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紅葉祭一日目 Side 零樹 03話
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午後のライブステージの時間になり、食堂下の体育館へ移動してびっくりする。
「こりゃまたおっきなステージ作ったねぃ」
思わず顎に手を添え、観覧席の通路からそれらを一望する。
体育館中央に昇降動作と回転動作が可能な円形ステージが上がっており、北側の半月ステージと円形ステージの間には長方形のステージが仮設されている。
それらのステージをつなぐのは、ランウェイのような白い通路。
半月ステージには豪華絢爛な懸崖菊が並び、長方形ステージの周りにはかなり大掛かりないけばなが設置されていた。
花器には大きな壷が使われており、いけられているものは色づき始めた紅葉やすすき。
秋を象徴とするそれらに品の良い秋菊がところどころに色を添えていた。
背景となるステージ側面が真っ白なため、枝振りなどがとても良く映えて見える。
円形ステージのステージ上円周にはツリーをを見立てたようなフラワーアレンジメントが等間隔に置かれている。
スクエアベースに手鞠菊という組み合わせがなんともかわいらしい。
二メートルほどあるステージの足元には管物の大菊が囲っていた。
中央部分がオレンジに近い黄色の菊に、中央部分がボルドーで花びらの先端にいくほど淡くなる菊。
さらには円形ステージを囲むように吹奏楽部のセッティングがされている。
「華やかねぇ……ステージにこれだけの花が飾られるなんて贅沢だわ」
碧は言いながらチケットに書かれた席を探し始めた。
確かに、色味からしても秋でありハロウィンであり、またはクリスマスのようにも思える。
「季節先取りってところかな?」
会場に引き出される引き出し席と三階席に座るのは生徒のみ。
二階席の半分は保護者席に確保されており、俺たちは二階席の最前列が用意されていた。
ライブが始まると四方に設置されているモニターにも映像が流れ、会場からは女の子たちの黄色い歓声があがる。
イケメンくんたちが歌って踊ってのステージじゃ、そりゃこういう状態になるのは必然というもの。
それにしても、かなりしっかりしたステージを作ったんだなぁ……。
踊ってもドタバタ音がしないところを見ると、それなりの仮設ステージだ。
ただ、板を貼り付けただけじゃあそこまで踊れない。
これは業者を入れて骨組みから何から何までしっかりやったのだろう。
二曲目に入る前、さっき紹介されたばかりの海斗くんが驚くべき行動に出た。
『飛鳥っ。あのさ、まだ気持ち変わってない? 飛鳥の気持ちはどこにある?』
モニターには海斗くんと立花さんの両方が映しだされる。
『俺、飛鳥が好きなんだ。ずっと俺だけを見ていてほしいんだよね。――飛鳥、返事。声を出せとは言わない。YESなら首を縦に振ってよ。NOなら横に振って。……先に言っておくけど、もし首を立てに振ったなら、一生放さないよ?』
見てるこっちが熱くなってくる。
いやさ、さっき挨拶したばかりの子たちがねぇ……。
立花さんはどうするのかな?
小窓に向こうに立つ立花さんは、頭の上で大きく「丸」を作った。
その直後、マイクを手に取ると、
『海斗のバカっっっ』
キーン、と音がした。
凶器そのものの音に頭を殴られる。
「うーわ、耳いってー……」
しん、とした会場に海斗くんがクスリと笑みを漏らし、
『ってことで悪いー! 全校生徒男子諸君、立花飛鳥は俺のだから手ぇ出さないように! 普段言えないこと、みんなもあるよね? でも、今日と明日は紅葉祭だからさ、俺に便乗して告白祭りしてみたら? 何か変わるかも知れないよ!』
そして二曲目が始まる。
「あの子も藤宮の子なのにね」
碧の言いたいことはなんとなくわかる。
「藤宮にも色々あるってことかな?」
彼が纏う空気は静が持つ威圧的なそれではない。
以前会ったことのある司くんとも違えば秋斗くんとも異なる。
藤宮ぽくないといったらアレだけど、でも、本当にらしくないように思える。
「でも、やっていること自体は派手だし、言ってることはまんま藤宮ね」
言いながら碧が笑った。
「確かにねぇ」
雰囲気はさておき、やり方や言ってる内容はまんま「藤宮」だった。
ライブは二回の休憩を挟み第三部まである。
姫と王子の出し物以外にも、フォークソング部や軽音部、ダンス部や和太鼓部、コーラス部を見ることもできた。
「なんていうか、観客を飽きさせないよねー?」
「それに、プロのヴァイオリニストを呼んじゃってるところがアレよね……」
ふたりとも会話をすれば「アレ」だらけだ。
そのどれもが「藤宮」を指すのだからなんとも言えない。
携帯の電波妨害もあり、翠葉のバイタルを知ることができない状況だからこそ、俺たちはほかのものに意識を殺がれることなく、緊張しながら歌う娘を、心をこめて一フレーズ一フレーズを歌う娘の姿を一心に見ることができた。
一番印象的だったのは第二部のオープニング曲。
緊張もなく、ただ奏者と楽しそうに歌う娘が新鮮でならなかった。
歌い終わったあと、
「こんな翠葉が見られるとは思わなかったわ」
と、碧が目尻に涙を滲ませたほど。
俺はそんな奥さんの手を握りしめた。
翠葉は自分が歌う最後の歌で涙を零した。
その涙の理由はわからない。
あと少しでライブが終わってしまうことが悲しいのか、歌の内容に纏わるものなのか――
一瞬、形のない不安が心をよぎったものの、すぐにそれは払拭される。
理由がわかったからじゃない。ただ、「不必要なもの」ではない気がしたから。
今、ステージに立っている翠葉は具合が悪くて泣いているわけじゃない。
痛みが出たなら身体を押さえるなり前屈みになるだろう。血圧に異常が出たのなら、泣く間もなく気を失う。
今の翠葉から感じるのは「悲しい」という感情のように思えるけど、「悲しい」という感情を知ることは決して悪いことではない。
その感情をどう変換していけるかが大切。
翠葉、がんばれ――
第三部ではアクシデントがあったものの、最後には奈落にいた生徒たちみんながステージへ上がり、手と手をつないでラストを迎えた。
モニターに映る翠葉の目は充血しているが、それでも今は笑っている。
その隣には佐野くんと司くんがいた。
彼らがいればきっと大丈夫……。
ライブが終わり外へ出ると、あたりは暗くなり始めていた。
敷地内の街灯はイルミネーションの邪魔をしない程度に点灯済み。
「零っ! 見てっ!」
「うん?」
碧が指差す方向には火が灯ったジャックオウランタンが並ぶ。
その先、一、二年棟の前にあったかぼちゃの馬車にもイルミネーションが施されていた。
「いやはや、本当にすごいな」
「馬車は演劇部が作って魔女は手芸部。イルミネーションの配色は美術部。取り付け作業には運動部が参加したらしいわ」
カボチャの馬車に立てかけてあるボードにそう書かれていた。
「俺さ、この学校のこういうとこ、本当に好きなんだよね。みんながひとつのことに一丸となって取り組む姿勢とか」
「零は指示を出すよりみんなとあーだこーだ言いながら一緒に何かをするほうが好きだったわよね。だから、万年クラス委員」
「そうそう。実行委員も一度くらいはやりたかったかなぁ?」
「そんなこと言って……。実行委員に間違われるくらいになんでもかんでも首を突っ込んでいたのは誰?」
「あれ? そうだっけ?」
そんな話をしながらライトアップされた桜並木を校門へ向けて歩く。
学園私道から公道へ出ると、主人を迎えに来たであろう高級車がこれでもか、というほどに連なっていた。
「さっすが『藤宮』だねぇ……」
さすがに公道ということもあり、長時間停車していると警備が注意しにくるため、迎えにきた人間たちは主人から連絡が入るまでは藤山の周りをぐるぐると走るほかないのだろう。
「しっかし、さっきから国産車が一台も通らないって何?」
「あ、今のレクサスだったわよ?」
それでも、「レクサス」なわけだ。
思わず苦笑が漏れる。
そういえば、秋斗くんの車も外車だったっけ……。
その一方、湊先生の車がラパンであったり、栞ちゃんの乗る車が国産車であり大衆車であることを思い出してみたり……。
「藤宮も色々なんだなぁ……」
「何が?」
「いんや、なんでもないさ」
右にはひっきりになしに車のライトが続き、左には住宅街の光が広がる。
「零……」
「ん?」
「もっと早くに翠葉を藤宮に入れれば良かったのかしら……」
つないだ手に力がこめられる。
「……いや。今年だったから良かったんじゃないかな」
「どうして……? もし……もし、幼稚部や初等部からここに通っていたら――」
「碧……『もし』で過去には戻れないし、『もし』が導き出す未来は確実じゃないだろ?」
「…………」
碧の要らん力が抜けるように、つないだ手を遠心力に任せて前後にブンブンと振る。
「この夏、入院している翠葉に幸せか訊いたんだ。そしたら、幸せだって即答された。身体がつらくてもか、って訊いたら、この身体じゃなかったらって考えても何があるのかわからないって。……そのあとに言われた言葉にドキッとしたよ。『もしもの元気な私がいたら、今の私はここにいないでしょう?』だって。俺たちにはそんなつもりはないし、翠葉だってそう受け止めたと言ったわけじゃない。それはわかってるんだけど、俺は『もし』って言葉を使うことで、今の翠葉を否定しているような気がしちゃったんだよね」
これはあくまでも俺の感じ方の問題だけど。
「碧、『もし』もっと早くに翠葉が藤宮に通っていたとして、今俺たちが愛する翠葉はどんな子になっただろう? 想像できるか?」
碧は数十秒悩んだあと、首を緩く横に振った。
「そうだよな。俺も想像できない。俺は自分で翠葉に訊いたくせに、『もし』身体になんの問題もなく元気な娘だったら――って考えても、やっぱり翠葉と同じで想像ができないんだ。安易なものはいくらでも想像できる。みんなでキャンプに出かけてトレッキングをして……そんなことならいくらでもね。でも、翠葉の性格やものを見てどう感じ取るのかまでの想像はできない。今ほど優しい子に育ったかすら想像できないんだ。……それに、『もし』早くに藤宮に通っていたとして、あの日を免れることができたのかもわからない」
環境を変えただけですべてがうまくいったかなんてわからない。
「本当ね……。『もし』なんて考えてもなんの意味もないし、何も得られないのね」
「どんな分岐点があったのか――自分たちが何を見過ごしてきてしまったのか、それらを振り返り知ることに意味はあると思う。でも、翠葉が『今』を受け入れているのなら、自分も翠葉と一緒に前を向こうと思う」
翠葉自身がこのタイミングで藤宮に来ることができて良かったと思っているのなら、それが「正解」なんだ。
幼稚園、小学校、中学校、高校――ここに来るまでいくつもの分岐点があった。
まだ翠葉が自分で選択することができなかった部分を決めてきたのは俺たち親だ。
そのことから目を逸らすつもりはない。が、過ぎた過去は何を変えることもできない。
ならば、これからの翠葉の人生にいくつもの選択肢があらんことを――
俺は翠葉が進みたいと思うこれからを支えていきたいと思う。
本人にしかできない努力はある。でも、父親という立場でできること、親という立場でできることもあると思う。
その、「できる部分」での努力を怠ることなく惜しむことなくしていきたいと思う。
それはきっと、隣を歩く碧も同じ気持ちだろう――
「こりゃまたおっきなステージ作ったねぃ」
思わず顎に手を添え、観覧席の通路からそれらを一望する。
体育館中央に昇降動作と回転動作が可能な円形ステージが上がっており、北側の半月ステージと円形ステージの間には長方形のステージが仮設されている。
それらのステージをつなぐのは、ランウェイのような白い通路。
半月ステージには豪華絢爛な懸崖菊が並び、長方形ステージの周りにはかなり大掛かりないけばなが設置されていた。
花器には大きな壷が使われており、いけられているものは色づき始めた紅葉やすすき。
秋を象徴とするそれらに品の良い秋菊がところどころに色を添えていた。
背景となるステージ側面が真っ白なため、枝振りなどがとても良く映えて見える。
円形ステージのステージ上円周にはツリーをを見立てたようなフラワーアレンジメントが等間隔に置かれている。
スクエアベースに手鞠菊という組み合わせがなんともかわいらしい。
二メートルほどあるステージの足元には管物の大菊が囲っていた。
中央部分がオレンジに近い黄色の菊に、中央部分がボルドーで花びらの先端にいくほど淡くなる菊。
さらには円形ステージを囲むように吹奏楽部のセッティングがされている。
「華やかねぇ……ステージにこれだけの花が飾られるなんて贅沢だわ」
碧は言いながらチケットに書かれた席を探し始めた。
確かに、色味からしても秋でありハロウィンであり、またはクリスマスのようにも思える。
「季節先取りってところかな?」
会場に引き出される引き出し席と三階席に座るのは生徒のみ。
二階席の半分は保護者席に確保されており、俺たちは二階席の最前列が用意されていた。
ライブが始まると四方に設置されているモニターにも映像が流れ、会場からは女の子たちの黄色い歓声があがる。
イケメンくんたちが歌って踊ってのステージじゃ、そりゃこういう状態になるのは必然というもの。
それにしても、かなりしっかりしたステージを作ったんだなぁ……。
踊ってもドタバタ音がしないところを見ると、それなりの仮設ステージだ。
ただ、板を貼り付けただけじゃあそこまで踊れない。
これは業者を入れて骨組みから何から何までしっかりやったのだろう。
二曲目に入る前、さっき紹介されたばかりの海斗くんが驚くべき行動に出た。
『飛鳥っ。あのさ、まだ気持ち変わってない? 飛鳥の気持ちはどこにある?』
モニターには海斗くんと立花さんの両方が映しだされる。
『俺、飛鳥が好きなんだ。ずっと俺だけを見ていてほしいんだよね。――飛鳥、返事。声を出せとは言わない。YESなら首を縦に振ってよ。NOなら横に振って。……先に言っておくけど、もし首を立てに振ったなら、一生放さないよ?』
見てるこっちが熱くなってくる。
いやさ、さっき挨拶したばかりの子たちがねぇ……。
立花さんはどうするのかな?
小窓に向こうに立つ立花さんは、頭の上で大きく「丸」を作った。
その直後、マイクを手に取ると、
『海斗のバカっっっ』
キーン、と音がした。
凶器そのものの音に頭を殴られる。
「うーわ、耳いってー……」
しん、とした会場に海斗くんがクスリと笑みを漏らし、
『ってことで悪いー! 全校生徒男子諸君、立花飛鳥は俺のだから手ぇ出さないように! 普段言えないこと、みんなもあるよね? でも、今日と明日は紅葉祭だからさ、俺に便乗して告白祭りしてみたら? 何か変わるかも知れないよ!』
そして二曲目が始まる。
「あの子も藤宮の子なのにね」
碧の言いたいことはなんとなくわかる。
「藤宮にも色々あるってことかな?」
彼が纏う空気は静が持つ威圧的なそれではない。
以前会ったことのある司くんとも違えば秋斗くんとも異なる。
藤宮ぽくないといったらアレだけど、でも、本当にらしくないように思える。
「でも、やっていること自体は派手だし、言ってることはまんま藤宮ね」
言いながら碧が笑った。
「確かにねぇ」
雰囲気はさておき、やり方や言ってる内容はまんま「藤宮」だった。
ライブは二回の休憩を挟み第三部まである。
姫と王子の出し物以外にも、フォークソング部や軽音部、ダンス部や和太鼓部、コーラス部を見ることもできた。
「なんていうか、観客を飽きさせないよねー?」
「それに、プロのヴァイオリニストを呼んじゃってるところがアレよね……」
ふたりとも会話をすれば「アレ」だらけだ。
そのどれもが「藤宮」を指すのだからなんとも言えない。
携帯の電波妨害もあり、翠葉のバイタルを知ることができない状況だからこそ、俺たちはほかのものに意識を殺がれることなく、緊張しながら歌う娘を、心をこめて一フレーズ一フレーズを歌う娘の姿を一心に見ることができた。
一番印象的だったのは第二部のオープニング曲。
緊張もなく、ただ奏者と楽しそうに歌う娘が新鮮でならなかった。
歌い終わったあと、
「こんな翠葉が見られるとは思わなかったわ」
と、碧が目尻に涙を滲ませたほど。
俺はそんな奥さんの手を握りしめた。
翠葉は自分が歌う最後の歌で涙を零した。
その涙の理由はわからない。
あと少しでライブが終わってしまうことが悲しいのか、歌の内容に纏わるものなのか――
一瞬、形のない不安が心をよぎったものの、すぐにそれは払拭される。
理由がわかったからじゃない。ただ、「不必要なもの」ではない気がしたから。
今、ステージに立っている翠葉は具合が悪くて泣いているわけじゃない。
痛みが出たなら身体を押さえるなり前屈みになるだろう。血圧に異常が出たのなら、泣く間もなく気を失う。
今の翠葉から感じるのは「悲しい」という感情のように思えるけど、「悲しい」という感情を知ることは決して悪いことではない。
その感情をどう変換していけるかが大切。
翠葉、がんばれ――
第三部ではアクシデントがあったものの、最後には奈落にいた生徒たちみんながステージへ上がり、手と手をつないでラストを迎えた。
モニターに映る翠葉の目は充血しているが、それでも今は笑っている。
その隣には佐野くんと司くんがいた。
彼らがいればきっと大丈夫……。
ライブが終わり外へ出ると、あたりは暗くなり始めていた。
敷地内の街灯はイルミネーションの邪魔をしない程度に点灯済み。
「零っ! 見てっ!」
「うん?」
碧が指差す方向には火が灯ったジャックオウランタンが並ぶ。
その先、一、二年棟の前にあったかぼちゃの馬車にもイルミネーションが施されていた。
「いやはや、本当にすごいな」
「馬車は演劇部が作って魔女は手芸部。イルミネーションの配色は美術部。取り付け作業には運動部が参加したらしいわ」
カボチャの馬車に立てかけてあるボードにそう書かれていた。
「俺さ、この学校のこういうとこ、本当に好きなんだよね。みんながひとつのことに一丸となって取り組む姿勢とか」
「零は指示を出すよりみんなとあーだこーだ言いながら一緒に何かをするほうが好きだったわよね。だから、万年クラス委員」
「そうそう。実行委員も一度くらいはやりたかったかなぁ?」
「そんなこと言って……。実行委員に間違われるくらいになんでもかんでも首を突っ込んでいたのは誰?」
「あれ? そうだっけ?」
そんな話をしながらライトアップされた桜並木を校門へ向けて歩く。
学園私道から公道へ出ると、主人を迎えに来たであろう高級車がこれでもか、というほどに連なっていた。
「さっすが『藤宮』だねぇ……」
さすがに公道ということもあり、長時間停車していると警備が注意しにくるため、迎えにきた人間たちは主人から連絡が入るまでは藤山の周りをぐるぐると走るほかないのだろう。
「しっかし、さっきから国産車が一台も通らないって何?」
「あ、今のレクサスだったわよ?」
それでも、「レクサス」なわけだ。
思わず苦笑が漏れる。
そういえば、秋斗くんの車も外車だったっけ……。
その一方、湊先生の車がラパンであったり、栞ちゃんの乗る車が国産車であり大衆車であることを思い出してみたり……。
「藤宮も色々なんだなぁ……」
「何が?」
「いんや、なんでもないさ」
右にはひっきりになしに車のライトが続き、左には住宅街の光が広がる。
「零……」
「ん?」
「もっと早くに翠葉を藤宮に入れれば良かったのかしら……」
つないだ手に力がこめられる。
「……いや。今年だったから良かったんじゃないかな」
「どうして……? もし……もし、幼稚部や初等部からここに通っていたら――」
「碧……『もし』で過去には戻れないし、『もし』が導き出す未来は確実じゃないだろ?」
「…………」
碧の要らん力が抜けるように、つないだ手を遠心力に任せて前後にブンブンと振る。
「この夏、入院している翠葉に幸せか訊いたんだ。そしたら、幸せだって即答された。身体がつらくてもか、って訊いたら、この身体じゃなかったらって考えても何があるのかわからないって。……そのあとに言われた言葉にドキッとしたよ。『もしもの元気な私がいたら、今の私はここにいないでしょう?』だって。俺たちにはそんなつもりはないし、翠葉だってそう受け止めたと言ったわけじゃない。それはわかってるんだけど、俺は『もし』って言葉を使うことで、今の翠葉を否定しているような気がしちゃったんだよね」
これはあくまでも俺の感じ方の問題だけど。
「碧、『もし』もっと早くに翠葉が藤宮に通っていたとして、今俺たちが愛する翠葉はどんな子になっただろう? 想像できるか?」
碧は数十秒悩んだあと、首を緩く横に振った。
「そうだよな。俺も想像できない。俺は自分で翠葉に訊いたくせに、『もし』身体になんの問題もなく元気な娘だったら――って考えても、やっぱり翠葉と同じで想像ができないんだ。安易なものはいくらでも想像できる。みんなでキャンプに出かけてトレッキングをして……そんなことならいくらでもね。でも、翠葉の性格やものを見てどう感じ取るのかまでの想像はできない。今ほど優しい子に育ったかすら想像できないんだ。……それに、『もし』早くに藤宮に通っていたとして、あの日を免れることができたのかもわからない」
環境を変えただけですべてがうまくいったかなんてわからない。
「本当ね……。『もし』なんて考えてもなんの意味もないし、何も得られないのね」
「どんな分岐点があったのか――自分たちが何を見過ごしてきてしまったのか、それらを振り返り知ることに意味はあると思う。でも、翠葉が『今』を受け入れているのなら、自分も翠葉と一緒に前を向こうと思う」
翠葉自身がこのタイミングで藤宮に来ることができて良かったと思っているのなら、それが「正解」なんだ。
幼稚園、小学校、中学校、高校――ここに来るまでいくつもの分岐点があった。
まだ翠葉が自分で選択することができなかった部分を決めてきたのは俺たち親だ。
そのことから目を逸らすつもりはない。が、過ぎた過去は何を変えることもできない。
ならば、これからの翠葉の人生にいくつもの選択肢があらんことを――
俺は翠葉が進みたいと思うこれからを支えていきたいと思う。
本人にしかできない努力はある。でも、父親という立場でできること、親という立場でできることもあると思う。
その、「できる部分」での努力を怠ることなく惜しむことなくしていきたいと思う。
それはきっと、隣を歩く碧も同じ気持ちだろう――
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