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15 Side 香乃子 01話(挿絵あり)
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佐野くんが消えた第四通路を見ていると、トン、と背中を押された。
振り返ると、翠葉ちゃんの手が所在なさげに宙を彷徨っていた。
肩にかけられたケープから伸びる腕は細くて白い。
「翠葉ちゃん……?」
「行って? 香乃子ちゃん、今、追いかけたいと思っているでしょう?」
「でも、私……翠葉ちゃん付き」
「大丈夫だよ。本当に大丈夫。私は自分の出番までここにいればいいのでしょう?」
「でもっ――」
「飲み物は手に持っているし、なんの問題もないよ。だから、行って?」
周りはざわついているのに、私の耳には翠葉ちゃんの声のみがクリアに聞こえる。
翠葉ちゃんの声が、私の心に真っ直ぐ届く。
奈落のところどころにあるスポットライトがちょうど翠葉ちゃんの真上にあって、頭にまぁるく天使の輪を作っていた。
衣装が白いからかな? 本当の天使様みたい。
いつも思うけど、髪の毛きれい……。
風が吹くたびにさらりと揺れるその様に、何度も目を奪われた。
髪を結っているのもかわいいけれど、何もせず下ろしているのが一番好き。
風が吹いたときに髪の毛を押さえる仕草が好きだから。
いつからか、風が吹くたびに翠葉ちゃんを探すのは私の癖になっている。
こんな状況下で、関係ないことばかりが頭をめぐるのはどうしてだろう。
敏捷性を失った頭でそんなことを考えていると、
「香乃子ちゃん。今、私の右隣には香乃子ちゃんがいるの。香乃子ちゃんは佐野くんの左隣に行くべきだと思う。……自分の右隣は、その場の状況によって誰にでも変わると思う。それと同じで、意識して誰かの左隣に行くこともできると思うの」
「七倉、翠葉ちゃんには俺がついてるから行ってきな」
高崎くん……。
高崎くんから翠葉ちゃんに視線を戻すと、言葉の代わりに笑顔を向けられた。
「……ありがとうっ! 行ってくるっ」
翠葉ちゃん、高崎くん、ありがとうっ。
私はふたりに背を向け、すぐに佐野くんのあとを追った。
ライブが始まった今、奈落から観覧席へと続く通路の人通りはほとんどない。
もっとも、この通路はほかとは異なるため、一般生徒が通路として使うことはない。
でも、今はこの先に佐野くんがいる。
私が足を踏み出すたびに、キュッキュ、と上履きが音を立てる。
暗い通路の中ほどでやっと追いついた。
「佐野くんっ」
「……何、七倉」
いつもみたいな瞬発力はなく、佐野くんはゆっくりと振り返る。
たぶん、驚くまでもなく上履きの音が誰か来ることを知らせていたのだろう。
そして、「何」という問いかけにに答えるべく言葉を探しても、何ひとつとして思い浮かぶものはない。
考えてみたら、なんて声をかけるのか少しも考えずにあとを追ってきてしまった。
思わず「なんでもない」と言ってしまったけど、何もなかったらここまで来ないじゃんっ、とひとり突っ込みしたい放題の現状況。
佐野くんは、「くっ」と笑ってから、
「何それ。別に慰めとかいらないよ? 七倉は御園生付きだろ? ほら、戻った戻った」
いつもより数段早口で言われた。
「……なんでもないけど、なんでもなくないっ」
「ん?」
余裕そうに笑わないで。痛い心を隠して余裕ぶらないで。
「私はっ――私はっ、佐野くんが好きだよっ」
ずっと伝えたくて伝えられなかった。
なのに、伝えるのが今ってどうなのかな。
でも、今言わなかったら、またタイミングを逃がしてしまうと思うから。
「七倉さ、わかってると思うけど――」
「わかってるよっ。佐野くんが飛鳥ちゃんを好きなのなんてずっと前から知ってるし、知らない人なんてうちのクラスにいないじゃない」
だから告白できずにいたのだ。
振られても好きなものは好き、って……そういう姿を毎日見てきたから。
そんな佐野くんに、どうやって気持ちを伝えたらいいのかなんてわからなかった。
佐野くんの視線の先にはいつも飛鳥ちゃんがいて、飛鳥ちゃんの視線の先には海斗くんがいた。
海斗くんの視線の先には飛鳥ちゃんがいるように見えるのに、どうしてまとまらないのかな、って……。
ふたりがまとまったところで佐野くんが私を見てくれる保証なんてないのに。
そんなことをずっと考えていたら黒い気持ちに塗りつぶされそうになるから、だから、自分の恋の応援だけをしてきた。
みんなのことも応援したいけど、誰を応援しても誰かがつらくなる。
それなら、いっそのこと自分だけを応援しようと、そう決めて今日まで来たよ。
この恋においては、これからもそのスタンスを変えるつもりはない。
「……気持ちは嬉しい。ありがとう。でも――」
「うん、わかってる。あのね、私は飛鳥ちゃんを好きな佐野くんをずっと見てきて、それでも好きなんだよ」
佐野くんだってわかるよね?
「……あぁ、そうか。そうだよな」
こんなときになんだけども、模写したい模写したい模写したい……。
佐野くんを模写したいっ!
眼力スキャン全開で脳内フォルダに保存して、とっとと紙に起こしたい衝動に駆られる。
「自分、すごい不毛な恋してるなと思ってたけど、ここにも同じ人間がいたんだな」
「そうだよ……不毛上等っっっ」
思わず、声にも拳にも力が入る。
「だって、好きなものは好きだから。……佐野くんがこれから毎日海斗くんと飛鳥ちゃんのツーショット見ることになって落ち込んでも、まだ飛鳥ちゃんのことが好きなんて不毛な恋をしていても、私だってそんな佐野くんがずっと好きなんだからねっ」
どんな言い分だろう。
そうは思うけど、これが私の本音だ。
「佐野くん、手っ」
「え?」
「手ぇ出してっ」
「あ? あぁ……」
戸惑い気味に差し出された右手に未開封アポロを乗せる。
「一箱四十八グラム、二七五カロリー。コレ食べてさっき受けた衝撃少しでも緩和してっ。チョコレートの甘さは幸せになれるんだからねっ。一粒食べたら約八キロカロリー分の幸せをゲットできるよっ! 明治製菓だけど、私が一度手にしたんだから七倉印っ!」
佐野くんはきょとんとした顔で箱に目をやり、「うわ」と口にする。
「すげっ、七倉ってこういうののカロリー表示全部覚えてるのっ!?」
えええええっ!? そこっ? そこなのっ!?
「アポロだけですっ! カロリーをパーセンテージに変えると、一粒で八パーセントの回復力だよ。十二粒食べたら一〇〇パーセント近く回復できるんだからお徳でしょっ!?」
「くっ……あははは! なんだよそれ、くくく、あはははっ! 七倉って実はすっげぇ変なやつ?」
「変なやつで結構だよ。どうせ不毛な恋してるし。……でも、そこは同士なんでしょ?」
「そうそう、不毛同士」
佐野くんは口にしては少し首を傾げ、
「不毛同士自体がなんだよそれ、って話じゃんな?」
私たちはふたり肩を竦めて笑った。
(明×香乃子 イラスト:涼倉かのこ様)
この際、同士だろうが同盟だろうがなんでも受けて立つっ。
「七倉、サンキュ。なんつーか、同士とコレに救われた」
佐野くんはにっ、と笑ってアポロの箱をシャカシャカと振る。
あああああっっっ!
もうっ、私の頭のハードディスク壊れないでよっ!?
全部全部きれいにインプットしておいて!
そして、家に帰ったらアナログ的アウトプットするんだからっ。
デッサン用紙何枚必要になるかな? 足りるかなっ!?
「こうなったら十二個以上食って一〇〇パーセント以上の回復見せてやるっ」
そう言って、佐野くんはアポロの封を開け箱ごとチョコを口に運ぶ。
男の子っぽい動作が目の前でスローモーションみたいに流れていく。
やばっ――私の頭のハードディスクだけじゃ不安すぎるっ。
今すぐ外付けハードディスクが欲しいっ。しかも、高性能なやつっ。
もう、眼力スキャンじゃ追いつかないよっ。録画モードが目に欲しいっ。
……念じたら希和の頭に届いて、そこに一時保存とかされてくれないかな?
はたと思う。
こんなことを真面目に考え始めた私はかなり危険な域に達しているのでは、と。
熱暴走とか怖すぎるっっっ。
「わ、私戻るねっ」
自主制御装置を無理やり作動させた私はえらいと思う。
佐野くんが目の前にいるのは嬉しいけれど、これ以上見すぎたら容量オーバーっ。
っていうか、今すぐ手にしたいものは紙と鉛筆。
なんならシャーペンとルーズリーフでもいいっ。
来た道を戻ろうとすると、後ろから声をかけられた。
「俺も戻るわ。超ダッシュでね!」
反射的に振り返ると、その動作の途中でピュン、て音がした。
音というより、人。人というより、佐野くん……。
いつものように無駄のないフォームで走りだし、あっという間に見えなくなる。
「さっすが現役スプリンター」
速っ……。
「がんばれ、佐野明。――がんばれ、私っ」
私は走らずにできるだけゆっくりと歩いた。
そして、自分の感情ひとつひとつをトレースする。
そうすることで、やっぱり自分が少しおかしい気がしてくる。
「いや、おかしくないおかしくない……」
立ち止まり、頭を振っては再度歩きだす。
わかってた。
告白したところで両思いなんて美味しい結果が待っていないことも、気持ちを伝えたところでそのあとギクシャクするようなことにもならないって。
そんなことをする人じゃない。
もし、ギクシャクしていると思うのなら、それは自分が普通に接することができていないだけ。
そんなこと、わかってた。
でも、実際に告白した直後にこんなふうに笑って話ができるとは思っていなかった。
それをいうなら、こんなタイミングで告白することになるとも思っていなかったわけだけど……。
結果オーライ……?
私、今日、今ここで気持ちを伝えられて良かったかも。
翠葉ちゃん、高崎くん、ありがとう……。
私の心、失恋したのに秋晴れ絶好調だよ!
振り返ると、翠葉ちゃんの手が所在なさげに宙を彷徨っていた。
肩にかけられたケープから伸びる腕は細くて白い。
「翠葉ちゃん……?」
「行って? 香乃子ちゃん、今、追いかけたいと思っているでしょう?」
「でも、私……翠葉ちゃん付き」
「大丈夫だよ。本当に大丈夫。私は自分の出番までここにいればいいのでしょう?」
「でもっ――」
「飲み物は手に持っているし、なんの問題もないよ。だから、行って?」
周りはざわついているのに、私の耳には翠葉ちゃんの声のみがクリアに聞こえる。
翠葉ちゃんの声が、私の心に真っ直ぐ届く。
奈落のところどころにあるスポットライトがちょうど翠葉ちゃんの真上にあって、頭にまぁるく天使の輪を作っていた。
衣装が白いからかな? 本当の天使様みたい。
いつも思うけど、髪の毛きれい……。
風が吹くたびにさらりと揺れるその様に、何度も目を奪われた。
髪を結っているのもかわいいけれど、何もせず下ろしているのが一番好き。
風が吹いたときに髪の毛を押さえる仕草が好きだから。
いつからか、風が吹くたびに翠葉ちゃんを探すのは私の癖になっている。
こんな状況下で、関係ないことばかりが頭をめぐるのはどうしてだろう。
敏捷性を失った頭でそんなことを考えていると、
「香乃子ちゃん。今、私の右隣には香乃子ちゃんがいるの。香乃子ちゃんは佐野くんの左隣に行くべきだと思う。……自分の右隣は、その場の状況によって誰にでも変わると思う。それと同じで、意識して誰かの左隣に行くこともできると思うの」
「七倉、翠葉ちゃんには俺がついてるから行ってきな」
高崎くん……。
高崎くんから翠葉ちゃんに視線を戻すと、言葉の代わりに笑顔を向けられた。
「……ありがとうっ! 行ってくるっ」
翠葉ちゃん、高崎くん、ありがとうっ。
私はふたりに背を向け、すぐに佐野くんのあとを追った。
ライブが始まった今、奈落から観覧席へと続く通路の人通りはほとんどない。
もっとも、この通路はほかとは異なるため、一般生徒が通路として使うことはない。
でも、今はこの先に佐野くんがいる。
私が足を踏み出すたびに、キュッキュ、と上履きが音を立てる。
暗い通路の中ほどでやっと追いついた。
「佐野くんっ」
「……何、七倉」
いつもみたいな瞬発力はなく、佐野くんはゆっくりと振り返る。
たぶん、驚くまでもなく上履きの音が誰か来ることを知らせていたのだろう。
そして、「何」という問いかけにに答えるべく言葉を探しても、何ひとつとして思い浮かぶものはない。
考えてみたら、なんて声をかけるのか少しも考えずにあとを追ってきてしまった。
思わず「なんでもない」と言ってしまったけど、何もなかったらここまで来ないじゃんっ、とひとり突っ込みしたい放題の現状況。
佐野くんは、「くっ」と笑ってから、
「何それ。別に慰めとかいらないよ? 七倉は御園生付きだろ? ほら、戻った戻った」
いつもより数段早口で言われた。
「……なんでもないけど、なんでもなくないっ」
「ん?」
余裕そうに笑わないで。痛い心を隠して余裕ぶらないで。
「私はっ――私はっ、佐野くんが好きだよっ」
ずっと伝えたくて伝えられなかった。
なのに、伝えるのが今ってどうなのかな。
でも、今言わなかったら、またタイミングを逃がしてしまうと思うから。
「七倉さ、わかってると思うけど――」
「わかってるよっ。佐野くんが飛鳥ちゃんを好きなのなんてずっと前から知ってるし、知らない人なんてうちのクラスにいないじゃない」
だから告白できずにいたのだ。
振られても好きなものは好き、って……そういう姿を毎日見てきたから。
そんな佐野くんに、どうやって気持ちを伝えたらいいのかなんてわからなかった。
佐野くんの視線の先にはいつも飛鳥ちゃんがいて、飛鳥ちゃんの視線の先には海斗くんがいた。
海斗くんの視線の先には飛鳥ちゃんがいるように見えるのに、どうしてまとまらないのかな、って……。
ふたりがまとまったところで佐野くんが私を見てくれる保証なんてないのに。
そんなことをずっと考えていたら黒い気持ちに塗りつぶされそうになるから、だから、自分の恋の応援だけをしてきた。
みんなのことも応援したいけど、誰を応援しても誰かがつらくなる。
それなら、いっそのこと自分だけを応援しようと、そう決めて今日まで来たよ。
この恋においては、これからもそのスタンスを変えるつもりはない。
「……気持ちは嬉しい。ありがとう。でも――」
「うん、わかってる。あのね、私は飛鳥ちゃんを好きな佐野くんをずっと見てきて、それでも好きなんだよ」
佐野くんだってわかるよね?
「……あぁ、そうか。そうだよな」
こんなときになんだけども、模写したい模写したい模写したい……。
佐野くんを模写したいっ!
眼力スキャン全開で脳内フォルダに保存して、とっとと紙に起こしたい衝動に駆られる。
「自分、すごい不毛な恋してるなと思ってたけど、ここにも同じ人間がいたんだな」
「そうだよ……不毛上等っっっ」
思わず、声にも拳にも力が入る。
「だって、好きなものは好きだから。……佐野くんがこれから毎日海斗くんと飛鳥ちゃんのツーショット見ることになって落ち込んでも、まだ飛鳥ちゃんのことが好きなんて不毛な恋をしていても、私だってそんな佐野くんがずっと好きなんだからねっ」
どんな言い分だろう。
そうは思うけど、これが私の本音だ。
「佐野くん、手っ」
「え?」
「手ぇ出してっ」
「あ? あぁ……」
戸惑い気味に差し出された右手に未開封アポロを乗せる。
「一箱四十八グラム、二七五カロリー。コレ食べてさっき受けた衝撃少しでも緩和してっ。チョコレートの甘さは幸せになれるんだからねっ。一粒食べたら約八キロカロリー分の幸せをゲットできるよっ! 明治製菓だけど、私が一度手にしたんだから七倉印っ!」
佐野くんはきょとんとした顔で箱に目をやり、「うわ」と口にする。
「すげっ、七倉ってこういうののカロリー表示全部覚えてるのっ!?」
えええええっ!? そこっ? そこなのっ!?
「アポロだけですっ! カロリーをパーセンテージに変えると、一粒で八パーセントの回復力だよ。十二粒食べたら一〇〇パーセント近く回復できるんだからお徳でしょっ!?」
「くっ……あははは! なんだよそれ、くくく、あはははっ! 七倉って実はすっげぇ変なやつ?」
「変なやつで結構だよ。どうせ不毛な恋してるし。……でも、そこは同士なんでしょ?」
「そうそう、不毛同士」
佐野くんは口にしては少し首を傾げ、
「不毛同士自体がなんだよそれ、って話じゃんな?」
私たちはふたり肩を竦めて笑った。
(明×香乃子 イラスト:涼倉かのこ様)
この際、同士だろうが同盟だろうがなんでも受けて立つっ。
「七倉、サンキュ。なんつーか、同士とコレに救われた」
佐野くんはにっ、と笑ってアポロの箱をシャカシャカと振る。
あああああっっっ!
もうっ、私の頭のハードディスク壊れないでよっ!?
全部全部きれいにインプットしておいて!
そして、家に帰ったらアナログ的アウトプットするんだからっ。
デッサン用紙何枚必要になるかな? 足りるかなっ!?
「こうなったら十二個以上食って一〇〇パーセント以上の回復見せてやるっ」
そう言って、佐野くんはアポロの封を開け箱ごとチョコを口に運ぶ。
男の子っぽい動作が目の前でスローモーションみたいに流れていく。
やばっ――私の頭のハードディスクだけじゃ不安すぎるっ。
今すぐ外付けハードディスクが欲しいっ。しかも、高性能なやつっ。
もう、眼力スキャンじゃ追いつかないよっ。録画モードが目に欲しいっ。
……念じたら希和の頭に届いて、そこに一時保存とかされてくれないかな?
はたと思う。
こんなことを真面目に考え始めた私はかなり危険な域に達しているのでは、と。
熱暴走とか怖すぎるっっっ。
「わ、私戻るねっ」
自主制御装置を無理やり作動させた私はえらいと思う。
佐野くんが目の前にいるのは嬉しいけれど、これ以上見すぎたら容量オーバーっ。
っていうか、今すぐ手にしたいものは紙と鉛筆。
なんならシャーペンとルーズリーフでもいいっ。
来た道を戻ろうとすると、後ろから声をかけられた。
「俺も戻るわ。超ダッシュでね!」
反射的に振り返ると、その動作の途中でピュン、て音がした。
音というより、人。人というより、佐野くん……。
いつものように無駄のないフォームで走りだし、あっという間に見えなくなる。
「さっすが現役スプリンター」
速っ……。
「がんばれ、佐野明。――がんばれ、私っ」
私は走らずにできるだけゆっくりと歩いた。
そして、自分の感情ひとつひとつをトレースする。
そうすることで、やっぱり自分が少しおかしい気がしてくる。
「いや、おかしくないおかしくない……」
立ち止まり、頭を振っては再度歩きだす。
わかってた。
告白したところで両思いなんて美味しい結果が待っていないことも、気持ちを伝えたところでそのあとギクシャクするようなことにもならないって。
そんなことをする人じゃない。
もし、ギクシャクしていると思うのなら、それは自分が普通に接することができていないだけ。
そんなこと、わかってた。
でも、実際に告白した直後にこんなふうに笑って話ができるとは思っていなかった。
それをいうなら、こんなタイミングで告白することになるとも思っていなかったわけだけど……。
結果オーライ……?
私、今日、今ここで気持ちを伝えられて良かったかも。
翠葉ちゃん、高崎くん、ありがとう……。
私の心、失恋したのに秋晴れ絶好調だよ!
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