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26~41 Side 司 06話
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翠の歌が始まると、それまでの歌い方とは少し違うことに気づいた。
何が違うのかはわからない。ただ、痛いほどに想いが伝わってくる。
なんだこれ――
歌詞を聞いていれば、またしても恋愛の歌だ。
いい加減にしてくれ、と思うのと同時にモニターから目が離せなくなる。
なんであんな泣きそうな顔で歌う?
今にも泣きそうなのに、歌声は安定していた。
「表現力」――そんな言葉が脳裏に浮かぶ。
翠はこの歌詞の意味を完全に理解して歌っているのだろうか。
どうしてそんなにつらそうな顔で歌うのか……。
翠の好きな男がわからないうえ、理解に苦しむ姿を見せられれば俺のイラつきは頂点に達する。
訊き出す――是が非でも。
歌い終わると、翠の頬に涙が伝う。
幾筋も幾筋も、まるで壊れた人形のように涙を零し続けた。
すべての演奏が終わり、茜先輩に声をかけられるまでその状態。
携帯のディスプレイに異常を知らせる数値は並ばない。
心拍は少し速いくらいで割と安定している。具合が悪いわけじゃない。
今日は、俺も翠も情緒不安定なんだろうか……。
「ちょっと藤宮司っ、どうなってるのよっっっ」
息を切らした簾条に怒鳴られた。
「そんなの俺が知りたい」
本音だった。
簾条は優太と嵐と共にスクエアステージの奈落を担当している。今の翠をモニターで見て、現場を放ってこっちに来たのだろう。
簾条も俺と似たり寄ったりだ。
気になる人間のあれこれは、とりあえずなんでも把握しておきたい口。それが、今日は俺よりも翠から離れた場所で作業をしている。
それがどんなにイラつくことかはわかるつもり。
昇降機が下りてくると、簾条は俺より先に翠へ駆け寄った。
「翠葉っ、具合悪いっ!?」
ふたりの姿を見て舌打ちを打ちたくなる。
今は男も女も関係ないようだ。自分以外の人間を皆邪魔だと思う。
「違……ごめん、なんでもないの。……本当に、なんでもないの」
翠は簾条にも言うつもりがないらしい。
本当になんなんだ……。
この場だから言えないのか、誰にも言うつもりがないのか。それすら見当がつかない。
俺は「使え」という意味で翠にハンカチを押し付ける。
ここまでくると、親切も何もかもが押し売りに思えてくる。
さらに、俺は見返りをも要求する。
「あとで――あとで、絶対に吐かせるからな」
翠は眉を寄せて困った顔をした。
それがステージに上がる前に見た翠の表情だった。
どうして……どうして俺があんな顔をさせる羽目になる?
どうして俺ばかりがあんな顔を見なくちゃいけない?
冗談じゃない――
コブクロの「YOU」。
この曲は今嫌いになった。
あまりにも自分に重なりすぎて。
翠のことを好きだと意識すればするほどに、言葉は出てこなくなる。
ただ、側にいるだけではだめなのか、と。すぐ手を差し伸べられる場所にいるだけではだめなのか、と。
いったい何に何度問うただろう。
恋愛感情なんて、そんな枠に当てはめられないほどに大切な存在。
なのに、想いを伝えることもできず、抱きしめることもできず、いったい今まで自分が何をしてこれたのかすら把握しかねる。
そもそも、この想いを一言で伝えきれる言葉などこの世界にはないと思う。
そんな言葉があるのなら、誰か俺に教えてくれ。
「好き」なんて言葉で伝えきれるものじゃない。「愛している」なんて言葉でもない。
何かもっと別の言葉を教えてほしい――
俺の歌が終わればスクエアステージで生徒会男子の歌が始まる。
奈落へ戻れば少しは話す時間が取れると思っていた。
昇降機を降り真っ直ぐ翠のもとへ向かうと、
「翠」
俺が声をかけたことに気づいているのに、翠は顔を上げようとしない。
床に視線を固定したまま無言。
「今ここで言わせるつもりはない。でも、夜、マンションに帰ったらゲストルームに行くから」
人前で話せとは言わない。けど、人さえいなければ話してくれるだろう。
そう思っていた俺は甘かった。
「だめ」
たった二文字で可能性ゼロの拒否。
「拒否権があるとでも?」
俺は翠の保険屋なんだろ? ここで利用しない手はないだろ?
「今日は家族水入らずで夕飯を食べる予定なの。みんなでお鍋食べるからだめ」
「……あぁ、そう」
これは暗に、俺に話すつもりはない、とそう言いたいのだろう。
極々遠まわしにそう伝えようとしているのがわかった。
なんで――
今までならすぐに助けを求めてきていたのに。本来、俺はそういうポジションにいるはずなのに。
どうしてここまで拒否されるのかがわからない。
納得がいかない――
その場は離れたものの、そう離れた場所にいるわけではなく、数メートル離れたところから翠を見ていた。
両脇には佐野と実行委員がついていたが、そこに茜先輩が来るとクラスメイトふたりは立ち上がりその場を去った。
読唇ができる距離にはいた。でも、茜先輩にそれをしたらいけない気がした。
あの人が抱えているもの――人に話そうとしないものを俺がこんな方法で知っていいわけがない。
だから、何も見ないように、と静かに目を閉じた。
どれほど雑然とした場であっても、邪な気が混じればすぐに気づく。
今はその部分だけに意識を集中していればいい。
そろそろ茜先輩はスタンバイに入るだろう。
目を開けると、ちょうどそのタイミングだった。
翠は茜先輩の後ろ姿をずっと見ている。
その翠のもとにはまだ佐野も実行委員も戻ってきてはいない。
今なら少し話せるかもしれない……。
そう思って翠に近づくと、
「茜先輩っ」
翠が大声を発した。
人が大勢いる中で翠が大声を発するのは初めてではないだろうか。
そんな行動をとれば周囲の視線を集めるのは必須で、茜先輩も驚いた様子で振り返った。
次の瞬間、翠は勢い良く立ち上がる。
何も考えずに立ち上がったと思う。そんなことをすれば眩暈を起こすのに。
咄嗟に翠に手を伸ばし腕を掴む。
しっかりと翠の体重を感じ、間に合ったことにほっとした。
けれども、口からはこんな言葉しか出ない。
「何度俺に阿呆と言われれば気が済む?」
焦点の合わない目がこちらを向いた。
翠は俺と視線を合わせることを諦め、バランスさえまともに取れない状態で俯いた。
「大丈夫っ?」
茜先輩が翠のもとまで走り寄ると、
「ごめんなさい、でも――」
と、自分の手を前方へ伸ばす。
きっと視界の回復は間に合っていない。
まだ俺が手を離すわけにはいかない。けれど、翠は俺から離れ、茜先輩を求めるように前へ踏み出した。
茜先輩から「大丈夫」という視線をもらって俺は腕を離した。
翠はそのまま茜先輩に抱きつく。
ふたりは何か言葉を交わしてすぐに離れた。
「司、翠葉ちゃんをお願いね」
無言で頷き、再度翠の腕を取ると、やっと平衡感覚や視界が回復したのか、手にかかる体重が軽くなった。
翠は座っていたときと同じように、ずっと茜先輩の背中を見ている。
「用が済んだなら座ったほうがいいと思うけど?」
とりあえず座らせたかっただけ。
もっと言いようがあったと思う。けど、ささくれ立った俺の心はその手間の一切を省く。
挙句、翠から謝罪の言葉を告げられた。
何をやっているんだ、とは思うのに、俺はさらに畳み掛ける。
「謝るくらいならいい加減行動を改めろとは思う。でも、別に迷惑だとは思ってないから」
末尾に「迷惑じゃない」と補足できたのは、悪あがきの結果。
茜先輩がステージへ上がると実行委員が戻ってきた。
翠の目は少し赤く充血していたが、俺が泣かせたわけじゃない……と思いたい。
だが、この実行委員には俺がいじめたように見えたらしく、やけに攻撃的な視線を向けられた。
そういえば、さっき「失格」と俺に連呼したのはこの女だったか……。
自分がついていたいのは山々だが、このまま側にいたところでどんな言葉が自分から発せられるのかわかったものじゃない。
今は実行委員に任せるとしよう……。
「ずいぶんとイラついてらっしゃるようで?」
朝陽に声をかけられ、さらに陰鬱とする。
気分的には今すぐ失せろといったところだが、その手に持っている書類を見ればそうも言えない。
「悪いね、ダブルチェックが必要な書類だからよろしく」
そう言って、俺に紙の束を渡した。
「茜先輩のあの歌。何度聴いてもいいよね」
俺は朝陽とは少し違う感想を持っていた。
聴くたびに印象が変わる。
そのときの心情が反映されるからか歌の印象が変わるのか、それとも故意的にやっていることなのかはわかりかねるが……。
「見るに耐えない」
今、俺が感じるのはそれだけだった。
「おまえは心配してても言葉が辛辣だな」
自分でもわかってることを他人に言われるとなおのこと腹が立つ。
チェックを終えた書類を突っ返すと、
「その分じゃ翠葉ちゃんにも何かやらかした?」
「……その口塞がれたいのか?」
その一言で朝陽は黙った。
何が違うのかはわからない。ただ、痛いほどに想いが伝わってくる。
なんだこれ――
歌詞を聞いていれば、またしても恋愛の歌だ。
いい加減にしてくれ、と思うのと同時にモニターから目が離せなくなる。
なんであんな泣きそうな顔で歌う?
今にも泣きそうなのに、歌声は安定していた。
「表現力」――そんな言葉が脳裏に浮かぶ。
翠はこの歌詞の意味を完全に理解して歌っているのだろうか。
どうしてそんなにつらそうな顔で歌うのか……。
翠の好きな男がわからないうえ、理解に苦しむ姿を見せられれば俺のイラつきは頂点に達する。
訊き出す――是が非でも。
歌い終わると、翠の頬に涙が伝う。
幾筋も幾筋も、まるで壊れた人形のように涙を零し続けた。
すべての演奏が終わり、茜先輩に声をかけられるまでその状態。
携帯のディスプレイに異常を知らせる数値は並ばない。
心拍は少し速いくらいで割と安定している。具合が悪いわけじゃない。
今日は、俺も翠も情緒不安定なんだろうか……。
「ちょっと藤宮司っ、どうなってるのよっっっ」
息を切らした簾条に怒鳴られた。
「そんなの俺が知りたい」
本音だった。
簾条は優太と嵐と共にスクエアステージの奈落を担当している。今の翠をモニターで見て、現場を放ってこっちに来たのだろう。
簾条も俺と似たり寄ったりだ。
気になる人間のあれこれは、とりあえずなんでも把握しておきたい口。それが、今日は俺よりも翠から離れた場所で作業をしている。
それがどんなにイラつくことかはわかるつもり。
昇降機が下りてくると、簾条は俺より先に翠へ駆け寄った。
「翠葉っ、具合悪いっ!?」
ふたりの姿を見て舌打ちを打ちたくなる。
今は男も女も関係ないようだ。自分以外の人間を皆邪魔だと思う。
「違……ごめん、なんでもないの。……本当に、なんでもないの」
翠は簾条にも言うつもりがないらしい。
本当になんなんだ……。
この場だから言えないのか、誰にも言うつもりがないのか。それすら見当がつかない。
俺は「使え」という意味で翠にハンカチを押し付ける。
ここまでくると、親切も何もかもが押し売りに思えてくる。
さらに、俺は見返りをも要求する。
「あとで――あとで、絶対に吐かせるからな」
翠は眉を寄せて困った顔をした。
それがステージに上がる前に見た翠の表情だった。
どうして……どうして俺があんな顔をさせる羽目になる?
どうして俺ばかりがあんな顔を見なくちゃいけない?
冗談じゃない――
コブクロの「YOU」。
この曲は今嫌いになった。
あまりにも自分に重なりすぎて。
翠のことを好きだと意識すればするほどに、言葉は出てこなくなる。
ただ、側にいるだけではだめなのか、と。すぐ手を差し伸べられる場所にいるだけではだめなのか、と。
いったい何に何度問うただろう。
恋愛感情なんて、そんな枠に当てはめられないほどに大切な存在。
なのに、想いを伝えることもできず、抱きしめることもできず、いったい今まで自分が何をしてこれたのかすら把握しかねる。
そもそも、この想いを一言で伝えきれる言葉などこの世界にはないと思う。
そんな言葉があるのなら、誰か俺に教えてくれ。
「好き」なんて言葉で伝えきれるものじゃない。「愛している」なんて言葉でもない。
何かもっと別の言葉を教えてほしい――
俺の歌が終わればスクエアステージで生徒会男子の歌が始まる。
奈落へ戻れば少しは話す時間が取れると思っていた。
昇降機を降り真っ直ぐ翠のもとへ向かうと、
「翠」
俺が声をかけたことに気づいているのに、翠は顔を上げようとしない。
床に視線を固定したまま無言。
「今ここで言わせるつもりはない。でも、夜、マンションに帰ったらゲストルームに行くから」
人前で話せとは言わない。けど、人さえいなければ話してくれるだろう。
そう思っていた俺は甘かった。
「だめ」
たった二文字で可能性ゼロの拒否。
「拒否権があるとでも?」
俺は翠の保険屋なんだろ? ここで利用しない手はないだろ?
「今日は家族水入らずで夕飯を食べる予定なの。みんなでお鍋食べるからだめ」
「……あぁ、そう」
これは暗に、俺に話すつもりはない、とそう言いたいのだろう。
極々遠まわしにそう伝えようとしているのがわかった。
なんで――
今までならすぐに助けを求めてきていたのに。本来、俺はそういうポジションにいるはずなのに。
どうしてここまで拒否されるのかがわからない。
納得がいかない――
その場は離れたものの、そう離れた場所にいるわけではなく、数メートル離れたところから翠を見ていた。
両脇には佐野と実行委員がついていたが、そこに茜先輩が来るとクラスメイトふたりは立ち上がりその場を去った。
読唇ができる距離にはいた。でも、茜先輩にそれをしたらいけない気がした。
あの人が抱えているもの――人に話そうとしないものを俺がこんな方法で知っていいわけがない。
だから、何も見ないように、と静かに目を閉じた。
どれほど雑然とした場であっても、邪な気が混じればすぐに気づく。
今はその部分だけに意識を集中していればいい。
そろそろ茜先輩はスタンバイに入るだろう。
目を開けると、ちょうどそのタイミングだった。
翠は茜先輩の後ろ姿をずっと見ている。
その翠のもとにはまだ佐野も実行委員も戻ってきてはいない。
今なら少し話せるかもしれない……。
そう思って翠に近づくと、
「茜先輩っ」
翠が大声を発した。
人が大勢いる中で翠が大声を発するのは初めてではないだろうか。
そんな行動をとれば周囲の視線を集めるのは必須で、茜先輩も驚いた様子で振り返った。
次の瞬間、翠は勢い良く立ち上がる。
何も考えずに立ち上がったと思う。そんなことをすれば眩暈を起こすのに。
咄嗟に翠に手を伸ばし腕を掴む。
しっかりと翠の体重を感じ、間に合ったことにほっとした。
けれども、口からはこんな言葉しか出ない。
「何度俺に阿呆と言われれば気が済む?」
焦点の合わない目がこちらを向いた。
翠は俺と視線を合わせることを諦め、バランスさえまともに取れない状態で俯いた。
「大丈夫っ?」
茜先輩が翠のもとまで走り寄ると、
「ごめんなさい、でも――」
と、自分の手を前方へ伸ばす。
きっと視界の回復は間に合っていない。
まだ俺が手を離すわけにはいかない。けれど、翠は俺から離れ、茜先輩を求めるように前へ踏み出した。
茜先輩から「大丈夫」という視線をもらって俺は腕を離した。
翠はそのまま茜先輩に抱きつく。
ふたりは何か言葉を交わしてすぐに離れた。
「司、翠葉ちゃんをお願いね」
無言で頷き、再度翠の腕を取ると、やっと平衡感覚や視界が回復したのか、手にかかる体重が軽くなった。
翠は座っていたときと同じように、ずっと茜先輩の背中を見ている。
「用が済んだなら座ったほうがいいと思うけど?」
とりあえず座らせたかっただけ。
もっと言いようがあったと思う。けど、ささくれ立った俺の心はその手間の一切を省く。
挙句、翠から謝罪の言葉を告げられた。
何をやっているんだ、とは思うのに、俺はさらに畳み掛ける。
「謝るくらいならいい加減行動を改めろとは思う。でも、別に迷惑だとは思ってないから」
末尾に「迷惑じゃない」と補足できたのは、悪あがきの結果。
茜先輩がステージへ上がると実行委員が戻ってきた。
翠の目は少し赤く充血していたが、俺が泣かせたわけじゃない……と思いたい。
だが、この実行委員には俺がいじめたように見えたらしく、やけに攻撃的な視線を向けられた。
そういえば、さっき「失格」と俺に連呼したのはこの女だったか……。
自分がついていたいのは山々だが、このまま側にいたところでどんな言葉が自分から発せられるのかわかったものじゃない。
今は実行委員に任せるとしよう……。
「ずいぶんとイラついてらっしゃるようで?」
朝陽に声をかけられ、さらに陰鬱とする。
気分的には今すぐ失せろといったところだが、その手に持っている書類を見ればそうも言えない。
「悪いね、ダブルチェックが必要な書類だからよろしく」
そう言って、俺に紙の束を渡した。
「茜先輩のあの歌。何度聴いてもいいよね」
俺は朝陽とは少し違う感想を持っていた。
聴くたびに印象が変わる。
そのときの心情が反映されるからか歌の印象が変わるのか、それとも故意的にやっていることなのかはわかりかねるが……。
「見るに耐えない」
今、俺が感じるのはそれだけだった。
「おまえは心配してても言葉が辛辣だな」
自分でもわかってることを他人に言われるとなおのこと腹が立つ。
チェックを終えた書類を突っ返すと、
「その分じゃ翠葉ちゃんにも何かやらかした?」
「……その口塞がれたいのか?」
その一言で朝陽は黙った。
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