761 / 1,060
Side View Story 13
05~08 Side 海斗 01話
しおりを挟む
全体ミーティングが終わったあと、司に呼び止められた。
「佐野にインカムの使い方を教えるとき、翠のフォローも頼む」
「え?」
「使い方に不安があるみたいだから」
「わかった」
「それと、秋兄たちが対応できないものがひとつだけある」
切れ長の目を見たとき、司の言わんとすることを察することができた。
秋兄たちが対応できないもの――それはつまり、「学園警備が対応しきれないもの」だ。
「今朝気づいた……」
司はまるで自分の失態のように話す。
俺なんて、今言われて気づいたくらいなのに……。
「翠には話しておいたほうがいい」
ただし、人の前で言えるものでもない、か。
ざわり、と心が揺れる。
感情のコントロールが狂いそうな前兆。でも――
「俺から話す」
司を見ると、司は視線を合わせては緩く首を振った。
「いや、いい。俺が話す」
「なんでっ!?」
「そんな顔で言われるくらいなら俺が言ったほうがいい」
「っ――」
「俺は言うか言わないかで悩んだけど、海斗ほどナーバスにはならない」
くそっ、悔しい――
けど、司の言葉を呑み込めるほど自分の現状を素直に認めることもできない。
「……何言ってんの? 誰がナーバス? 全然そんなことないし。いーよ、俺がタイミング見計らって言うから」
笑みを添えてみたものの、
「無理しなくていいけど?」
心の奥底まで見透かすような視線を向けられた。
「別に無理してないしっ」
俺、何やってるんだろ……。これじゃ、肯定してるのと変わらない。
居たたまれなくなり、俺は司に背を向け先を歩く翠葉たちを追った。
教室で佐野にインカムを渡し、使い方の説明をしつつも頭を占めるのは司との会話。
いつ……? いつ翠葉に話す?
桃華や飛鳥は幼稚部からの付き合いだから知っているし、佐野もうちへ泊りにきたときにそれっぽい話はした。
翠葉にはその方面の話をしたことがない。
恐らく、司も秋兄も言っていないのだろう。
言わなくていいならそれに越したことはない。
自分のこととして話す分にはまだいいんだけどな……。
それを翠葉にも強要させるとなると話は別で――
胸がモヤモヤする。
でも、こんな役ばかりを司にさせたくはなかった。
俺の気遣いなんて、あいつ、絶対気づいてねぇし……。
そもそも、司に言われた時点で「言いたくない」って気持ちが顔に出た俺の分が悪い。
司はこれを言うことに抵抗はなかったのかな……。
「言うか言わないか」――そこに悩んだとは言っていたけど、それは「言うか言わないか」だけの話で、俺が感じている「抵抗」とは別物な気がする。
俺は司や秋兄みたいになりたいと思っている部分もあれば、ああはなりたくない、と思っている部分もある。
それが何かというのなら、「人付き合いの狭さ」なわけだけど、これは性格的なものとは別に理由がある。
藤宮の人間の多くは交友関係が広くない。もしくは、広いけれどもどひどく浅い。
それは表面上のものとしかいえないような関係が多い。
仕事上の伝手や人脈といったものとは全まったくの別物。
うちは「友人」というものが極端に少ない一族だと思う。
でも、それはある意味仕方のないことなんだ。
藤宮とつながりの強い人間は、囮の対象にされることがある。
事件が公にされたことはないけれど、過去には一族の人間ではなく、それと親しい付き合いをしていた人間が誘拐された実例もある。
そんな理由もあることから、周りの人間を守る意味合いも含め、「必要以上に深い付き合いはするな」と幼少のころから言われて育っている。
早い話、「弱みを作るな」だ。
もし、作るのであれば、その対象を守れるだけの力を持て――
藤宮の人間が異性に対して、「付き合うイコール結婚」という考えに至るのには、こういうことが理由に挙がるのかもしれない。
さらに、「敵」は外部の人間とは限らない。
身内における足の引っ張り合いはそこら中でやっている。
年に一度開催される藤の会に出ていれば、嫌でも目にする。
身内でより上位にいる人間に媚び諂う人間や、こき下ろそうとしている人間。失脚させるさせない、そんなことは日常的に行われている。
もっと言うなら、将来企業のトップに立ちそうな人間は命を脅かされることもある。
だから、会長職や企業のトップに立つ人間の血縁者にはボディーガードがつくし、自分の身を自分で守れるように護身術の類を習わされる。
こういう行事のとき、何が厄介かというならば、外部の人間でも内部の人間でも犯行が可能だということだろう。
一族の人間が外部の人間に依頼することもある。
身内客として入ろうと思えば藤宮に関わる名前なら入れないことはない。
その一点に置いては警備サイドではじきようがない。
だからこそのボディーガードであり、自身での警戒が必要になる。
そんな一族の中で、俺は交友関係が広いほうだと思う。
それでも、藤宮の人間に変わりはない。
広くても、それが深いものかと問われたら、答えは否。「分け隔てなく」という部類だと思う。
俺がこれから翠葉に言うことは、「翠葉は違う」と断言するようなもの。
翠葉を「対象」に入れたことを認めたことになる。
俺が話しても司が話しても、誰が話したところで結果は変わらないけど、「言わなくちゃいけないこと」と認識しても、俺は躊躇する。
こういうところ、弱いと思う。全然潔くない。
でも、時間もない――
司があのタイミングで俺に声をかけたのは、自分で言うタイミングがもうないから。
つまり、俺がラストチャンス。
まったく要領の得ないことをインカム越しに言われるのと、目の前にいる人間から言われるの。
たったそれだけの差だけど、相手に与える不安がどれほど変わるのかくらいは察しがつく。
ふと翠葉に目をやると、飲みかけのペットボトルの蓋に手をかけたところだった。
「佐野にインカムの使い方を教えるとき、翠のフォローも頼む」
「え?」
「使い方に不安があるみたいだから」
「わかった」
「それと、秋兄たちが対応できないものがひとつだけある」
切れ長の目を見たとき、司の言わんとすることを察することができた。
秋兄たちが対応できないもの――それはつまり、「学園警備が対応しきれないもの」だ。
「今朝気づいた……」
司はまるで自分の失態のように話す。
俺なんて、今言われて気づいたくらいなのに……。
「翠には話しておいたほうがいい」
ただし、人の前で言えるものでもない、か。
ざわり、と心が揺れる。
感情のコントロールが狂いそうな前兆。でも――
「俺から話す」
司を見ると、司は視線を合わせては緩く首を振った。
「いや、いい。俺が話す」
「なんでっ!?」
「そんな顔で言われるくらいなら俺が言ったほうがいい」
「っ――」
「俺は言うか言わないかで悩んだけど、海斗ほどナーバスにはならない」
くそっ、悔しい――
けど、司の言葉を呑み込めるほど自分の現状を素直に認めることもできない。
「……何言ってんの? 誰がナーバス? 全然そんなことないし。いーよ、俺がタイミング見計らって言うから」
笑みを添えてみたものの、
「無理しなくていいけど?」
心の奥底まで見透かすような視線を向けられた。
「別に無理してないしっ」
俺、何やってるんだろ……。これじゃ、肯定してるのと変わらない。
居たたまれなくなり、俺は司に背を向け先を歩く翠葉たちを追った。
教室で佐野にインカムを渡し、使い方の説明をしつつも頭を占めるのは司との会話。
いつ……? いつ翠葉に話す?
桃華や飛鳥は幼稚部からの付き合いだから知っているし、佐野もうちへ泊りにきたときにそれっぽい話はした。
翠葉にはその方面の話をしたことがない。
恐らく、司も秋兄も言っていないのだろう。
言わなくていいならそれに越したことはない。
自分のこととして話す分にはまだいいんだけどな……。
それを翠葉にも強要させるとなると話は別で――
胸がモヤモヤする。
でも、こんな役ばかりを司にさせたくはなかった。
俺の気遣いなんて、あいつ、絶対気づいてねぇし……。
そもそも、司に言われた時点で「言いたくない」って気持ちが顔に出た俺の分が悪い。
司はこれを言うことに抵抗はなかったのかな……。
「言うか言わないか」――そこに悩んだとは言っていたけど、それは「言うか言わないか」だけの話で、俺が感じている「抵抗」とは別物な気がする。
俺は司や秋兄みたいになりたいと思っている部分もあれば、ああはなりたくない、と思っている部分もある。
それが何かというのなら、「人付き合いの狭さ」なわけだけど、これは性格的なものとは別に理由がある。
藤宮の人間の多くは交友関係が広くない。もしくは、広いけれどもどひどく浅い。
それは表面上のものとしかいえないような関係が多い。
仕事上の伝手や人脈といったものとは全まったくの別物。
うちは「友人」というものが極端に少ない一族だと思う。
でも、それはある意味仕方のないことなんだ。
藤宮とつながりの強い人間は、囮の対象にされることがある。
事件が公にされたことはないけれど、過去には一族の人間ではなく、それと親しい付き合いをしていた人間が誘拐された実例もある。
そんな理由もあることから、周りの人間を守る意味合いも含め、「必要以上に深い付き合いはするな」と幼少のころから言われて育っている。
早い話、「弱みを作るな」だ。
もし、作るのであれば、その対象を守れるだけの力を持て――
藤宮の人間が異性に対して、「付き合うイコール結婚」という考えに至るのには、こういうことが理由に挙がるのかもしれない。
さらに、「敵」は外部の人間とは限らない。
身内における足の引っ張り合いはそこら中でやっている。
年に一度開催される藤の会に出ていれば、嫌でも目にする。
身内でより上位にいる人間に媚び諂う人間や、こき下ろそうとしている人間。失脚させるさせない、そんなことは日常的に行われている。
もっと言うなら、将来企業のトップに立ちそうな人間は命を脅かされることもある。
だから、会長職や企業のトップに立つ人間の血縁者にはボディーガードがつくし、自分の身を自分で守れるように護身術の類を習わされる。
こういう行事のとき、何が厄介かというならば、外部の人間でも内部の人間でも犯行が可能だということだろう。
一族の人間が外部の人間に依頼することもある。
身内客として入ろうと思えば藤宮に関わる名前なら入れないことはない。
その一点に置いては警備サイドではじきようがない。
だからこそのボディーガードであり、自身での警戒が必要になる。
そんな一族の中で、俺は交友関係が広いほうだと思う。
それでも、藤宮の人間に変わりはない。
広くても、それが深いものかと問われたら、答えは否。「分け隔てなく」という部類だと思う。
俺がこれから翠葉に言うことは、「翠葉は違う」と断言するようなもの。
翠葉を「対象」に入れたことを認めたことになる。
俺が話しても司が話しても、誰が話したところで結果は変わらないけど、「言わなくちゃいけないこと」と認識しても、俺は躊躇する。
こういうところ、弱いと思う。全然潔くない。
でも、時間もない――
司があのタイミングで俺に声をかけたのは、自分で言うタイミングがもうないから。
つまり、俺がラストチャンス。
まったく要領の得ないことをインカム越しに言われるのと、目の前にいる人間から言われるの。
たったそれだけの差だけど、相手に与える不安がどれほど変わるのかくらいは察しがつく。
ふと翠葉に目をやると、飲みかけのペットボトルの蓋に手をかけたところだった。
1
お気に入りに追加
355
あなたにおすすめの小説
光のもとで2
葉野りるは
青春
一年の療養を経て高校へ入学した翠葉は「高校一年」という濃厚な時間を過ごし、
新たな気持ちで新学期を迎える。
好きな人と両思いにはなれたけれど、だからといって順風満帆にいくわけではないみたい。
少し環境が変わっただけで会う機会は減ってしまったし、気持ちがすれ違うことも多々。
それでも、同じ時間を過ごし共に歩めることに感謝を……。
この世界には当たり前のことなどひとつもなく、あるのは光のような奇跡だけだから。
何か問題が起きたとしても、一つひとつ乗り越えて行きたい――
(10万文字を一冊として、文庫本10冊ほどの長さです)
家政婦さんは同級生のメイド女子高生
coche
青春
祖母から習った家事で主婦力抜群の女子高生、彩香(さいか)。高校入学と同時に小説家の家で家政婦のアルバイトを始めた。実はその家は・・・彩香たちの成長を描く青春ラブコメです。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
実力を隠し「例え長男でも無能に家は継がせん。他家に養子に出す」と親父殿に言われたところまでは計算通りだったが、まさかハーレム生活になるとは
竹井ゴールド
ライト文芸
日本国内トップ5に入る異能力者の名家、東条院。
その宗家本流の嫡子に生まれた東条院青夜は子供の頃に実母に「16歳までに東条院の家を出ないと命を落とす事になる」と予言され、無能を演じ続け、父親や後妻、異母弟や異母妹、親族や許嫁に馬鹿にされながらも、念願適って中学卒業の春休みに東条院家から田中家に養子に出された。
青夜は4月が誕生日なのでギリギリ16歳までに家を出た訳だが。
その後がよろしくない。
青夜を引き取った田中家の義父、一狼は53歳ながら若い妻を持ち、4人の娘の父親でもあったからだ。
妻、21歳、一狼の8人目の妻、愛。
長女、25歳、皇宮警察の異能力部隊所属、弥生。
次女、22歳、田中流空手道場の師範代、葉月。
三女、19歳、離婚したフランス系アメリカ人の3人目の妻が産んだハーフ、アンジェリカ。
四女、17歳、死別した4人目の妻が産んだ中国系ハーフ、シャンリー。
この5人とも青夜は家族となり、
・・・何これ? 少し想定外なんだけど。
【2023/3/23、24hポイント26万4600pt突破】
【2023/7/11、累計ポイント550万pt突破】
【2023/6/5、お気に入り数2130突破】
【アルファポリスのみの投稿です】
【第6回ライト文芸大賞、22万7046pt、2位】
【2023/6/30、メールが来て出版申請、8/1、慰めメール】
【未完】
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる