光のもとで1

葉野りるは

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紅葉祭一日目 Side 零樹 02話

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 高校門入り口に設置された数々の関所をパスすると、碧が「翠葉も警護の話を聞いたかしらね」と小さく口にした。
「そうだなぁ……。朝一でごたつく予定だって静が言ってたから、もう聞いたかもな」
「あの子は何を感じ、どんな答えを出すのかしらね……」
「……きっと、俺や碧と変わらんだろ」
「だと嬉しいわ。『藤宮』なんて付属品関係なく、ひとりの人として彼らを見てほしい」
「そうだな……」
 これはやっぱり俺たちの「希望」であったり「願望」なんだろうな。
 高校門で冊子をもらうとき、ライブステージで子どもが歌を歌う保護者には、優先的に桜林館の席が取れるように手配されていた。
 そんな部分に藤宮の特色を感じつつ、碧とふたり手をつないで懐かしの桜並木を歩いた。

 翠葉のクラスは教室をカフェに見立てたものだったが、そこかしこに高校生らしい趣向が凝らしてあった。
 壁はすべてアイボリーの布で覆われ、それらは布をたるませきれいなドレープを作りだしていた。
 床にはライトが置いてあり、下から光をあてることで陰影を作り、よりドレープを印象的に見せる演出が施されている。
 床のベージュはそのままに、勉強机を合わせて作られたテーブルにはこげ茶のテーブルクロスがかけられていた。
 四人掛けのテーブルには白いテーブルランナーが敷かれており、ふたり席のテーブルには白い糸で編まれた丸いレース編みが敷かれている。
 その上には切子ガラスの一輪挿しが置かれ、小ぶりな真紅のスプレーバラが飾られていた。
 翠葉は慣れない給仕に苦労しているみたいだったが、それでも時折見せる笑顔は家で見るものとは違って見える。
 向かいに座る碧も、そんな翠葉を始終目で追っていた。
 いつも仲良くしてくれているという友達四人を紹介され、帰りに受付でクッキーを購入して翠葉の所属する写真部の展示場へと足を向けた。
 途中、自分たちの同級生に出くわすなんてハプニングもあり――
「あれ? もしかして――城井、さん、だよね? それと御園生? ふたりも変わってないなぁ」
 ここで感動の再会とならないのが俺だ。
「誰だっけ?」
 碧に訊くと、ひどく面倒くさそうに「東條くんよ」と教えられる。
 トウジョウ――?
 頭の中で漢字に変換を試みるものの、記憶には残っていない。
 エリート商社マンっぽいなりをした男が藤宮の制服を着たところを想像してみても、記憶はよみがえらない模様。
 神経質そうなシルバーフレームのメガネをかけているが――誰、デスカ?
「今日って身内日だけど――もしかしてふたりの子どももこの学校に?」
「えぇ、今年入学したの」
「うちは二年。ちょうど藤宮の人間と同じ年に生まれたってのに、全然絡めてないみたいでさ」
 あぁ、こういうのは相変わらずなんだな、と思う。
「藤宮」の人間だから子ども同士仲良くさせておきたい。どこかでつながりを持っていたい――
 俺たちが学生のころにもそんな風潮があったものだ。
 何分、「一般人」の俺には理解しがたい思想だったけど。
「あれ……? 城井さんと御園生が結婚してるってことは、子どもは御園生姓だよな? それとも、城井に婿入りしたのか?」
「いえ、御園生よ」
 碧は面倒くさそうに答える。
「確か、このパンフレットの生徒会メンバーに御園生って名前があった気が――」
 トウジョウという男は慌てて冊子をめくりだす。
「御園生――みどりは? すいは?」
「あぁ、それでスイハって読むんだ」
 俺が答えると、名前なんてどうでもいいとでも言うかのように、「娘も生徒会なのかっ!?」と訊いてきた。
「えぇ……」
 碧の不機嫌指数が上がっていく。
「親子揃って藤宮と仲いいよなぁ? どうやったらお近付きになれるのか教えてほしいよ」
 碧はきれいすぎる笑みを添え、
「下心を持たないことかしら」
 トウジョウははっとした顔をして話題を変える。
「明日、急遽同窓会が開かれることになったんだ。もし良かったら藤宮も誘ってふたりも来ないか?」
 言葉の並びは最悪だし、その笑顔すら胡散臭い。
「お誘いは嬉しいのだけど、明日は私も零も仕事なの。静には会ったら伝えておくわ。でも、今日は静も来ているはずよ? 良かったら、東條くんが直接誘ったらどうかしら? 私たち、これで失礼するわね」
 碧は俺の腕を取ってズンズン歩き始めた。
「大人になってもああいうのって変わらないものなのねっ!?」
 どうやらたいそうご立腹であらせられる。
「まぁなぁ……。外に出て変わる人間もいるだろうし、変わらない人間もいるだろ。人それぞれだよ」
 突如、碧がじとりと俺を見上げてくる。
「零ったら彼のこと覚えてないのっ!?」
「えええっ!? 俺っ!? 彼と何か接点あったっけ?」
 碧から引き気味に顔を傾げると、腕をつねられた。
 何気に結構痛い……。
「本当に覚えてないからひどいっ。静に近づきたいがために私にずっと付きまとってた男を覚えていないのっ!?」
「あーーー……そんなやついたっけ?」
「本当にひどいっっっ。一応かつてのライバルでしょうっ!?」
「うーん……申し訳ないくらいにライバルと言われて思い浮かぶのは静だけなんだよな。ほら、碧さんモテモテだったしね? そんな全員なんて覚えてられないってば」
 静以外の男どもは、基本碧さんが全部自分で撃退してくれてたからなぁ……。
 そんな話をしていると周りがざわつき始める。
 視線を前方にやると、正面から和装の老人と静、それから護衛と思しき人間が歩いてきた。
 その一塊を皆が避けるように端に寄るものだから、きれいな廊下にさらなる「道」ができてしまう。
 そんな中、俺たちは廊下の端に寄るでもなく前へ進む。
 そして、碧は静と会長に声をかけた。
「会長、お久しぶりです。お加減はいかがですか?」
「おぉ、これは城井のお嬢さん」
「いやですわ。もうお嬢さんなんて年じゃありませんし、今は御園生です」
 碧はいつもと変わらない調子で話す。
「零樹くんも元気そうじゃの?」
「はい、ご無沙汰しています」
「ふたりとも変わらず静と付きおうてくれて嬉しいのぉ」
「もう腐れ縁化してますからね。死ぬまで切れないかと……」
「ふぉっふぉっふぉ、良い良い」
 会長は口髭をいりじながら柔和な笑みを見せた。
「静、さっき東條くんと会ったのだけど、明日、同窓会があるらしいわよ? 場所は訊かなかったけど、きっと彼のことだからウィステリアホテルを押さえてるんじゃないかしら? 急遽、なんて言っていたけど、ウィステリアホテルのパーティールームってそんな急に押さえられるものかしら?」
「確か三ヶ月くらい前に予約が入ったと認識しているが、無駄に長い枠で押さえてあったぞ。昼から夜の九時までだ。碧が顔を出すのなら私もその時間に立ち寄ろう」
 口元だけに笑みを浮かべる応酬が怖い。
「あら、東條くんたら言葉の使いどころ間違えちゃったのね? 急遽押さえようとしたのは私たちの予定といったところかしら?」
「そのようだな」
「残念だけど、私、明日は娘を迎えに行く予定以外に外出予定を入れるつもりはないの」
「それは残念だな。碧が行かないのならば私も行く意味がない」
 ふたりは「残念」の「ざ」の字も見えない笑顔で言葉を交わしていた。
 そんなふたりを見ていれば、学生時代の記憶がよみがえる。
 そうそう、このふたりって学生のときからこんな感じだったよねぇ……。
 好戦的というかなんというか……。
 碧さん、アレですよ。
 あのトウジョウって男も変わっていないのかもしれないけれど、我々も変わってないのでは……。

 会長にVIP席でライブステージを見ないかと誘われたがそれは断わり、俺たちは通常の家族席で見ることにした。
 写真部の展示を見たあと、混雑しているんだろうなぁ、と思いつつ桜林館の二階部分にある学食へ足を運ぶ。
 俺たちが学生だったころとはだいぶ様相を変えたそこに生徒の姿はあまりなく、ほとんどが保護者だった。
 学生たちは出店で済ませる子が多いのかもしれない。
 卒業生である保護者は懐かしさに胸を膨らませて学食へ来るのだろう。
 初めて来る保護者は子どもが普段どんなものを食べているのか、と好奇心に吸い寄せられる。
 混んでいる中、俺はオムライス、碧はハヤシライスをオーダーした。
 一口食べて碧と目を瞬かせる。
 ちょっと感動……。
 プレートや盛り付けこそ変わっているものの、味は昔と変わらなかった。
「わー! なんかこういうの感動するね?」
「本当……なんだか嬉しいわ」
 俺たちはふたり揃って頬を緩ませた。
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