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26~41 Side 司 03話
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「別に嘘とかつかないし……」
嘘も冗談も、翠に言ったところで本気にしか取らないだろ……。
「別に嘘と思っていたわけじゃなくて、あまりにも想像ができなかっただけ」
想像、ね。
翠の想像力はものすごく逞しそうだけど、それ以前に翠は「アルバイト」というものをどれほど知っているのだろう。
「アルバイト」ひとつとっても、翠は規格外しか知らない気がする。
ウィステリアホテルへの写真提供なんて、どう考えてもそこらの高校生がやらせてもらえるものではない。
うちの学校は授業ペースが早いこともありアルバイトは推奨していない。が、家業を手伝う等のバイトをしている人間は少なくない。
きっと、翠はそんなことだって知らないだろう。
「大したことはしていない。生徒会が忙しくないときだけ手伝ってる」
翠は完全に聞く態勢に入っており、手にしているプレートの存在を忘れているようだった。
「それ、とっとと食べて寝たら?」
せっかく用意させたカスタードが溶ける……。
そう思ってプレートに載っているサンドイッチをひとつつまみ翠の口元へ運ぶ。と、一瞬目が合い、次の瞬間に翠はかぶりついた。
いや、食べろとは思ったし、知らずこんな流れになるような行動を取った自分がいたけれど、実際に手ずから食べるところを目の当たりにすると困るというか、異常なまでの羞恥心に自分が壊れそうだ。
そんな俺とは反対に、翠は口にした瞬間に目を見開き、次には目を細める。
そして、咀嚼しながら嬉しそうにふにゃり、と頬を緩めた。
アンダンテの苺タルトを食べているときと同じ顔……。
「苺とカスタードの組み合わせ、本当に好きなんだな」
まだ口にものが入っているからか、翠は言葉は発せず嬉しそうににこりと笑った。
俺はそんな表情すら正視することができず、手に持ったままだったものをプレートに戻し、次の動作を求めてペットボトルに手を伸ばす始末。
冷たい液体は、俺に用意されていたスポーツドリンク。
俺はそれをゴクゴクと音を立てて胃に流し込んだ。
涼しいというよりは少し冷える通路だというのに、俺の身体は間違いなく火照っている。
今の俺にはこの冷気はちょっとした補助にしかならない。
自分を冷ますのには、このくらい冷たい飲み物がちょうどいい気がした。
視線を感じ、心して翠に視線を戻す。
「何……」
訊けば急に慌てだす。
「あ、あのっ、色々あれこれ用意してくれたのにごめんね?」
何か考えていたことと違うことを話された気分。でも、大したことではないのだろう。
「いや……今図書室に行ったところで、現状じゃ秋兄の部屋でも静かに休むことはできなかっただろ」
とくになんのいじめ要素も含まない返答をしたはずだが、翠はまだまごまごしている。
なんでもいいけど……それ、いい加減全部食べてとっとと休めよ……。
「口が止まってる」
指摘すると、今度はパクパクと口を動かしサンドイッチを頬張った。
「……別に、急いで食べろとは言ってない」
……ったく、何を考えているんだか。
でも、不思議なものだな……。
人の言動に左右させられるのは好きじゃない。けど、自分の言葉に慌てふためく翠を見るのは好きだと思う。どうしてか、嬉しいと思う。
……だからサドって言われるのか?
そんなことを考えつつ、サンドイッチを食べ終えた翠を立たせ、そこに羽毛布団を半分敷き座らせる。もう半分を膝にかけてやると、「ありがとう」と礼を言われた。
「さすがに横にはなれないからな」
「そのくらいはわかってるつもりなんだけどな……」
「どうだか……」
翠はむっとした顔をしたけれど、そのまま目を瞑ってしばらすると、かすかな寝息が聞こえてきた。
和太鼓が轟く中、翠の寝息だけが異質なものとして認識される。
さらに数分経つと、身体がぐらりと傾き俺の方に倒れてくる。
別にいいけど――別にいいけど、翠、無防備にもほどがあるだろ……。
こういうの、本当に誰か責任持って叩き込んでほしい。
翠、悪いけど、俺は普通の男で翠を異性として好きだと思っている。だから、こんな無防備な状態で横にいられると、少し――いや、かなり困るんだけど……。
嬉しい反面困る事実。
「だから、何をしようとは思わないけど――」
それは自分を制するための言葉だったかもしれない。
……頼むから、俺の前以外でこんな無防備になるなよ。
寝息と身体が上下する様は連動していた。
その、呼吸の穏やかさに安堵する。
しばらくの間、翠の寝息とバイタルを見ながら過ごしていた。
あと三十分は時間がある。俺も少し休んでいいだろうか……。
どちらにせよ、ここを通れる人間は限られている。
しかも、俺と翠がここにいる時点で奈落や会場からは通行パスを持った人間しか進入できないよう、警備員の手で規制されているはず。
ならば、警戒を緩めても問題はない――
――パシャ。
音に気づいたときには遅かった。
目を開けて何が起こったのかは理解したが、隣の翠はまだ寝ぼけた状態。
翠の身体を支えたままでは会長が持つカメラを奪うこともできない。
「え? シャッター?」
やっと目を覚ました翠が言葉を発する。が、まだ覚醒しきっていないのか、言葉がたどたどしい。
「くくく」と笑いながら会長にディスプレイを見せられた。
「それ、消去していただけるんですよね」
自分の口元が引きつっているのがわかる。
言っても無駄だという気はしていたが、一応訊いてみた。というよりは、表に出すなという意味をこめて言ったつもり。
「まさかっ! こんな美味しい写真を消去するわけないでしょっ!? それこそ信じられないよ。これは俺の青春メモリアルです! ほら、コーラス部がラストに入るよっ! とっとと戻って」
会長は言うだけ言って跳ねるようにして奈落へと走り去った。
けど、目では別のことを語っていたと思う。
「わかってるってば……」と。
たぶん意図は汲んでもらえた……と思いたい。
翠の寝顔なんかばら撒かれてたまるか……。
それを言うなら、自分の寝顔も、だけど。
自分の失態に嫌気が差す。
寝ていても人の足音くらい察知しろと思うものの、会長相手では無理だったか、と肩を落とす。
会長は「気」を自由に操れる。気配を消すなんて朝飯前だろう。
それにしても――
「まさか寝過ごすとは思わなかった」
そんな自分が一番信じられない。
俺、今日ほかに何かミスをやらかしてないよな……?
適当にあれこれ頭をめぐらせ、はたと気づく。
「水分だけ、今ここで摂っていけ。奈落に着いたら何かあたたかい飲み物渡すから」
「はい」
通路は人が休憩する場所には適していないということを改めて実感する。
見事に口の中が乾いていた。
口呼吸はしていないはずだが、それでも鼻腔も口腔内も乾燥していた。
奈落に戻ると翠は簾条と実行委員に攫われた。
全体が休憩時間に入る前にトイレへ行くという。
簾条が一緒なら心配することはない。
飲み物を警備員から受け取り、モニターに映るコーラス部を見ていた。
始めからラストまで白いドレスのままだから、どこにいても茜先輩はすぐに見つけられる。
普段と何も変わらないように見えるが、明らかに違うと感じるのは何か……。
近くに会長がいたからその隣へと並んだ。
「茜先輩とは?」
「一言も話してないし視線も合わないね」
「そうですか……。で、さっきの写真なんですが――」
「わかってるよ。表には出すな、でしょ? そのくらいは心得てる。あ、安心して? ちゃーんと司にはあげるから!」
そう言うと、また跳ねるようにして違う場所へと移った。
嘘も冗談も、翠に言ったところで本気にしか取らないだろ……。
「別に嘘と思っていたわけじゃなくて、あまりにも想像ができなかっただけ」
想像、ね。
翠の想像力はものすごく逞しそうだけど、それ以前に翠は「アルバイト」というものをどれほど知っているのだろう。
「アルバイト」ひとつとっても、翠は規格外しか知らない気がする。
ウィステリアホテルへの写真提供なんて、どう考えてもそこらの高校生がやらせてもらえるものではない。
うちの学校は授業ペースが早いこともありアルバイトは推奨していない。が、家業を手伝う等のバイトをしている人間は少なくない。
きっと、翠はそんなことだって知らないだろう。
「大したことはしていない。生徒会が忙しくないときだけ手伝ってる」
翠は完全に聞く態勢に入っており、手にしているプレートの存在を忘れているようだった。
「それ、とっとと食べて寝たら?」
せっかく用意させたカスタードが溶ける……。
そう思ってプレートに載っているサンドイッチをひとつつまみ翠の口元へ運ぶ。と、一瞬目が合い、次の瞬間に翠はかぶりついた。
いや、食べろとは思ったし、知らずこんな流れになるような行動を取った自分がいたけれど、実際に手ずから食べるところを目の当たりにすると困るというか、異常なまでの羞恥心に自分が壊れそうだ。
そんな俺とは反対に、翠は口にした瞬間に目を見開き、次には目を細める。
そして、咀嚼しながら嬉しそうにふにゃり、と頬を緩めた。
アンダンテの苺タルトを食べているときと同じ顔……。
「苺とカスタードの組み合わせ、本当に好きなんだな」
まだ口にものが入っているからか、翠は言葉は発せず嬉しそうににこりと笑った。
俺はそんな表情すら正視することができず、手に持ったままだったものをプレートに戻し、次の動作を求めてペットボトルに手を伸ばす始末。
冷たい液体は、俺に用意されていたスポーツドリンク。
俺はそれをゴクゴクと音を立てて胃に流し込んだ。
涼しいというよりは少し冷える通路だというのに、俺の身体は間違いなく火照っている。
今の俺にはこの冷気はちょっとした補助にしかならない。
自分を冷ますのには、このくらい冷たい飲み物がちょうどいい気がした。
視線を感じ、心して翠に視線を戻す。
「何……」
訊けば急に慌てだす。
「あ、あのっ、色々あれこれ用意してくれたのにごめんね?」
何か考えていたことと違うことを話された気分。でも、大したことではないのだろう。
「いや……今図書室に行ったところで、現状じゃ秋兄の部屋でも静かに休むことはできなかっただろ」
とくになんのいじめ要素も含まない返答をしたはずだが、翠はまだまごまごしている。
なんでもいいけど……それ、いい加減全部食べてとっとと休めよ……。
「口が止まってる」
指摘すると、今度はパクパクと口を動かしサンドイッチを頬張った。
「……別に、急いで食べろとは言ってない」
……ったく、何を考えているんだか。
でも、不思議なものだな……。
人の言動に左右させられるのは好きじゃない。けど、自分の言葉に慌てふためく翠を見るのは好きだと思う。どうしてか、嬉しいと思う。
……だからサドって言われるのか?
そんなことを考えつつ、サンドイッチを食べ終えた翠を立たせ、そこに羽毛布団を半分敷き座らせる。もう半分を膝にかけてやると、「ありがとう」と礼を言われた。
「さすがに横にはなれないからな」
「そのくらいはわかってるつもりなんだけどな……」
「どうだか……」
翠はむっとした顔をしたけれど、そのまま目を瞑ってしばらすると、かすかな寝息が聞こえてきた。
和太鼓が轟く中、翠の寝息だけが異質なものとして認識される。
さらに数分経つと、身体がぐらりと傾き俺の方に倒れてくる。
別にいいけど――別にいいけど、翠、無防備にもほどがあるだろ……。
こういうの、本当に誰か責任持って叩き込んでほしい。
翠、悪いけど、俺は普通の男で翠を異性として好きだと思っている。だから、こんな無防備な状態で横にいられると、少し――いや、かなり困るんだけど……。
嬉しい反面困る事実。
「だから、何をしようとは思わないけど――」
それは自分を制するための言葉だったかもしれない。
……頼むから、俺の前以外でこんな無防備になるなよ。
寝息と身体が上下する様は連動していた。
その、呼吸の穏やかさに安堵する。
しばらくの間、翠の寝息とバイタルを見ながら過ごしていた。
あと三十分は時間がある。俺も少し休んでいいだろうか……。
どちらにせよ、ここを通れる人間は限られている。
しかも、俺と翠がここにいる時点で奈落や会場からは通行パスを持った人間しか進入できないよう、警備員の手で規制されているはず。
ならば、警戒を緩めても問題はない――
――パシャ。
音に気づいたときには遅かった。
目を開けて何が起こったのかは理解したが、隣の翠はまだ寝ぼけた状態。
翠の身体を支えたままでは会長が持つカメラを奪うこともできない。
「え? シャッター?」
やっと目を覚ました翠が言葉を発する。が、まだ覚醒しきっていないのか、言葉がたどたどしい。
「くくく」と笑いながら会長にディスプレイを見せられた。
「それ、消去していただけるんですよね」
自分の口元が引きつっているのがわかる。
言っても無駄だという気はしていたが、一応訊いてみた。というよりは、表に出すなという意味をこめて言ったつもり。
「まさかっ! こんな美味しい写真を消去するわけないでしょっ!? それこそ信じられないよ。これは俺の青春メモリアルです! ほら、コーラス部がラストに入るよっ! とっとと戻って」
会長は言うだけ言って跳ねるようにして奈落へと走り去った。
けど、目では別のことを語っていたと思う。
「わかってるってば……」と。
たぶん意図は汲んでもらえた……と思いたい。
翠の寝顔なんかばら撒かれてたまるか……。
それを言うなら、自分の寝顔も、だけど。
自分の失態に嫌気が差す。
寝ていても人の足音くらい察知しろと思うものの、会長相手では無理だったか、と肩を落とす。
会長は「気」を自由に操れる。気配を消すなんて朝飯前だろう。
それにしても――
「まさか寝過ごすとは思わなかった」
そんな自分が一番信じられない。
俺、今日ほかに何かミスをやらかしてないよな……?
適当にあれこれ頭をめぐらせ、はたと気づく。
「水分だけ、今ここで摂っていけ。奈落に着いたら何かあたたかい飲み物渡すから」
「はい」
通路は人が休憩する場所には適していないということを改めて実感する。
見事に口の中が乾いていた。
口呼吸はしていないはずだが、それでも鼻腔も口腔内も乾燥していた。
奈落に戻ると翠は簾条と実行委員に攫われた。
全体が休憩時間に入る前にトイレへ行くという。
簾条が一緒なら心配することはない。
飲み物を警備員から受け取り、モニターに映るコーラス部を見ていた。
始めからラストまで白いドレスのままだから、どこにいても茜先輩はすぐに見つけられる。
普段と何も変わらないように見えるが、明らかに違うと感じるのは何か……。
近くに会長がいたからその隣へと並んだ。
「茜先輩とは?」
「一言も話してないし視線も合わないね」
「そうですか……。で、さっきの写真なんですが――」
「わかってるよ。表には出すな、でしょ? そのくらいは心得てる。あ、安心して? ちゃーんと司にはあげるから!」
そう言うと、また跳ねるようにして違う場所へと移った。
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