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01 Side 秋斗 02話
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湊ちゃんに地下道の入り口になってもらえるよう連絡を入れると意外な言葉をかけられた。
『なんか楽しそうね?』
「え?」
『秋斗の声が弾んで聞こえる』
「……そう?」
『あんたのことだから翠葉の体温にヤキモキしてるんじゃないかと思ったのに。珍しい』
あぁ、ずっとモニタリングしてるから熱が上がり始めていることには気がついていた。
決して耐性ができたわけではない。
心配はしているけれど、今はイベントを楽しんでいるであろう彼女を見守っていたい気分。
俺が作った装置を無駄にしないためにも。
「心配ならしてる。そのほか、楽しいことじゃなくて少し嬉しいことがあったかな」
『何?』
「んー……司がやっと土俵に上がったってとこ」
『は?』
「ま、とにかくまだ帰らず保健室にいてね」
そう言って俺は内線を切った。
彼女が戻ってきたときに寒くないように、と隣の部屋の設定温度を少し上げる。
そのあと美都から連絡があり、地下道の詳細を教えた。
地下道には細かく番地が記してある。
今教えたとおりに来ることができれば図書棟一階へ抜けられる。
もし間違えたとしても、翠葉ちゃんの発信機から場所は特定できるし、それを使わずとも地下道に生体反応があればリアルタイムでデータが転送されてくる。
出てきたらすぐにエレベーターへ乗れるよう、俺は「N11」を出口に指定した。
図書棟一階にあるロッカーのひとつが「出口」になる。
湊ちゃんからの内線が鳴るとほぼ同時、携帯に生体反応のデータが転送されてきた。
『今下ろしたわ。あとはそっちでなんとかなさい。私は帰る』
「はい、ありがとう。お疲れさん」
内線を切って、パソコンで生体反応を追う。
ふたつの点はゆっくりと確実に歩みを進めていた。
あと二分もしたら着くだろう、というところで自分も一階へ下りロッカーのロックを解除する。
俺が指示したとおりに中から二回のノックがあり、ロッカーを開けるとびっくり眼の翠葉ちゃんが現れた。
「不思議そうな顔してるね?」
手を差し出すと、彼女は自分の手をす、と重ねる。
俺は彼女を引き上げながら、
「さすがに誰もが地下道を使えたら警備上まずいからね。入り口にはすべて鍵がかけられているんだ。中から開錠する方法もあるけど、今回は俺がお出迎え」
これで君の疑問に答えてあげられたかな。
次に嵐子ちゃんの手を取りロッカーから出してあげる。
ふたりが出たあとはロッカーを閉めるだけ。それでロックはかかる。
「実は、奈落から図書棟以外の地下道を通るのは私も初めてだったんだ」
「え?」
嵐子ちゃんの言葉に翠葉ちゃんがもっと驚いた顔をした。
薄暗い中、一度も曲がる場所を間違えずに来られたのは結構優秀。
嵐子ちゃんは手にメモを持っているけれど、分岐点では必ず美都に通信を入れ、地下番地を確認しながら進んできた。
いつでもダブルチェックを怠らないところがうちの生徒会だな。
「通常、地下道は生徒には使えない仕様なんだ」
「司がインカムで会長と朝陽に通信を入れてきたの。翠葉を地上から図書棟へ戻すのは難しいから地下道を使えって。こっちに連絡きたときにはすでに秋斗先生と湊先生に連絡済みだったみたい。司は相変わらず頭の回転がいいわ」
翠葉ちゃんは何かを思い出すように宙を見ていた。
ねぇ、そんなところを見ないで俺を見て?
俺は彼女の視界に入りたくて、再度その手を取る。
「手冷たいね。図書室に暖房入れてあるから早く戻ろう」
背に手を添え、すぐ隣にあるエレベーターへと彼女たちを促した。
図書室に戻ってくると、嵐子ちゃんは生徒会メンバーに連絡を入れ放送ブースに入る。
邪魔とまでは思わないけど、翠葉ちゃんと話したかった俺には好都合。
「着替えたらすぐに帰る? それなら送っていくよ」
どうしてかな。
俺は何も疑わずに、「はい」という答えが聞けると思っていた。ところが――
「あの、このあと打ち上げというものがあるみたいで……」
彼女は「打ち上げ」が何かもわからないような感じでそう答えた。
「翠葉ちゃん、行くの?」
もう熱は上がり始めているのに……?
「行くつもりはなかったのですが、お父さんが行っておいでって……。帰りは家族の誰かが迎えにきてくれることになっています」
なるほどね……。
彼女が自分で選択したわけではなく、零樹さんの口添えあってのことか。
それなら仕方ない。
「そっか……。そうだね、最後まで楽しんでおいで」
俺は少しだけ無理をして大人ぶる。
彼女の頭に手を置いたのは、ひとえに彼女のぬくもりを感じたかったから。
本当はすごく残念だと思っていた。
茜ちゃんとの「約束」もなくなった今、何を憚らず彼女に話しかけられるというのに。
早速お預けを食らった気分だった。
昨日と同じように一緒に帰ることができると思っていた。
昨日とは違って君を助手席に乗せられると思っていた。
無条件で君の横顔を見られると、そう思っていたんだ。
だから、君の目にはいつもどおりの俺が映っていたかもしれないけど、やっぱり俺はすごく残念だったんだ――
病院に着き九階へ上がる。ナースセンターには相馬さんがいた。
相変わらず、デスクに色んな資料を広げた状態で。
俺が余裕も何もないときに突然現れて翠葉ちゃんの主治医になった男。
そして、会って日が浅いというのに、翠葉ちゃんの信頼を得た男でもある。
どうにもこうにも受け入れがたい人間だったけれど、彼女が滋養強壮剤を使ったときのこの人の対応を見たら、負の感情は払拭された。
別に仲良くなったわけでもなんでもない。
ただ、俺の中の意識が少し変わっただけ。
相馬さんは俺の存在に気づくと皮肉を口にした。
「わざわざウイルスの巣窟に来るとはな」
「翠葉ちゃんは……?」
「インフルエンザ重症患者認定。意識も朦朧としてて大声で呼びかけようが身体を揺さぶろうが十分な反応は返ってこない。ま、投薬したのも今朝からだ。症状が緩和するまでに三日はかかるだろうな」
相馬さんは立ち上がりカウンターまで来ると、
「両手出しやがれ」
不思議に思いながら両手を出すと、大の男に両手首を握られる。
「あの、俺そういう趣味はないんですが……」
「バヤカロ、俺だってねぇよ。脈診だ、脈診っ」
相馬さんは柄悪く悪態をつきながら、弱く握ったり少し力を入れて握ったりして、言葉のとおり脈を診ていた。
「坊ちゃん寝不足だな。脈も最悪だが顔も最悪だ。それからストレス。おまえさん、胃潰瘍になったあとなんだろ? 少しは養生しやがれ」
淡々と自分の状態を見抜かれ、なんとも言えない気分になる。
少しだけ翠葉ちゃんの気持ちがわかった気がした。
こうやってなんでもかんでも見抜かれちゃうわけか……。
「善処します」とのみ答えて病室へ向かおうとしたら、スーツの襟を後ろから掴まれた。
「マスクくらいして行けや。それから、入る前に除菌ジェル。面会時間は十分以内、出てきたときにも忘れず除菌ジェルを使えよ?」
ナースセンターに常備されているサージカルマスクを俺に渡すと、相馬さんはデスクに戻った。
俺は言われたとおり、部屋の入り口にある除菌ジェルを手に馴染ませてから病室へ入った。
暗い室内には加湿機の音と翠葉ちゃんの荒い息遣いだけが響く。
目は軽く瞑っているように見え、長い睫に涙が薄く滲んでいた。
布団は二重三重とかけられているのに、それでも彼女は寒そうに身体を震わせる。
きっと熱のせいだろう。
額に貼ってある冷却シートはすでにその効力を失いカラカラになってめくれ始めていた。
俺はサイドテーブルに置いてある替えを手に取り彼女の額に触れる。
熱い――
当たり前の感想。
そりゃ、熱が四十度を超えれば手で触れても熱いと感じるだろう。
「俺が代わってあげられたらいいのにね」
きっと彼女はそんなことは望まないだろう。
「打ち上げに出なければ」とかそんなことも考えないんだ。
楽しかったから今の状況は仕方ない。
そうやって彼女はありとあらゆることを呑み下そうとする。
翠葉ちゃん、俺はそんな君の側にいたいんだ。
昨日、君は司の気持ちになんて答えたのかな。
司の気持ちを知って、君はどう思ったのかな。
まだその答えを知ることはできそうにない。
でもね、君が俺じゃない誰を好きだとしても、俺は君が好きなんだ――
『なんか楽しそうね?』
「え?」
『秋斗の声が弾んで聞こえる』
「……そう?」
『あんたのことだから翠葉の体温にヤキモキしてるんじゃないかと思ったのに。珍しい』
あぁ、ずっとモニタリングしてるから熱が上がり始めていることには気がついていた。
決して耐性ができたわけではない。
心配はしているけれど、今はイベントを楽しんでいるであろう彼女を見守っていたい気分。
俺が作った装置を無駄にしないためにも。
「心配ならしてる。そのほか、楽しいことじゃなくて少し嬉しいことがあったかな」
『何?』
「んー……司がやっと土俵に上がったってとこ」
『は?』
「ま、とにかくまだ帰らず保健室にいてね」
そう言って俺は内線を切った。
彼女が戻ってきたときに寒くないように、と隣の部屋の設定温度を少し上げる。
そのあと美都から連絡があり、地下道の詳細を教えた。
地下道には細かく番地が記してある。
今教えたとおりに来ることができれば図書棟一階へ抜けられる。
もし間違えたとしても、翠葉ちゃんの発信機から場所は特定できるし、それを使わずとも地下道に生体反応があればリアルタイムでデータが転送されてくる。
出てきたらすぐにエレベーターへ乗れるよう、俺は「N11」を出口に指定した。
図書棟一階にあるロッカーのひとつが「出口」になる。
湊ちゃんからの内線が鳴るとほぼ同時、携帯に生体反応のデータが転送されてきた。
『今下ろしたわ。あとはそっちでなんとかなさい。私は帰る』
「はい、ありがとう。お疲れさん」
内線を切って、パソコンで生体反応を追う。
ふたつの点はゆっくりと確実に歩みを進めていた。
あと二分もしたら着くだろう、というところで自分も一階へ下りロッカーのロックを解除する。
俺が指示したとおりに中から二回のノックがあり、ロッカーを開けるとびっくり眼の翠葉ちゃんが現れた。
「不思議そうな顔してるね?」
手を差し出すと、彼女は自分の手をす、と重ねる。
俺は彼女を引き上げながら、
「さすがに誰もが地下道を使えたら警備上まずいからね。入り口にはすべて鍵がかけられているんだ。中から開錠する方法もあるけど、今回は俺がお出迎え」
これで君の疑問に答えてあげられたかな。
次に嵐子ちゃんの手を取りロッカーから出してあげる。
ふたりが出たあとはロッカーを閉めるだけ。それでロックはかかる。
「実は、奈落から図書棟以外の地下道を通るのは私も初めてだったんだ」
「え?」
嵐子ちゃんの言葉に翠葉ちゃんがもっと驚いた顔をした。
薄暗い中、一度も曲がる場所を間違えずに来られたのは結構優秀。
嵐子ちゃんは手にメモを持っているけれど、分岐点では必ず美都に通信を入れ、地下番地を確認しながら進んできた。
いつでもダブルチェックを怠らないところがうちの生徒会だな。
「通常、地下道は生徒には使えない仕様なんだ」
「司がインカムで会長と朝陽に通信を入れてきたの。翠葉を地上から図書棟へ戻すのは難しいから地下道を使えって。こっちに連絡きたときにはすでに秋斗先生と湊先生に連絡済みだったみたい。司は相変わらず頭の回転がいいわ」
翠葉ちゃんは何かを思い出すように宙を見ていた。
ねぇ、そんなところを見ないで俺を見て?
俺は彼女の視界に入りたくて、再度その手を取る。
「手冷たいね。図書室に暖房入れてあるから早く戻ろう」
背に手を添え、すぐ隣にあるエレベーターへと彼女たちを促した。
図書室に戻ってくると、嵐子ちゃんは生徒会メンバーに連絡を入れ放送ブースに入る。
邪魔とまでは思わないけど、翠葉ちゃんと話したかった俺には好都合。
「着替えたらすぐに帰る? それなら送っていくよ」
どうしてかな。
俺は何も疑わずに、「はい」という答えが聞けると思っていた。ところが――
「あの、このあと打ち上げというものがあるみたいで……」
彼女は「打ち上げ」が何かもわからないような感じでそう答えた。
「翠葉ちゃん、行くの?」
もう熱は上がり始めているのに……?
「行くつもりはなかったのですが、お父さんが行っておいでって……。帰りは家族の誰かが迎えにきてくれることになっています」
なるほどね……。
彼女が自分で選択したわけではなく、零樹さんの口添えあってのことか。
それなら仕方ない。
「そっか……。そうだね、最後まで楽しんでおいで」
俺は少しだけ無理をして大人ぶる。
彼女の頭に手を置いたのは、ひとえに彼女のぬくもりを感じたかったから。
本当はすごく残念だと思っていた。
茜ちゃんとの「約束」もなくなった今、何を憚らず彼女に話しかけられるというのに。
早速お預けを食らった気分だった。
昨日と同じように一緒に帰ることができると思っていた。
昨日とは違って君を助手席に乗せられると思っていた。
無条件で君の横顔を見られると、そう思っていたんだ。
だから、君の目にはいつもどおりの俺が映っていたかもしれないけど、やっぱり俺はすごく残念だったんだ――
病院に着き九階へ上がる。ナースセンターには相馬さんがいた。
相変わらず、デスクに色んな資料を広げた状態で。
俺が余裕も何もないときに突然現れて翠葉ちゃんの主治医になった男。
そして、会って日が浅いというのに、翠葉ちゃんの信頼を得た男でもある。
どうにもこうにも受け入れがたい人間だったけれど、彼女が滋養強壮剤を使ったときのこの人の対応を見たら、負の感情は払拭された。
別に仲良くなったわけでもなんでもない。
ただ、俺の中の意識が少し変わっただけ。
相馬さんは俺の存在に気づくと皮肉を口にした。
「わざわざウイルスの巣窟に来るとはな」
「翠葉ちゃんは……?」
「インフルエンザ重症患者認定。意識も朦朧としてて大声で呼びかけようが身体を揺さぶろうが十分な反応は返ってこない。ま、投薬したのも今朝からだ。症状が緩和するまでに三日はかかるだろうな」
相馬さんは立ち上がりカウンターまで来ると、
「両手出しやがれ」
不思議に思いながら両手を出すと、大の男に両手首を握られる。
「あの、俺そういう趣味はないんですが……」
「バヤカロ、俺だってねぇよ。脈診だ、脈診っ」
相馬さんは柄悪く悪態をつきながら、弱く握ったり少し力を入れて握ったりして、言葉のとおり脈を診ていた。
「坊ちゃん寝不足だな。脈も最悪だが顔も最悪だ。それからストレス。おまえさん、胃潰瘍になったあとなんだろ? 少しは養生しやがれ」
淡々と自分の状態を見抜かれ、なんとも言えない気分になる。
少しだけ翠葉ちゃんの気持ちがわかった気がした。
こうやってなんでもかんでも見抜かれちゃうわけか……。
「善処します」とのみ答えて病室へ向かおうとしたら、スーツの襟を後ろから掴まれた。
「マスクくらいして行けや。それから、入る前に除菌ジェル。面会時間は十分以内、出てきたときにも忘れず除菌ジェルを使えよ?」
ナースセンターに常備されているサージカルマスクを俺に渡すと、相馬さんはデスクに戻った。
俺は言われたとおり、部屋の入り口にある除菌ジェルを手に馴染ませてから病室へ入った。
暗い室内には加湿機の音と翠葉ちゃんの荒い息遣いだけが響く。
目は軽く瞑っているように見え、長い睫に涙が薄く滲んでいた。
布団は二重三重とかけられているのに、それでも彼女は寒そうに身体を震わせる。
きっと熱のせいだろう。
額に貼ってある冷却シートはすでにその効力を失いカラカラになってめくれ始めていた。
俺はサイドテーブルに置いてある替えを手に取り彼女の額に触れる。
熱い――
当たり前の感想。
そりゃ、熱が四十度を超えれば手で触れても熱いと感じるだろう。
「俺が代わってあげられたらいいのにね」
きっと彼女はそんなことは望まないだろう。
「打ち上げに出なければ」とかそんなことも考えないんだ。
楽しかったから今の状況は仕方ない。
そうやって彼女はありとあらゆることを呑み下そうとする。
翠葉ちゃん、俺はそんな君の側にいたいんだ。
昨日、君は司の気持ちになんて答えたのかな。
司の気持ちを知って、君はどう思ったのかな。
まだその答えを知ることはできそうにない。
でもね、君が俺じゃない誰を好きだとしても、俺は君が好きなんだ――
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