光のもとで1

葉野りるは

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17 Side 司 01話

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 俺はスクエアステージ下のモニターで翠を見ていた。
 この歌は聞き覚えがある。
 球技大会のとき、翠が図書室で歌っていた曲だ。
 こんな歌詞だったのか、と思わず聞き入る。
 翠の声はうるさくなくていい……。
 今はその声に音程とリズムがつき、メロディとなって耳に優しく届く。
 選曲は佐野と海斗に一任されていたらしいが、さすがこのふたり、と言うべきか――翠のことをよくわかっている。
 そんな内容の歌詞だった。
「藤宮ー、上がる準備しろって」
「わかった」
 モニターの前から離れ昇降機に乗る。
 俺の頭は少し前から翠に占拠されていたと思う。
 それなりに仕事はこなしていたが、常に頭の片隅で翠のことを考えていた。何度も翠の携帯を見ながら。
 衣装に着替え、翠が奈落に戻ってきたのはすぐに気づいた。
 ずっと張り付いたまま剥がれない視線がひとつ。
 こんな不躾な見方をするのは翠くらいなもの。
 初めて会ったときも今も、そのあたりは何も変わらない。
 案の定、振り向いた先には翠がいた。
 暗がりの奈落では白いワンピースが異様に映える。
 蛍光色の白ではないのに、まるで光を受けて発光しているように見えた。
 ワンピースの次に目に飛び込んできたものが俺の脳を支配する。
 それは、俺が夏に渡したとんぼ玉。
 今日は見かけないと思っていたら、鎖骨と鎖骨の間にぶら下がっていた。
 それ、反則だろ。どう考えても反則。誰がなんと言おうと反則。
 そうは思いつつも、それを間近で見たいと思う自分もいて、用事を思い出したように近づいた。
「嵐が翠からコサージュ受け取れって言ってたけど、それ?」
「あ、うん。これ……」
 翠は手に持っていたコサージュをおずおずと差し出すものの、先ほどとは打って変わって俺を見ない。
「……なんで下向いたまま?」
「……それは訊かないでほしいかも?」
 理由はあるらしいが、俺に思い当たる理由はひとつもない。
 翠の考えなんて当てようと思うだけ無駄。どうせ、何か突拍子もない理由に決まっている。
 そう思って適当にトラップを仕掛けた。
 渡されたコサージュはすでに装着済みだったがそれを餌にする。
「これ、どこにつけるもの?」
「あ、えと、胸元でいいと思うよ?」
 訊けば顔を上げ、すでに装着済みのコサージュを見て口を噤む。
「やっと顔上げた」
 俺の言葉には「意地悪」という思いがけない言葉が返される。
「俺、今のところ何もしてないと思うんだけど……」
 したとするなら、今のコレだけだ。
「何もしてなくても存在自体が反則なのっ」
「何それ……」
 翠、それは間違いなく翠のことだと思う。
 翠の無自覚や鈍さは犯罪級から何に格上げすべきか……。
「……ツカサがっ、ツカサが――格好良くて……困る……」
 俺に合わされた視線は、声と共に下がっていった。
 ……突拍子もない理由だとは思っていたが、これは予想外すぎる。
「そんなこと言われても困るんだけど」
「私だって、今ものすごく困ってるもの」
 間髪容れずに返された言葉に思う。ふざけるな、と。
 間違いなく、翠よりも俺のほうが困ってる。
 悪態つきたい感情を持て余したままステージへ上がったからか、気づけばマイクスタンドに絡んでいた。
 だいたいにして、こんな歌で俺の気持ちが伝わるのなら、とっくに気づいていてもおかしくないだろ。
 そのくらいのことはしてきた気がしなくもない。
 じゃあ、なんであいつらの悪巧みにのっているのか、とも思う。
 無駄だと思っているから? 気づかないと高を括っているから?
 それとも、気づいてほしい……から?
 明確な答えは出ない。
 それでも歌う以外の選択肢はない。
 間奏に差し掛かるころ、モニターの音とは別の信号音が鳴った。
 個別通信? ……なんで今?
 そう思いながらも緊急時に備えてチャンネルを変える。
 チャンネルを見てすぐに朝陽だとわかった。
『今、愛しのお姫様を会場にお連れしたところなんだよね。賭けに自信があるならぜひとも彼女を見つめて歌ってもらおうか?』
 どこまでやらせれば気が済むんだか……。
 そうは思いつつも、唇を読まれない状態を作り通信に応じる。
「別にかまわないけど……。どうせ、そういうのも映像班が全部記録に録ってるんだろ? だとしたら、姫と王子の出し物の演出とでも言い逃れはできる」
『相変わらず抜け目ないことで……。それでおまえは伝えようって気にはならないわけ? 逃げるんだ?』
「逃げ、か……。少し前まではそうだったかもな」
 一番最初に「逃げている」と指摘してきたのは簾条だったか。
 ふとそんなことを思い出した。
 でも、もうその必要もない。何者からも逃げる必要はなくなった。翠自身からも――
「逃げる必要がなくなった。朝陽、翠の鈍感がもう少し軽減されていたら少しの望みはあったかもな。何をしたとしても、賭けは俺の勝ちだ」
 そこまで言うと間奏が終わりを告げる。
 表に向き直り朝陽がいそうな場所に目をやると、円形ステージのすぐ近くに翠がいた。
 さっきと変わらない眼差しで、俺をじっと見ている。
 目を逸らすなよ……。
 そう念じながら翠だけを見る。
 ほかの人間にどう思われようと、どんなふうに録られようともかまわなかった。
 それで翠がやっかまれるのなら、俺がそれらを排除すればいいだけだ。
 俺が翠を好きだということは事実で、隠す必要はどこにもない。
 このスタンスは今も前もそう変わらない。
 本人に知れてもかまわないと思っていた。
 ただ、翠が俺の気持ちに気づいたとき、どう意識されるのかが怖かった。
 俺を「男」として意識したとき、どう思われるのかが……。
 でも、それも終わりだ。
 事情が変わった。
 今はより多くの人間に知られているほうがいい。
 翠が望んだわけじゃない。翠が好き好んでうちの一族に足を踏み入れたわけじゃない。
 気づいたときにはうちの一族に引き込まれていただけ。
 その一要因が俺。
 俺が選んだ。自分に必要な人間だと。
 俺の、唯一の弱点。だから、守る――

 翠は面白いくらい顔を赤く染めた。
 わかってる。ただ、この顔が好きなだけだろ?
 そんなことは十分すぎるほどにわかっている。
 朝陽、おまえたちが勝つなんてあり得ない。
 翠はとことん鈍いのだから。
 朝陽が翠に体調を訊くと、翠は「大丈夫です」と答えた。
 声が聞こえるわけではない。ただ、唇を読むだけ。
 離れている人間の会話を知ることのできる読唇がこれほど便利だと思ったことはなかった。
 翠、悪いな……。これだけ距離が合っても話は筒抜けだ。
 でも、俺が余裕ぶっていられたのはここまでだった。
『これも、恋愛の歌ですか?』
『そうだね。今ごろ、意中の子のことでも思って歌っているんじゃないかな?』
 なんだよ、その会話……。
 そういう話は俺がいるところでしろよな。
『ツカサ、好きな人……いるんですね。……知らなかった』
 バカヤロウ……翠のことだ。
 呆れ半分大笑いしたいの半分。複雑すぎる心境に困り果てる。
 まぁ、こんなことにもだいぶ慣れたけど……。
 朝陽、諦めろ。翠はそういう人間なんだ。
 こんな歌で気づける人間が相手なら、俺がこんなに苦労するか……。
 そこら辺を考えてから出直して――は……? 今、なんて言った?
 翠の唇の動きに唖然とする。
 今、「ひどい」って言われた気がするんだけど……。
 ひどいのはどっちだと言いたい。
『何も緊張してるからって、わたしのことを野菜扱いしなくてもいいじゃないっっっ』
 だめだ……。
 こいつはどこまでも翠だと思う。
 朝陽、追加オーダーがあればなんでも聞いてやる。
 俺、翠を見つめて全曲歌ったとしても気づかれない自信がある――
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