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第十四章 三叉路
51話
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慌てて離れようとすると、ツカサに腕を掴まれた。
力加減されないそれに、私はバランスを崩してツカサ側へ傾く。
「勝手に人の中に入ってきて、勝手に出ていくなっ――」
押し殺したような、それでも抑圧のきかない声。
言葉の内容よりも、声音に気を取られた。
腕に力がこもり、無造作に引き寄せられる。
咄嗟に手を出したけど、右手はツカサの胸に、左手は何を得ることもなく宙を空振る。
手で身体を支えることができず、ツカサの腕や足にアンバランスに体重がかってしまう。
体重のかかる支点に圧迫感を覚えたけれど、どうすることもできなかった。
力が入らない……。
ツカサの力ばかりを強く感じ、自分の身体にはまったく力を入れることができなかった。
無言の時間がとても長く感じる。
自分の心臓が忙しなく鳴っていて、私の耳元にあるツカサの心臓もまた、忙しく動いていた。
ドクドク、と同じくらいの速さでとても力強く――
「翠……」
身体に力が入らなくても声は出るのだろうか。
そんなことを思いながら返事を試みる。
「ツ、カサ……?」
かろうじて声は出る。けれども話しづらい。
それはきっと、落ち着きの悪い体勢のせい。
ツカサの顔を見たくて首だけでも動かせないものか、と試みてみたけれど、少し力が入ったところでツカサに却下された。
「悪いけど、今顔は見られたくない」
「……どうして?」
「……目が充血してる」
「……暗いところじゃ充血までは見えないと思う」
「それでも気分的に許容できない」
ツカサはとても頑なだった。
目の充血なんて誰にでも見られる症状だ。夜更かしをしたり泣いたら――
見られたくない充血の理由は、泣いたから……?
察しはついたけれど話しにくいことに変わりはなく、心臓の駆け足も体調的にきつくて再度提案を試みる。
「顔を見なければいいの?」
それは私にとってあまり嬉しくない妥協案。
だって、私は顔を見て話すためにここに来たのだから。
でも、全部が全部思うように進むわけではない。
話をしてくれるのなら妥協できるところは妥協する。
顔を見ずに話すのにはどうしたらいいか……。
私に思い浮かぶものなんて高が知れている。
以前、唯兄としたことのある背中合わせ。それしかない。
「ツカサ、背中合わせじゃだめ……?」
「背中合わせ……?」
「うん……この体勢で話すのはちょっとつらい」
「……別に話さなくていいけど」
「……話をするためにここに来たんだもの」
「俺の話、聞いててくれるだけでいいんだけど」
「……話してくれるの?」
私の「ごめんなさい」は聞き届けられたのだろうか。
体勢云々の前にそれを確かめたかった。
「ツカサ、許してくれるの?」
不安に胸が潰されそうになりながら尋ねる。と、
「謝らなくちゃいけないのは俺で、翠が謝る必要はない」
きっぱりと言われた。
「ちょっと待ってっ!?」
私は必死に身体を起こそうとした。
「却下、こっち見るな」
腕にいっそう力をこめられる。
「ツカサ……本当にごめん。身体、体重のかかっている場所が痛いの」
本当はそれだけじゃないけれど、心拍がひどくてつらいのは言えそうになかった。
「っ、悪い」
腕の力はすぐに緩んだけれど、緩んだだけ。
身動きが取れるスペースを作ってくれたに過ぎない。
けれど、ようやく身体に力を入れることができた。
どうやら、力を入れる余裕もないほどにきつく抱きしめられていたみたい。
無言の誘導でもぞもぞと身体を動かし、結局はツカサの胸に背を預ける体勢に落ち着いた。
ドキドキするのに安心するのはどうしてだろう……。
人のぬくもりのなせる業だろうか。
……違う。ツカサだから。
大好きで、心から信頼している人だから。
「痛みは……?」
「これなら大丈夫……」
声を発しづらいということはない。けれど、顔が見られないのは不服だ……。
ツカサは小さな声で話し始めた。
今回、ツカサに課せられていた試練とも言えるようなそれらを――
「最初から翠に話していれば良かったんだ。そしたら、携帯が池に落ちても翠が傷つくことはなかった」
全部自分が悪い――ツカサはそんなふうに話を進める。
でも、誰が悪いとか何をどうすればうまくいったとか、過ぎてみないとわからないこともあると思う。
何もかも、すべてが最初からうまくいく人はどのくらいいるのかな。
ふと、昨夜お母さんに言われた言葉を思い出す。
――「何も間違わず、一度も誤解することなく人生を歩める人なんているのかしらね? きっと、そんな人はいないんじゃないかしら。もしいたとしても、そんな人生は小さくて狭くてつまらないものだと思うわ。間違いを犯すから人間で、間違いを認められるから、改められるから人間なのよ。せっかく、考えたことや思ったことを言葉にして伝えられる生き物なんだから、もっと有効活用しなくちゃ」。
その話をツカサにすると、
「今回のこれは……もっとよく考えれば避けられたはずだ」
ツカサは間違えた自分を許そうとはしない。
前から思っていたけれど、ツカサは自分にも他人にも厳しいうえに完璧主義者だ。
今、より強くそう思う。
「私も……もっと考えて、もっと周りをよく見て、人と話したことも全部覚えていたら、瞬時に思い出せていたら、あんな言葉をツカサに言わなかった。……でも、言っちゃった。絶対に言っちゃいけない言葉だったのに、言っちゃった。言ったあとで気づいた。私のそれとツカサのこれは何が違うの?」
ツカサは黙り込む。
「ツカサが自分を許さないのなら、ツカサが私を許してくれても私は自分を許せない。ツカサは許されたいと思ってる? 私は許してほしくてここに来たんだよ?」
何をどう説明したらいいのかわからなかった。
ただ、許してほしい。私のことも、ツカサ自身のことも。
「俺が怒っていたのは――」
その言葉にドキリとする。
「翠が自分の身体よりも携帯を優先したからだ」
言われたことに少し気が抜けた。
そんなことだとは思いもしなかったから。
「……だって、大切なものなんだもの。ダミーにすり替えられていたのなんて知らなかったし、何よりも――」
データは本体さえ回収できれば唯兄がどうにかしてくれるかもしれないと思った。でも、ストラップやとんぼ玉、鍵に代わるものはない。それが壊れてしまったら、なくなってしまったら、私はどうしたらいいのかがわからない。
申し訳ないとかそういうことではなくて……それらは分身だから。
私にとっては秋斗さんであり、ツカサであり、唯兄だから。
それにね――
「データは単なるデータじゃないんだよ? 友達や家族、ツカサとのやり取りも全部残ってる。録音された声は、あの日あのときのツカサのもので、それに代わるものなんてないんだよ?」
「だからっ――俺が最初から話していれば良かったって話だろっ!? 俺が事情を説明してさえいればあんなことにはならなかったし、俺が翠に腹を立てることもなかったわけでっ」
「そんなの、もう起こっちゃったんだから仕方ないじゃないっ」
出せる力を総動員してツカサの腕を振りほどく。
瞬時に振り返ると、「見るなっ」と怒鳴られた。
思い切り顔を逸らされたけど、私はかまわずツカサの両頬をつねって引っ張った。
ツカサの顔を、目を真っ直ぐに見て、
「わからずやっ」
言ったあと、すぐに手を払われる。
その瞬間、骨と骨が当たって痛かった。
「誰がっ」
「ツカサしかいないでしょっ!?」
「俺より翠だろっ!?」
「どっちもどっちじゃないっ。だから、わからずやって言ってるのにっ」
思っていることがちゃんと伝わらなくてもどかしい。もどかしすぎて涙が出てくる。
どうして言葉はこんなに難しいのかな。
どうしたら想いは伝わるのだろう。
「私はっ――許してほしくてここに来たのっ。なのに、どうしてあんなこと言うのっ!?」
ツカサは眉間にしわを寄せ、「なんのこと」とでも言いたそうな顔をしていた。
「簡単に答え出していいのか、って訊いたじゃないっ。私、もう一度選択する機会なんていらないっ。そんな機会、何度あっても答えは変わらないっ。ツカサのおじいさんにもそう伝えてっ」
ツカサの目が見開かれる。
私は言いたいことを全部吐き出したくて話を続けた。
「静さんに選択を迫られたとき、すごく動揺した。でも、ちゃんと考えて出した答えなんだからっ。そっちこそ、そんなこと簡単に言わないでっ。二度と変な選択突きつけないでっ」
ツカサとの距離は相変わらず至近距離だ。
三十センチと離れていない距離で、こんな文句を言ったのは初めてかもしれない。
言いたいことの大半を口にしたら勢いをなくした。
それでもまだ言いたいことがあって、私は再度口を開く。
「誤解したら解けばいいって教えてくれたのツカサなんだからね? ちゃんとお手本見せてよ……」
今の私は勢いよく風船を膨らまし、一気に空気を抜いた状態だと思う。
肉厚だったゴムが一度伸びてふにゃふにゃしている、そんな感じ。
「……何か言ってよ」
催促すると、「悪い」と一言謝られた。
「謝られたいわけじゃないんだけど……」
「じゃぁ、どうすればいい?」
訊かれたって困る。だって――
「ねぇ、仲直りってどうやってするの?」
そんなことすらわからないのだ。
一通り怒鳴りあってすっきりして――そのあとは?
どうしたらいいの? どうしたら仲直りになるの?
「ツカサも知らない?」
「……知ってたら困ってない」
「蒼兄が唯兄に訊いてもいい?」
「却下」
「じゃ、久先輩」
「…………」
「無言は肯定なのでしょう?」
私はポケットから携帯を取り出し、久先輩に電話をかけた。
二コールも鳴らさないうちに応答があった。
『どう? 大丈夫?』
「久先輩、今はどこに……?」
『ん? マンションの下。っていうか、若槻さんたちと一緒にいるよ。車ん中』
「あの、教えていただきたいことがあって……」
『うん、俺に答えられることならなんでも訊いて?』
「……あの、仲直りってどうしたらいいんですか?」
『……はい? もう一度お願い』
「あの、仲直りってどうしたらいいんですか?」
『……若槻さん、聞こえました? そちらのお兄さんも』
『聞こえた聞こえた。わが妹、リィらしい質問が……。あんちゃん、どうよ』
『どうも何も……。翠葉、話は済んだのか?』
「……たぶん? 私は言いたいことを怒鳴ったらすっきりしちゃったけど……」
ツカサに視線を向け、「ツカサは?」と目だけで訊く。
すると、小さく「俺も」と返事があった。
携帯に向かって話しているわけではない。
でも、時間柄なのか、ふたりの距離の問題なのか、私たちの会話は携帯の向こうに筒抜けだった。
『じゃぁさ、握手して仲直りってことにすればいいと思うよ』
久先輩に言われて納得した。
「ツカサ、握手したら仲直りみたい」
ツカサもたぶん納得したのだろう。
右手を差し出され、私は携帯を左手に持ち替える。と、その手に自分の右手を重ね、ツカサのあたたかい手をぎゅっと握った。
「仲直り完了?」
「……そうなんじゃないの?」
ツカサは少し困惑した顔で、それでも一応納得しているふうに返された。
力加減されないそれに、私はバランスを崩してツカサ側へ傾く。
「勝手に人の中に入ってきて、勝手に出ていくなっ――」
押し殺したような、それでも抑圧のきかない声。
言葉の内容よりも、声音に気を取られた。
腕に力がこもり、無造作に引き寄せられる。
咄嗟に手を出したけど、右手はツカサの胸に、左手は何を得ることもなく宙を空振る。
手で身体を支えることができず、ツカサの腕や足にアンバランスに体重がかってしまう。
体重のかかる支点に圧迫感を覚えたけれど、どうすることもできなかった。
力が入らない……。
ツカサの力ばかりを強く感じ、自分の身体にはまったく力を入れることができなかった。
無言の時間がとても長く感じる。
自分の心臓が忙しなく鳴っていて、私の耳元にあるツカサの心臓もまた、忙しく動いていた。
ドクドク、と同じくらいの速さでとても力強く――
「翠……」
身体に力が入らなくても声は出るのだろうか。
そんなことを思いながら返事を試みる。
「ツ、カサ……?」
かろうじて声は出る。けれども話しづらい。
それはきっと、落ち着きの悪い体勢のせい。
ツカサの顔を見たくて首だけでも動かせないものか、と試みてみたけれど、少し力が入ったところでツカサに却下された。
「悪いけど、今顔は見られたくない」
「……どうして?」
「……目が充血してる」
「……暗いところじゃ充血までは見えないと思う」
「それでも気分的に許容できない」
ツカサはとても頑なだった。
目の充血なんて誰にでも見られる症状だ。夜更かしをしたり泣いたら――
見られたくない充血の理由は、泣いたから……?
察しはついたけれど話しにくいことに変わりはなく、心臓の駆け足も体調的にきつくて再度提案を試みる。
「顔を見なければいいの?」
それは私にとってあまり嬉しくない妥協案。
だって、私は顔を見て話すためにここに来たのだから。
でも、全部が全部思うように進むわけではない。
話をしてくれるのなら妥協できるところは妥協する。
顔を見ずに話すのにはどうしたらいいか……。
私に思い浮かぶものなんて高が知れている。
以前、唯兄としたことのある背中合わせ。それしかない。
「ツカサ、背中合わせじゃだめ……?」
「背中合わせ……?」
「うん……この体勢で話すのはちょっとつらい」
「……別に話さなくていいけど」
「……話をするためにここに来たんだもの」
「俺の話、聞いててくれるだけでいいんだけど」
「……話してくれるの?」
私の「ごめんなさい」は聞き届けられたのだろうか。
体勢云々の前にそれを確かめたかった。
「ツカサ、許してくれるの?」
不安に胸が潰されそうになりながら尋ねる。と、
「謝らなくちゃいけないのは俺で、翠が謝る必要はない」
きっぱりと言われた。
「ちょっと待ってっ!?」
私は必死に身体を起こそうとした。
「却下、こっち見るな」
腕にいっそう力をこめられる。
「ツカサ……本当にごめん。身体、体重のかかっている場所が痛いの」
本当はそれだけじゃないけれど、心拍がひどくてつらいのは言えそうになかった。
「っ、悪い」
腕の力はすぐに緩んだけれど、緩んだだけ。
身動きが取れるスペースを作ってくれたに過ぎない。
けれど、ようやく身体に力を入れることができた。
どうやら、力を入れる余裕もないほどにきつく抱きしめられていたみたい。
無言の誘導でもぞもぞと身体を動かし、結局はツカサの胸に背を預ける体勢に落ち着いた。
ドキドキするのに安心するのはどうしてだろう……。
人のぬくもりのなせる業だろうか。
……違う。ツカサだから。
大好きで、心から信頼している人だから。
「痛みは……?」
「これなら大丈夫……」
声を発しづらいということはない。けれど、顔が見られないのは不服だ……。
ツカサは小さな声で話し始めた。
今回、ツカサに課せられていた試練とも言えるようなそれらを――
「最初から翠に話していれば良かったんだ。そしたら、携帯が池に落ちても翠が傷つくことはなかった」
全部自分が悪い――ツカサはそんなふうに話を進める。
でも、誰が悪いとか何をどうすればうまくいったとか、過ぎてみないとわからないこともあると思う。
何もかも、すべてが最初からうまくいく人はどのくらいいるのかな。
ふと、昨夜お母さんに言われた言葉を思い出す。
――「何も間違わず、一度も誤解することなく人生を歩める人なんているのかしらね? きっと、そんな人はいないんじゃないかしら。もしいたとしても、そんな人生は小さくて狭くてつまらないものだと思うわ。間違いを犯すから人間で、間違いを認められるから、改められるから人間なのよ。せっかく、考えたことや思ったことを言葉にして伝えられる生き物なんだから、もっと有効活用しなくちゃ」。
その話をツカサにすると、
「今回のこれは……もっとよく考えれば避けられたはずだ」
ツカサは間違えた自分を許そうとはしない。
前から思っていたけれど、ツカサは自分にも他人にも厳しいうえに完璧主義者だ。
今、より強くそう思う。
「私も……もっと考えて、もっと周りをよく見て、人と話したことも全部覚えていたら、瞬時に思い出せていたら、あんな言葉をツカサに言わなかった。……でも、言っちゃった。絶対に言っちゃいけない言葉だったのに、言っちゃった。言ったあとで気づいた。私のそれとツカサのこれは何が違うの?」
ツカサは黙り込む。
「ツカサが自分を許さないのなら、ツカサが私を許してくれても私は自分を許せない。ツカサは許されたいと思ってる? 私は許してほしくてここに来たんだよ?」
何をどう説明したらいいのかわからなかった。
ただ、許してほしい。私のことも、ツカサ自身のことも。
「俺が怒っていたのは――」
その言葉にドキリとする。
「翠が自分の身体よりも携帯を優先したからだ」
言われたことに少し気が抜けた。
そんなことだとは思いもしなかったから。
「……だって、大切なものなんだもの。ダミーにすり替えられていたのなんて知らなかったし、何よりも――」
データは本体さえ回収できれば唯兄がどうにかしてくれるかもしれないと思った。でも、ストラップやとんぼ玉、鍵に代わるものはない。それが壊れてしまったら、なくなってしまったら、私はどうしたらいいのかがわからない。
申し訳ないとかそういうことではなくて……それらは分身だから。
私にとっては秋斗さんであり、ツカサであり、唯兄だから。
それにね――
「データは単なるデータじゃないんだよ? 友達や家族、ツカサとのやり取りも全部残ってる。録音された声は、あの日あのときのツカサのもので、それに代わるものなんてないんだよ?」
「だからっ――俺が最初から話していれば良かったって話だろっ!? 俺が事情を説明してさえいればあんなことにはならなかったし、俺が翠に腹を立てることもなかったわけでっ」
「そんなの、もう起こっちゃったんだから仕方ないじゃないっ」
出せる力を総動員してツカサの腕を振りほどく。
瞬時に振り返ると、「見るなっ」と怒鳴られた。
思い切り顔を逸らされたけど、私はかまわずツカサの両頬をつねって引っ張った。
ツカサの顔を、目を真っ直ぐに見て、
「わからずやっ」
言ったあと、すぐに手を払われる。
その瞬間、骨と骨が当たって痛かった。
「誰がっ」
「ツカサしかいないでしょっ!?」
「俺より翠だろっ!?」
「どっちもどっちじゃないっ。だから、わからずやって言ってるのにっ」
思っていることがちゃんと伝わらなくてもどかしい。もどかしすぎて涙が出てくる。
どうして言葉はこんなに難しいのかな。
どうしたら想いは伝わるのだろう。
「私はっ――許してほしくてここに来たのっ。なのに、どうしてあんなこと言うのっ!?」
ツカサは眉間にしわを寄せ、「なんのこと」とでも言いたそうな顔をしていた。
「簡単に答え出していいのか、って訊いたじゃないっ。私、もう一度選択する機会なんていらないっ。そんな機会、何度あっても答えは変わらないっ。ツカサのおじいさんにもそう伝えてっ」
ツカサの目が見開かれる。
私は言いたいことを全部吐き出したくて話を続けた。
「静さんに選択を迫られたとき、すごく動揺した。でも、ちゃんと考えて出した答えなんだからっ。そっちこそ、そんなこと簡単に言わないでっ。二度と変な選択突きつけないでっ」
ツカサとの距離は相変わらず至近距離だ。
三十センチと離れていない距離で、こんな文句を言ったのは初めてかもしれない。
言いたいことの大半を口にしたら勢いをなくした。
それでもまだ言いたいことがあって、私は再度口を開く。
「誤解したら解けばいいって教えてくれたのツカサなんだからね? ちゃんとお手本見せてよ……」
今の私は勢いよく風船を膨らまし、一気に空気を抜いた状態だと思う。
肉厚だったゴムが一度伸びてふにゃふにゃしている、そんな感じ。
「……何か言ってよ」
催促すると、「悪い」と一言謝られた。
「謝られたいわけじゃないんだけど……」
「じゃぁ、どうすればいい?」
訊かれたって困る。だって――
「ねぇ、仲直りってどうやってするの?」
そんなことすらわからないのだ。
一通り怒鳴りあってすっきりして――そのあとは?
どうしたらいいの? どうしたら仲直りになるの?
「ツカサも知らない?」
「……知ってたら困ってない」
「蒼兄が唯兄に訊いてもいい?」
「却下」
「じゃ、久先輩」
「…………」
「無言は肯定なのでしょう?」
私はポケットから携帯を取り出し、久先輩に電話をかけた。
二コールも鳴らさないうちに応答があった。
『どう? 大丈夫?』
「久先輩、今はどこに……?」
『ん? マンションの下。っていうか、若槻さんたちと一緒にいるよ。車ん中』
「あの、教えていただきたいことがあって……」
『うん、俺に答えられることならなんでも訊いて?』
「……あの、仲直りってどうしたらいいんですか?」
『……はい? もう一度お願い』
「あの、仲直りってどうしたらいいんですか?」
『……若槻さん、聞こえました? そちらのお兄さんも』
『聞こえた聞こえた。わが妹、リィらしい質問が……。あんちゃん、どうよ』
『どうも何も……。翠葉、話は済んだのか?』
「……たぶん? 私は言いたいことを怒鳴ったらすっきりしちゃったけど……」
ツカサに視線を向け、「ツカサは?」と目だけで訊く。
すると、小さく「俺も」と返事があった。
携帯に向かって話しているわけではない。
でも、時間柄なのか、ふたりの距離の問題なのか、私たちの会話は携帯の向こうに筒抜けだった。
『じゃぁさ、握手して仲直りってことにすればいいと思うよ』
久先輩に言われて納得した。
「ツカサ、握手したら仲直りみたい」
ツカサもたぶん納得したのだろう。
右手を差し出され、私は携帯を左手に持ち替える。と、その手に自分の右手を重ね、ツカサのあたたかい手をぎゅっと握った。
「仲直り完了?」
「……そうなんじゃないの?」
ツカサは少し困惑した顔で、それでも一応納得しているふうに返された。
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