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第十三章 紅葉祭
09話
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紅葉祭がスタートすると、まずは廊下に出て客寄せをする。
朝一がフリータイムの人たちは自分のクラスの宣伝をしつつ、お目当てのクラスや部活展示を見て回る。
それはどこのクラスも大して変わらない。
紅葉祭の一日目に姫と王子の出し物があるのは恒例らしいのだけれど、それが午後を丸々潰すことは初めての試みらしい。
たいていは演劇や校内デート、一緒に写真を撮るなどのイベントであることが多く、各クラスの出し物に影響が出ることはなかったそう。
けれど、今年は文化部を巻き込んでの大舞台。
人が必要な展示のクラスは、午後のライブステージが始まる時間には教室に鍵がかけられるため、来場者のカウントはピタリと止む。
それならずっと開放されている展示にかけるクラスが増えても良さそうなものだけど、不思議なことに、展示オンリーのクラスは一クラスもない。
「人が動いていて活気があるほうが人気あるんだよね」
そう教えてくれたのは誰だったか……。
覚えてはいないけれど、そういうことらしい。
よって、今は呼び込みラッシュである。
うちのクラスは階段の前に教室があることから、呼び込みには優位なポジション。そして、階段の蹴り込み板に貼られている各クラスの宣伝がよく見える。
階段を下りてくる人には見えない場所だけれど、上がる人には必ず目にする場所。その蹴り込み板の貼紙のひとつに、「2A Latte art」と書かれていた。
階上からはコーヒーの香ばしい香りが漂ってきている。この香りに釣られる人は少なくないだろう。
階段から自分のクラス前に視線を移せば、真っ白なポスターが視界に飛び込む。
ほかのクラスがカラフルな色を駆使して宣伝しているのに対し、うちのクラスは白にこだわった。
教室前の廊下にはケーキのポスターがずら、と並ぶ。
ここにあるポスターは人目を引くように、とひとつのポスターにひとつのケーキしか写っていない。
ポスターサイズはA1と大きなものを使っているけれど、うるさい印象を受けないのは背景が白だからかな?
白いポスターには白いスクエアプレートとケーキしか写っておらず、色があるのはケーキのみ。
見せたいものだけを見せる。そういう意図。
逆に、配布用に用意されたパンフレットの背景には淡いサーモンピンクが使われていて、こげ茶の文字で「Classical Cafe」と書かれており、ケーキの写真とセット名、金額がわかりやすく記載されている。
それは、ご来店いただいてからオーダーをいただくまでの時間を短縮させるための一手段。
お客様を不快にさせず、少しでも回転率を上げようという試みなのだ。
ケーキの種類はリンゴタルト、パンプキンパイ、ガトーショコラ。シフォンケーキはプレーンと紅茶味のふたつ。
クッキーの販売は教室前の受付でも行われる。
このクッキーにおいては、昨日のうちに焼いたものをすでにラッピング済みの状態でダンボールに二箱分用意されていた。試食用に作られたものもカゴにかわいく盛り付けられている。
苺ジャムとバターの風味が豊かなジャムスクエアクッキーと、私も大好きなフロランタン。
アーモンドとバター、ハチミツの相性が抜群のクッキーはコーヒーとの相性も良く、家で作ると蒼兄や両親も喜んでくれる。
……ツカサに食べてもらいたいな。
そう思っては一度考えをストップさせた。
「海斗くん、うちのクラスのものでもだめなのかな?」
客寄せをしている海斗くんの袖を引っ張り小声で尋ねる。
「これは大丈夫だよ。あとで詳しく話す」
「本当? じゃ、ツカサにあげても大丈夫?」
「うん、平気」
にこりと笑って答えると、再度廊下側に向き直り呼び込みを再開した。
「うちのクラスの人間ですら、朝から買いたくなっちゃうようなクッキーはいかがですかー?」
明るい声があたりに響く中、私は事前に購入していたチケットを河野くんに渡し、そのクッキーをポットに入れた。
こんなにお金のかけられている学園祭だというのに、商品の価格は公立高校の学園祭とさして変わらない。
安いもので一〇〇円、高くても二五〇円だ。
その理由をツカサに訊いたら、こんな言葉が返ってきた。
「大金を扱うのは社会勉強の一環。商品金額の設定が低いのは、学園祭自体に設けるという趣旨がないから」
確かに……そう言われてみると、勝敗に「売上金」という項目はない。あくまでも来場者数と投票ポイントが基準となる。
そこで気づいた。
来場者数が伸びたとしても、そこに接客というサービスや何かが介在しなければ得票ポイントにはつながらないことに。
だとしたら、展示オンリーをやるクラスがなくて当然なのかもしれない。明らかに、サービスが加わらないほうが分が悪い。
「二名様二組ご案内お願いしまーす!」
海斗くんに連れられてきたお客様を桃華さんと飛鳥ちゃんが案内すると、そこからは廊下で客寄せをする必要がないくらいひっきりなしにお客様がいらした。
お客様は受付で学生証のバーコードをかざしてから教室へ入る。これで来場者数のカウントがされるのだ。
ウェイトレスなんてしたことのない私でもオーダーが取りやすかったのは、事前に配布されていたパンフレットとメール広告のおかげ。
ケーキはすべて飲み物とのセットメニューとなっており、五種類のケーキにはAからEまでのアルファベットが割り振られている。
さらにはチョイスセットというものもあり、それにはFのアルファベットが割り振られていた。
オーダーシートにはあらかじめAからFまでのアルファベットが印字されており、オーダーを受けたら丸で囲めばいいようになっている。
アルファベットの隣は空欄となっており、そこにオーダーを受けた飲み物を記入する。
コーヒーなら「C」。ミルクありなら「CM」。紅茶なら「T」。同じくミルクティーなら「TM」。レモンティーなら「TL」。ハーブティーなら「H1」か「H2」。「1」がミントティーで、「2」がカモミールティー。
そんな具合に最初から決められていることを記していけばいいだけだった。
何が問題かというならば、見知らぬ人を接客しなくてはいけないこと。
それが男子であろうと女子であろうと、テーブルが空いていたらすぐにご案内しなくてはいけない。
ホールスタッフとしてここにいるのだから、それをやらないことにはここにいる意味がなくなってしまう。
腹を据えてご案内するも、どうにもこうにも声は小さく滑舌も悪い。
桃華さんは品良く笑みを添えて極上の接客をするし、飛鳥ちゃんもノリのいい対応でサクサクと捌いていく。そんな中、私と香乃子ちゃんだけがおろおろとしていた。
「香乃子ちゃんも苦手?」
香乃子ちゃんからはなんともいえない苦い笑いが返された。
「ほら、そこのふたり、ちゃんと働く!」
佐野くんからの喝に背筋をピンと伸ばしたとき、
「翠葉」
この声を間違えるはずがない。
確認もせずに名前を口にして振り返る。
「蒼兄っ! っ――唯兄っ!?」
目をやった先にはふたりが揃って立っていた。
教室がざわめき、人の視線がふたりに集る。
こんなときに、「やっぱり格好いいよね」と思う自分は相当なブラコンなのだろう。
ふたりを窓際のテーブルへ案内すると、
「また、えっらいかわいい格好してるけど、こんな格好してたらあんちゃん、気が気じゃないんじゃない?」
唯兄と蒼兄は、私のことを頭からつま先までまじまじと眺めていた。
「さすがに衣装のことまでは聞いてなかった……」
蒼兄は口元を引きつらせて苦笑した。
「蒼兄……うちのカフェ、ケーキは美味しいの。でもね、この衣装にだけは慣れそうにないよ」
「……慣れなくていいよ。俺は今すぐにでも翠葉にジャージをはかせたい」
「こらこらこらこら、せっかく楽しく盛り上がってるのに、ふたりしてわざわざ盛り下げることないでしょ。とりあえず、オーダーしよ! リィ、何がお勧め?」
メニューを開いた唯兄に訊かれ、「これとこれ」と指で指したのはジャックパイと姫タルト。
「じゃ、ふたりともチョイスセットでそのふたつ」
蒼兄の言葉をそのままオーダーシートに書き込む。
「飲み物は? 蒼兄はブラックコーヒーだよね? 唯兄は?」
「コーヒーにスティックシュガー四本ミルクつき!」
「……唯兄、胸焼けしない?」
「頑丈な胃と、糖分を糧とする優秀な頭脳があるから大丈夫」
なんとも奇抜な答えが返ってきたけれど、それがとても唯兄らしく思えた。
朝一がフリータイムの人たちは自分のクラスの宣伝をしつつ、お目当てのクラスや部活展示を見て回る。
それはどこのクラスも大して変わらない。
紅葉祭の一日目に姫と王子の出し物があるのは恒例らしいのだけれど、それが午後を丸々潰すことは初めての試みらしい。
たいていは演劇や校内デート、一緒に写真を撮るなどのイベントであることが多く、各クラスの出し物に影響が出ることはなかったそう。
けれど、今年は文化部を巻き込んでの大舞台。
人が必要な展示のクラスは、午後のライブステージが始まる時間には教室に鍵がかけられるため、来場者のカウントはピタリと止む。
それならずっと開放されている展示にかけるクラスが増えても良さそうなものだけど、不思議なことに、展示オンリーのクラスは一クラスもない。
「人が動いていて活気があるほうが人気あるんだよね」
そう教えてくれたのは誰だったか……。
覚えてはいないけれど、そういうことらしい。
よって、今は呼び込みラッシュである。
うちのクラスは階段の前に教室があることから、呼び込みには優位なポジション。そして、階段の蹴り込み板に貼られている各クラスの宣伝がよく見える。
階段を下りてくる人には見えない場所だけれど、上がる人には必ず目にする場所。その蹴り込み板の貼紙のひとつに、「2A Latte art」と書かれていた。
階上からはコーヒーの香ばしい香りが漂ってきている。この香りに釣られる人は少なくないだろう。
階段から自分のクラス前に視線を移せば、真っ白なポスターが視界に飛び込む。
ほかのクラスがカラフルな色を駆使して宣伝しているのに対し、うちのクラスは白にこだわった。
教室前の廊下にはケーキのポスターがずら、と並ぶ。
ここにあるポスターは人目を引くように、とひとつのポスターにひとつのケーキしか写っていない。
ポスターサイズはA1と大きなものを使っているけれど、うるさい印象を受けないのは背景が白だからかな?
白いポスターには白いスクエアプレートとケーキしか写っておらず、色があるのはケーキのみ。
見せたいものだけを見せる。そういう意図。
逆に、配布用に用意されたパンフレットの背景には淡いサーモンピンクが使われていて、こげ茶の文字で「Classical Cafe」と書かれており、ケーキの写真とセット名、金額がわかりやすく記載されている。
それは、ご来店いただいてからオーダーをいただくまでの時間を短縮させるための一手段。
お客様を不快にさせず、少しでも回転率を上げようという試みなのだ。
ケーキの種類はリンゴタルト、パンプキンパイ、ガトーショコラ。シフォンケーキはプレーンと紅茶味のふたつ。
クッキーの販売は教室前の受付でも行われる。
このクッキーにおいては、昨日のうちに焼いたものをすでにラッピング済みの状態でダンボールに二箱分用意されていた。試食用に作られたものもカゴにかわいく盛り付けられている。
苺ジャムとバターの風味が豊かなジャムスクエアクッキーと、私も大好きなフロランタン。
アーモンドとバター、ハチミツの相性が抜群のクッキーはコーヒーとの相性も良く、家で作ると蒼兄や両親も喜んでくれる。
……ツカサに食べてもらいたいな。
そう思っては一度考えをストップさせた。
「海斗くん、うちのクラスのものでもだめなのかな?」
客寄せをしている海斗くんの袖を引っ張り小声で尋ねる。
「これは大丈夫だよ。あとで詳しく話す」
「本当? じゃ、ツカサにあげても大丈夫?」
「うん、平気」
にこりと笑って答えると、再度廊下側に向き直り呼び込みを再開した。
「うちのクラスの人間ですら、朝から買いたくなっちゃうようなクッキーはいかがですかー?」
明るい声があたりに響く中、私は事前に購入していたチケットを河野くんに渡し、そのクッキーをポットに入れた。
こんなにお金のかけられている学園祭だというのに、商品の価格は公立高校の学園祭とさして変わらない。
安いもので一〇〇円、高くても二五〇円だ。
その理由をツカサに訊いたら、こんな言葉が返ってきた。
「大金を扱うのは社会勉強の一環。商品金額の設定が低いのは、学園祭自体に設けるという趣旨がないから」
確かに……そう言われてみると、勝敗に「売上金」という項目はない。あくまでも来場者数と投票ポイントが基準となる。
そこで気づいた。
来場者数が伸びたとしても、そこに接客というサービスや何かが介在しなければ得票ポイントにはつながらないことに。
だとしたら、展示オンリーをやるクラスがなくて当然なのかもしれない。明らかに、サービスが加わらないほうが分が悪い。
「二名様二組ご案内お願いしまーす!」
海斗くんに連れられてきたお客様を桃華さんと飛鳥ちゃんが案内すると、そこからは廊下で客寄せをする必要がないくらいひっきりなしにお客様がいらした。
お客様は受付で学生証のバーコードをかざしてから教室へ入る。これで来場者数のカウントがされるのだ。
ウェイトレスなんてしたことのない私でもオーダーが取りやすかったのは、事前に配布されていたパンフレットとメール広告のおかげ。
ケーキはすべて飲み物とのセットメニューとなっており、五種類のケーキにはAからEまでのアルファベットが割り振られている。
さらにはチョイスセットというものもあり、それにはFのアルファベットが割り振られていた。
オーダーシートにはあらかじめAからFまでのアルファベットが印字されており、オーダーを受けたら丸で囲めばいいようになっている。
アルファベットの隣は空欄となっており、そこにオーダーを受けた飲み物を記入する。
コーヒーなら「C」。ミルクありなら「CM」。紅茶なら「T」。同じくミルクティーなら「TM」。レモンティーなら「TL」。ハーブティーなら「H1」か「H2」。「1」がミントティーで、「2」がカモミールティー。
そんな具合に最初から決められていることを記していけばいいだけだった。
何が問題かというならば、見知らぬ人を接客しなくてはいけないこと。
それが男子であろうと女子であろうと、テーブルが空いていたらすぐにご案内しなくてはいけない。
ホールスタッフとしてここにいるのだから、それをやらないことにはここにいる意味がなくなってしまう。
腹を据えてご案内するも、どうにもこうにも声は小さく滑舌も悪い。
桃華さんは品良く笑みを添えて極上の接客をするし、飛鳥ちゃんもノリのいい対応でサクサクと捌いていく。そんな中、私と香乃子ちゃんだけがおろおろとしていた。
「香乃子ちゃんも苦手?」
香乃子ちゃんからはなんともいえない苦い笑いが返された。
「ほら、そこのふたり、ちゃんと働く!」
佐野くんからの喝に背筋をピンと伸ばしたとき、
「翠葉」
この声を間違えるはずがない。
確認もせずに名前を口にして振り返る。
「蒼兄っ! っ――唯兄っ!?」
目をやった先にはふたりが揃って立っていた。
教室がざわめき、人の視線がふたりに集る。
こんなときに、「やっぱり格好いいよね」と思う自分は相当なブラコンなのだろう。
ふたりを窓際のテーブルへ案内すると、
「また、えっらいかわいい格好してるけど、こんな格好してたらあんちゃん、気が気じゃないんじゃない?」
唯兄と蒼兄は、私のことを頭からつま先までまじまじと眺めていた。
「さすがに衣装のことまでは聞いてなかった……」
蒼兄は口元を引きつらせて苦笑した。
「蒼兄……うちのカフェ、ケーキは美味しいの。でもね、この衣装にだけは慣れそうにないよ」
「……慣れなくていいよ。俺は今すぐにでも翠葉にジャージをはかせたい」
「こらこらこらこら、せっかく楽しく盛り上がってるのに、ふたりしてわざわざ盛り下げることないでしょ。とりあえず、オーダーしよ! リィ、何がお勧め?」
メニューを開いた唯兄に訊かれ、「これとこれ」と指で指したのはジャックパイと姫タルト。
「じゃ、ふたりともチョイスセットでそのふたつ」
蒼兄の言葉をそのままオーダーシートに書き込む。
「飲み物は? 蒼兄はブラックコーヒーだよね? 唯兄は?」
「コーヒーにスティックシュガー四本ミルクつき!」
「……唯兄、胸焼けしない?」
「頑丈な胃と、糖分を糧とする優秀な頭脳があるから大丈夫」
なんとも奇抜な答えが返ってきたけれど、それがとても唯兄らしく思えた。
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