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43~45 Side 蒼樹 01話
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「唯くんにキッチン手伝ってもらいたいんだけど、呼んできてもらえる?」
「わかった」
バスルームにいると思った唯はそこにはいなかった。
湯船に湯が張り終わってるところを見ると翠葉を呼びに行ったのかもしれない。
翠葉の部屋のドアは中途半端に開いていて、中を覗くと、唯は翠葉のベッドに上がりこんでいた。
「唯、何ミイラになってるんだよ」
唯が「あはは」とごかまし笑いをして見せる一方、翠葉は慌てて先輩のジャケットをハンガーへかけた。
もしかしたら何か話していたのかもしれない。
そんな気はしたけど父さんもお待ちかねなわけで、このあと時間が無限にあるわけでもない。
だから、翠葉をバスルームへ追いやり、唯はキッチンへ連行した。
「まさか唯から何か訊いたりしてないよな?」
「うん? とりあえず部屋で秋斗さんのジャケットに顔うずめて匂いクンクンしてたから『変態』って言っといた。それだけだよ」
「それだけって、おまえ……」
「だって、声でもかけなかったらもうしばらく動きそうになかったし?」
俺は「変態」という言葉に何を言う気力も失う。
「もし、何かあるならリィから声かけてもらえるよ」
唯はそう言うと、俺や母さんに言われるまでもなく自分からキッチンへと足を向けた。
前に比べたら、翠葉に何が起きているのかと不安になったり、こっちから訊いて問い詰めることもなくなった。
バイタルデータの使い方を誤ったらいけない。それはこの数ヶ月で学んだ。
俺は胸ポケットに入れてある携帯に触れ、手に取ることなく離した。
夕飯の準備がおおむね整うと、唯が菜箸をよこす。
「ふっふっふ……俺はリィの髪の毛を乾かすんで、あとは碧さんとあんちゃんよろしくっ!」
それに対抗しようとは思わない。
菜箸を唯から譲り受けると、意外なところから声があがった。
……いや、別段意外でもないか。
「唯、ずるいぞー! そろそろ俺に翠葉をよこさんかいっ!」
父さん、唯と張り合うなよ……。
「でも、ドライヤーはひとつしかないし~」
急にかわい子ぶるこいつは誰だ……。
しかも、それが妙に様になっていて、なんて突っ込んだらいいものやら。
母さんはといえば、
「やっぱ唯くん、今度絶対に女装っ!」
えええっ!? どこから女装話が持ち上がった!?
そして父さんは、
「いや、ドライヤーなら静の家にもあるはずだ!」
言いながら十階へと続く階段を上がり始めた。
数分後には得意げな顔でドライヤー片手に下りてくるんだから、もうなんだかな……。
まぁ、久しぶりの家族団らんで唯も父さんも嬉しいんだろうな。
何せ、翠葉の体調に何事もなく、こんなふうに家族が集ること自体が久しぶりなのだから――
風呂から上がった翠葉は動きが少し緩慢ではあるものの、疲れていて身動きが取れないというほどではない。
今はテーブルから少し下がった場所で唯と父さんに髪の毛を乾かされている。
夏休み中に一度切った髪の毛は、前髪を見ると「伸びたな」と思うくらいに伸びていた。
唯が翠葉の髪の毛に顔を近づけ、
「んー! ハーブの香りがいい香りっ!」
なんでかな? ほかの男がやったら引き剥がしたくなるような光景でも、唯がやる分にはとくに何を思うでもない。逆に微笑ましく思えるから謎。
俺、シスコンに加えてブラコンの気も出てきたりしてるんだろうか……。
自分のあれこれが心配になりつつ、唯たちの会話に耳を傾ける。
「唯兄だって同じものを使っているでしょう?」
「香りは髪の長さに比例します」
母さんに声をかけようとしたら、
「蒼樹、ハーブの香りとはいえ、シャンプーの香りと海鮮鍋の匂いよ?」
母さんはオーバーなくらい怪訝な顔をして訊いてくる。
「……あぁ、母さんに一票。ふたつが混ざって美味しそうな匂いには思えない」
母さんの目を見てこれは唯いじりだと思った。
だって、怪訝な顔をしてはいるけど目は笑っている。
咄嗟に乗じた俺も俺だけど、それに真面目な反応を返す唯も唯。
「えっ、ふたりともそっちっ!? いや、俺は純粋にハーブの香りをだねっ!?」
白々しい視線を向けると、唯の隣で翠葉と父さんが楽しそうに笑っていた。
そんな光景を見て、いいな、と思う。
どこにでもある家族の団らんみたいでなんだか嬉しかった。
特別な何かはなくてもいい。ただ、こうして心穏やかな時間を過ごせることを幸せだと思う。
何より、翠葉が笑ってる。
そんなことに俺はほっとする。
痛がって泣いているわけでも、こちらを気遣って何を言えないわけでもない。
今話している会話を楽しみ、みんなでつつく鍋を美味しいと言って食べる姿にほっとする。
贅沢は言わない。
こんな時間が、こんな日がずっと続けばいいのに。
もう、今年の夏のような日々は二度と訪れてほしくない――
一時間ほど夕飯を楽しむと、片づけを手伝う翠葉に父さんが声をかけた。
それもあらかじめ話していたことだ。
少し前、父さんがこのタイミングでこっちに戻ってこれるとわかったとき、父さんと翠葉は約束をしたらしい。星を見て話をしよう、と。
だから、その準備は翠葉が風呂に入っている間に済ませてあった。
ホットマットを外に出し、毛布も準備。
ここまですれば翠葉が寒がることはないだろう。
物を運んでいるときに唯が、「俺、あとで邪魔しにいこう」と言いだした。
「ここだけは譲ってやれよ」と言おうとしたら、
「あたたかい飲み物は必須でしょ?」
唯はにこりと笑った。
なんとなく罠にかかった気分。
「ほーんと、何考えてるのか丸わかり。そこまで空気読めないお邪魔虫じゃありませんよーだ」
唯はニシシ、と笑いながら俺を追い越し部屋へ入った。
翠葉と父さんが外へ出ると唯はキッチンでココアを作り始め、俺はその傍らでコーヒーを淹れていた。
「唯も飲む?」
「うんにゃ、俺はリィたちと同じココア飲むー。ココアなんて超久しぶり!」
言いながら、唯は有名なココアメーカーの缶を手に取った。
キッチンには母さんもいてカップの用意をしている。
たぶん、俺たちの会話に混ざりたかったのだろう。
「ね、ふたりとも外でどんな話をしてるのかしらね?」
「んー……たぶん、リィの懺悔からでしょ?」
「あぁ、その可能性は高いな」
「でも、どうせきれいな星空を見るならそれ以外の話もしてほしいものだわ」
「零樹さんなら大丈夫でしょ?」
「父さんなら大丈夫だよ」
俺と唯の言葉がかぶり、母さんが声を立てて笑う。
「そうね、零と翠葉なら大丈夫ね」
飲み物の用意が済むとリビングへと移動し、唯はトレイ片手にベランダへ出た。
俺が窓際のソファに座り母さんがその向かいに座ると、
「蒼樹、今年は本当にありがとう。……仕事とはいえ、息子に甘えすぎたわ」
「母さん、そのことはもう……」
「ううん、ちゃんと言わせて。……ありがとう」
俺はどう答えようかと少し悩んだ。
「なんていうか……『ありがとう』って言われるようなことは何もできなかったし、父さんと母さんに現場に戻ってほしいって言ったのは俺自身だ」
「それは翠葉が望んでいたからでしょう?」
「それもある……」
けど、それだけではない。
「俺の考えでしかないんだけど――」
話す内容を頭でまとめる時間が必要だった。
母さんはその間何も言わずに待っていてくれる。
「藤宮に通い始めて翠葉の世界は広がったと思う。学校に通いたいからこそ入院中もがんばったんだと思う。……でも、具合が悪くなると翠葉の世界はやっぱり『家』って場所だけになると思うんだ。その枠の中にいる俺たち家族を傷つけたくないと思えば――翠葉にとって周りに人がいることがどれほど負担になるのか、って考えずにはいられなかった。……ストレスからくる不整脈が怖かったんだ。また、命に関わるような状況になることがたまらなく怖かった。だから、現場に戻ってほしいって言った」
ただ翠葉のことだけを考えて言ったわけじゃない。自分が怖いと思っていたから……。
「あんちゃんも碧さんもまたその話?」
呆れ声で話に入ってきたのは唯だ。
「その話、もうやめようよ。もう十一月目前だよ? リィだっていつまでも弱いままじゃないし、着実に変化してるのだってわかってるでしょ? 次に何かあったときにどう対処するかを話し合うほうがよっぽど建設的。はい、やめやめっ!」
唯が話を終わらせるためにパンパン、と二回手を打つと、母さんがふわりと笑った。
「唯を家族に迎えて良かった」
そう口にしてはガッチリと唯を抱き寄せた。
唯はそんな行動をものともせずに受け入れ、さらにはこんな話題にすり替える。
「で、碧さんから見てどうよ……。この筋金入りのシスコンあんちゃんに彼女ができたって事実」
母さんが面食らったのは一瞬のこと。
「そうね……」
まじまじと俺を見ながら、
「まぁ、なんていうか……蒼樹の翠葉卒業は無理だと思っていたからちょっと安心したわ」
母さん、そういうこと真顔で言わないでくれませんかね……。
「俺、今日初めてその彼女さんを見たわけですが、すんごい清楚なお嬢さんでしたよ?」
「知ってる知ってる! 桃華ちゃん、あと数年もしたらもっときれいになるわよ?」
「あんちゃんも隅に置けないよねぇ~……妹のクラスメイトに手ぇ出すなんてさ」
「唯……その言い方だけはやめてくれ」
確かにそのとおりなんだけど、何か何か何か――
「で? 桃華ちゃんとはうまくいってるの?」
母さんは嬉しそうに訊いてくる。
「……取り立てて何か問題があるわけじゃないかな?」
俺は未だに桃華とケンカというものをしたことがない。
それもそのはず――「翠葉」というキーワードで話が弾みこそすれ、ケンカになることがない。
むしろ問題があるとするなら――
「母さん、桃華から届くメールって必ず翠葉のことが書いてあって、俺、それに嫉妬しそうなんだけど……」
結構真面目に話したつもりだった。
でも、この話題では唯と母さんの笑いしか得ることができなかった。
「わかった」
バスルームにいると思った唯はそこにはいなかった。
湯船に湯が張り終わってるところを見ると翠葉を呼びに行ったのかもしれない。
翠葉の部屋のドアは中途半端に開いていて、中を覗くと、唯は翠葉のベッドに上がりこんでいた。
「唯、何ミイラになってるんだよ」
唯が「あはは」とごかまし笑いをして見せる一方、翠葉は慌てて先輩のジャケットをハンガーへかけた。
もしかしたら何か話していたのかもしれない。
そんな気はしたけど父さんもお待ちかねなわけで、このあと時間が無限にあるわけでもない。
だから、翠葉をバスルームへ追いやり、唯はキッチンへ連行した。
「まさか唯から何か訊いたりしてないよな?」
「うん? とりあえず部屋で秋斗さんのジャケットに顔うずめて匂いクンクンしてたから『変態』って言っといた。それだけだよ」
「それだけって、おまえ……」
「だって、声でもかけなかったらもうしばらく動きそうになかったし?」
俺は「変態」という言葉に何を言う気力も失う。
「もし、何かあるならリィから声かけてもらえるよ」
唯はそう言うと、俺や母さんに言われるまでもなく自分からキッチンへと足を向けた。
前に比べたら、翠葉に何が起きているのかと不安になったり、こっちから訊いて問い詰めることもなくなった。
バイタルデータの使い方を誤ったらいけない。それはこの数ヶ月で学んだ。
俺は胸ポケットに入れてある携帯に触れ、手に取ることなく離した。
夕飯の準備がおおむね整うと、唯が菜箸をよこす。
「ふっふっふ……俺はリィの髪の毛を乾かすんで、あとは碧さんとあんちゃんよろしくっ!」
それに対抗しようとは思わない。
菜箸を唯から譲り受けると、意外なところから声があがった。
……いや、別段意外でもないか。
「唯、ずるいぞー! そろそろ俺に翠葉をよこさんかいっ!」
父さん、唯と張り合うなよ……。
「でも、ドライヤーはひとつしかないし~」
急にかわい子ぶるこいつは誰だ……。
しかも、それが妙に様になっていて、なんて突っ込んだらいいものやら。
母さんはといえば、
「やっぱ唯くん、今度絶対に女装っ!」
えええっ!? どこから女装話が持ち上がった!?
そして父さんは、
「いや、ドライヤーなら静の家にもあるはずだ!」
言いながら十階へと続く階段を上がり始めた。
数分後には得意げな顔でドライヤー片手に下りてくるんだから、もうなんだかな……。
まぁ、久しぶりの家族団らんで唯も父さんも嬉しいんだろうな。
何せ、翠葉の体調に何事もなく、こんなふうに家族が集ること自体が久しぶりなのだから――
風呂から上がった翠葉は動きが少し緩慢ではあるものの、疲れていて身動きが取れないというほどではない。
今はテーブルから少し下がった場所で唯と父さんに髪の毛を乾かされている。
夏休み中に一度切った髪の毛は、前髪を見ると「伸びたな」と思うくらいに伸びていた。
唯が翠葉の髪の毛に顔を近づけ、
「んー! ハーブの香りがいい香りっ!」
なんでかな? ほかの男がやったら引き剥がしたくなるような光景でも、唯がやる分にはとくに何を思うでもない。逆に微笑ましく思えるから謎。
俺、シスコンに加えてブラコンの気も出てきたりしてるんだろうか……。
自分のあれこれが心配になりつつ、唯たちの会話に耳を傾ける。
「唯兄だって同じものを使っているでしょう?」
「香りは髪の長さに比例します」
母さんに声をかけようとしたら、
「蒼樹、ハーブの香りとはいえ、シャンプーの香りと海鮮鍋の匂いよ?」
母さんはオーバーなくらい怪訝な顔をして訊いてくる。
「……あぁ、母さんに一票。ふたつが混ざって美味しそうな匂いには思えない」
母さんの目を見てこれは唯いじりだと思った。
だって、怪訝な顔をしてはいるけど目は笑っている。
咄嗟に乗じた俺も俺だけど、それに真面目な反応を返す唯も唯。
「えっ、ふたりともそっちっ!? いや、俺は純粋にハーブの香りをだねっ!?」
白々しい視線を向けると、唯の隣で翠葉と父さんが楽しそうに笑っていた。
そんな光景を見て、いいな、と思う。
どこにでもある家族の団らんみたいでなんだか嬉しかった。
特別な何かはなくてもいい。ただ、こうして心穏やかな時間を過ごせることを幸せだと思う。
何より、翠葉が笑ってる。
そんなことに俺はほっとする。
痛がって泣いているわけでも、こちらを気遣って何を言えないわけでもない。
今話している会話を楽しみ、みんなでつつく鍋を美味しいと言って食べる姿にほっとする。
贅沢は言わない。
こんな時間が、こんな日がずっと続けばいいのに。
もう、今年の夏のような日々は二度と訪れてほしくない――
一時間ほど夕飯を楽しむと、片づけを手伝う翠葉に父さんが声をかけた。
それもあらかじめ話していたことだ。
少し前、父さんがこのタイミングでこっちに戻ってこれるとわかったとき、父さんと翠葉は約束をしたらしい。星を見て話をしよう、と。
だから、その準備は翠葉が風呂に入っている間に済ませてあった。
ホットマットを外に出し、毛布も準備。
ここまですれば翠葉が寒がることはないだろう。
物を運んでいるときに唯が、「俺、あとで邪魔しにいこう」と言いだした。
「ここだけは譲ってやれよ」と言おうとしたら、
「あたたかい飲み物は必須でしょ?」
唯はにこりと笑った。
なんとなく罠にかかった気分。
「ほーんと、何考えてるのか丸わかり。そこまで空気読めないお邪魔虫じゃありませんよーだ」
唯はニシシ、と笑いながら俺を追い越し部屋へ入った。
翠葉と父さんが外へ出ると唯はキッチンでココアを作り始め、俺はその傍らでコーヒーを淹れていた。
「唯も飲む?」
「うんにゃ、俺はリィたちと同じココア飲むー。ココアなんて超久しぶり!」
言いながら、唯は有名なココアメーカーの缶を手に取った。
キッチンには母さんもいてカップの用意をしている。
たぶん、俺たちの会話に混ざりたかったのだろう。
「ね、ふたりとも外でどんな話をしてるのかしらね?」
「んー……たぶん、リィの懺悔からでしょ?」
「あぁ、その可能性は高いな」
「でも、どうせきれいな星空を見るならそれ以外の話もしてほしいものだわ」
「零樹さんなら大丈夫でしょ?」
「父さんなら大丈夫だよ」
俺と唯の言葉がかぶり、母さんが声を立てて笑う。
「そうね、零と翠葉なら大丈夫ね」
飲み物の用意が済むとリビングへと移動し、唯はトレイ片手にベランダへ出た。
俺が窓際のソファに座り母さんがその向かいに座ると、
「蒼樹、今年は本当にありがとう。……仕事とはいえ、息子に甘えすぎたわ」
「母さん、そのことはもう……」
「ううん、ちゃんと言わせて。……ありがとう」
俺はどう答えようかと少し悩んだ。
「なんていうか……『ありがとう』って言われるようなことは何もできなかったし、父さんと母さんに現場に戻ってほしいって言ったのは俺自身だ」
「それは翠葉が望んでいたからでしょう?」
「それもある……」
けど、それだけではない。
「俺の考えでしかないんだけど――」
話す内容を頭でまとめる時間が必要だった。
母さんはその間何も言わずに待っていてくれる。
「藤宮に通い始めて翠葉の世界は広がったと思う。学校に通いたいからこそ入院中もがんばったんだと思う。……でも、具合が悪くなると翠葉の世界はやっぱり『家』って場所だけになると思うんだ。その枠の中にいる俺たち家族を傷つけたくないと思えば――翠葉にとって周りに人がいることがどれほど負担になるのか、って考えずにはいられなかった。……ストレスからくる不整脈が怖かったんだ。また、命に関わるような状況になることがたまらなく怖かった。だから、現場に戻ってほしいって言った」
ただ翠葉のことだけを考えて言ったわけじゃない。自分が怖いと思っていたから……。
「あんちゃんも碧さんもまたその話?」
呆れ声で話に入ってきたのは唯だ。
「その話、もうやめようよ。もう十一月目前だよ? リィだっていつまでも弱いままじゃないし、着実に変化してるのだってわかってるでしょ? 次に何かあったときにどう対処するかを話し合うほうがよっぽど建設的。はい、やめやめっ!」
唯が話を終わらせるためにパンパン、と二回手を打つと、母さんがふわりと笑った。
「唯を家族に迎えて良かった」
そう口にしてはガッチリと唯を抱き寄せた。
唯はそんな行動をものともせずに受け入れ、さらにはこんな話題にすり替える。
「で、碧さんから見てどうよ……。この筋金入りのシスコンあんちゃんに彼女ができたって事実」
母さんが面食らったのは一瞬のこと。
「そうね……」
まじまじと俺を見ながら、
「まぁ、なんていうか……蒼樹の翠葉卒業は無理だと思っていたからちょっと安心したわ」
母さん、そういうこと真顔で言わないでくれませんかね……。
「俺、今日初めてその彼女さんを見たわけですが、すんごい清楚なお嬢さんでしたよ?」
「知ってる知ってる! 桃華ちゃん、あと数年もしたらもっときれいになるわよ?」
「あんちゃんも隅に置けないよねぇ~……妹のクラスメイトに手ぇ出すなんてさ」
「唯……その言い方だけはやめてくれ」
確かにそのとおりなんだけど、何か何か何か――
「で? 桃華ちゃんとはうまくいってるの?」
母さんは嬉しそうに訊いてくる。
「……取り立てて何か問題があるわけじゃないかな?」
俺は未だに桃華とケンカというものをしたことがない。
それもそのはず――「翠葉」というキーワードで話が弾みこそすれ、ケンカになることがない。
むしろ問題があるとするなら――
「母さん、桃華から届くメールって必ず翠葉のことが書いてあって、俺、それに嫉妬しそうなんだけど……」
結構真面目に話したつもりだった。
でも、この話題では唯と母さんの笑いしか得ることができなかった。
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