
翠は目を大きく開けて俺たちを見た。
まるで、「どうしているの?」とでも言うかのように。
「翠葉、帰ったんじゃなかったの?」
「あの、秋斗さんに返すものがあって……。桃華さんたちはどうして……?」
翠が口にした理由と、翠と秋兄が並ぶ様にイラついた。
この不快感をどうやり過ごしたらいいのかがわからない。
秋兄の手には車のキー。
即ち、これから翠を病院へ送っていくところなのだろう。
「今、会長が校長室に『仕上げ』の結果を取りにいってる。ホームルームが終わったころに会長からメンバー全員にメールが送られたはずだけど……翠、携帯は?」
「あ……ごめんなさい。かばんの中に……」
そういうことか……。
俺はかばんから携帯を取り出そうとする翠に冷ややかな言葉を放つ。
「持っていても着信に気づかなかったら携帯の意味がないと思うけど?」
「ごめんなさい……」
申し訳なさそうにする翠を、俺は容赦なく睨んでいた。
すると、翠を庇うように秋兄が立ち位置を変える。
「司、やけに突っかかるな?」
「そう? いつもと変わらないと思うけど」
「そんなに俺と翠葉ちゃんが一緒にいたことが不満?」
秋兄は愉快そうに笑った。
「……不満といったら不満だな」
「そうだな。俺が司でもそう思うだろうな。好きな子が、その子を好いている男とふたりでお茶してたなんて知りたくもないよな?」
「秋斗さんっ!?」
翠が咄嗟に秋兄の袖を掴む。
その動作にすら腹が立つ。
「あぁ、面白くないな。秋兄の言うとおり、翠と秋兄が一緒にいるのは面白くない。そう言ったらやめてくれるわけ?」
俺が笑みを向ければ同じように笑みを返された。
「まさか。誰にお願いされてもやめるつもりなんてさらさらないよ。翠葉ちゃんが応じてくれる限りはね」
俺たちが言葉を交わすたびに翠は身を小さくする。
本当はそんなことする必要ないのに。
こんなライバル関係、きっとどこにでも転がっている。
そんなときだった。
会長がいつもの調子でファイルを掲げて戻ってきた。
「イェイッ! ……ん?」
空気の重さを感じたのか、会長は図書室の面々を見回す。
「あっれー? 何この空気」
最終的に翠と秋兄を視界に認めると、
「……っていうか、秋斗先生と翠葉ちゃんはお出かけ?」
「彼女、これから病院なんだ。もう時間がないから翠葉ちゃんにはあとでメールを送ってあげて?」
「了解でーす! でもちょろりと口頭で……。翠葉ちゃん、学校印もらえた! 花丸だって花丸っ!」
会長は満面の笑みでファイルを開き、翠に見せた。
「じゃ、詳しいことはメールでね! いってらっしゃい」
翠は「すみません」という言葉と共に、軽く会釈して図書室を出た。
「秋斗先生ったら開き直ったわね?」
テーブルに頬杖を着いた茜先輩の言葉に嵐が頷く。
「あら、開き直った人間ならここにもいますよ」
にこりと笑う簾条に、海斗と朝陽が「確かに」と笑った。
それが俺を指すことはわかっているし、もともとそれに反論するつもりも何を否定するつもりもなかった。
「今日なんてクラスまで来てたもんな?」
海斗の言葉に嵐や優太が冷やかしの口笛を吹く。
「何か問題でも?」
笑みを向けると、その場が一瞬にしてしんとした。
「どうやら、俺はその場にいるだけで効果覿面な虫避けになるらしいからな。虫避け、害虫駆除のためなら毎日でも翠のクラスを尋ねる。それに問題があると?」
茜先輩と会長がクスクスと小さく笑い、ほかのメンバーは唖然としていた。
「反論がないなら、会長、とっとと仕事してくれませんか」
「あはは、悪い……。でも、なんだったら司が進行してくれてかまわないけど? 俺の後任は司って決まってるわけだし」
会長をじっと見ると、
「あー、はいはい。すみません、すみませんでした。ごめんなさい。最後の仕事くらいきちっとします」
会長は場を仕切りなおして「仕上げ」の結果報告を始めた。
噂を耳にするというよりは、噂に敏感な嵐が情報を運んでくる。
「翠葉、今日から登校だって」
「知ってる」
「なーんだ、ちゃんと翠葉から連絡入ってるんだ。つまんない」
つまらないと言いつつも嵐の顔はにやけている。
そのしまりのない顔をどうにかしろ、と言いたい。
それに、俺は翠から連絡があって知っているわけじゃない。
姉さんが俺いじりたさに電話をかけてきたから知っているだけ。
翠からメールの返信がなかったのは初めてだと思う。
そんな些細なことを気にする自分はどうかしている。
帰りのホームルームを終えると二階へ下りた。
無論、翠に会うため。
教室の後ろのドアを開けると、俺に気づいた人間がすぐ翠に声をかけてくれた。
紅葉祭以来、周囲の視線は明らかに変わった。
哀れみの視線を向けられることが多々。
つまり、翠に片思いしている男、イコール俺。
利点がまったくないわけじゃないから別にいいけど……。
翠は俺に気づくなり、プリントを落としあたふたとする。
そんな翠に簾条が声をかけると、翠はぎこちない動きで廊下へ出てきた。
九日ぶりに会う翠は若干痩せただろうか、という程度。
もともと細いだけに大きな変化は見て取れない。
顔色を見れるかと思ったが、それはマスクに妨害され目元しか見ることはできなかった。
「体調は?」
「あ、えと……はい、平熱に戻りました」
翠はポケットに入っていた携帯を取り出しディスプレイをこちらに向けた。
脈拍が一〇〇越えてるって何……。
「異様に脈が速いけど?」
「……それはきっと何かの間違いです」
間違い、ね。
俺は適当に流してこのあとの予定を訊く。
すると、翠はきっぱりと敬語で答えた。
「真っ直ぐ帰ります」
「……なんで敬語なのか知りたいんだけど」
「えっ!? あ、嘘っ、敬語だった? それもきっと気のせいだからっ」
何……?
「挙動不審の理由は何?」
「っ……挙動不審じゃないよっ!? 全然普通、むしろこれは私の標準装備」
いや、どう考えてもおかしいだろ……。
「ツカサは……紅葉祭が終わったから部活だよね?」
「そうだけど……」
「私、マンションに戻ったら休んでいた分の勉強しなくちゃいけないから、またねっ」
きちんと会話が成り立っていたようなそうじゃないような……。
俺には歯切れ悪さが残る会話だった。
あまりにも釈然とせず、夜になると俺は翠に電話をかけた。
コール音が鳴り始めて五回。けれど翠は出ない。
時計に目をやるも、まだ十時を回ったばかりだ。
病み上がりだから早く寝た……?
そんな考えが頭をよぎり、切ろうと思ったそのときに携帯はつながった。
通話状態になったものの、翠の声は聞こえてこない。
「悪い、寝てた?」
『あ、わ……違う。携帯、部屋で鳴ってて、私、お風呂入ってて……』
「あぁ、そういうこと……。で、休んでた分の授業内容、なんとかなりそうなの?」
俺は会話に困らない話題を適当に振る。
この内容なら翠も普通に受け答えできると踏んでのこと。
『うん、大丈夫』
「文系もくまなく?」
『……鋭意努力中」
五日も欠席したともなれば、進んだ授業範囲はそれ相応だろう。
しかも、それをクリアしないことには授業始めにある小テストにだって影響が出る。
「明日、部活のあとでよければ見るけど?」
『いいっっっ。部活後で疲れてると思うしっ』
「翠の勉強を見るくらいなんてことはない」
成績に響くほうが大ごとだ。
『やっ、あのねっ、ノート、すごく丁寧に書かれてるからひとりで大丈夫っ』
「俺が教えたほうが効率いいんじゃないの?」
『それは――』
「翠のことだから三日かけてやるつもりだろうけど、俺が教えたら一日くらいは短縮できると思うけど?」
交互に言葉を交わしているけど、さっきと同じ。
やっぱり何かが引っかかる。
『ツカサがこっちに帰ってきてばかりじゃ真白さん寂しいと思うっ』
もっともらしい理由で断わられた。
少なくとも俺にはそう感じられた。
「……翠」
『な、何っ?」
俺はまた避けられているのか……?
不意にそんな疑問が浮かんだが、それを口にするのは少し躊躇う。
「……なんでもない。今週末の予定は?」
『え……?』
「紅葉。……見に行く約束しただろ?」
少しでもあの日にあったことを手繰り寄せたくて、そんなことを口にした。
俺は打ち上げの帰りにした会話が夢だったんじゃないかと思い始めていた。
まさか、自分がこんなふうに思う羽目になるとは思いもしなかった。
『あ……うん。でも、土曜日はホテルに行くことになってて――』
「あぁ、仕事?」
『……どうしてツカサが知っているの?』
今返答した翠はいつもの翠だと思えた。
「別筋から聞いてる。それに、俺が知っていても不思議じゃないと思うけど?」
『そっか……そうだね』
いつもの翠なら話の主導権を握るのは容易い。
「じゃ、日曜日。風邪をぶり返したくなければあたたかい格好して来るように」
結果的に、俺は翠の意見を訊かずに日程を決め、翠は「はい」と答えた。
「じゃ、おやすみ」
『おやすみ、なさい』
少しでも間を置いたら約束を取り消されそうで、俺はすぐに通話を切った
何かがおかしい……。
その「何か」は翠の挙動。
認めたくはないが、やはり避けられている気がする。
理由は……?
俺たちは紅葉祭の日から会っていない。
話すこともメールも交わしていない。
あのとき、確かに気持ちが通じたように思えた。
でも、それは幻だったのか。
都合よく俺が勘違いしていたのか、もしくは夢でも見ていたのだろうか――
翌日、帰りのホームルームが終わると同時にメールを受信した。
それは会長からのメールで、紅葉祭の「仕上げ」の結果が出るという内容だった。
担任に頼まれた所用を済ませてから図書室へ向かったが、そこに翠の姿はなかった。
「簾条、翠は?」
「それが、ホームルームが終わったら挨拶もそこそこに教室を出ていっちゃったの」
「……あぁ、今日は水曜か」
「何かあるの?」
簾条の問いに、「通院日」と短く答えた。
月水金は翠の通院日だ。
もしかしたら行きは歩きなのかもしれない。それなら急いでいるのも頷ける。
でも、集まりに出られないなら出られないで連絡の一本くらい入れそうなものだけど……。
どうにもすっきりしないと思っていたら、秋兄の仕事部屋のドアが開いた。
出てきたのは翠と秋兄。
翠は目を大きく開けて俺たちを見た。
まるで、「どうしているの?」とでも言うかのように。
「翠葉、帰ったんじゃなかったの?」
「あの、秋斗さんに返すものがあって……。桃華さんたちはどうして……?」
翠が口にした理由と、翠と秋兄が並ぶ様にイラついた。
この不快感をどうやり過ごしたらいいのかがわからない。
秋兄の手には車のキー。
即ち、これから翠を病院へ送っていくところなのだろう。
「今、会長が校長室に『仕上げ』の結果を取りにいってる。ホームルームが終わったころに会長からメンバー全員にメールが送られたはずだけど……翠、携帯は?」
「あ……ごめんなさい。かばんの中に……」
そういうことか……。
俺はかばんから携帯を取り出そうとする翠に冷ややかな言葉を放つ。
「持っていても着信に気づかなかったら携帯の意味がないと思うけど?」
「ごめんなさい……」
申し訳なさそうにする翠を、俺は容赦なく睨んでいた。
すると、翠を庇うように秋兄が立ち位置を変える。
「司、やけに突っかかるな?」
「そう? いつもと変わらないと思うけど」
「そんなに俺と翠葉ちゃんが一緒にいたことが不満?」
秋兄は愉快そうに笑った。
「……不満といったら不満だな」
「そうだな。俺が司でもそう思うだろうな。好きな子が、その子を好いている男とふたりでお茶してたなんて知りたくもないよな?」
「秋斗さんっ!?」
翠が咄嗟に秋兄の袖を掴む。
その動作にすら腹が立つ。
「あぁ、面白くないな。秋兄の言うとおり、翠と秋兄が一緒にいるのは面白くない。そう言ったらやめてくれるわけ?」
俺が笑みを向ければ同じように笑みを返された。
「まさか。誰にお願いされてもやめるつもりなんてさらさらないよ。翠葉ちゃんが応じてくれる限りはね」
俺たちが言葉を交わすたびに翠は身を小さくする。
本当はそんなことする必要ないのに。
こんなライバル関係、きっとどこにでも転がっている。
そんなときだった。
会長がいつもの調子でファイルを掲げて戻ってきた。
「イェイッ! ……ん?」
空気の重さを感じたのか、会長は図書室の面々を見回す。
「あっれー? 何この空気」
最終的に翠と秋兄を視界に認めると、
「……っていうか、秋斗先生と翠葉ちゃんはお出かけ?」
「彼女、これから病院なんだ。もう時間がないから翠葉ちゃんにはあとでメールを送ってあげて?」
「了解でーす! でもちょろりと口頭で……。翠葉ちゃん、学校印もらえた! 花丸だって花丸っ!」
会長は満面の笑みでファイルを開き、翠に見せた。
「じゃ、詳しいことはメールでね! いってらっしゃい」
翠は「すみません」という言葉と共に、軽く会釈して図書室を出た。
「秋斗先生ったら開き直ったわね?」
テーブルに頬杖を着いた茜先輩の言葉に嵐が頷く。
「あら、開き直った人間ならここにもいますよ」
にこりと笑う簾条に、海斗と朝陽が「確かに」と笑った。
それが俺を指すことはわかっているし、もともとそれに反論するつもりも何を否定するつもりもなかった。
「今日なんてクラスまで来てたもんな?」
海斗の言葉に嵐や優太が冷やかしの口笛を吹く。
「何か問題でも?」
笑みを向けると、その場が一瞬にしてしんとした。
「どうやら、俺はその場にいるだけで効果覿面な虫避けになるらしいからな。虫避け、害虫駆除のためなら毎日でも翠のクラスを尋ねる。それに問題があると?」
茜先輩と会長がクスクスと小さく笑い、ほかのメンバーは唖然としていた。
「反論がないなら、会長、とっとと仕事してくれませんか」
「あはは、悪い……。でも、なんだったら司が進行してくれてかまわないけど? 俺の後任は司って決まってるわけだし」
会長をじっと見ると、
「あー、はいはい。すみません、すみませんでした。ごめんなさい。最後の仕事くらいきちっとします」
会長は場を仕切りなおして「仕上げ」の結果報告を始めた。
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